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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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89出立

 結局、ガウルはなし崩し的にイレイナ達に同行することが決まった。

 イレイナ達の戦力が不足していたということ。曲がりなりにもガウルが獣人で一番の実力者であり、ガウルを拒否した場合次なる候補者たちが一斉に名乗りを上げて面倒なことになりそうだったこと。

 最終的にはキグナスに頭を下げられてベルコットが折れたことで決着がついた。

 魔王討伐に人間以外の者を――それが、ガウルをイレイナたちパーティに入れるように求めたキグナスの本心だった。

 ここでもし人間だけで魔王討伐をなしえてしまえば、一度は対魔王のために手を取り合った人類は再びバラバラになってしまう。それを防ぐためには人類で魔王に勝利する必要があった。

 だからこそのガウルのパーティへの参加。未来を見据えたキグナスの懸念に納得してしまったベルコットにはそれ以上否と告げることはできなかった。

 それでもガウルを一瞥し、別にエルフやドワーフでもよかったのではないかと内心でぼやく。

 実のところ、獣人以外にイレイナ達の旅に同行できそうな者はいなかった。エルフやドワーフ、セイレーンは悪魔ディアボロとの戦いで壊滅しており、五体満足で生き残った者も心に負った傷は大きかった。

 唯一の血の気の多い獣人だけがまだ戦う気力を残していた。五体満足だった獣人の中で最強だったのがガウルなのだ。ベルコットの希望はかなわないものだった。

「改めてよろしく頼むぜ」

 牙を見せてニィと笑うガウルの凄みのある笑みに頬を引きつらせながら、ベルコットは握手を交わす。その手が強く握られる。ガウルの筋肉が隆起し、全力を込めていることが分かった。

 わずかな痛みといら立ちに背中を押されるようにして、ベルコットはガウルの手のひらを握りつぶした。

 ゴリ、という音ともにガウルが悲鳴を上げる。

「……はは」

 ネストが乾いた笑い声を漏らす。イレイナはどこ吹く風で北の地を眺める。

「……あいつら、本当に大丈夫か?」

 見送りに来ていたキグナスは、まとまりのない四人を前にしてぼやく。

「大丈夫だろうな。イレイナ殿達は強い。ガウル殿はさておき、あの三人であればどんな艱難辛苦をも切り抜けて見せるだろうさ」

 一切悩むことなく告げる男前なアレインを一瞥し、キグナスはいつかイレイナに恩を返さなければと思いながらイレイナ達の背中を見送った。


 街を出た四人は、一路北へと進む。雪が降りともった針葉樹林の中を歩くガウルは、周囲を見回しながら口を開く。

「それで、これからどうするんだ?」

「どうとは?」

「だから、進路とか、旅程とかだよ。このまま闇雲に北に進むわけじゃないんだろ?」

 ガウルに三人の視線が集まる。気圧されたようにのけぞる。

「な、なんだよ。怖えな」

「ガウルってそんなまっとうなことが言えたんですね」

「もう少し脳筋だと思っていたわ」

「……はは、大丈夫。ちゃんと考えているから」

「戦士たるもの、思考停止してただ目の前の敵だけを見ているわけにはいかないだろうが」

 不満げに鼻を鳴らすガウルに、イレイナ達三人から苦笑が漏れる。

 ピクリとひげを揺らしたガウルが足を止める。途端に切り替わった空気に、イレイナ達もすぐに戦闘モードに意識を切り替える。

「……敵は?」

「臭う。腐臭だ」

 端的に告げたガウルが牙を見せる。それが、苦渋に満ちた顔だということが、ネストたちにはまだ理解できない。けれど腐臭だという言葉に、一つの確信を抱く。

「ゾンビか!」

 その言葉とほぼ同時、雪を舞い上げながら地中から敵が現れた。

 ゾンビ――それは腐敗した肉体が動き出した魔物。その発生原理は不明で、けれどとにかく嫌われる魔物の代表格だった。

 まず、臭い。とにかく臭い。攻撃した拍子にその体液が付こうものなら、その衣服からはしばらく悪臭が消えることはない。動く腐乱死体なわけだから、当然その体液は病原菌の住処であり、悪質な病を周囲にまき散らすこともある。

 さらに、ゾンビになる肉体は何も魔物のそれとは限らない。人の死体もまた、ゾンビになりうる。人間だったはずの死者が魔物として襲ってくる――その悍ましさを前に平然としていられる人はいない。

 さらには、死体だから気配がない。熱がない。呼吸をしない。弱いから魔力もあまり有していない。それこそ地中に潜られてしまっては、臭いも弱まり、イレイナであっても存在を感知するのは困難である。

