第24話:新たなる剣<6>
時刻は昼前。朝に比べてさらに活気づいてきた町の中を、レイヴン達は歩いていた。
どうやら、今この町では祭りをしているようだ。昼前になって盛大な催し物が行われていた。
「ねーねーアルお姉ちゃん!あれなに?」「すごーーーーい!!」
セイナとミーナがそろって指差す方には、20メートル近いつくりものの龍が、まるで生きているかのように舞っていた。
「すごい・・・私もあんなの初めて見る」
「同感だな・・・」
アルはもちろん、レイヴンもその見事な出し物に完全に見入っていた。
4人が見とれる中、アミーナ自信たっぷりに説明する。
「あれは“龍人の舞”。この土地には、飢餓の時代が訪れると龍が現れて救いを与えるっていう伝説があるみたいなのよね~。それで、年に数回、それに感謝するための儀式としてとりおこなわれるわけ」
「随分詳しいのね?」
「だってここ―――あ、いやパンフよパンフ~」
途中言葉をにごしたのようだが、とりあえず気にしない事にした。
「・・・こっちに来るぞ?」
レイヴンがそう言う。アルがそちらを見ると、巨大な竜がこちらに泳ぐように近づいてくるではないか。
「ああ、セイナ達がいるからね」
「どういうこと?」
「まあ見てれば分かるって」
間近までやってきたつくりものの龍は、意外と巨大だった。その頭部が徐々にセイナとミーナに接近して来る。
「なんか怖い・・・」「ア、アルお姉ちゃん・・・」
アルの足にしがみつく2人。正直アルも少し腰が引けていたが、とりあえず2人の肩に手を置いて安心させる。
すると、龍が語りかけてきた。
「怖がることはない。私の髭にふれてごらん。そうすればきっと君たちに幸せがやってくる」
機械によって不思議な声を演出しているようだったが、その優しげな声色は子供達の警戒心をいとも簡単に解いた。
セイナとミーナはゆっくりと前に出て、左右に揺れる龍の長いひげに振れた。
「わー・・・なんかスベスベ」
「ふわふわ・・・」
好奇心あふれる表情で、未知の体験に心躍らせる2人。
「ふふ、ではそろそろ行くとしよう。君たちはきっと幸せになれる。がんばるんだよ」
2人が髭を離したタイミングを見はからって、龍は再び祭りの喧騒の中へと消えて行った。
その光景を見ていたアルとレイヴンは、さっきのアミーナの話から理解する。
「そうか、これが龍の救いなのね」
「ああ、俺も納得した」
「ふふふ、そう、きがついた?龍が与える救いは豊作や雨を呼ぶことじゃない。次世代を担う者に幸福を与えることなのよ」
「未来をつくるのは、今の子供達か・・・・・」
「ま、いろいろな救いがこの世にはあるってことね」
いい感じにアミーナがまとめる。
「アルお姉ちゃん、お腹すいた・・・」
セイナがそう言ってアルの手をひっぱる。
「そうね、そろそろ何か食べ―――」
「待て・・・!」
アルの昼食の提案をレイヴンが突如止める。
その視線が見つめる先―――町の雑踏の中に、その男が立っていた。
顔のほとんどを包帯で覆った不気味な存在感を放ちながらバニッシュは口元を歪めた。そして、再び雑踏の中に消えようとする。
「やはり、間違ってなかったか・・・!」
レイヴンは逃すまいと、荷物を置き、素早く追跡を始める。
「待ってレイヴン!アミーナ、この子たちをお願い!」
そう言い残し、アルもレイヴンの後を追って行った。
「・・・・・」「・・・・・」「・・・・・」
その場に取り残された3人は互いに顔を見合せる。
「とりあえずおいしい物食べにいこっか?」
「はーい」「わーい」
●
敵を追いかけていたレイヴンはいつの間にか街外れの林の前にいた。
(確かにここに来たはずだ・・・)
一歩足を踏み入れようとした瞬間だった。
「レイヴン・・・!」
息切れしたアルがすんでのところで追いついてきた。
「こんな所まで、ハァ、全力疾走、ハァ、よくできるわね、ハァ」
「・・・大丈夫か?」
思わずそう訊ねてしまうぐらいの状態だったが、実際にレイヴンが走った距離は相当なものだ。街の中心地からこの林まではかなりの距離がある。ここまで全く速度を緩めず走ってくる奴の方がどうかしているのだ。
「なんとかね・・・ハァ、何か見つけたの?」
少し回復してきたアルが尋ねる。
レイヴンは、ああ、と短く答え、林の奥を見つめる。
「前に所属不明機が基地を襲撃してきた時に俺を襲った奴に違いない。とらえて情報を聞きだす・・・」
「それは、記憶のため・・・?」
そんな質問を不意に投げかけられる。長く透きとおった蒼い髪で隠れた表情はわからなかったが、どこか寂しげな口調だった。
―――記憶を取り戻したらアルの前から消えるつもりだ―――
ソリスに対して言ったその言葉に偽りはない。自分がテロリストの仲間だとすれば、アルやその周囲の人間に多大な責任を負わせる事になる。
ならば記憶など取り戻さない方が良いのか?
