【1】ー16 模擬戦…
来たる模擬戦当日。
レヴァンたちはいつもより早く登校して、会場の準備を手伝っていた。
模擬戦は浄法院ではなく、浄魔士の管理下にある外周の隔壁に近い都市の東門前で行われる。観客として議会のメンバーも訪れるので、浄魔士がその護衛につくようだ。ちなみに監視者は、職務で塔から離れることができないため、遠視術式による観戦であるそうだ。
参加者が会場準備をすることになっているので、ハンスとカナンは準備には加わらない。フロルとアミナは会場の方で細々とした通信機器の設置や観客席の整備、レヴァンは浄法院から会場まで必要な物資を運ぶという力仕事である。
三度目の機材運びを終え、レヴァンは再三再四、浄法院へと戻ってきたところだった。
「えーっと、次はA型の角材か……」
手元のメモ帳に目を落としながら、小走りで進む。校舎の裏にある倉庫へ向かうレヴァン。しかし校舎棟の前まで来た所で、そこにパルメル兄妹と教官が話している姿を見つけた。
「冥種の一群が迫るのは来週あたりらしい。二人とも気を引き締めておけ」
「わかってる」
「助言をありがとうございます」
校舎の昇降口を少し入ったところに三人がいたため、話の内容が聞こえなかったが、重要な話をしている様子だった。
邪魔をしても悪いと思って、レヴァンは足を緩めることなく倉庫へと向かった。
「……ぐぇ」
予想外の重労働の末、床に潰れてしまったレヴァン。会場に転がしておくわけにもいかず、フロルとアミナが協力して会場の外れへと移動させたところだった。
会場といってもそこまですごい設営がされているわけでもなかった。
十メートル四方のスペースを空けて、その周りに椅子を並べて観客席を作ったものだ。観客席には日射しを遮るための足の長いテントが構えられ、同じような作りで運営席のようなものも一角に作られていた。
それでもレヴァンが疲労を感じているのは、観客席の土台運びと運営の機材がそれなりの重量があったからである。
「飲む?」
「…………うん」
フロルが差し出した飲み物をアミナが受け取る。ストローからチュウと水を吸い込む様子を見て、レヴァンが倒れたまま声を発した。
「俺には?」
「あそこで配っているから取ってくればいいよ」
フロルが指し示す方向には、浄法院の教員たちが飲み物を配っている。日射しが強いため、学校側の配慮として水が配給されているのだ。
その方向を顔だけ向けて見るレヴァン。手をその方向へと伸ばす。が、パタッと力尽きた。
「…………取って、くる?」
「駄目、アミナ。甘やかすと癖になるから」
「……俺はペットか何かかよ」
ため息をひとつ吐いてから、レヴァンは起き上がった。
そして、斜め上を見上げた。そこにそびえ立つ「物見塔」の頂点を凝視するように、目を凝らした。
「…………どうした、の?」
不思議そうな顔でアミナが尋ねてくるのを、レヴァンは、
「なんでもないよ」
笑顔で誤魔化した。
「……?」
その様子にフロルも疑問を感じたが、
「さて、そろそろ始まるから、俺らも用意しよう」
レヴァンがそう言って二人を急かして、話はそこで有耶無耶になってしまった。
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「これを感知するなんて……すごいわね」
遠視術式を一時的に解いてから、そう感心したようにつぶやいたのは、塔の最上階でリラックスして座っている監視者イレーネだった。
「どうかされましたか?」
傍らで朝食の用意をしていた側近の女性を見て、微笑んでみせる。
「大したことじゃないの。それにしてもおいしそうね。ありがとう」
「いえ、料理人も喜ぶことでしょう」
そう言ってから、その女性は脇へ下がった。朝食の用意ができたのだ。プレートの上にはおいしそうなオムレツが乗っていた。
「それではいただき――」
「食べる前に用を言え。この覗き魔」
一度持ったフォークを再び置いてから、イレーネは可笑しそうに笑った。
「エルちゃん、覗き魔だなんてひどいよ~」
「事実だろう」
エルゼは、遠視術式を使って生徒を覗き見していた目の前の最高権力者を半眼で見つめた。それにイレーネは更に可笑しそうに笑った。
「ヘラヘラ笑わなくていい。早く言うことを言え」
エルゼに促され、イレーネは仕方ないなー、と口を開いた。
「例の水色の髪の子……レヴァンくんって言ったかな? その子を連れてきてほしいの」
「……検査でもするのか?」
少し間を開けてそう返したエルゼを不思議そうな顔で見た後、イレーネは本日一番の笑みを浮かべた。
「ふふ。別に人型魔物の調査なんてしないから安心して。エルちゃん、生徒思いなんだね」
「勘違いするな」
そう言ってからエルゼは柱に身体を預ける。無表情を保っているようだったが、イレーネが見るところ、照れているようだった。
「エルちゃん、かーわいっ」
「黙れ」
嘆息しながら言うエルザは少し疲れた様子だった。
