【1】ー19 戦いへ
迫る凶爪。
「……ッ」
レヴァンは紙一重でそれをかわして、手刀で獣系冥種の脇腹を切り裂いた。見とれるほど細かい粒子になっていく冥種を最後まで見ることなく、迫り来る別の冥種に狙いを定める。
――さすがに無茶したかな。
軽い調子でそんなことを考えながら、レヴァンは左手で右手を包んだ。その手の中からは、血が滴り落ちていた。
いくら魔力で強化していても、所詮は素手。すでに何体屠ったかわからないその手は限界が近づいていた。そんなことをぼんやり考察しながら、死角から階段に向かっていた一体を蹴り裂く。
浄魔士の増援――助けた職員によると三番隊――が来たお陰で、新しく塔内に侵入する冥種はいなくなった。しかし、すでに入った個体が持ち場を離れられない職員たちに迫っている。レヴァンは、それを掃討するために塔の上層から降りてきていた。
「もう一踏ん張り頑張るか」
そういって足を踏み出した時、レヴァンは階下から新たな冥種が上がってくるのを感知した。そちらの方へ目を向けてみると、ちょうどそこから姿を表す。しかし、今回は同時に四体。
まとめて相手するのは無理と判断し、後ろに下がって距離を取ろうとするレヴァン。
しかし、バックステップをしようとした所でこちらに狙いを定めた四体の冥種の内、後ろ側にいた二体が金切り声を上げたかと思うと、まとめて砂へ還った。
突然消えた同族に驚いたのか、動きを止めた冥種にチャンスとばかりにレヴァンは両踵落としを仕掛ける。見事冥種の頭部を捉え、冥種は地面に叩きつけられ消えた。
ふうっと息を吐くと、レヴァンは顔を上げる。
そこには冥種二体を先に倒した者がいた。
「お疲れ様です、レヴァンくん」
「……なんでいやがる」
この上なく魅力的な微笑みを浮かべるカナンと、相変わらず機嫌悪そうにしているハンスである。その姿を見て、レヴァンは二人が外にいなかったことに納得した。
「二人は塔の見回りだったのか」
「はい。ごめんなさい、模擬戦を見ることができなくて」
本当に申し訳なさそうに腰を折るカナンに、慌ててレヴァンが顔を上げさせる。緊急事態にもかかわらずほのぼのした様子で、レヴァンは調子をずらされた。
「いや、結局冥種のせいで試合してないんだ」
「そうなんです?」
目を丸くしていたカナンに苦笑で応じてから、レヴァンはもう一人の方を向いた。
「よ。仕事頑張ってるみたいだな」
「うっせぇ。てめぇこそなんでここにいやがる」
「あえて言うなら……主人の付き添い?」
そうかよ、と吐き捨てるように言うハンスは、フロルに引っ張られてレヴァンがここまで来た、と勘違いしていたが、レヴァンは気づいた様子はなかった。
友人に会って話すのは仕方ないことではあるけれど、現在は緊急事態。あまりのんびりする時間もない。
「それじゃ、俺行かないと」
話を続けることなく、まだ残っている冥種の方へ向かおうとレヴァンが踵を返す。それをハンスが素早く呼び止めた。
「なんだよ? ……って危な!」
振り返ったレヴァンの鼻先に放り投げられた、そこそこの重量がある物体が二つ。危うく落としそうになるのをなんとかレヴァンは抱えるようにして受け止めた。
しっかり支えるように持ち直した後、改めてそれを見る。そこにあったのはレヴァンが想像もしていない物だった。
「……ナックルダスター?」
「浄魔士の下級装備だ。てめぇに渡しておく」
ハンスがフンと顔を背ける。隣でそれを見たカナンが口元を押さえるようにして笑った。
レヴァンは再び手元に視線を下ろす。ナックルダスター。軽くて丈夫な金属で作られた簡素な手甲に鋭い棘がついている。殴ったものに棘による損傷も与えられるという代物のようだった。
しかし下級装備といえど、レヴァンにはありがたかった。
「あんがとよ」
「知るか」
一瞬レヴァンの右手に視線を向けてからすぐにそらすハンス。正直じゃない奴、とつぶやくと。そうですねとカナンが反応した。レヴァンは早速その手に得物をはめてみると、滲んだ血がついてしまうことは心苦しく思ったものの、装着を完了する。
「うん。ちょうどいい」
軽く手を握ったり開いたりを繰り返してから、満足するように言った。
