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天焔は風に揺られる  作者: 命命涙涙
青年、武器を持て
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13/13

闘争、奔走

自我

 カルツァは相も変わらず闘争の町です。人々は血の沸き立つ興奮を求め、己は絶対に巻き込まれたくないと考えながら、刃と肉の交錯するその舞台に歓喜しています。しかし、何故人々は好まぬはずの争いに心躍らせるのでしょう?立たなくても良いはずの戦場に立つ輩にしてもそうです。彼らは何故戦うのでしょう?他に金を稼ぐ手段がないからなのでしょうか?


 生きるため、ですか。わざわざ命を賭博に使うのは。そうなのですね。それならば、彼らは私たちと何ら変わりはしませんね。そうでしょう?私たちはすべてを賭して戦いました。それは私たちに欲するものがあったからです。何かを欲するということ、そのために武器を取ること、それらに程度の差というものは存在するでしょうか?しない、というのが私の答えですが。


 時に、アストル、誰かに覗き見をされているというのは、どうにも気分が悪いものですね。これも、私たちの業なのでしょうけれども。


*


 私が見ていることを察知できる人間がこの世にいようとは!いや、彼女は人間ではないのかもしれないが。天の焔、彼女の存在はどうしても何か引っかかる。彼女を知っているような気がするのだ。私が美しきセレスティアを記憶の奥底に感じ取ったのとはまた違う――絶対に出会ったことがないと断言できる、といったところか。興味深い、非常に興味深いことだ。


 さて、天の焔が見下ろしていた町を、私もまた見下ろさねばならない。後ろ髪を引かれる思いでルーセチカに背を向けたエセルが、今カルツァの地を踏みしめているのだ。彼の気が余計に進まないのは、前回この場所を訪れたときのことを忘れたわけではないからだろう。


 メリッサもまた、この町に足を踏み入れるのには勇気が必要だった。父親のテオは酒に酔うと、カルツァで起きた荒事を彼女に嫌と言うほど語って聞かせた。彼女は血を見ることがまったく好きではないし、その上、豊かな想像力のせいで怖気の走るような光景がありありと脳裏に浮かんでしまうので、父の武勇伝を聞くのは嫌いだった。逃げようとして逃げられるものでもなかったけれども。


 セレスティアはというと、兄妹の躊躇いのことなど気にすることもなく、馬車を下りるなり町に踏み込んだ。アリステアが素直に彼女に従うのを、兄妹は悩ましげに眺めた。アリステアは二人が奇妙なところで立ち尽くしているのに気が付くと、わざわざ彼らの元に戻って言った。


「どうしたの?」


「どうしたというか……ここに入るの、嫌じゃないのか?」


「嫌だと思わなきゃいけない理由があるの?」


「そりゃ、カルツァだぞ」


「僕、よく知らないもん」


 アリステアは気を悪くしたように言った。エセルとメリッサは目を見合わせる。


「カルツァはね、町全体が闘技場のようになってるのよ。普通の人でも巻き込まれることがあるから、入るのは危険なの」


「闘技場って何?」


「えっと、闘技場っていうのは――」


 そう言いかけたところで、メリッサはセレスティアが前方で立ち尽くし、三人を黙って見つめているのを目にした。不満げとは言わないまでも、もの言いたげなその眼差しに、メリッサはいたたまれなくなったらしい。


「でも、行くしかないのよね!」


 彼女は無理に明るい声色で言うと、エセルとアリステアの背を押して町の中へと突き進んだ。エセルはため息を押し殺した。彼らが追いつくと、セレスティアは特に何も言わずに再び歩き出そうとした。一体どこを目指しているのやら。


「当てでもあるのか、セレスティア?」


 エセルが尋ねると、彼女は怪訝そうに振り返った。


「ないけれど」


「じゃあ、どこに行くつもりなの?適当にうろついたら危ないんじゃない?」


 起こり得る惨劇を思い描き、メリッサは身震いしてセレスティアのすぐ後ろについた。セレスティアはわずかに眉を上げる。


「そうでもないと思うわ」


「どうしてよ?」


「彼、前のように噛みついてこないもの」


 彼女は物影を振り返った。兄妹は慌てた様子でその方向に素早く目をやる。すぐに、そこからくたびれた顔の男が顔を出した。それは以前エセルがこの町を訪れたときに彼を襲い、セレスティアの返り討ちに遭った男、ブーキーであった。