それも違う。自分自身の正体を知りたい。レイヴン=ステイスの本来の姿とはどのようなものなのかを知りたい。本当の自分を見つけたい。
もしそのせいでアルの敵になることになれば?
「―――大丈夫だ」
「え・・・?」
「変わらないはずだ・・・俺が俺である限り、な」
まるで自分に投げかけるような言葉を呟く。記憶があろうとなかろうと、選択するのはその時の自分なのだから―――
「俺は行く・・・そして俺を見つける」
レイヴンが林の中に踏み込む。アルは一瞬何かを言おうとしたが、その言葉を飲み込んで彼の後に続いた。
林に入ってすぐにそいつは見つかった。
深緑の中にたたずむ包帯男―――バニッシュ。
「よぉ、遅いぜ。レイヴン君・・・と、なんだお前もいんのかよ」
幻滅したかのようにアルに向く視線。
「・・・・・」
アルは油断なく身構える。レイヴンも同様だ。
「追ってきたくせにだんまりかよ。つまんねぇつまんねぇ・・・ククク」
「お前・・・いやお前達の目的はなんだ?」
「レイヴン、お前がそれを聞くのかよ?あ、今は記憶が飛んでんだっけか?じゃあしょうがねえな」
やれやれといった感じに首をふるバニッシュ。落ち着いているような仕草だが、この男からは常に殺気が消えない。
「いずれわかるだろうよ。少なくとも、今教えたって意味がねぇんだと」
「どう言う意味だ?」
「言っとくがおしゃべりするために誘ったんじゃねぇんだよ」
「誘ったわけじゃないって・・・まさか!」
相手に話す気が無い、ということは、あえて姿を見せた―――この男の狙いは・・・!
「あー悪い・・・そろそろ限界だわ。ホントお前の顔を見てるとよ・・・・・」
不意に言葉を止めたバニッシュから、強い殺気が放たれる。いや、どちらかといえば無理に押し込めていたものが、耐えきれず漏れ出したという感じだった。
「レイヴンまずい!アミーナ達が危ない!」
「わかってる・・・!こいつの相手はまかせろ。お前はアミーナのところへ行け」
「せっかくの獲物を逃がすと思ってんのかぁ・・・?」
バニッシュの姿がフッと消える。
「なに・・・!」「え・・・!?」
突如消失した敵影。気配すら完全に消えてしまった。
いくら素早いとはいえ見えないほどのスピードで動けるはずがない。
ここは森林―――
(しまった!やつの狙いは!)
レイヴンが振り向く。そこにバニッシュが―――アルの背後に立って凶悪なナイフを振り上げていた。彼女はその存在に気がついていない!