「そうですか。お兄さんが悩んだ甲斐がありま……むぐむぐ」
途中からハンスに口を押さえられたカナン。それをレヴァンは微笑ましく見ていたのだが、直後に新たな反応を感知する。
「……それじゃ、いっちょ頑張りますか」
そう言ってレヴァンが目を向けた先には数体の冥種。ハンスとカナンもそれぞれの武器を握り直した。しかし、
突然、大きく塔が揺れた。
地震かという直感的な考えをすぐさま打ち消す。それは、空気の振動……咆吼だった。
「しまった! あの個体か!」
「浄魔士たちの攻撃に弱った様子はなし。上昇し、塔を狙っているそうです!」
レヴァンが焦り、カナンが浄魔士用の端末から連絡を受け取った。予想以上に早い内容にレヴァンは歯噛みする。そしてその上、カナンが続けて紡いだ言葉に目を見開いた。
「強大個体は塔の最上部に向かっているそうです」
瞬間、レヴァンは階段へ駆け出した。
「レヴァンくん!?」
自らを呼び止める声にも振り向かず、レヴァンは一心に駆け上がった。
フロルが危ない。
結界の構築を完成させていればなんとかなるだろう。しかし、準備中なのであれば危険だ。あのフロルが途中で作業を中止させるはずがない。
「間に合え……ッ!」
レヴァンは魔力を脚に回して、階段を高速で登り始めた。
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「……くちゅ!」
何故か急なくしゃみをするフロル。
「……誰か私の噂でもしてるのかな」
レヴァンがハンスに対して「主人の付き添い」と発言したのと同刻。フロルはいい感していた。
そんな考えもほどほどに、フロルは目の前の大きな扉を見上げた。荘厳な様式。それでいてあまり華美でない門のようなもの。この門を開ければ、奥にはこの都市の最高権力者がいるはずだ。
――ここに来ることなんてないと思ってたのにな……。
首が痛くなってきたので視線を前に戻し、時間もないので扉に手を当てた。大した力も入れずに、音を立ててその扉が開く。
開いた先にいたのは落ち着いた、それに加えて顔をやや緊張させた女性一人だった。しかし、フロルの姿を認めると安堵したような顔になる。
「フロルちゃんか……冥種でも来たのかと思っちゃった」
「驚かしたみたいで……すいません」
丁寧な口調で頭を下げるフロルを見て、その女性、イレーネが一瞬悲しげな顔をするが、すぐにいつも浮かべる微笑みに戻した。
その様子を見ないまま、やがてフロルが顔を上げる。
「監視者に折り入ってお願いがあるんです」
「なに?」
打てば響くように帰ってきた返事に、一瞬口ごもってしまうものの、フロルは意を決して言った。
「私に都市を覆う結界を構築させてください」
「……その魔法は、フロルちゃんが考えたの?」
「はい」
イレーネはまだなにか言いたそうな顔をしたが、フロルの真剣な眼差しを見てそれを改め、二つ返事のような言葉で承諾した。フロルが感謝を言い、再び丁寧に腰を折る。
「それで、お聞きしたいのですけど……なにか結界の核に出来るようなものはありますか?」
「核?」
「はい。魔力親和性の高い物質です」
その言葉にしばらくうーんと悩むイレーネ。正直フロルは焦れていたが、我慢した。するとやがてイレーネは手元のガラスケースを指さした。
フロルがその方向に目を向けると、そこにあるのはこぶし大の大きさの鉱石だった。
「……これは?」
「外の鉱山で採れたものよ」
へえ、と近づいていくフロル。手を伸ばそうとしてイレーネに止められた。
「魔症になるわよ?」
息を呑む。反応ができないほどに、フロルは驚いていた。
人の限界を越えた魔力は、害にしかならない。それが体を傷つける状態になることを魔症と呼ぶ。魔法の使いすぎによる出血が、魔症の主なものだ。
そして魔症を起こすということは、大きな魔力がそこに存在するということである。
フロルは、大きな魔力が鉱物に含まれているということに驚きを隠せなかった。
「不確定要素の多いものだけど……どうする?」
もし鉱物が魔力を有するというなら、結界の維持がさらに容易になるだろう。フロルにとって悪くない話だ。確かに不安は残るが……選択の余地はなかった。
