【1】ー17 決意と反撃
「浄魔士を全員、東門へ! 門を強化し、状況を報告させてください!」
物見塔は慌ただしく動いていた。連絡用の職員があっちへこっちへと動きまわる。普段ほとんど使わない無線を利用して、イレーネは支隊長全員に連絡を流していた。
パニックの原因は突然響いた衝撃音。そのあまりに大きな音は、すでに四回目が聞こえていた。
東門が壊れる。
自分たちの生活を守っていた隔壁の一部が破壊されるかもしれないという恐怖が、塔の職員の間で広まっていた。
ドゴッッッ!!と、五回目が空気を揺らした。
「いったいどうなってるの……?」
冥種の群れはまだ五キロ地点といったところを移動しているはず。
事態の唐突さに混乱しかけた頭を、イレーネは頬を叩いて無理やり冷ました。緊急連絡を回し終わったことを確認して、イレーネは遠視術式を発動させる。すぐに東門の外を確認。
そこには脅威になりそうなものはなにも見当たらなかった。
大きく頑丈な作りをした門。その外には乾燥した地面。そして、そこに揺らめく陽炎。
「……え?」
イレーネは違和感を覚えた。
今日の天気は曇り。地面に当たらない日光は気温を上げることもない。よって温度差による空気の層が出来るわけがない。陽炎が出来るような状態ではないのである。
イレーネはもう片方の手も使って、その陽炎を拡大した。
陽炎は途切れることなく揺らぎ続ける。増大する違和感。イレーネがそれを自覚するより早く、陽炎が消えた。
イレーネは驚愕のあまり、すぐに言葉を紡ぐことが不可能だった。彼女の目は最も恐れていたものを映していたのだ。
陽炎と入れ替わるようにして現れたのは、冥種の一群だった。
群れというには言葉が足りない。数百もの冥種の軍団が、門の外側に殺到していた。イレーネは驚愕した表情のまま、搾り出すようにつぶやく。
「光学迷彩……!?」
光の屈折を操作し、自らの身体を隠していた。
知能がないと考えられていた冥種のこの行動に、イレーネは絶句した。信じられなかった。レヴァンがこの場にいたのなら、瀕死のはぐれの狼狽する姿を思い出していただろう。
あまりの驚きに呆然としかけたが、イレーネはハッと思い直した。慌てて手元のボタンを押し込む。
「全浄魔士に通達します! 東門から冥種です! ただちに態勢を整えて――」
無線で連絡をし終える前に。
大木が砕けるような嫌な音が響いたかと思うと。
東門が破壊された。
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会場はパニックに陥っていた。
東門が大きな音を立てて破壊された瞬間はその方向を見て立ち止まっていた観客や浄法院生も、なだれ込んできたものの正体を目にするや、怒号と悲鳴を上げて、我先にと都市の中央へ逃げ始めた。
飲み物のグラスが落ちては踏まれ、粉々になっていく音が響きわたる。東門広場や、中央へと続く東通りは狂乱に満たされていた。
とにかく助けを呼ぶ者。家族や友人の名前を叫ぶ者。ついには泣きわめきだす者。
膨れ上がる人の波が、実際の人数の何倍も多く感じさせ、なかなか逃げることができない。それがここにいる者をさらに混乱させた。
ただ迫り来る濃紫色の恐怖から逃れようと、他の者すら押しのけ逃げ惑う人々。
そんな光景を、レヴァンは見つめていた。
「レヴァン、どうしよう……」
隣のフロルが不安げな声を上げる。その声に反応したように大通り側から目を背けると、門の方を観察した。
なだれ込んだ冥種が生活区へ進行する前に、護衛に回っていた浄魔士がそれを食い止めていた。すぐに、連絡を受けたのか増援も駆けつけたようだ。浄魔士たちが態勢を立て直し、迎撃に臨んでいた。
しかし、相手は前代未聞の群れ行動の冥種。一体でも厄介な代物が集団と化して、浄魔士は苦戦を強いられているようだった。その姿は虫のような小さなものから、熊ほどまであるものも存在した。
レヴァンがその様子を見て口を開こうとする。しかし、その前に隔壁に備えられたスピーカーから流れるものがあった。
『全浄魔士へ。警戒タイプCを発令します。第三部隊は民間人を塔のホールへと避難させてください。繰り返します。警戒タイプCを――』