「にしても、今年はなんだか才能が目立ってきたね。すごく楽しみ」
そこまで言ってから、そういえば、とイレーネは脇に控える女性に目を向けた。
「娘さん、元気?」
「はい、おかげ様で。浄法院の方に通わせてもらっております」
「優秀らしいわねぇ?」
「そう言っていただけるのも援助をしてくださったイレーネ様のおかげです」
「だって、こんな優秀な側近の娘さんだもの。期待できそうじゃない?」
「光栄です」
軽く一礼をする側近に笑顔を向けたまま、朝食に目を向ける。そのとき視線を感じて顔を上げたイレーネは、自分に白けた目を向けてきているエルゼに気づいた。
「どうしたの?」
「私の仕事はレヴァンを呼んでくることだけか?」
エルゼが単純な質問をかけてくる。イレーネは少しも考えることなく答えた。
「そうだけど?」
途端、エルゼは頭痛でもするのか、こめかみを押さえた。
「……あのな。浄法院の生徒一人を呼ぶなんていう機密性の低いことは通信機器で言えばいいだろう」
「だって――」
心底呆れたような声を出す旧友に、イレーネは満面の笑みで答えた。
「エルちゃんに会いたかったんだもの」
「…………はぁ」
エルゼはそれに応えることなく、頭上を仰いだ。
「それにしても楽しみ~。どんな試合を見せてくれるのかしら」
にこにこ笑顔のままそんなことを言うイレーネに、
「おまえが楽しみにしているのは一人だけだろう?」
顔を元に戻してエルゼが修正を促す。それに少しだけ驚いたように目を丸くした後、イレーネは意地の悪い笑顔を見せた。
「エルちゃんもレヴァンくん達には期待してるくせに~」
「うるさい黙れ」
からかわれることを好まないエルゼが、知るかというように踵を返してその場を後にする。それに続いて側近の女性も仕事を終えて、
「失礼します」
と一礼してから出ていった。
その様子を笑顔で見送りながら、イレーネは一人、先ほどのエルゼの言葉を思い出していた。そして、おもむろに遠視術式を再開する。
イレーネは会場で楽しそうに話す三人組、そしてその内の一人である少女を捉えた。
「本当に……楽しみ」
いつもとは異なる、慈しむような声でそうつぶやいた。
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模擬戦には予選はない。観客がじっくりと見るためか、二つのフィールドしか用意されてなく、そこで試合が行われるのだ。
形式はトーナメント。敗者復活戦はない。よって、試合に負ければその場で観客に移ってしまう。そのせいか、参加する生徒たちは気合十二分といった顔をしていた。
「それが報われるかどうかが実力なんだけどさ」
そんなことを呟きながら、レヴァンは目の前の試合を見ていた。
第二学年同士の試合。どちらもレヴァンの知らない顔であったが、フロルが言うには総合の成績上位者らしい。
同じ年齢の生徒がどんな戦いを繰り広げるのか興味があったレヴァンは見ていたのだが、その結果はレヴァンがつぶやいた言葉がよく表現していた。
試合が二つしか行われないということは、観客半分以上の視線が選手に注がれるということと同義である。将来有望な浄魔士候補を見極めるために訪れる、隊長クラスの大物浄魔士も少なくない観客。そんな中にあって、簡単に慣れることなどできるわけもなかった。
緊張である。
手足の動きを阻害するまでになっている緊張のせいで、魔法陣が効果を起こすこともなく、戦いは実質招魔どうしの一騎打ちになっていた。
「なんかなぁ……」
苦笑を漏らしてしまうレヴァン。それほど面白みにかける試合だった。
「…………緊張、してきた」
選手の緊張が伝わってきたのか、そんなことを言うアミナ。周りを見てみると、意外とそんな生徒は多いようだった。しかし、
「そう? アミナなら絶対勝てるよ」
その隣にいるフロルは、緊張という言葉を知らないのではないかと思うほどに自然体だった。
「…………フロル、余裕」
「そんなことないよ? ただ、緊張しても意味ないと思うだけ」
笑顔で語るフロルを困ったような表情で見るアミナ。
たしかにわかっててもできないよな、とアミナに共感しながら、レヴァンは二人を見る。しかし直後、そういえば、と口にすると二人に尋ねた。
「ハンスとカナンってどこ行ったんだ?」
「…………二人は、浄魔士。護衛に」
「……へぇ。カナンはともかく、ハンスもちゃんと浄魔士っぽいことしてるんだな……」
なんとなく感心しながら、もう一方の試合を見てみる。そちらも第二学年で……やはり同じように緊張で面白みのない試合をしていた。そのため、
「……ちょっと、歩いてくるよ」
そう言ってレヴァンは会場に背を向ける。フロルやアミナが止める間もなく、レヴァンはさっさと人と人の間を抜けだしていった。
抜けだしたはいいものの、することもなくうろつくレヴァン。
「て言っても、そんなに時間もあるわけじゃないし……」
そんなことを呟きながら、足を投げ出すように歩く。ついでになにかないかと周りを見渡した。
