プロローグ
「――召喚魔法の極意?我が子ながら不思議なことを聞く。そうだな、極意といえるかは分からないが、助言は1つできるかな。召喚術師は、まず召喚獣と出会うために、複雑な魔法陣を正確に作り上げなければならない。シーガの操作と固定、回路の理解と構築。シーガの力を完璧に把握しなければならない。これは召喚獣との契約に成功した後も同じだ。呼び出した召喚獣の特性を考え、自分たちに有利な状況で戦闘を行い、自分の出来ることと召喚獣にできることを積み重ねて流れを作り、勝利を手に入れる。戦闘を支配する必要があるということだ。君が、私と同じように、召喚魔法を主としていきたいならば、ありとあらゆるものを把握し、理解し、使いこなせる必要がある。ゆえに、私が君に出来る助言はただ1つ―『全てを自分の下におけ』これだけだ。」
それから千年後の未来
「「「「……………………。」」」」
城壁前左翼側には、すでに騎士団員全員が整列している。その表情はどれも硬く覚悟を決めた顔をしており、辺りは重苦しい空気に包まれている。金属の鎧に身を固め、長く鋭い槍を構えようとも、恐怖を拭い去ることはできない。彼らの視線の先にはまだ何も見えない。だが確かにプレッシャーを与えているものが近づいてきているのだ。
彼らの後ろ、白く高い城壁の向こうにはケンカード200万の民がいる。この場所を突破させるわけにはいかない。決して「奴ら」を通してはならないのだ。恐怖を押し殺し、力を溜め込んだ集団は、咳ひとつ漏らさずにただじっと、力を解放する瞬間を待っている。その先頭に立つのは、二つの頭を持つ大きな漆黒の狼を傍らに従えた男だ。煌びやかな鎧は、飾りではない力を感じさせる。手に持つ大剣は無骨なつくりであり、決して折れないだろうと確信を持たせるものである。
それほどの武具を身に纏いつつも、彼は静かに鋭い銀の目を遠くに向けている。その顔は相応の年齢を感じさせるが、決して弱さは感じさせない。近づくだけで切り裂かれそうなほどの緊張感を漂わせている彼には副官であろうとも話しかけることをためらわせる。が、そんな空気などなかったかのように力の抜けた声が彼に届く。
「さすが、騎士団てぇのは、どいつもこいつも真面目だねぇ。物音一つしねぇじゃねぇか。」
そう声かけた男は、見上げるほどの長身を使い込まれた皮鎧で包み、巨大な戦斧を軽々と持ちながら近づいてくる。年を重ねた表情にも隆々とした筋肉を持つ体にも力を入れていないが、いざ力を発揮する時がくれば、火山のように怒涛の勢いを持って噴き出すのだろう。万人にそう思わせる、どこか危険な空気を彼は纏っていた。
「ふん、『挑戦者』達が煩すぎるだけだ。だが、どの目にも怯えの心は感じられない。さすがだな。」
左翼の騎士団をまとめるのが狼の騎士なら、右翼の『挑戦者』たちをまとめるのがこの斧の男である。仲間を褒められた男は軽く肩をすくめながら気楽に返す。
「命知らずじゃなきゃ、塔に挑む『挑戦者』何ざ、やれるわきゃねぇからなぁ。」
斧を地面に落として柄に寄りかかった男は、視線と空気を鋭く変じて前を見ながら騎士に尋ねる。
「奴ら、後どのくらいで来ると思う。」
「先にウォーザの兵が襲われていたはずだ。食い荒らすのに多少時間はかかっただろうが、もうそろそろ頃合だ。すぐに赤い目を拝めるだろう。」
「あーやだやだ。ウォーザの連中も何を血迷ったかねぇ。戦を起こせば奴らが来る。ガキでも知ってる常識だろうが。」
心底呆れたように首を振りながら、斧の男は吐き捨てる。
「先の大戦後の大発生から、1000年が経っている。我らケンカードの民からその事実が薄れることはないが、周辺諸国では、そんな言い伝えなどまやかしだ、と思えるほどの年数が経過している。また、そう思いたいほどに、我らが国の財は潤沢で魅力的だ。」
一切視線と表情を動かさずに狼の騎士は冷静な分析を口にする。しかし、すぐに彼の眉は薄くひそめられることになる。
「シーガが揺らいだ。来るぞ。」
斧の男も分かっていたのか、獰猛な笑みを浮かべていた。
「右翼の奴らは俺の指示を聞くように徹底している。俺はあんたの指示を聞く。つまり全軍があんたの指示を聞くってこった。」
いきなり指揮権を与えられたはずの男は、その言葉を聞き、あらかじめ分かっていたかのように頷きを返す。
「了解した。まずは左翼の我らが前線で奴らを防ぐ。その間に右翼は右から回りこみながら敵陣を真横に突破してくれ、前線の我らが分断された敵を包み殲滅する。突破後はそのまま走り抜けて騎士団の後ろに回れ。回復部隊を用意させている。回復が済み次第、再度突入。これを繰り返す。」
すらすらと与えられた命令に満足げに頷きながら、男は尋ねる。
「俺はどこにいれば」
「突破の先頭以外にいたい場所があったら言ってくれ。考慮はしないが。」