たぶん監視者の声だよな。
そんな感想を持ってから、レヴァンはフロルの手を引いて、中央、塔の方へと向かおうとする。そこまで行けば冥種に襲われることはない。しかしそこで、
『――加えて連絡します』
何かをためらうような間を作ってから、連絡が続いた。立ち止まる必要などなかったが、なんとなくで足を止めたレヴァンは、次の瞬間耳を疑った。
『浄法院生へ。冥種の個体数が想定以上だったため、助力願います。後衛からのサポートをお願いします』
浄法院生が戦線に出ることなど無いに等しい。浄魔士になってからの任務で初めて冥種を相手にするのが通例である。
そのような理由から、聞こえてきた連絡の異質さにレヴァンは困惑を隠せなかった。が、隣の少女は違った。
「レヴァン、行こ!」
握っていたレヴァンの手をぐいっと引っ張って、後衛の浄魔士たちに加わりに行こうとする。とっさのその行動は指示に従う、まさに優等生の行動。
しかし、怖くないはずがない。それを表すかのように、フロルの手は小さく震えていた。
レヴァンは、自らの手を引いて前を走るフロルの背中に呆れたような視線を向けた。
いくら学年首席の成績があるとはいえ、冥種との実戦経験はゼロ。普段実感はわかないが、浄魔士の中には殉職するものも少なくはない。まして自分たちは浄魔士になってすらいない。死ぬかもしれないという不安が心から離れなくて当たり前だ。
――まったく。世話のやける……。
仕方ないから守っていくか、と諦めに似た想いを表情に薄く表しながら、レヴァンはフロルと初めての実戦へと向かったのだった。
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大通りの民間人避難が終わり、人が少なくなる。
そこにいるのは前線で戦う浄魔士たちと、後方から魔法で援護する浄法院生だった。
「主、こちら側の手助けはもういいだろう」
「…………わかった」
アミナは自らの招魔の助言の通りに、東門を離れて隔壁を南に沿うように移動する。
想定外の冥種の数と威力に、隔壁もところどころ破壊され、そこからも侵攻を許すような状況になっていた。東門の迎撃態勢が整ったため、アミナは未だ手薄な方へと加勢しようとしているのだった。
「…………レヴァンたちは?」
「確認はしていないが……。心配か?」
こんな状況にもかかわらず、ミグルスのからかうような声音に顔を朱に染めるアミナ。その様子を見てから、ミグルスはアミナが答える前に続けた。
「まあ、あやつのことだ。しぶとく生き残っているだろう」
そんな信頼を隠したような物言いに、アミナはくすっと笑った。
「…………そう、だね」
感謝の気持ちを込めて返すと、アミナは緊張がほぐれた身体を一生懸命に動かした。
「…………私が、頑張らない、と」
移動中に気合を入れなおしたアミナは、目的地に到着すると同時に思わず目を閉じてしまいたくなった。
肩口を切り裂かれ、足を食いちぎられ、冥種との戦いで怪我を負った者たちがあふれていた。
隔壁が崩れそこから侵入してくる冥種。それを浄魔士たちが迎え撃つ。しかし、少ない。圧倒的に人手が足らず、一人、また一人と倒れていく。
また一人、腕を裂かれ、倒れてしまう。
それにアミナは目を閉じないように強く心を持って、駆けた。
「…………大丈夫です、か?」
そういってアミナは、一番近くにいた怪我人の傍らに膝をつく。その怪我人に意識がまだあるということを確認してから、
「…………ミグルス」
「安心しろ。守護しておく」
そう言って、アミナは一度目を閉じて集中すると、魔法陣を的確に描き始めた。
しばらくしてアミナが魔法陣をほぼ描き終えた時、浄魔士の戦線を突破した、獅子の姿をした冥種がアミナに狙いを定め、襲いかかった。
アミナは目を閉じていてそれに気づいた様子もない。そのまま、冥種の凶爪がアミナを引き裂こうと振り下ろされたところで、
冥種は丸ごと凍りつき、粉々に砕け散った。
それと同時にアミナの魔法陣も完成する。
魔法陣をかたどる蒼光が輝きを増し、蒼い光球へ。そのまま球体は怪我人の切り裂かれた腕を包んだ。