ウォォォ……ォォ……ン…………――
ふいに聞こえる音。東の方向、以前も聞いた遠吠えのようなこの音に、レヴァンは顔をしかめた。
「疲れてんのかな? やばいなぁ……試合に支障が出なきゃいいんだけど」
一人苦笑を見せながら頭をかいていると、レヴァンはふっと後ろを振り返った。
「……この気配に気づくか。貴様、実力を隠していたな?」
そこには教官が立っていた。
レヴァンは驚いたような顔を見せる。
「いえ、振り返ったら偶然。教官がいたのでびっくりしました」
「……そういうことにしておくか」
意味ありげに薄い笑みを浮かべると、教官はレヴァンの肩を軽く叩く。
「もう戻れ。試合前に契約者から離れるのは、招魔としてどうなんだ? 契約者が不安がる」
「アイツはそんな奴じゃありませんよ」
笑いながら答えるレヴァンを見て、教官の目がスッと細くなる。
「本当にそうか?」
「え?」
存外真面目な声に、レヴァンは驚きを隠せずに問い返した。そんなレヴァンをしばらく見て、やがてフッと笑った。
「まあいい。とにかく戻れ。もうそろそろ貴様の番だろう」
そう言って促した教官。言うことも嘘ではなく、もうそろそろフロルが文句を言い始める頃かもしれない。しかし、レヴァンは最後に余計な質問を繰り出した。
「教官」
「なんだ?」
「どうして俺の試合開始時間を知ってるんですか? 生徒全員の分を覚えるのは無理だと思うんですけど……」
その言葉に教官は反応を示さなかった。
ただ、落ち着きなくタバコの箱を探し始める。そして一本に火をつけ、口にくわえると、
「そんなことはどうでもいいだろう。とにかく戻れ」
「いや、そんな誤魔化さなくても――」
「いいから戻れ」
「どうしたんですか? なんか様子が――」
「戻れ」
「……わかりました」
曇り空で特に気温が高いわけでもないのに、顔が赤くなってきた教官。そんな様子を見てレヴァンは不思議そうに首をかしげた。
釈然としないまま、教官に断ってから仕方なくレヴァンは来た道を戻った。
……途中、「攻略対象外!」という少女の声が聞こえた気がしたのは、正真正銘空耳だろう。
「おそーい!」
「ごめんごめん」
フロルのふくれっ面での出迎えに、レヴァンは苦笑で応じる。
会場を後にした時よりも人垣は厚くなっており、通り抜けるのが一苦労だったため、レヴァンがフロルのもとに戻ったときには、あまり時間的余裕は残されていなかった。
「もう! アミナの晴れ舞台を見逃すところだったんだよ? ちゃんと反省してよね」
「あぁ。アミナ、ごめん」
素直に謝るレヴァンに笑顔で応じるアミナ。彼女は、傍らのミグルスと作戦会議の真っ最中だった。
招魔は喋らないものが大半である。ミグルスとレヴァンを除けば浄法院にはほとんど存在しないだろう。そのため、アミナの「作戦会議」は周りにとってかなり異な事だった。
次はアミナの試合。そしてその次がフロルとレヴァンだ。自分より前の試合を選手は見ることができるが、直後の試合を目にすることはできない。
そのため、お互いに激励の言葉をかけるタイミングはここにしか無かった。
作戦会議が終わったのを見計らって、フロルがアミナの手を両手で握った。
「お互いがんばろうねっ」
「…………うん」
恥ずかしそうに俯くアミナ。しかし、その笑顔は最初の頃の固まったものではなかった。
レヴァンがそれを微笑ましく見ていると、隣に気配を感じた。
「変な目を向けるでない」
「向けてないよ」
隣に来たミグルスを見る。当たり前のことだろうが、その様子に緊張はない。なにを考えているかをぼんやりと理解して、レヴァンは口を開いた。
「この模擬戦は負けても実は大したことない。大怪我もしないしさ」
いきなり語りだしたレヴァンに不思議そうな顔を向けることもなく、ミグルスは続きを促す。それを確認してレヴァンは続けた。
「だけど、アミナにとっては今までの練習の成果を試す時だ」
レヴァンは真夜中の氷景色を思い出しながら、ミグルスの方を見た。わずかに笑みを浮かべながら、
「負けんなよ?」
「おぬしに言われなくとも承知している」
やや憮然とした顔になりながら、ミグルスは言った。それをそのままからかうような笑顔に変えた。
「おぬしも醜態を晒さぬようにな」
「ぬかせ」
お互いに健闘を祈ってから、すでに会話を終えていたそれぞれの契約者の元へ戻る。
「…………行く」
「うむ」
そう確認しあってから、アミナとミグルスは選手控え室へと向かっていった。
自分に自信が持てなかったアミナ。その少女が自ら勇んで向かっていったその姿を見て、レヴァンとフロルは二人ともうれしそうな表情を浮かべていた。
アミナの姿を最後まで見送ってから、
「じゃあ、私たちは特等席でも探そっか」
「そうだな」
レヴァンとフロルも頷き合って、歩き出す。二人もアミナに負けないよう気合を入れ直す。
そんなときだった。
シレンティアの東門が、大地を揺るがす大きな衝撃音を放ったのは。




