【2】ー10 手荒い歓迎
「り、リン? なんでここに」
「……来ちゃった。ぽ」
「いちいち誤解の招く発言するんじゃねえよ!」
つい強くツッコんでしまってから、レヴァンはしまった、と思った。
「レヴァンくん、知り合い?」
ラナの言葉。続々とこちらへ興味深そうに向けられる視線。即座に耐え切れなくなって、レヴァンはリンの方を見た。
「……まさか、おまえが編入――」
「貴様ら何をしている?」
教官がいらっしゃった。脊髄に刻まれた教育の成果が発揮され、クラスの者は全員が一瞬で席に戻った。
「クエスティ。先に教官室へ寄れと言っただろう?」
「あ、忘れてた。すいません」
「……まあいい」
ほら席に座れ、という教官の言葉に、リンは迷わずレヴァンの後ろへと座った。
他の者も気にはなったようだが、わざわざ教官の注意を買う者もいない。渋々視線を前に向けた。
「……なんでここにいるんだよ」
こっそりリンに尋ねる。リンはわずかにニヤッと笑った後、悲しそうに目を伏せた。
「ひどい……私とのことは遊びだったのね……!」
「それはもういいから」
で? と追及するレヴァンに、リンは顎で前を示す。教官の話を聞けということだった。
レヴァンが仕方なく前方に意識を向けると、教官がいつものように毅然とした態度で連絡をするところだった。
「庇護者、それと守護士含めた浄魔士隊上層部が新たな決定を下した。浄法院の入学資格についてだ」
そこで言葉を区切って、教官はリンを見た。
「浄法院に、『武装専科』を設立することとなった。これは装器士を志す者用の位置づけである。この『武装専科』にリン・クエスティは入ってもらう。現在まで特例扱いされていたパルメル兄妹も同様だ」
ついでにお前らは『魔法専科』という枠組みになる、と教官の言葉が全員の耳の中へ入っていく。そこで生徒の中から一人が挙手した。
「どうした、レヴァン」
「それはクラスが分かれるんですか?」
レヴァンの簡潔な質問に教官は、なるほど、とつぶやいてから答えた。
「いや、分かれない。あくまでも身分の位置づけだ。今後も同じチームで活動してもらって構わない」
「わかりました」
「よし。それでクエスティだが……」
教官はリンを見た。リンは小首をかしげてそれを見つめ返している。ん、なに? とでも言いそうな顔だった。
「おまえにはどこかのチームに入ってもらわなくてはならない。といっても分からないだろうから、とりあえず――」
「アタシ、レヴァンくんと同じとこがいいです」
教官の言葉を遮って、リンが主張。その瞬間空気が固まったような気がした。教官が訝しそうな視線でレヴァンを見て、口を開く。
「レヴァン、知り合いか?」
「はぁ……まあ一応」
レヴァンの要領を得ない質問に教官がしばし黙考。後にため息をついた。
「わかった。ではクエスティは『ファミグリア』に入ってもらう」
え~、と周りから特大の不満の声が上がるものの、教官は黙殺。レヴァンは周りから、昔とはひと味違うネガティブな視線を感じて身を震わせた。
とそこで、背中をチョイチョイとつつかれる。
「レヴァっち、『ファミグリア』って?」
「ああ、俺らのチームの名前」
「ああね」
納得したような満足したような表情を浮かべたリンをなんとはなしに見ていると、教官が手を叩いて生徒の注意を引きつけた。
「よし、これにて連絡は終了。各々訓練を開始しろ。アイヤネン、クエスティを案内してやれ」
その言葉とともに、
「だるいな……」
レヴァン達は席を立った。
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早速、リンのファンクラブが出来たようだ。
今までフロル、カナン、アミナという順で勢力を誇っていたファンクラブ。しかし、リンの編入でそのパワーバランスが崩れたのだ。
リンはその性格の明るさからメキメキとファンを増やし、また他のファンクラブから人数を奪いながらも成長。いきなりカナンに匹敵するほどのファンを手に入れたらしい。
「ま、よくわからないけど」
ファンクラブ無所属のレヴァンは、夕暮れの教室でつぶやいた。
それでリンが編入してきた理由だが、彼女はレヴァンたちを見て浄法院に興味を持ったため、庇護者に直談判して入れてもらった、とのこと。簡単に言っているが、かなり手間と金がかかる方法である。