やがて光球が消える頃には、腕の傷はちょっとした切り傷ほどにまで回復していた。
「完了か?」
「…………うん」
額に浮かんだ汗を拭うアミナに、ミグルスは心配そうな顔を向ける。
治癒魔法は効果が薄い。そのことに不満を感じたアミナはフロルと協力して、より効率的な治癒魔法を考案していた。
しかし、劇的に良くなったわけでもなく、効果を期待するには強力な想像力と集中力を必要としていた。それこそ、自分の精神を磨り減らしてしまうほどの。
ミグルスの視線に笑顔を返し、アミナは立ち上がった。足元の怪我人が覚め始めたのを確認してから、別の怪我人の元へと急いだ。
多数の敵を相手にするほどの攻撃は、まだ私にはできない。だから、自分にできることを。そうすることが、自分の目指すものに近づく一番の方法だから。
「…………レヴァン、無事でいて……」
そうつぶやくと、アミナは自分の使命を果たしに動き始めたのだった。
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「くそっ馬鹿みたいに多いな……!!」
悪態をこぼしながら、魔力をまとった素手で冥種を殴り飛ばす。それで冥種の方は気力が尽きたのか、砂のようにサラサラと体が崩れ、そのまま風に乗って消えた。
冥種の弱点は特にない。しかし体力はほとんどないようで、消耗させてそれを尽きさせれば倒すことが出来る。
レヴァンは顎先の汗を拭って、前に目を向けた。そこには二体の冥種がこちらに襲いかかろうとしていた。
レヴァンは膝を軽く曲げてタメを作ると、
足音だけを後に残すようにして消えた。
いや、加速した。目に見えないほどの初速で冥種に近づき、無防備になっている腹部に片方には手刀を、もう一方には蹴りをそれぞれ入れた。
直後、驚いたことに冥種は切り裂かれた。触れるか触れないかの攻撃によって摩擦で切り裂かれたのだ。並の装器士ですらもできないことであろう。安定を失った冥種は、そのまま砂となって消える。
着地した途端左右から襲いかかってきた新手の冥種を、足に魔力を送っての跳躍で回避。そのまま自らの真下でぶつかり合う冥種が、すぐにレヴァンを見た。赤い目がレヴァンを捉えた。
レヴァンは重力に従って落ちていく。このままでは冥種に攻撃されるだろう。しかし、
レヴァンを見上げる冥種は、直後、炎に包まれた。
『■■■■ッッ!?』
断末魔の叫びを上げて砂に還る冥種。それをレヴァンは素早く確認して、レヴァンは後ろから援護してくれている自らの契約者に感謝の意を込め手を上げた。
反応があったことを確認してから、離れすぎた距離を縮めるため、レヴァンはフロルの元へと戻った。
「おつかれさま。怪我は?」
「ないよ。そっちは?」
「私も」
レヴァンは安堵すると、状況を見極めた。
東門外側。冥種自体は確実に減っているが、それでもいまだ数百体という表現で合うような数。それに比べて、怪我などで戦える浄魔士の数は減っている。明らかに不利な状況だった。
フロルとともにレヴァンは、本職の浄魔士に混ざって最前線で冥種を食い止めている。しかし、このままではフロルを危険に晒してしまうことになる。
――援軍の見込みはもうない。士気は低くない……が、やはり数が多すぎる。せめて、冥種の侵攻を阻むことができたら……。
と、そこまで考えた所で、レヴァンは思いついたことがあった。
「フロル」
「なに?」
冥種の群れの真ん中に高位の爆発魔法を落とした後、フロルが振り向いた。レヴァンはその目を真剣に見て、
「おまえの考えたあの結界は出来るか?」
尋ねた。フロルは一瞬ぽかんとしたが、すぐに正気に戻る。
「……結界って、あの?」
レヴァンが真夜中の保健室でフロルから見せてもらったもの。結界の構成図はすでに出来上がっていると以前フロル自身が言っていたのをレヴァンは思い出していた。
「まさかあれを試す気? 失敗したらどうなるかもわからないんだよ?」
「失敗しなければいい。あ、もしかしてあの構成図を描いた紙がないと無理か?」
「いや……構成図は頭の中に入ってるけど……」
あの構成図を覚えてるのかよ、と内心舌を巻きながら、レヴァンは強く働きかけた。