「貸してもらえますか?」
「わかったわ」
鉱物が乗った台座ごと移動させるように指示して、フロルはそのとおりに台座を監視者用の座椅子の後方、部屋の端へと持っていく。
「一つ聞いてもいい?」
「? なんですか?」
端の方へ持ってきた鉱石に対し魔法陣を展開し始めたフロルに、イレーネが尋ねた。魔法展開中に気を逸らさせるような真似はご法度なのだが、気にした様子はない。フロルの方も、それによって支障を来すようなことはなかった。
イレーネは内心で感心を示した。
「その結界魔法は、永続するの?」
「それは……」
「最低限のメンテナンスがいるのね?」
「……はい」
フロルが申し訳なさそうに俯く。それでも魔法陣は描き続けた。
「でも私が毎回しま――」
「メンテナンスの方法、教えてくれない?」
「――はい?」
予想外の言葉を投げられ、戸惑うフロル。その姿を見てイレーネは微笑んだ。
「ここによく来てくれるようになるのはとっても嬉しいんだけど、あなたには自由に生きて欲しいし」
「そんな、束縛されるわけじゃないんですし……」
「でも、少しでも一緒に過ごしたい人ができたんでしょ?」
「……」
黙りこんだ少女にイレーネはゆったり微笑む。その顔から目を背けるようにして、
「……お願いします」
フロルは言った。
「任せて~」
嬉しそうに軽い調子で言うイレーネ。しかし、直後考え込み始めた。
「どうしたんですか?」
十層近く魔法陣を組み上げていた手を止めることなく、フロルが尋ねる。難問にぶつかったかのような難しい顔をして、イレーネは答える。
「……結界を維持する役目なら、監視者って役職じゃおかしいかなぁって」
「どうでもいいです」
「切り捨てられたっ!?」
騒ぐイレーネを適当にあしらうフロル。最高権力者に対する態度じゃないが、フロルも彼女が不安を抱えていることはわかっていた。
しかしあえてなにも言うことなく、黙々と魔法陣を組み立てる。片手で魔法陣を描き終える頃、もう片手で次の魔法陣を描き始める。彼女も並列思考の持ち主だった。
魔法陣を作成、積み重ねる。ひたすらこれを続け、魔法の構成が二十層を越えた時、
突如、強大な圧迫感が二人を押し潰そうとした。
「……ッ!」
瞬間息が詰まったイレーネ。一方、フロルの顔は焦りの色に染まっていた。そのとき、座椅子に備えられた端末から連絡が響く。
『強大個体が体勢を持ち直し、上昇! 塔の最上部へ向かっております! 早くお逃げ下さい!』
最悪の状況だ。まだ結界を完成させていないのに。
「フロルちゃん。結界は置いといて、早く逃げましょう!」
「……」
「フロルちゃん!?」
「ごめんなさい。それはできません」
目の前の鉱石から目を離すこともなく、魔法陣を展開し続けるフロル。その大事な使命でも果たすかのような真剣な様子を見て、イレーネは意図せず微笑んだ。
「……そっか。そんなにその子のことを――」
イレーネが言葉を紡ぎ終えるのを待つことなく、部屋の横壁が吹き飛んだ。そこには一体の、それでいて強大な冥種。
濁ったような不快な黒色の体表。獰猛なイタチのような頭部に獅子の体、それに物語の中の悪魔のような羽。どれもこれもが醜く、それは凶悪だった。
「来て!」
瞬間、イレーネが声を張り上げる。するとその脇に控えるように現れた茶色猫型の招魔が、一鳴きする。すると強大種は、イレーネのとフロルのいる場とは反対側へ注意を向けた。
フロルの結界が完成するまで後わずか。それまで耐えるために、イレーネは招魔への指示に集中した。
イレーネの持つ光系招魔の固有技能『イマジナリィ』。光の屈折を利用し、物体の位置を相手に誤認させるものである。強大種には、全く別の位置にフロルとイレーネの姿が見えているはずだ。
そのはずだった。
突然、強大種がとてつもない迫力の咆吼を放つ。それと同時に『イマジナリィ』は破られた。
「うそ……!?」
そして強大種は、イレーネのことなど見えていないかのように、明確な意思を持ってフロルの方を見た。正確にはフロルの前にある鉱石を見ていた。
それを、フロルも感じた。
――狙いはこの石? この膨大な魔力に引き寄せられてるの……?
