「地の塔にて惑う」
「クロ、左の敵に牽制、お願いね。」
「了解、我獣蜘蛛の遠距離攻撃に注意してください。」
「そうだね、落ち着いていく。よし、行くよ!」
ほの暗く、岩肌に一面を囲まれた小さな広間で、彼らは相対していた。シーガ弾を放つ小柄な人、それよりも小柄で雷を放つ四足の思獣。そして、その2つを殺し尽そうと殺到する、3つの荒々しい多足の我獣。猫使いの召喚術師アルマーオと、その相棒でマギネコのクロ、そして2匹の蟷螂と1匹の蜘蛛だ。3層から現れる我獣蜘蛛。蜘蛛と名がついてはいるものの、形状はそこまで地球の蜘蛛とは一致していない。まず、足が8本である。頭部と胴体しかなく、腹部は存在しない。頭部と胴体部のつなぎ目から生える、やや大きめな2本の前足の先は鋭くとがり、敵を突き刺すことに用いられる。赤い瞳は3つあり、小さな頭部の左右と上についているので死角が少ない。口は小さく嘴のようではあるが、中央から6つに分かれるようにして開く嘴など鳥は持たないだろう。残り6つの脚はやや小さく、平べったい胴体をなんとか支えている。機動力はそこまで高くなく、単体で出会った時の脅威度は蟷螂より低いと言われているが、この我獣の恐ろしさは、直接的な攻撃ではない。
「SIIIAA!!」
左右に分かれた蟷螂が、それぞれシーガ弾と旋風雷によって動きを止められた瞬間、中央後方に位置していた蜘蛛が嘴を大きく六つに分けて開く。そこから、白く小さな塊が主従に向かって射出される。
「っと、早速かっ。」
「搦め手の我獣、厄介ですね。」
アルマーオとクロは、防がずに避けることを選択する。何故かは、着弾した白い弾を見れば理由がわかる。蜘蛛の放った弾は、地面についた後に弾けることなく潰れ、広がったのだ。 手のひらサイズに潰れたその白い弾には強い粘着性があり、体にぶつかると行動を阻害する要因となる。5分ほどすれば、シーガに回帰していくのだが、そのころには行動を阻害された対象の命は失われているだろう。この白い粘着弾こそ、蜘蛛の名の由来となったものだ。
「作戦そのまま、右を僕が片付けるから、クロは左を牽制!蜘蛛の弾は躱せるね?」
「その言葉、そっくりそのままお返しします、昇蛇。物のついでです、流鷲。」
右側の蟷螂の鎌をシーガ壁で弾き、喉元へと十字棍棒を突き込むアルマーオ、左の蟷螂を昇る稲妻で行動を縛りつつ、水でできた大鷲を蜘蛛へとぶつけ、両者の動きをせき止めるクロ。
「クロ、そのまま左のやっちゃって!っらぁ!!」
「承知いたしました。旋風雷、尖岩!」
喉元につきこんだ瞬間にシーガ刃を展開し、蟷螂の首を切断、蜘蛛の体制が崩れたと見るや、一瞬の遅滞なく突進を敢行、シーガを展開する手間すら惜しみ、右の十字棍棒を頭部へと叩きつける。クロは、旋風雷によるマヒを誘発させた蟷螂の腹部から頭部へと貫通するように、床から土の槍を形成する。
「SIIAAA!!」
頭部をぐらつかせながら、2本の前足をアルマーオへと突き刺そうとする蜘蛛だが、アルマーオはその攻撃をしゃがみことで容易に回避する。伸びあがりつつ、左手のカイトシールドを頭部へと突き上げ、さらされた関節部に十字棍棒を突き込む。その先端にのみシーガの錐が形成されており、棍棒はレイピアのように蜘蛛の首関節を貫通する。瞬間、シーガ刃を横に形成し、振り切ることで頭部の切断を成す。複数の我獣が入り混じる状態は3層では珍しく、危険性が高いにもかかわらず、アルマーオとクロは、危なげなくそれを突破する。1か月で3層にたどり着いたのは、伊達ではないのだ。だが、彼らに笑みは少ない。
「躯結晶は…はあ、ないか。」
「甲虫と違い、出ない確率が高いのですから、気落ちせずに行きましょう。」
「分かってはいるんだけどさ、貯蓄は銀貨2枚しかなくて、明日は潜れないとなるとね。焦りもするよ。」
「甲虫の躯結晶は10個ありますから、宿泊費等は問題ありませんよ。」
クロは、しかめ面の主人の焦りをたしなめるが、その心を理解もしているため、あまり強い口調とはならない。力のない宇奈月をクロに返すが、アルマーオの心は晴れない。その理由は、両手の装備にあった。
(さっきの戦闘でも思ったけど、少し十字棍棒の軸がぶれてた。盾の握りの部分も、少しゆるみがあるし、整備が必要だよね…)