「気付かれてたか……はは……」


 エセルがすぐに身構える。


「何の用だ?」


「そうかっかすんなよ。あんたら、ちょいと仕事の話でもしないか?そこの姉ちゃんほどの実力があれば、問題が解決するに違いねえんだ……頼りにしてえ奴も今はいねえことだし」


 ブーキーが低く呟いている間に、セレスティアは彼の横を通り抜けた。


「そんな暇はないわ。宿はどこ?」


「そう突っぱねてくれるなよ、頼むからさ!そうだ、俺のところに泊めてやる!もちろん、ただでな!だから、もう少し俺の話を聞いてくれよ」


 セレスティアは足を止めず、他の面々も彼女に従った。ブーキーは慌てて彼らの進路に立ちはだかる。


「あのな、ここの宿は高いんだぜ?言っちゃ悪いが、あんたらじゃ一拍だってできやしねえよ。あんなところに泊まるのは、金がありすぎて馬鹿になった連中だけだ。大して居心地も良かねえ。だが、俺の……というか親分の家なんだが、そこは城に見紛うくらい立派だ。そこにただで泊めてやるって言ってるんだよ。わかってんのか?」


「わかるわ。あなたの気遣いが必要ないということがね」


 セレスティアは目も合わせずに言い捨てた。ブーキーは衝撃を受けたように立ち尽くし、徐々に遠ざかっていく一行の背中を見つめていた。が、沸々と苛立ってきたのか、あろうことか聞き分けのない子どものように地団駄を踏み始めた。


「何だ、何だよ、畜生!俺が下手に出てやってるってのに!ただでさえ厄介なことばっか起きてるってのに!このままじゃこの町は終わりだ!くそったれ、親分に何て言ったらいいんだよ!」


 と、悲劇の主人公よろしく頭を抱える始末である。メリッサは思わず振り返り、憐憫の情を彼に向けた。


「……何だか困ってるみたいよ」


「ほっとけ、人の命を弄ぶくそ野郎だ」


「だけど、皆あのおじさんを悪く思ってないみたい」


 アリステアが呟いた。エセルは渋い顔をしつつ、少年に一応目を向ける。


「何でわかるんだ?」


「死んだ人たちの誰も、あのおじさんに恨みがましいこと言ってないもん。可哀想な奴だ、とか、あいつらも構ってやったらいいのに、とか。そんなのばっかり」


 それはそれで馬鹿にされているのだろうが、確かにブーキーは憎まれ口を叩かれるような男ではない。私には理解できない理由によって、彼は鼠闘士たちから奇妙な敬愛を集めていたのだ。屑連中の頂点――ではないにせよ、それに近い地位を占めるが故なのか……いずれにせよ、彼が嫌悪されていると考えるのは間違いだと言う他なかった。


「話くらい聞いてあげたらいいのに」


 アリステアが呟いた。


「そうだぞ!話くらい聞けよ!」


 耳の良い奴だ。セレスティアはブーキーのがなり声に辟易した様子で振り返った。


「頼みがあるなら初めからそう言えばいいじゃないの」


「頼んだら聞いてくれるってのか?」


「知らないわよ……まだ頼まれていないもの。そろそろ気は済んだ?」


「済むかよ!話を聞けってんだ!」


「わかったから早く話せよ……」


 エセルは根負けして言った。いい加減、道行く人々の注目が集まりつつあった。カルツァに住まう悪趣味な輩に面白がられるのは誰でも御免だろう。ようやく一行が折れてくれそうだとわかると、ブーキーはまたもふんぞり返り、高らかに宣言した。


「どうしてもと言うなら聞かせてやるよ!さあ、俺についてきやがれ!」


 彼はそのまま大股に歩き出した。一行は唖然としてその背中を眺める。


「やっぱり、あの人の話なんて聞かなくていいのかも……」


 メリッサは囁くように言った。エセルとアリステアは彼女に同意するようにゆっくりと頷いた。だが、セレスティアは黙ってブーキーの後を歩き始める。


「聞いてあげましょう。減るものでもないわ」


「可哀想になったのか?」


「いいえ。ただ、恩を売ったほうがいいかもしれないと思って」


「ああ……」


 エセルは苦笑を見せたが、セレスティアは彼のことなど気にも留めずに歩みを進めた。エセルがそれ以上疑問も抱かずにその後に続くのを、メリッサとアリステアは困惑したように見つめていたのだった。