「アル!!」
「え・・・?」
林の落ち葉に鮮血が散った―――
●
『こちらイエロー。目標を発見。若い女1人・・・年齢は20代前半ぐらいのと一緒だ』
『了解。絶対に騒ぎを起こすな。あの2人を調べられると厄介だ』
『このまま待機する。応援と合流しだい捕獲に移る』
●
アミーナ達は先ほどの場所からあまり遠くないレストランにいた。
アミーナはシンプルなスープを注文したが、セイナとミーナは、お子様ランチ(特盛り)をたいらげ、食後のアイスパフェを2人そろって食べていた。
「甘い甘い!」「うまいうまい!」
満面の笑顔で口周りについたクリームを舐めるセイナ。順序よく上から食べていくミーナ。
なんだか微笑ましい光景だが、アミーナはとある事を心配していた。
(まずい、手持ちのお金じゃ足りない・・・)
なんとも世知辛いピンチを迎えていたのだった。
さっきこの2人のためにお金をたてかえたおかげで、アミーナ個人の所持金は、ほぼ無いに等しい。
つまりはアル達が戻ってきてくれないと店から出られないのである。
「はぁ・・・」
テーブルにダラリとするアミーナを尻目に2人は新しいデザートを注文する。
絶対アルに払わせてやる、と考えていた時だった。
「失礼いたします、お客様」
「はい~?」
「お連れの方がお待ちなので」
「ここにいるって伝えてくださーい」
「いえ、少し店の外で話したい事があるとのことでして・・・」
「女でした?」
「いえ、男性の方でしたが・・・」
「レイヴン君かな・・・?2人とも、なんでもたのんでいいからここを動いちゃダメだよ?」
「はーい」「ほーい」
「あ、もし戻ってこなかったら、7番隊基地のソリスって人に『アル』って人が喰い逃げしましたって伝えてもらってもいいですよ」
「『アル』さんですね。かしこまりました」
アミーナがとことこと店の外に出る。てっきりレイヴンが待ってるものかと思ったが、見渡す限り誰もいない。
ここはパレードが行われている大通りから少し外れているので、現在は人影がない。
「レイヴン君~」
名前を呼びながら、少し歩いた時だった。
暗い建物の隙間からから太い腕が伸び、アミーナに襲いかかった。
「わっ!?んっ―――――」
あっという間に路地に引きづり込まれ、口を何かで塞がれる。数秒もしない内に、強烈な眠気がやってきて、アミーナは意識を失った。
―――『イレギュラーの捕獲に成功。次に目標の確保にうつる』
―――『了解した。慎重にな』
●
バニッシュの握るナイフは突き刺さったところから吸いだすように血を滴らせていた。
「・・・前に比べて反応は良くなったなぁ、レイヴンよぉ」
ナイフが突き刺さったのは、アルをかばってレイヴンが走らせた右腕の甲だった。
「いつも他人ばっかかばってると、おっと」
「ぐ・・・!」
無理やり手を引き、ナイフごと相手を引きよせ回し蹴りをみまったが、敵はあっさりと得物を手放して、大きく後方に跳び、距離をとった。
「レイヴン!」
「気にするな・・・ぐ!」
ナイフを力いっぱい引き抜き、地面に投げ捨てる。
今の瞬間移動のタネは既に分かっていた。
バニッシュは生い茂る木々を渡って背後を取ったのだ。
「今頃気づいても遅いぜ」
再びバニッシュが姿を消す。
木々の間を渡っているとはいっても、恐ろしいほどに俊敏な動きは簡単には捉えられない。
「アル、あまり時間はかけられん。俺がやつを引きつけた隙にお前はアミーナの所へ行け」
周囲を警戒しながら、レイヴンが言う。
「無理よ。相手も私達2人を相手にするつもりのはず・・・なら背を向けた方が先にやられる。こうして背中合わせなら多少なり攻めにくいはず・・・」
アルの言い分は確かに当たっていた。
バニッシュは自分に有利な場所へ標的を誘い込んでいる。いくら身体能力が高いとはいえ、それを過信したりはしていないことがうかがえる。
「ならどうする・・・このままでは何も解決せん」
「私に作戦がある。あいつを木の上から落とすぐらいはできるはずよ」
2人が何かを話している姿をバニッシュは木の上から見ていた。
飛びかかろうとした瞬間、2人がそれぞれ反対の方向に走り出した。
(ん・・・?)
バニッシュが怪訝に思う中、2人は周囲の木々へ手当たり次第に蹴り始めたのだ。
いまいち理由は分からなかった。木を揺らして落とすつもりなら馬鹿馬鹿しい。これほど幹が太い木を蹴ったところで上にはほとんど衝撃はこない―――と思ったのもつかの間だった。
「つっ!!?」
背中に何かが刺さった。見ると、丸い棘の塊の様なものが刺さっていた。
「なにっ・・・!?」
当然1個だけでない。敵2人が蹴った木から次々と棘の雨が降り注ぐ。
「ちぃ!」
あまりの量に手が負えなくなり、バニッシュは木の上から飛び降りた。
「ここの『千針栗』はどう?痛いでしょ」
この町の名物とも言える『千針栗』。とても甘い事で知られているが、イガの針は非常に鋭く、少しの振動で落ちてくる。落下だけでベニヤ板を簡単に貫通してしまうほどの危険性があるため、収穫の時期はこの木の周辺は立ち入り禁止になる。
下にいたアル達は上手く枝に隠れて難を逃れていた。
「もう木の上はイガだらけ。立体的な移動も無理ね」
「けっおもしろくもねぇ・・・おとなしく―――」
今度は正面から仕掛けようとしたバニッシュはふと気がつく。
(レイヴンがいな―――)
「ここだ!!」
レイヴンがその背後から奇襲する。
「な―――っ!!?」
強力な空中回し蹴りが炸裂し、バニッシュが弾き飛ばされた。
久しぶりの更新です。仕事忙しいな(涙)