単純に生活していくだけならば、実は彼らが焦る必要はない。一度潜れば3日程度の宿泊費と食費が稼げる。少し貯蓄をすれば、定期的な装備のメンテナンスもできる。3層までの浅い層を根城にする挑戦者たちは、その日暮らしが基本であり、そしてそれに無理がない程度には稼ぐことができるのだ。何年も、この浅い層を中心にする挑戦者は多数にわたっている、決して健全ではないが、それでも食うものに困ることは無いからだ。しかし、アルマーオたちはそれではいけないのだ。彼らは装備を新調するだけの資金を蓄え、天の塔へと赴き、最終的には貴人税金貨100枚を納めなければならないからだ。この層で安穏とするわけにはいかない。
「この層を超えて5層に行くには、装備やら戦力やらを充実させたい、その為には資金が必要、多くの資金を得るためには深い層に行かなきゃいけない。それには装備と戦力が足りない…。なんだろう、完全に悪循環だよね。」
「であったとしても、確実に着実に歩みは進めております。難易度の高い現状を、少しずつ打破してきているのは事実ですよ。」
クロの背中を撫でて、気を静めつつ天井を見上げるアルマーオ。見上げた先にあるのは無骨な岩肌の天井のみであり、重々しいその雰囲気は、アルマーオの心に静かに不安を積み重ねるのみであった。
その後、アルマーオ達は、3層の4分の1程度を踏破したところで帰還する。当然、1層までは歩いて戻るわけであり、ある程度余力を残して挑戦を終えるのが普通のことである。
「やっぱり2層までの踏破速度を上げるべきだよ、早く3層を突破して4層にたどり着きたいもの。」
「しかし、それでは甲虫の躯結晶を回収できません。収入が著しく減ってしまいます。」
喧々諤々と、今後の塔への挑戦方針を語り合う主従。着実に歩みを進めていることが、1つの自信となってきているのか、それほど表情は暗くない。だが、彼らは知る由もなかった、その自信は、ただの張りぼてであり、地の塔を甘く見ているのだということを。
3層挑戦の翌日は、休養日(ギルドの規定による強制)であったため、2日後、彼らは再度地の塔へと潜る。3層の2分の1程度までの踏破を目指し、1層2層はマッピングした最短ルートを駆け抜けていく。そして、3層に突入するアルマーオ達。彼らを出迎えたのは、微かな違和感であった。
「あれ、この入り口広間ってこんな広さだったっけ。」
「……確かに、多少大きさが違うような感じがしますが、入り口のある方向は記憶の通りですし、思い違いではないでしょうか…」
3層へと下る階段を下りた先、地の塔では大体の階層で、階段のある場所が、階段広間と称されるやや広めの空間となる― その広さに彼らは違和感を覚えたのだ。クロ自身も、自分を信じ切れていないような、彼らしからぬ歯切れの悪い口調で見解を述べる。
「…うん。とりあえず進もうか、きっと勘違いだよ。最初は右だったよね?そこで出た先の広間を左に行く、と。」
「はい、その通りです。では、参りましょうか。」
気を取り直し、前回の挑戦で判明したルートを進む1人と1匹であったが、次の場所で彼らは決定的な違和感と向き合うことになる。
「…嘘だ……この場所にあった次の通路への入り口は3つだったはずだ……」
「はい、それは間違いありません。しかし……今、我々の目の前にある事実もまた、動かしがたい事実です。」
「入り口が…10個ある…ね。」
「……これは、一体どういうことなのでしょうか。」
地の塔、石に囲まれ足場が悪く、通路はある程度複雑で、我獣が出る。ただそれだけの場所であれば、塔の攻略などこの何百年でもっと進んでいたことだろう。この場所の悪意は、その程度で収まるようなものでは、決してないのだ。
「……何なんだよっ!くそっ!!」
―こうして少年は惑う。地の塔の悪意に満ちた仕掛けを知らず、正解が見えずにもがき苦しむ。その重圧は、生活の苦しみにつぶされ始めていた少年の心をより黒く塗りつぶしていく。欲望を喰らうこの場所で、彼はいつまで惑うことができるのか。その未来もまた、この場所では惑い乱れて、まともに夢見ることなど、できはしないのだ。
仕事が忙しくなってきたので、1週間に1回投稿できればいいかなぁという状態です。
そんなのんびり更新ではありますが、読んでいただけると嬉しいです。
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