【2】ー5 チーム『ファミグリア』
日中の太陽による少し高い気温がレヴァンを包んだ。後ろ手に扉を閉める。
フロルたちが追ってこないのを確認してから、レヴァンは正面へと目を向けた。いつものぼんやりとした目ではない。獣のような鋭い目だ。
レヴァンは店の前から離れ、正面方向の脇道へと入っていく。
夕方で暗くなってきた通りより、もう何段階も暗く、すでに夜であるかのような場所だった。レヴァンはもう一度喫茶店の方の様子を見てから、口を開いた。
「もうそろそろ出て来い。ノゾキは犯罪だぞ?」
台詞だけ見れば気が抜けているようにも見えるが、そこに込められた気迫は、並の人間には出せない代物だった。
レヴァンの眼光が一気に鋭くなる。同時に、路地の闇から襲いかかって来る影があった。
重心を前に半身を倒すことによって、レヴァンは初撃を躱す。その突き出された腕を見極めてから、レヴァンはそれを掴んだ。いや、掴んだはずだった。
しかし、実際は指先に確かな感触を残して掴み損ねる。レヴァンは即座に分析をした。
――幻覚か!
相手の二撃目が見えたと同時、レヴァンは逆に路地の奥に入るようにして距離を取った。素早く振り返って、改めて襲撃者の姿を目に収める。
――……わからない?
レヴァンは自分の目がおかしくなったのかと疑った。襲撃者の体がまるで正しく認識できないのだ。
おそらく何か動きやすい戦闘服を身につけているのだろう。しかし、それ以上のことを知ろうと視線を集中すると、その姿にモザイクが掛かったようにボヤケるのだ。
レヴァンには知る由もないことだが、この時襲撃者は光系の魔法を使っていた。光の集束を妨げることで自らの姿を認識しづらくし、攻撃時は集束する位置をずらして相手を翻弄するというものだ。
「……厄介な奴」
レヴァンの呟きが聞こえたのかどうか。再び攻撃を仕掛けてくる黒い影。魔法の影響か、残影を残しながら近づいてくる姿はまるで物語の中の死神のようだ。
相手の位置が視覚情報に依らない以上、目で見て判断するのは危険だ。レヴァンは意識を違う物へと向けた。すなわち、前方の領域。
意識した場所に集中。レヴァンは内に秘めた力を解放した。
属性展開。暴風に似た乱暴な魔力がレヴァンの前方を支配すると同時、襲撃者の姿が急に明瞭になった。
属性展開はその領域内の相手の魔法を制限する力がある。特にレヴァンは属性に変換する必要のない「無属性展開」なので、出力は桁違いだ。それに逆らうためにはそれ以上の干渉力を必要とする。それを持たない襲撃者が、結果として魔法を暴かれたのだ。
レヴァンはそこで意識を襲撃者に戻す。全身を包むような黒色のタイトな服。恐らく隠密行動の専門家だろう。
レヴァンは属性展開を解いて加速をかける。相手は自分の魔法が破られたことに驚愕しているようだったが、すぐに攻撃へと移る。さすがにその判断はプロのようだった。
二つの影が互いに拳を突き出す。しかし、それが激突する前に片方がその手を引いた。
「な……ッ!?」
拳の先には誰もいない。襲撃者は攻撃を中断し、脇からレヴァンの背後へと抜けたのだ。背後で魔法が展開される反応。レヴァンは即座に振り向き、対処しようとした。
しかし、背後にもその姿はない。
「くそ……上手いな……」
再び魔法を使って、今度は姿を隠したのだろう。完全に視覚に頼ることができなくなってしまった。
相手の行動がつかめない以上、すぐに行動を起こすべきなのかもしれない。しかし、
「……ふぅ」
レヴァンは静かに目を閉じる。そして、反射神経に身を任せた。
途端に辺りに静寂が降りてくる。
レヴァンは水面に起こる波紋のように動の者の存在を感じ取り、そして、そのものを覆う魔力反応を感知した。
音を立てずにそれが近づいてくる。レヴァンは身じろぎ一つせずにその場に佇み、待った。背後からそれが迫る。レヴァンはギリギリまで動かない……そして、迫る存在が攻撃のため手を振り上げたその時、
「……はッ!」
レヴァンは勢いを乗せた拳を、背後の、視覚的には何も無い場所へ突き込んだ。
空気が波打つ。そこから襲撃者が姿を表した。
「……く……なぜ……ッ!!」
苦悶の声を漏らしながらも、レヴァンとの距離をとる襲撃者。それを追いかけようと足に魔力を込め踏み出したレヴァンだったが、襲撃者の次の行動でそれを中断した。
襲撃者が黒の袖をまくって、その下から現れた白い髑髏の腕輪から一つの笛を取り出したのだ。
イアクト。魔力を無効化、暴走させる代物だ。
思わず足を止めたレヴァンをフッと嘲笑うようにして、襲撃者はそのまま路地の奥へと消える。レヴァンは追いかけようとしたが、無駄だと悟って足を止めた。
しばらくその場で集中して気配を探ったが、本当に去ったようだ。そのことを確認すると、レヴァンはその場に背を向けた。
――なんだったんだ、あれは。
答えが出ないとわかっていることを思考しながら、レヴァンは先ほどの一戦を振り返ってもいた。
――アレ使わなかったらヤバかったかもな……。
レヴァンはもともと気配を探る技術に優れている。そのうえ、招魔としての能力を使えば、魔力そのものを感知することすら出来る。