 待ち伏せに気づいたのは、ひとえにガウルの嗅覚が優れていたから。

 イレイナ達の前に現れたのは、複数の人型のゾンビ――かつて人類だったゾンビたち。

 もしもこの場にライオネスの街の住人がいたならば発狂していたかもしれない。何しろ、現れたゾンビたちは、以前ライオネスの街を悪魔が襲った際に死体が見つからなかった住民たちだったのだから。

 また、その中には色褪せながらもしっかりとしたものとわかる防具を身に着けている者もいた。

「悪趣味だなッ」

 かつては種族全体で憎悪していた人間とはいえ、ゾンビにされた相手を前にしてあざ笑えるほどガウルは復讐心に染まってなどいない。むしろ義憤にかられたガウルは新雪を踏みしめてゾンビに躍りかかろうとして。

「待て」

「ぐぇ!?何すんだ……何するんですか」

 襟首をつかまれて動きを止められたガウルはむせながら背後をにらむ。その先に、じっとりとした視線を向けるイレイナを見つけて、ガウルは股にしっぽを挟みながらうなだれた。

「臭いをつけないように戦って」

「……無理なんですけど」

 肉弾戦以外はできないとふてくされるガウルの襟首から手を離したイレイナは無言で周囲の枝をつかみ、へし折る。

 手の中の木片を全力で投擲し、散弾銃のごとくゾンビたちに無数の風穴を開ける。その向こうではネストは竜滅剣の投擲を繰り返している。虚空に返すことによって臭いが消えるからこその技だった。

 ベルコットはといえば、爆発物を投げてゾンビを吹き飛ばす。直接ゾンビに充てれば肉片が四方八方に吹き飛んで地獄絵図になるが、足場を爆破させることでゾンビを背後に吹き飛ばすにとどめる。

 あっという間にゾンビは殲滅され、ガウルは茫然と雪の中でたたずんでいた。

「出番がなかった……」

「敵の発見をしたでしょ。大活躍だよ」

 励ますようにネストが肩をたたくも、ガウルの反応は芳しくない。

 雪の上に転がるゾンビを見下ろしたガウルは、白い息を長く吐きだし、頬を軽くたたいて気持ちを切り替える。

「よし、それじゃあ行こうぜ――ぐぅ!?」

 今度は飛び出すほどの勢いではなかったために息が詰まるというほどではなかったが、それでもくぐもった声が漏れる。何をするんだと少しの怒りを込めて涙目でにらむ。

 イレイナは静かに首を振り、それからネストとベルコットを呼び寄せる。

「……どう思う?」

「明らかに網を張ってるよね。ご丁寧に雪の下に隠しているわけだし」

「不自然ですよね。こんな場所にわざわざゾンビをひそめておく理由がわかりません」

「あ?あー、魔王軍の手の内ってか?」

 うなずいたイレイナは、するすると木を登り、木から木へと移動してゾンビ発生地点の上へと移動する。あちこちに空いた穴。雪の下に覗く大地は明らかにあちこちがへこんでいる。それこそ、誰かがゾンビを隠すように穴を開けたようで。

 木の上から戻ってきたイレイナの報告に、ネストは眉間に深いしわを刻んで唸る。

「……魔王側に、僕たちの侵入が気づかれたかな」

「それはいまさらじゃない?確か、これまで私たちって四天王を倒して来ているのよね」

「それでも進路がばれたというのは好ましくないですよね」

 イレイナ達はそろってゾンビの死体を見つめる。動かなくなった腐肉。それを倒したことで魔王側に侵入がばれている可能性は決して低くはなかった。

 それは、奇襲をかける側であるイレイナ達が逆に奇襲を受ける可能性を意味していた。

 もっとも、前回魔王の支配領域に侵入した際も堕ちた精霊やゴーレムに攻撃を受けるばかりであまり少数精鋭が故の隠密性を生かしきれなかったのだが。

「こんなところで話しているだけ時間の無駄じゃないか?」

 ガウルの言葉がすべてだった。ここで額を突きつけあっていたところで時間が過ぎるばかり。今重要なのは早くこの場を移動して、戦闘音を聞きつけた魔物による襲撃を回避することだった。

 素早く行動を再開したイレイナ達は魔物の集団に遭遇すること三回。無傷で切り上げながら目的地の一つにたどり着いた。

 そこは雪の中に沈む、大破した廃墟。かつては大きな街だったそこは、今やその栄光の日々は見る影もない。砕けた城壁の大きさから規模こそわかるが、無人のそこはただ寒々しい姿をさらすばかりだった。


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