*


「君の息子は心配性だね」


 ロイドはエセルから届いた返信をジリアンに手渡しながら言った。書かれていることは大体想像がつくのか、ジリアンはその手紙を見ようともしなかった。代わりに彼女は言う。


「心配しないほうがおかしいでしょう。危険を仄めかしておいて」


「あらかじめ教えておいただけ親切だと思わない?」


「あれでは教えたうちに入りません」


「手紙っていうのは、案外誰が読むかわからないものだからね。それはそうと、ようやく落ち着いてきたかな」


 ロイドは部屋の外に耳を澄ませる。先ほどまで混ざり合っていた雑踏と怒声は、奇妙な静寂に取って代わられていた。物憂い面立ちのジリアンが頷く。


「ええ、そのようです。ですが、まさかこうもすんなりとコスタト兵を追い出せるとは……」


 城を我が物顔で徘徊していたコスタトの兵士たちは、突然蜂起したルーセチカ兵と、何某かの手段で脱獄した緋い目の悪魔たちに奇襲され、むざむざと捕らえられたのだった。コスタト兵のうち、半分は城を叩き出された――それも、空から。残りの半分は縛り上げられ、厳重に監視されている。ロイドは綽々と笑った。


「外から忍び込むことはできないけど、中からつまみ出すことはできる。落とし穴というのは、悪戯好きの古き良き伝統だよ」


「あんな仕掛けがあるとはまったく知りませんでした」


「元々、アーテルニアは軍事的な面でルーセチカの要衝だったんだ。この城も、有事のときは籠城戦に持ち込めるよう、色々と細工がされているわけさ。壮麗な外観を隠れ蓑にしてね」


「お詳しいようですね」


「僕が設計したから」


 ロイドが言った。ジリアンは眉をひそめる。


「ですが、この城もそう歴史は浅くないでしょう」


「そうだね。二百年ほどになるかな」


「あなたのことですから、ご自分が何をおっしゃっているのかは、よくわかっていらっしゃるのでしょうね」


「その通りだよ、ジリアン」


 彼は笑い、彼女は呆れた。


「さて、問題はこれからだ。何せ、応援が来るまで持ちこたえなきゃいけない」


「こうも急ぐ必要はなかったのでは?」


「そこのところは、正直なところ自信がないな。もっと準備を整えるべきだったと言われると、ぐうの音も出ないんだ」


 そう言ってはいるものの、ロイドが自分の言葉を信じているようには見えなかった。ジリアンもそれはよくわかっていた。彼が自己不信に陥るわけがないのだ。


「ならば何故?」


「嫌な予感がしたのさ。この頃、コスタト側が兵士を投入するやり方には、不審なところがいくつもあった。今打って出なければ、向こうに先を越される……要は、勘が働いたってわけだよ」


 ロイドは自身の頭を指先で突いてみせた。合点がいかなかったとしても、ジリアンはそれを顔に出さなかった。彼女は目と話を逸らす。


「それにしても、今一番当てになるのがカルツァだとは、事実だとしても信じたくありませんね」


「案外悪くない味方だよ。何せ、国々の中央に鎮座しているんだ。僕たちの動きを知って、コスタトの魔の手から逃れようとカルツァにやってくる人もいるだろうし。まあ、火蓋は切られたんだ。もう後戻りはできないよ」


「気休めでも、上手くいくだろうとは言いません」


「僕もさ。だけど、これは必要な賭けなんだ。僕たちには時間がないんだから」


*


 ブーキーが一行を連れていった先にあったのは、確かに立派な屋敷であった――カルツァの基準で言えば。それはどちらかというとがらくたの山に近く、それが家だとわかるのは、扉だけがかろうじて、物という物に埋もれずにいるからだった。だが、その扉をよく観察するに、屋敷が元々豪奢であったことも事実らしい。おそらく、趣味の良い金持ちがこだわって建てた家なのだろう。それをこうしてごみ山にしてしまうとは、わざとなのかどうかは知らぬが、貧しさとは恐るべきものである。