被せられた答えに先ほど以上に満足げに笑みを浮かべる男。その笑みからは徐々に殺気が漏れ出してくる。
「あるわけがねぇ。感謝するぜ。」
互いに緊張感を高めながら前を見つめる二人。後は戦いを始めるのみ。言葉は必要ない。と、そこで斧の男が急に騎士に問いかける。
「そういやよ、お前んとこの娘。見かけねぇな。どこ行ってんだ?」
問いかけに、わずらわしげに男を見た騎士は、質問の内容を聞き、これまでで一番眉をひそめることになった。
「……あいつを迎えに行った。」
その声はどこまでも苦々しいものだった。
「……はぁ。あんたの所もかよ。うちのも実はそうなんだよなぁ。」
斧の男もため息をつきながら、同じように苦々しく言葉を漏らす。
歴戦の戦士の雰囲気は消え失せ、娘を案じる父の空気が二人からは感じられる。激しい落差に、近くにいた副官は少しあわててしまう。
「だ、団長!もうそろそろ奴らが来ます!」
焦りを帯びた声に、煩わしげに手を振り返しながら騎士と男は弛緩した空気を改め始める。が、愚痴は止まらない。
「あの『金目』のやろぅ。この一大事に寝坊しやがって…。絶対に説教してやる。朝まで帰さん。」
「同感だ。私もその席には呼んでもらおう。言いたいことが山ほど積もっている。」
軽口を言えたのはそこまでだった。ついに視線の先に赤い光が現れ始めたのだ。それまで兵や挑戦者達を圧迫していたプレッシャーが密度を増した。そう錯覚するほどに、赤い光の集団から『殺意』が感じられる。
「…多いな。ざっと1万位か?」
「いや、2万五千ほどだ。想定を多少超えたな。」
斧と剣を構え、それぞれ馬と狼に騎乗する。それと同時に、それぞれの部下達も得物を構え、臨戦態勢に突入する。あとは指揮官達の声一つで死地に飛び込む。挑戦者達は笑みを浮かべながら、兵士達は歯を食いしばりながら、その合図を待っている。
赤い目の集団は新たな獲物達を発見し興奮に沸いている。そして、一斉に吠え猛りながら殺到してくる。その姿は凶気そのもの。策も何も感じられない。たが、圧倒的な力を感じさせる。その時、両者の上空に飛翔音が響いた。
騎士と男は弾かれたように上を向き、怒りを露にして叫ぶ。
「「遅い!!!」」
飛翔音の正体は大きな梟。その上には二人の人間が乗っている。いや、一人は蹴り落とされた。梟に乗ったままの女が叫ぶ。
「おやじぃ!遅くなってごめぇん!!!『金目』のやろう!やっぱ寝てやがったぁぁ!!」
蹴り落とされた男は、両手足を軽くまげてうまく勢いを殺しながら着地する。顔を上げる前から斧の男に首根っこを掴まれて持ち上げられてしまうのだが。
「おぅ、こら『金目』、こぉの一大事にぐぅぐぅお昼寝たぁいい身分だな。あぁん?」
持ち上げられたのは、まだ少年と青年の境目といえる男だった。野暮ったい黒髪、やや細身の体は皮鎧とマントを着けている。吊目気味の彼の瞳は「緑」色だ。彼はオロオロと言い訳を始める。
「い、いやぁ。し、仕方なかったんですよぉ?起きたら目の前に肉球があったんですから!分かりますか!肉球!!何でしょうあの愛らしい形!柔らかな感触!!押し続けるだけで幸せな気持ちになれる売ったら大もうけ間違いなしのマジックアイテム!売る!?売るなんて絶対許されませんよ!!神聖な猫の肉球で商売をしようなど、この僕が絶対に許さ ぐぇっ」
初めはどもっていたはずが、勝手に脱線した挙句、陶酔しながら語りだしたかと思えば激怒する。あまりに状況を理解しない男に、ついボディブロウを打ち込んだ彼を責めるものはいないだろう。
「うるせぇよこのコネカット狂いが!今がどういう状況かわかってんのかぁ!!つぅか『イエネコ』はどうした、連れてきてねぇのか?」
問いかけられた彼は、悶絶しつつはっきり答える。
「あ、あの子達は塔探索チームですよ。軍勢にはそれにふさわしい猫たちがいますから。」
答えを聞いて騎士が問い返す。
「ほぅ。して、そのふさわしいコネカット達は、どこにいるのかな?」
騎士のほうを向きながら、彼が答える。
「右にお嬢さんと一緒に回りこんでもらってます。多分、敵陣突破の後に数的優位を作って包囲殲滅。おじさんが取りそうな作戦かなぁと思ったので。」
その答えに、一瞬驚きを示しつつ、男に彼を解放するよう促す騎士。舌打ちしながら、彼を解放した男は、心配そうに訪ねる。といっても脅しにか聞こえないのだが。
「おめぇ。今回の戦、ちゃぁんと本気でやれるんだろうなぁ。おい。」
その質問に彼は両者を見据えて堂々と答える。
「当然だよ。」
その瞬間、赤い目をした集団に大きな爆発が起こる。折りしも時刻は夕方、逢魔が時。鮮やかな血のように染まった空と、立ち上る爆炎を背にした彼は答える。
「『我獣』共なんかに、僕の、いや猫たちの楽園を壊させる訳にはいかないからね。奴らは、必ず、何があっても、全て、討ち滅ぼす。」
宣言する彼の目は「金色」の猫目となり爛々と輝いていた。




