第55話 それでも、戦争は
濡れ衣は、晴れた。捏造は暴かれ、ヴェルガ高官の陰謀も、明るみに出た。ハーヴェイの告白が、決定打となって。
私は、勝った。自分の言葉で、自分の潔白を、証明した。記録の真実と、味方の助けによって。長い、長い戦いの、末に。
「査問の結果は、明白だ」
立会人が、宣告した。荘厳な声で。
「オーレリア・ヴェント殿への告発は、捏造である。彼女に、何の罪もない。よって、サルディアへの引き渡し要求も、無効とする」
その宣告に、私は深く安堵した。長い戦いが、報われた。私の言葉は、誤っていなかった。それが、公の場で、正式に、認められたのだ。胸に、熱いものが、込み上げる。けれど――。
ヴェルガの強硬派が、引き下がらなかった。
「……認めぬ」
ヴェルガ代表団の中心にいた、強硬派の重鎮が、立ち上がった。その目は、血走っていた。理性ではなく、面子と、意地に、突き動かされた目だった。
「査問の結果が、どうであれ。我が国が、サルディアによって、面子を潰されたことに、変わりはない。捏造だ何だと、衆目の前で、恥をかかされた。この屈辱は、看過できぬ」
会議場が、凍りついた。
私は、愕然とした。
濡れ衣を晴らせば、戦争は避けられると思っていた。真実を明らかにすれば、彼らも、矛を収めると。けれど、違った。彼らは、もはや、真実など、どうでもいいのだ。問題は、もう、誰が正しいかではない。潰された面子を、どう、取り戻すか。それだけに、なっていた。
「告発が誤りであったとしても、それは、些末なことだ。問題は、両国の威信のぶつかり合い。――我が国は、戦争も辞さぬ」
会議場が、どよめいた。せっかく、和平の糸口が見えたところに、この、強硬な宣言。サルディアの貴族たちの顔にも、再び、緊張が走った。殿下の表情も、険しくなる。
戦争。その言葉の重さを、誰もが、噛みしめていた。一度、剣を抜けば、もう、後戻りはできない。多くの血が、流れる。国が、傷つく。それを、誰もが、恐れていた。けれど、ヴェルガの強硬派は、その恐怖さえ、面子のために、押し殺そうとしている。
捏造が暴かれたことで、かえって、ヴェルガの強硬派は、追い詰められていた。失策を認めれば、自分たちの立場が、危うい。だから、戦争という、最も愚かな逃げ道に、すがろうとしている。負けを認めるくらいなら、すべてを、戦火に、投じる方を選ぶ。追い詰められた者の、最も、危険な選択だった。
「待ってください」
私は、思わず、立ち上がった。座っていられなかった。ここで、戦争を、止められなければ。これまでの、すべての戦いが、無意味になる。濡れ衣を晴らしても、両国の民が、血を流すなら、何の意味も、ない。
「戦争になれば、両国の民が、傷つきます。国境の村が焼かれ、若者が剣を取り、家族が、引き裂かれる。言葉のすれ違いから始まった対立を、今度は、本物の剣で、決着させるおつもりですか。それが、本当に、あなた方の望みですか。面子のために、どれだけの命を、犠牲にするのですか」
「黙れ! 一通訳の分際で!」
強硬派の重鎮が、怒鳴った。私の言葉を、封じるように。けれど、その怒声は、かえって、彼の余裕のなさを、露わにしていた。正論に、正論で返せず、ただ、声を荒げる。それは、追い詰められた者の、反応だった。
私は、その怒声に、動じなかった。むしろ、確信を、深めた。彼は、私の言葉が、痛いところを、突いたから、怒鳴ったのだ。図星を突かれた者ほど、声を荒げる。長年、無数の交渉を見てきた私には、それが、分かる。
私は、唇を噛んだ。
査問の勝利だけでは、戦争は止められない。真実を明らかにするだけでは、面子の意地は、解けない。むしろ、真実を突きつけたことが、彼らを、より頑なに、させてしまった。
ならば――どうすればいい。
私は、必死に、考えを巡らせた。怒りでも、正論でもなく。彼らの、頑なな心を、解きほぐす、別の道を。
戦争を、本当に止めるには。両国の、本当の本音を、読み解かなければ。表向きの強硬の、その奥にある、本当の望みを。彼らは、本当に、戦争を、望んでいるのか。それとも――。
私は、ヴェルガの強硬派を、じっと見つめた。落ち着いて。冷静に。
彼らの言葉の、裏を読む。彼らが、本当は、何を恐れ、何を望んでいるのか。長年、培ってきた、真意読解の力を、総動員して。声の調子。視線の動き。言葉の選び方。沈黙の置き方。そのすべてから、彼らの、隠された本心を、掬い上げる。
強硬派の重鎮の、あの血走った目。あの、過剰なまでの、勇ましさ。それは、本当に戦争を望む者の、落ち着きとは、違っていた。むしろ、何かに、追い詰められた者の、必死さに、似ていた。彼は、何を、恐れているのか。何から、逃げようとしているのか。
私は、その問いを、胸の中で、転がした。そして――気づいた。彼らが、本当に恐れているのは、戦争ではない。負けを認めて、国に帰り、責任を、問われることだ。失策の責任を。捏造の責任を。それから逃れるために、彼らは、戦争という大騒ぎを、起こそうとしている。
その時、私の中で、一つの光が、差した。
――まだ、道はある。
彼らの、勇ましい言葉の裏に、私は、別の本音を、読み取っていた。それは、希望の、糸口だった。表の対立の奥に隠れた、本音さえ掴めば。両国を、破滅から、救える。私は、そう、確信した。