商店街で小遣い稼ぎをしていたのもそのためだとか。
今回いきなり初めての訓練の時間。歓迎の一貫として訓練相手を申し出た相手をリンは全員体術のみで組み伏せた。
容姿良し、性格良し、そして腕もよし。三拍子揃ったリンは、レヴァンが心配するまでもなくクラスに馴染んでいった。
そんなリンがレヴァンの目の前にいる。彼女は弱気な目をしていた。レヴァンはその少女の目を見つめた。
「た、助けて……」
「……」
「おねがい……お願いだから、これを――」
現在人気ウナギ登りのリン。生徒にも教官にも歓迎された。
「――この縄ほどいてよ~~っ!」
そう言って、彼女が床に倒れている自身の体を瞬間的に反らして何とか動こうとする。全身が縄に縛られて必死に動こうとするその姿は、海老のようだった。
「よかったじゃん、歓迎されて」
「どこがっ!? なんでみんなでアタシたちに向かってあんなに縄の魔法を飛ばすの! そしてなんでレヴァっち達は逃げれたの!」
陸に揚げられた魚のように跳ねながら、リンは抗議してくる。とりあえずレヴァンは出来ることをしておいた。
「ははは」
「……おいこら」
リンがしつこく(「誰がしつこいんだ!」)言ってくるので、レヴァンは仕方なくリンの傍らにしゃがみこんだ。
「いい加減痛いよ~。いたいけな少女を縛るなんて……はっ! これがレヴァっちの趣――」
「はいさよなら」
「ごめんなさい、反省しています」
踵を返しかけた足を再びリンのところへ戻して、仕方なく、レヴァンは縄を解こうとその縄に手をかけた。
「ひゃっ」
「気持ち悪い声を上げるな」
「ひどっ! そんな声あげてないよね?」
くすぐったかっただけなのにな、とつぶやいたリンの言葉を、レヴァンはあえて無視した。なんとなく意識しそうになったからだ。
レヴァンは目の前の縄にだけ集中。そこに魔力を流し込んだ。
縄は物質を構築する魔法で作られている。つまり、原材料は魔力ということだ。この世界に物質として定着した魔力、それを新たな魔力に当てる。すると、縄は新たな魔力に触発されて、元の姿を取り戻す……はず。
そんな推論のもとに、レヴァンは実行。
余談だが、レヴァンの仮説は今まであたった試しがない。
予想通り、縄に何も変化はなかった。
しかし、教室の扉に変化が。開いたのだ。
「レヴァン、おまたせ。ちゃんといい子に――」
してた、という言葉を入ってきた少女は口の中で止めてしまう。夕日に映えるスカーレットの髪。フロルだ。
今の今まで、魔法を使える者は教官の補習、ハンスとカナンは浄魔士の仕事で、教室にはレヴァンとリンの二人だけだった。
そして、フロルの目には、縄で縛られた美少女にレヴァンが手をかけているように見えているわけで。
「……教官室に行かなくちゃ」
「待て待て待て」
本当に教官室へ行こうとしたフロルを教室内に引きこむレヴァン。必死に語りかけ誤解を解いた。
しばらくして、ようやく納得したフロルがじっとリンを縛る縄を観察する。うーん、と唸った後、口を開いた。
「今度は誰の魔法なの?」
「わかんない」
「この魔法の感じは前回と似てるんだけど……」
魔法の感じ? レヴァンが首を傾げる。人間にそんな感覚備わってたか?
「前回というと、やっぱり……」
頭で考えていることを頭の奥にしまいながら、レヴァンは憐れみたっぷりの視線をリンに向けた。
「?」
「クエスティ。ここにいたか」
疑問符を浮かべるリン。そして同じくして教官が教室へ入ってきた。
「「……やっぱり」」
「え、なに? なに?」
「クエスティ。歓迎してやるからついてこい」
「え、でも今縄で縛られて動けな――」
「私が何とかしてやろう」
教官が酷薄な笑みを浮かべる。そこでリンも嫌な予感がしたのか、レヴァンたちに助けを求めるような目を向けた。
二人はその視線から全力で目をそらした。
「ほら行くぞ」
そう言って、教官がリンの襟首を掴んでから、引きずる。
「た、助け――」
最後まで言い終わる前に、リンはレヴァンとフロルの前から姿を消した。きっと制限された動きで教官の相手をしなくてはならないだろう。
「レヴァンと全く同じだね」
「わ、笑えないな」
レヴァンとフロルは、リンが引きずられた方向を見つめてから、
静かに合掌した。なんまんだぶ。