 内装はもっと酷かった。すぐに察しがついたことだが、この屋敷の現在の所有者は、がらくたではなく、値打ちものを収集しているつもりでいるのだ。それは金への執着であり、貧窮という過去への決別なのである。それだけで同情の余地があるというものだ。とはいえ、私は結局これらのがらくたの持ち主が好きではないし、彼のことを考えるのは至極無駄である。


 ブーキーは一行を床に座らせ――どうやら、それがこの家での常識である模様――、自らは頭を高くして立って仰々しく話を始めた。


「あんたら……というか、姉ちゃん以外は正直どうでもいいんだが、とにかく、この町を悪党共から守るのに協力してほしいんだよ」


「悪党はお前じゃないのか?」


 エセルは思わず横やりを入れる。


「そう言うなよ、兄弟!人間、人生でやっていいこととできることは決まってるんだ。俺たちはその中で精いっぱい生きてるだけってな。でよ、悪党ってのはな、くそったれのコスタトから来る野郎共のことなんだ」


「コスタトって?」


 と、アリステア。ブーキーは再び邪魔が入ったことに気を悪くしたが、少年の眼差しが純朴そのものだったので、強く出ることができなかったようだ。


「何だ、最近のがきはコスタトも知らねえのか?まあいい、とにかく聞いてくれや。あいつら、親分がいない間にこのカルツァを乗っ取ろうとしていやがる!俺たちの町だってのにだ!」


 ブーキーは芝居がかった仕草で壁を叩いた。メリッサはその大仰さと太々しさに思わず首を傾げる。


「だけど、ほとんど無法地帯だし、ちゃんとした国が介入するのは良いことなんじゃないかしら?」


「馬鹿言うな!女神王だか何だか知らねえが、偉そうにされて堪るかってんだ!」


「私たちが協力したとして、見返りは何?」


 冷や水をかけるような調子でセレスティアが口を挟んだ。ブーキーは全方位から完全に調子を乱された。


「見返りだ?んなもんねえよ。一度この町で刃を握った奴は、全員が兄弟なんだぜ」


「……とんだ期待外れだわ」


「わかった、わかったよ!この屋敷にあるもののうち、あんたらがほしいものを何でも一つくれてやる!それでどうだ?」


「いらないものしか目に入らないけど」


「それに、あなたの親分さんのお家なんじゃなかったの?」


「がたがた言うな!だから若い連中は嫌なんだよ」


 結局怒鳴ることしかできないと見える。ブーキーは面々が不満げに口を閉ざすのを見て深々とため息をついた。


「……いいか、これはまだほとんど知られちゃいないんだが、今、隣のルーセチカじゃ、どこぞの馬鹿が反乱を起こしてコスタトとぶつかり合ってるって話だ」


「知っているわ」


「そうかよ、くそったれ!あのな、大事なのは、今あのルーセチカがコスタトに押し負けちゃ、こっちまでまとめて丸め込まれかねないってことなんだよ。わかるか?カルツァは大してでかくもねえ町で、どこの国にも属しちゃいねえ。だから、女神様が威張り散らかすのをすんでのところで回避してきたのさ。だが、ちょいと前から、コスタトの連中の出入りが増えやがった。何を企んでやがるのか知らねえが、とにかく、この状態でルーセチカが敗けりゃ、その勢いでカルツァも持ってかれるに決まってんだ。わかるだろ?」


 よく喚く男にしては、まともなことを考えていたものである。エセルは感心したらしく、少し背筋を伸ばして真面目に話を聞き始めた。ブーキーは神妙に続ける――。


「そうなりゃ、親分が怒り狂うに違いねえ……町を任された俺は終わりだ」


 エセルががっかりして姿勢を崩したのは言うまでもない。


「自分が可愛いだけかよ……」


「うるせえ!誰に何を言われても気にならねえが、俺は親分にだけは怒られたくねえんだ!」


 何故それで胸を張れるのか。


「もうちょっと立派な理由だったらなあ」


「何だよ、良い子ぶりやがって!それでもあのテオの知り合いか?」


 ブーキーが吠えた。聞き馴染んだ名に、メリッサははっと目を閃かせる。


「あなた、もしかしておとうさ――」


「あー……っと!あいつなんか別に知り合いじゃないけど!」


 エセルは不自然に大声を上げた。メリッサは訝るように兄を見た。彼女とて、父親がこの町で馬鹿げた賭け事に命を投じていることを知らないではなかったが、それの事の重大さがいまいち理解できていないらしかった。こういう、世間知らずで暢気すぎるところは、程度と方向性の差はあれ、兄妹でよく似通っているのだ。エセルは妹の目線を無視して、強引に話を逸らした。