そこまで考えながらも、フロルは手を止めない。あと五層。
結界の完成を待つはずもなく、強大種がフロルに向かって動き始めた。イレーネがフロルに逃げるよう叫ぶが、黙殺。彼女はその様子に歯噛みをするが、イレーネの招魔は戦闘向きではないので、向かうこともできない。
しかし、フロルは心配していなかった。ふっと笑いさえ込み上げてくる。
――だって……。
強大種は牙を剥いて目前まで迫っている。そして、
水色の疾風が強大種を、力強く殴り飛ばした。
「……無事?」
「遅刻。埋め合わせしてもらうからね~」
「はぁ、仕方ないな……」
短いやりとりで互いの状態を把握する。浄魔士が束になってかかっても倒せなかった冥種を殴り飛ばした少年は、ボサボサ気味の髪を軽く掻いた。その手にはフロルも見慣れない手甲が付いている。
そこでフロルの方も準備が完了する。
「監視者様! 結界を構築します! 浄魔士に戦線後退の指示をお願いします!」
「わ、わかったわ」
イレーネは衝撃的な光景に絶句しながらも、フロルの言葉に何とか答え、端末を手に取った。イレーネがそれを置いた時、フロルの手元が光り輝く。
「守法特式――『界境』……展開」
フロルのその言葉とともに、都市の外周、隔壁の部分から、空気のゆらぎのようなものが発生する。否、透明な膜だ。光の屈折で揺らぎのように見えているが、都市を覆うように膜が展開され、半球状になろうとしていた。その膜は冥種の侵入を阻み、攻撃を防ぐ。
『■■■……ッ!?』
体勢を立て直した強大種が、その景色に驚くような素振りを見せた。冥種に知能がないというのは誤った認識であることはもう確実だ。そんなことを考えながらも、フロルとその招魔である少年は、その隙を見逃さなかった。
レヴァンが起き上がった強大種の横っ面を殴る。フロルが同時に二つの魔法を発動させる。強大種はぐらりと体勢を崩した後、風魔法で勢いを増した劫火で焼かれた、ふうに見えた。
直後、強大種が咆吼を放つとともに、フロルの魔法が弾かれた。
「……フロル」
「うん……信じられない……」
短いやりとり。しかしその中で、お互いの驚愕を共有していた。
それは強大種が自らの身にまとう黒の波動を壁にして、自分たちの攻撃を防いでいたという事実に対してのものだった。
魔法に対してはほんの少しのダメージが見られたが、レヴァンによる物理打撃は、ほぼ無効化されていた。
「魔法が少し効くってことは……魔力か?」
「かも」
レヴァンが右手に力を込める。するとナックルダスターを更に覆うように、蒼光が現れた。
レヴァンが駆ける。
邪魔な虫を払うように、強大種が横薙ぎの攻撃をレヴァンに向ける。それを大きく跳んでかわすと、
「……はッ!」
裂帛の気合で、拳をその腕に叩き込んだ。濃紫色のオーラが蒼色の拳とせめぎ合った後に、ナックルダスターが破片を散らして傷つく。が、同時に冥種にもほんの少しではあるがヒビが入った。
『■■■■■■ッッッッ!!』
耳をつんざく鳴き声のようなものを上げて、強大種が大きく身をそらした。そして追い打ちをかけるように、刃の風が縦横無尽に強大種に襲いかかる。一際大きな苦悶の咆吼が響いた。しかし、
「がぁ」
ガムシャラに振るわれた腕がレヴァンに当たってしまう。レヴァンなら避けられないはずのない攻撃だったが、塔に入るために跳んだ時の無茶がここで裏目に出る。レヴァンはその一撃だけで反対側の壁に飛ばされた。
「レヴァンっ!?」
フロルが咄嗟に叫んでしまったのも、致命的なミスだった。
咆吼。魔力を内包していてもすべてを弾くことができないほどの濃い波動。それがフロルに膝をつかせる。
強大種は怒り狂っていた。
その意志は、自らの前に立つ者の殲滅。その目はフロルを向いていた。
「……っ」
それを感じ取ったフロルは身をすくませる。その目は、意識せず吹っ飛ばされた少年を追いかけていた。壁にめり込んで、身体の動きを阻害されているはずの少年。しかし、彼は立ち上がって強大種を睨むように立っていた。
フロルはこんな時に安堵の息を漏らす。強大種がその手を振り上げる。すっかり腰が抜けてしまって、フロルはそれを避けるために動くことも叶わない。
それでもなお優しい顔で安堵していたフロルだったが、やがてその顔が強張った。その視線の先には相変わらず自分の相方である少年。
レヴァンは魔法陣を描いていた。
今にも崩れそうに脚を震わせながら、レヴァンは力を込めて陣を描く。魔力の調整もまばら、形も歪なものだったが、その魔法陣にフロルは見覚えがあった。
