第十六話②
「どこ!?」
綾香が私の肩を揺らす。
「ちょ、待って、揺らさないで見えない!」
「ごめん! で、どこ!?」
「二年B組!」
「えっ、私も!」
一瞬、言葉の意味が頭に入ってこなかった。
「……ほんとに?」
「ほんとに! 見て、ここ!」
綾香が指さした場所を見ると、確かに私の名前の少し下に綾香の名前があった。
坂城明日香。
近藤綾香。
ちゃんと並んでいる。
「やった……!」
「やったあああ!」
綾香がその場で小さく跳ねて、周りの視線を集める。少し恥ずかしいけど、私も同じくらい嬉しかった。
「離れなくて済んだ……」
「私、今年も生きていける」
「大げさ」
「明日香がいない学校生活はかなりきつい」
真顔で言われると照れる。
でも、私だって同じ気持ちだった。
一人になったらどうしようとか、新しいクラスに馴染めるかなとか、不安はたくさんあった。綾香がいるだけで、その半分以上はなくなる気がする。
「高野くんは?」
私が聞くと、綾香の表情が一瞬で真剣になる。
「今探してる」
「さっきまで喜んでたのに」
「それとこれは別問題」
切り替えが早い。
綾香は表にぐっと顔を近づけて、名前を追っていく。
「……いた」
「どこ?」
「二年B組」
「え?」
「二年B組」
「……え?」
今度は私が二回聞き返した。
綾香はゆっくりこちらを向く。頬が赤い。
「同じクラスなんだけど」
「ええ!?」
思わず声が大きくなってしまった。
周りの何人かがこっちを見る。恥ずかしくて私は口元を押さえたけど、綾香はそれどころじゃなさそうだった。
「どうしよう」
「いや、喜ぶところじゃないの?」
「喜んでる! でも無理! 毎日会うってこと!?」
「同じクラスってそういうことだよ」
「心の準備してない!」
「今しよう」
「五秒でできるわけない!」
綾香が本気で混乱していて、私は笑いをこらえるのに必死だった。
去年の今ごろには、綾香がこんな顔をするなんて想像もしていなかった。好きな人ができて、その人と同じクラスになって、慌てている。
青春だなあ、と思う。
「とりあえず教室行こ?」
「う、うん……歩けるかな私」
「足震えてる?」
「たぶん」
「がんばって」
昇降口から階段を上がりながら、綾香はずっとそわそわしていた。髪を整えてみたり、制服のリボンを触ったり、深呼吸したり忙しい。
「そんなに緊張する?」
「するよ! 明日香はしないの?」
「私は……クラス替えの緊張はもう終わったし」
「恋の緊張の話!」
恋の緊張。
その言葉に、ふとちとの顔が浮かぶ。
私は綾香みたいに、教室で目が合うだけで慌てたり、席が近いだけで騒いだりする恋はしていない。放課後に一緒に帰ることも、学校で話しかけることもできない。
でも。
家で二人きりになったとき、玄関で別れるとき、メッセージの通知が来たとき。
そういう瞬間に、何度だって胸は大きく鳴る。
「……するよ」
「え、今なんか思い出したでしょ」
「別に」
「顔赤いけど?」
「気のせいです」
「怪しい」
綾香にじっと見られて、私は前を向いた。
言えるわけがない。ちとのことを思い出していました、なんて。
二年B組の教室は去年の教室より少し奥だった。
扉の前には、同じように入りづらそうにしている生徒が何人か立っている。中からはざわざわと話し声が聞こえてきて、もう何人も来ているみたいだった。
「……入る?」
私が聞くと、綾香が小さくうなずく。
「一緒にね」
「もちろん」
こういう時、隣にいてくれる人がいるのは本当に心強い。
私は教室の扉に手をかけた。
新しい一年が、ここから始まる。