「このままじゃ冥種にシレンティアを乗っ取られる。そうなる前になんとかしなくちゃいけないんだ」
レヴァンは言葉に力を込めるあまり、目の前の両手を自分の両手で力強く包み込んだ。そのうえ、真っ直ぐフロルの目を見つめた。
「え、え、ちょっと、手が……!」
困惑しているようなフロルの様子も気にせずに、レヴァンはなんとかしてもらうように頼み込む。
「どうだ? やってくれないか?」
「え、えっと、その……」
「……無理か?」
「無理じゃ、ないけど……」
「それなら!」
「う、うん。わかった……」
やはり不安なのだろう。歯切れ悪く承諾したフロルを勇気づけるためにレヴァンは力強くその手を握ってから、離した。
「あ……」
「ん? どした?」
「いやいや! なんでもないよ……」
どこか残念そうに、手のひらを開いたり閉じたりするフロル。その様子を不思議そうに眺めてから、レヴァンは周りを確認した。
浄魔士が集まって大規模魔法を展開して冥種を一気に減らす。それを逃れたものを招魔や、数名の装器士が討つ。しかし、それでも全てを倒すには至らず、何体かの侵攻を許し、浄魔士が倒される。
状況は悪くなっていた。
「……フロル」
「……うん。結界は都市の中心から発動しないとダメだから――」
「物見塔か」
示し合わせてからその場を離脱する二人。直後、浄魔士の悲鳴が聞こえ、二人は顔を歪めた。
しかし、立ち止まらない。
二人は真っ直ぐ物見塔へと向かった。
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「あ、ありがとう」
「…………どういたし、まして」
重傷を擦り傷程度まで軽減させた浄魔士が再び戦線に加わる。アミナは上がっている息を落ち着けるために、深く深呼吸を繰り返した。
何人目だっただろう。
数えるのを忘れるほどの人数に治癒魔法をかけ、アミナはかなり精神的に参っていた。幸い、招魔を前衛、浄魔士を後衛というスタイルから、浄魔士は攻撃、招魔はその守護というスタイルに変わって、怪我人は減った。しかし、ゼロではない。
アミナはふらつく足で一生懸命支え、次の怪我人へと向かう。しかし、
「撤退しろ!」
誰かが上げたその声を脳が理解するより前に、
地響きを立てて現れた巨大な冥種に、戦線が吹っ飛ばされた。
「…………え?」
アミナは咄嗟に理解することができない。それほど、目の前のものは非常識すぎた。
高さは五メートル超。体長にいたっては、十数メートルはある象のような形をしていた。ソレが一歩踏み出すたびに、何人もの浄魔士が回避行動を取るハメになる。
その威力は招魔で完全に止めることも叶わない。殺傷能力の高い攻撃魔法を次々と撃ちこむも、冥種にできるのは擦り傷程度。
あまりに浄魔士側は無力で。為す術が、なかった。
「…………こんなの」
止められない。私たちじゃこんな大きいのは……。
アミナは我知らず震え、尻餅をついた。しかし、その目は強大な冥種を見続けた。そらすことが出来ない。
どうすれば、いいの……?
アミナが、そう途方に暮れかけたとき。
「士気がくじかれたな。無理もない。これまでとは桁違いの強力な個体」
弾かれたようにアミナが隣を見ると、傍らにミグルスがいた。その目は真っ直ぐ冥種の方へ。
「……主、生命力は残っているか」
「…………?」
「まだ、動けるか?」
その答えを聞いて、アミナは戸惑った。
動けても意味のない力の差だ。そのことを実際に目にしたミグルスもわかっているはずなのに。なんでそんなことを。
巨大な冥種は少しずつ、しかし確実に近づいてきている。少しずつ地響きが近くなってきている。
怖い。怖い。止めようと自分を抱きしめていても体が震える。歯の根が合わない。恐ろしい。アミナは頭の中の殆どをその考えに支配されていた。
けれど、
「…………まだ、大丈夫」
そう言って、アミナは目の前の困難を正面から見据えた。
確かに怖い。これほどの実力差があれば、一瞬で終わってしまうだろう。地響きを鳴らすあの大木の幹のような足の部分で踏み潰され、腐食効果であとも残らないかもしれない。考えるだけで全身に寒気が襲ってくる。
だけど、諦めたくはなかった。
それだとあの少年に合わせる顔がないから。