「というか、それこそ鼠闘士の連中に頼めばいいんじゃないの?」


「テオの奴は当分戻らねえとか抜かしやがったし、あいつがいない以上、お国の兵士共と戦うには戦力が足りねえんだよ。じゃなきゃ、てめえらみたいなちんちくりんにこの話を持ち掛けたりしねえ」


「ちんちくりんなんて頼りになるかしら」


 セレスティアが刺すように言った。ブーキーはさっと顔を赤くする。


「いちいち揚げ足取るんじゃねえよ!」


「そう、私たちが手を貸さなくてもいいようね」


「どうせ貸さねえつもりだろ!」


「貸してもいいのよ。条件付きだけれど」


 凛とした調子で言われ、ブーキーは勢いを削がれたようだった。彼は大人しく被害者の仮面を脱ぎ、それを慎重に捨てた。


「……聞いてやるぜ」


「もしこの町からコスタトの勢力を上手く排除できたら、カルツァにはルーセチカへの全面的な支援を約束してほしいの」


「何だと?」


「あなたの言っていたことは一理あるわ。ルーセチカがコスタトに丸め込まれたら、コスタトは必ず勢いづく。その波にさらわれるのは、カルツァだけでは済まないでしょう。それは私たちとしても困る。ここを落とすことはできないの、絶対にね」


 断固として言うセレスティアに、一同は揃ってうんと諾う気になった。だが、中でもあまり賢くないブーキーは疑惑の刃を再び持ち出した。


「いーや、騙されねえぞ!そりゃ、ルーセチカの下にカルツァを組み込もうってだけだろ?」


「支援の意味がわからないようね。いいかしら、ルーセチカはカルツァの自立を望みこそすれ、吸収なんて考えていないわ。私が保証する」


「あんた、あっちでそんなに偉いのか?」


「……彼らの考えがわかるだけよ」


 彼女はどこか困惑したように小首を傾げて言った。ブーキーは足りない頭を捻り始めた。その隙に、エセルはセレスティアの耳に顔を近付けた。


「本気でこんな奴に手を貸すつもりか?いや、本気なんだろうけどさ」


「言ったでしょう。わかるの。彼らの、というか、彼の考えなら」


「ロイドさん?あの人、カルツァで事が起きてることを知ってたのかな」


「そこまではわからないけれど。どういうわけか、彼は急いでいるわ。そして、おそらく私たちを当てにしている。目下、私たちにできることといえば、外からルーセチカを攻撃しづらいようにすることくらいだと思わないかしら」


「なるほどね……あの人がちゃんと指示してくれたら、俺たちだって手探りで動かずに済むのにな」


「何にでも事情はあるものよ」


 彼女は取り澄まして言った。エセルは不服そうに顔を歪めたが、彼女は見ていなかったことだろう。メリッサとアリステアは黙ったまま、何か秘め事のある二人をただ不安げに眺めていた。そうしているうちに、やたら凛々しい顔をしたブーキーが再び開口した。


「わかった、あんたらの言う通りにしてやる。ま、親分が何て言うかは知らねえけどな。とにかく、あのくそ共を追い出すのに手を貸してくれ」


「交渉成立ね」


 セレスティアが手を差し出したので、ブーキーは彼女とおざなりに握手をした。ブーキーが早速仕事の話を始めようとすると、彼女は彼に素早く背を向けた。


「細かいことはそこのエセルに話して。私は少し寝るわ」


「人遣いが雑すぎるぞ」


「話を聞くだけじゃないの」


 彼女はエセルの不平を受け付けず、そのまま部屋から歩き去った。エセルはその後の小一時間を、ブーキーの取り留めのない計画を聞かされるのに費やすことになったのだった。

気に入っている短編を誰も読んでいないのが悲しい俺

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