学校の実習の時間によくふざけてレヴァンにかける魔法。そして、ふざけて使うことが許されない魔法。
囮魔法。
かなり難易度のあるはずの魔法が、レヴァンの手で描かれようとしていた。フロルは反射的に叫ぶ。
「やめてっ!」
レヴァンがやろうとしていることに気づき、止めさせようとするフロル。
「その魔法を使っちゃったら――」
死んじゃう、とフロルは続けられなかった。口にすると本当にそうなってしまいそうで。不安がフロルの喉を塞いだ。
そんなフロルにただ、レヴァンは、
怪我を感じさせないような柔らかな微笑みを向けた。
魔法が完成する。
強大種が振り下ろした腕が、フロルの頭上で止まり、そのギラギラとした目はレヴァンの方へと向けられた。
冥種が踵を返すと同時に、レヴァンもまた足を踏み込んだ。両者の距離が瞬く間にゼロになり、衝突した。
振るわれる腕をかいくぐり、脇に蹴りを叩きこむ。すぐに下がろうとした所でもう一方の腕にはたき落とされ、地面に叩きつけられる。
少しずつダメージは与えているものの、圧倒的にレヴァンがやられていた。フロルがなんとか気を引こうと魔法を何度もぶつけるが、レヴァンの魔法が強力でこちらに目を向けようとすらしない。
「こうなったら……っ!」
フロルが両手を同時に使い、一つの魔法陣を描き始める。大規模魔法陣。複数人用の魔法を一人で発動させようと、魔力をレヴァンから分けた所で、
「……かはっ」
フロルは咳をした。口からなにか飛び出したと思い、地面を見てみればそこには鮮血。鼻からも何かが滴る。手で拭ってみれば、鼻血を出していた。
「……フロル!?」
それに気づいたレヴァンが悲鳴に近い声を上げる。フロルはただ現実のことのようには感じなかった。手についた赤い液体をぼぉっと見ている。
レヴァンは焦った。魔症がフロルの脳にまで影響を及ぼしていたのだ。
「フロルッ!!」
大声で呼びかけながら、レヴァンはフロルと繋がっている不可視のパイプを意識。魔力を奪い返した。途端、フロルがぴくっと身を震わせて、正気を取り戻す。
安堵した途端、レヴァンは再び強大種の攻撃を受けた。
「っ!」
フロルが、心配から魔法を行使しようとする。それをレヴァンは一喝して止めさせた。冷静に判断したのか、フロルは手を止めた。フロルは悔しそうな顔で見ていることしか出来なかった。
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「……ここも片付いたか」
そうつぶやく最年少装器士の少年が、額を拭って周りを見渡す。そこに敵の気配はすでにない。少年は他の気配を探した。しかし、そうしようとした所で、探していた人物の方から来た。
「どうしたんです、ハンスくん?」
「カナン、無事か」
学校とは違う、普段の呼び方に反応して、ハンスは振り返る。一瞥して、近づいてきた妹の状態を確認し、特に以上がないことを知る。しかし、
「……なんで赤くなってやがんだ」
「だって、ハンスくんが心配してくださるから」
いつものように意味のわからない台詞に、ハンスは無視を決め込む。それに文句を言うカナンを遮るように口を開いた。
「次行くぞ」
そう言ってさっさと歩き始めたハンスの後を、カナンは、
「ハンスくん」
ついていかなかった。
「どうした?」
なにか危険を察知でもしたのか、カナンが真面目な顔をしているので、ハンスは真剣に問いかけた。カナンはその目を見つめて、やはり真剣な様子で口を開いた。
「レヴァンくんは無事でしょうか?」
「……おまえが他人の心配をするなんてな。成長したってことか」
「ありがとう、ハンスくん。でも今は――」
「問題ねぇよ」
二人はレヴァンが向かった場所に強大種が到着したことを、先程連絡で知っていた。フロルもいるであろうことも、レヴァンとの会話で推測している。その二人だけで強大種を相手にしているのだろう。しかし、ハンスは問題ないと言い切った。
「アイツは守るということに一際強い意志を持ってた。だから、心配いらねぇよ」
言葉足らずの説明に、納得行かない表情でもするかと思えば、カナンは美しく微笑んでいた。
「……ハンスくんこそ。レヴァンくんのことを信頼しているんですね」
「ぬかせ」
そう言うと、ハンスは頭上を仰ぐ。その天井の先には、レヴァンたちが奮闘しているはずだ。その間、自分たちに出来ることは数えるほどにしかない。
「次、行くぞ」
「はい」
浄魔士のうちでその名を轟かせるパルメル兄妹は、人間に害をなすモノを殲滅せんと、歩き出した。