ずっとつらい思いをして、でも諦めなかったあの少年に顔向けができないから。
だから、私は諦めない。
「……そうか」
そんなアミナの思いを感じたのか、優しい声音で応えるミグルス。それで何がしたいの、とアミナが疑問を発しようとする。しかし、ミグルスはそれを遮った。
「それなら、その生命力を貸してもらうぞ」
え、と訳がわからず、アミナがミグルスの方を見た時にはその姿を消していた。
「…………ミグルス?」
アミナがそうつぶやいたのと同時、アミナの耳に聞きなれた、それでいて大きな音が聞こえてきた。すなわち、物が急速に凍りつく音。
浄魔士たちの声が上がる。悲鳴ではなく、それは驚きと困惑の声だった。アミナがふっとその方向を見ると、
東門すぐ外側まで接近していた巨大冥種が、全身氷漬けになっていた。
そして、その正面。狼のような姿をした大型の魔物が座っていた。
突然の状況変化に全員の反応が追いつかない。
構図からいって氷漬けにしただろうその魔物は、人を背中に乗せられるほどの大きさで、オスワリでもするような体勢で、象の冥種をやや見上げていた。
その光景にアミナは言葉を紡ぎ出せずにいた。
他の浄魔士のように畏怖によって、ではない。その姿に見覚えがあったためだった。
あれはまるで、自分の招魔の黒い子犬――
《 聞け、人間たちよ 》
そこで聞こえてくるのは空気を轟かせるような重低音。声といえるのかわからないほどの振動が、離れたアミナにまでのしかかってきた。威厳。この文字を表したような声だった。
《 我が名は「猛き者」。今、気高き盟約により誘われた氷の精獣 》
異常な力を感じさせる存在を目の当たりにして、他の冥種たちも動きを止めていた。それと並行して浄魔士がざわめき始める。
氷狼――氷属性最上位の魔物の放つ圧迫に、支隊長までもが動きを止めているようだった。そしてアミナも、驚愕とともに気高き氷狼を見つめていた。
――……ミグルス……本当にミグルス、なんだ……。
体の底から溢れてくる安心感を自覚して、アミナの顔はわずかに綻んだ。アミナは立ち上がって駆け寄りたい衝動に駆られるも、身体から力が抜けてしまって動くこともままならない。しかし再び目を上げた時アミナは、こちらを振り返っていた精獣と目が合った、気がした。
《 人間達よ。今、汝らは苦境に立たされている 》
ようやく支隊長が我を取り戻したようにハッとする。その様子を確認したように頷くような素振りを見せると、氷狼は、咆吼を放った。
《 しかしそれがどうした! 数に押し流されようとも、強大なモノが脅かしそうとも、汝らには守りたいものがあるのだろう! 思いだせ、誇り高き者たちよ! 》
それはこの場の浄魔士たちだけではなく、都市全体に響き渡った。
避難しているはずの家族や恋人を守るため。故郷であり、揺り篭だったこの都市を守るため。再び笑顔で帰るため。
浄魔士たちはその瞳に光を取り戻す。その手にぐっと力が込められた。
――そうだ、俺たちには勝たなくてはいけない理由がある。
《 降りかかる脅威は全て払い、且つ自らも無事で帰る。それが絶対条件だ。……出来るな? 》
咆吼に比べるとはるかに小さくなった声には、その場にいる者の心に直接語りかける何かがあった。
そこでその場の指揮をとる立場である支隊長が最初の勢いを取り戻す。いや、それより勝るように声を張り上げた。
「言われた通りだ! この化物たちを全部倒して、その上で俺たちも生き残る。それが今回の任務だ!」
その声に再び動き出した浄魔士たち。ある者は招魔の魔力を自らの身体に満たし、ある者はその手にある武器を強く握りなおす。
「総員、気合を入れろ! 今から俺たちがこの都市を守る!」
支隊長が、その位を表す純白のジャケットを羽織り直して、腕を突き上げる。
瞬間、冥種を圧倒するほどの声の振動が、地面をも揺るがした。
《 我も力を貸そう。敵を殲滅するのだ 》
自らの招魔であるその氷の精獣を最後まで目に収めてから、気力の限界を感じてアミナはゆっくりと目を閉じた。それと同時に浄魔士たちがそれぞれで雄叫びを上げながら、迫る困難に立ち向かう。
浄魔士たちの反撃は、ここから始まった。