これが、招魔なら必須の能力なのかどうかは知らないが、今の戦いではこの力がないと危険だっただろう。
「まだまだ修行不足ってところか」
バラバラになってしまいそうな思考をすべて捨て、強引にそうまとめると、
「……やべ、心配されてるかも」
路地を抜け出し、レヴァンは喫茶店へと戻っていった。
*
パフェを、奢らされた。
「う~ん、美味しっ」
「マイ、マネー……」
幸せそうにつぶやくフロルと、軽くなった財布を悲しそうに見るレヴァン。それを、気絶から回復したハンスが同情の視線で見ていた。いつのまにかミグルスはいなくなっていた。
「…………至福のとき」
「本当に美味しいですね。レヴァンくん、ありがとうございます」
フロルと同じく幸せそうに店の看板メニューであるアイスパフェを頬張りながら、アミナとカナンが感謝の言葉を送る。それにレヴァンは、
「なんで三人に奢るはめに……」
と、がっくりと肩を落とした。
「だって私だけがパフェ貰うのっておかしいから」
「一つを三人で分けろよ」
「だって一つ食べたいんだもん」
はぁ、とため息をつくレヴァン。次の台詞が口から飛び出しても仕方ないことかもしれない。
「そんなことだとすぐに太――」
「……ふと?」
「ふと……ふと……そう! 布団に潜りたくなっちまうぞ!」
レヴァンは咄嗟に回避。唐突に張り詰めた空気が弛緩し、レヴァンは浮き上がった冷や汗を拭った。
「んー、おいしっ」
フロルの顔をしばらく恨めしそうに見ていたが、やがて、まあいいかと大人しく女性陣の様子を眺めた。
絶えない話題に和気あいあいと話し続ける。正直言うと暇になってきていてはいたが、三人の姿を見るだけで時間は早く潰れてくれた。
「そういえば、狼少女って知ってますか?」
「狼少女? なに、嘘でもつくの?」
「…………知らない」
カナンが提供した話題に、二人が食いつく。興味を持った二人に、カナンが指先を顎に当てて思い出すようにしながら話した。
「えーと、なんでも狼みたいな耳と尻尾を生やした美少女なんですって。浄魔士のほうにも目撃証言があって、最近外周の方に出没するらしいです」
へー、と話を聞くフロルとアミナ。「凄いね。狼少女か……会いたいな」と呟きながら、フロルの視線が動く。
そして、ふとレヴァンのそれと合った。
「……美少女なら、やめたほうがいいよね」
「え、なんで意見変えたの今」
レヴァンが反射的に突っ込む横でアミナもうんうんと頷いていた。何が何やらわからない。
「フロルさん」
「ん? なに、カナン?」
突然控えめに挙手をしながら何かを主張しようとするカナンを、全員で不思議そうな顔をして見る。それに臆することもなく、カナンは一つの疑問を発した。
「チーム名は決めなくていいのですか?」
「……あ」
フロルが忘れてた、というように口を開く。他のメンバーにしてもそのことは頭から抜け落ちていた。
一つの行動単位であるチームに名前をつけることも、教官から指示されていたのだ。
「『チームフロル』、じゃ、ちょっとなぁ……」
レヴァンも苦笑する。そのまましばらく全員が悩む時間が続いた。とりあえず何かアイデアを挙げようという話になっても、
「フレイム・イクスプロード!」
「ホワイトペガサス、なんてどうでしょう?」
「…………百花繚乱」
……なんかもうダメダメだった。フロルの隣でハンスも呆れたため息をついている。
「ガキかよ……」
「そう言うハンスもなんかない?」
「いや」
首を横に振るハンスを見てうなだれるフロル。先に意見を上げた三人がえーいいじゃんこれ的な主張をしつこく続けていた。
さすがにそんな恥ずかしい名前にするわけにはいかない、とフロルはリーダーとしての思考で頭を巡らせる。そして、ふと古い記憶が頭をよぎった。
「……ねぇ、『ファミグリア』はどう思う?」
少し声音が落ちたようなフロルの声に、意外感を示しながらも、レヴァンがまず返事をした。
「『家族』、か……。いいと思うよ」
「ありがと。お母さんが好きな言葉だったんだ」
古語を使ったチーム名に、レヴァンは賛成票を投じ、フロルがはにかむ。続いてみんなも口を開いた。
「…………いい名前」
「……なにか、いいですね。はい、気に入りました」
「……ふん、勝手にしろ」
満場一致で決定したことに拍子抜けに近いものを味わいながらも、全員が納得したように穏やかな顔をしていた。
ふと、フロルはその細い手指を握って小さな拳を全員の前に差し出した。
首を傾げるメンバーの中、唯一気がついたレヴァンはフロルの意図を察して自分の拳もフロルのものの近くへ持っていく。そこでようやく気がついたのだろう。
慎ましやかな笑顔を浮かべてアミナが、
ふふ、と微笑んでからカナンが、
不機嫌そうな顔を逸らしながらハンスが、拳を差し出した。そして、
同時に小さく突き出して、拳を軽く打ち合わせた。
「じゃあ、チーム『ファミグリア』結成を宣言します! みんな、これからもよろしくね」
よろしくー、とみんなで声を掛け合った時、このメンバーの仲が一層深くなったように、レヴァンは感じた。




