表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/127

62アダマンゴーレム

 魔王殺し――それをなすためには、足りないものが多すぎた。精霊をも配下に従えた魔王は、ただ一体でイレイナたちを危機に陥らせた。

 これを危惧したネストたちは、イレイナの料理に活路を求めた。

 異常な、呪われたような料理。それはイレイナの魔力によってもたらされる彼女の性質。

 料理をすれば致命的に不器用になり、意味不明な物体を作り上げる。それは、もはや調理とも料理とも、食べ物とも言い難い。

 だからこそ、イレイナの料理には価値があった。

 魔王の手に堕ちた精霊の片腕を吹き飛ばしたように、霊薬の素材にもなるマンドラゴラを汚染できるように、イレイナの魔力がもたらす性質変化は、無限の可能性を秘めていた。

 それこそ、普通では決して殺せないような魔王に届く武器に、その切っ先を届かせるための補助になりうる。

 だから、ベルコットはしぶしぶイレイナの料理を許容した。燻製によって呪いじみた効果を生み出して火気厳禁にされていたイレイナは、これ幸いと料理を始めた。

 火を起こせば火柱が立ち上り、黙々と黒紫の煙が空に立ち上る。バチバチとはじけるのは火花ではなく、星屑のごとき青白い光。煮詰められる鍋の中身は「ウボァ」とおどろおどろしい声のような音を響かせる。パチンとはじけた気泡から黄色い煙が立ち上り、黒い煙に交じって気味の悪いマーブル模様を生み出す。

 強烈な刺激臭に、イレイナの目から涙こぼれる。鼻をすするイレイナは、煙の中でかき混ぜるのをやめない。

 強大な敵に届きうる思いを形にしようとする。煮詰められた鍋の中身はぐつぐつと煮えたぎる。

 煙は一層強くなり、遠く、北へと吹き抜ける。ここは森を抜けた先に広がっていた荒野。そこには、周囲一帯にイレイナが生み出した煙が広がっていた。

「後は……」

 考え、そしてイレイナは近くにあった毒をもつコケを採取して鍋の中に放り込む。

 毒を、魔王に届きうる力に変えようとする。

 ふと、イレイナは魔王に届くものとはどのようなものなのかと首をひねる。

 そもそも、人類は魔王を知らなさすぎる。魔王がどんな姿をしていて、どんな攻撃が有効か、何一つわかっていない。

 空想の中で魔王の像は膨らみ、異形の怪物であるとされている。無数の足、巨人の腕にカマキリのような鎌、背中には巨大な翼や触手、あるいは剣山のような突起物が生えそろっているかもしれない。口は裂け、目は六つ、額にある大きな目は真っ赤。頭頂部には羊のようなねじれた角が生えている。――そんな化け物がいるとは、イレイナは思っていない。

 では、どんな怪物を目指して料理をすればいいのか。

 例えば、物理攻撃に耐性を持つ相手。スライムから始まる粘性体を相手に勝てるようなものである必要がある。

 あるいは、魔法が効かないような怪物。例えば、無生物のゴーレムのようなもの。ゴーレムに有効なものとなると、毒ではなく酸の類だろう。あるいは爆発というのもいいかもしれない。

 とっ散らかったままの思考で料理を続けるイレイナは気づかない。自分が混ぜる鍋の中味が、極光のごとき輝きを帯びているのを。

 キーン、と小さな振動が始まる。その音にようやく現実へと意識を戻したイレイナは、一瞬の判断ののち、全力で鍋から距離をとって。

 ドオオオオオオオオオオオン――

 鍋の内容物は大爆発を引き起こす。極光を帯びた粘性のある液体が周囲に吹き飛び、地面に触れた瞬間にそれもまた爆発する。

 大地を何度も穿つような震動が生じ、さらには爆風が周囲へと広がる。それは、一息吸い込めば普通の生物が簡単に滅びてしまうような強烈な毒。北風に運ばれている極彩色の霧をじっと見送ったイレイナは、“料理”の失敗にため息を漏らした。こんなもの料理ではないと突っ込みを入れるものはいない。

 ネストたちはイレイナから百メートル以上距離を取り、その一部始終を観察して呆れをにじませていた。

 イレイナが無事だったことに安堵しつつ、次はどうするのかと確認をとるために立ち上がる。このままただ料理をするだけでは同じような失敗を続けることになりかねず、方針転換の必要性を検討していた。

 それに、食材――素材だって、それほど多くはない。

「イレイナ、この後も料理を試し続け――」

 続けるのか、という言葉は続かなかった。

 再び、地面が激しく震動した。断続的なその音は、まるで大質量の物体が地面を踏みしめているようで。

 つい昨日戦ったばかりの精霊のことを思い出したネストは、また似たような敵かと警戒を強める。

 震動は、北にあった。それも、次第に大きくなってきていた。

 濃密な煙の先、何がいるのかと目を皿にしてみる。そんなネストの視界に、おかしなものが映った。

「……飛行系の魔物?」

 煙の上、三角形の何かを見て、ネストは最初、空を飛んでいるワイバーンなどの類だと思った。けれど、三角形のなにかはその実、煙の中にも体が続いているようだった。

 煙を吹き飛ばしながら、ゆっくりと、けれど確実に近づいてくるそれは、遠近感が狂いそうなほどに巨大だった。

 たとえるならば、山。巨大な質量の、亀のようなワニのような、カバのような怪物。

 体は岩石ででき、黒々とした黒曜石のような艶をしている。岩の上には土砂が積み上がり、そこに根を張った樹木が枝葉を広げている。

 それは、かつて北の土地で確認されていた怪物。かつて、魔女の一人が作り出したゴーレムの一体。

 それは鉱物を食らい、おのれの体に変える。そうして成長し続けた怪物は、いつしか一つの山に等しい大きさに至った。

 そんな怪物の名は、アダマンゴーレム。食らった鉱物を圧縮、変質させることでアダマンタイトに変える世界最大にして堅牢なる巨大要塞。

 迫るそれは、おそらくは最強の人工の怪物だった。

「……どうするのよ、こんなの」

 呆然とベルコットがつぶやく。スラシャも内心で激しく同意しながらアレインへと視線を向ける。

 わずかに気圧された様子のアレインは、けれどその口を獰猛に釣り上げていた。まるで、強敵との闘いが待ち遠しくてならないと、そう言いたげで。

『オ前タチカァ……オ前タチガコノ大地を汚染シタノカァァァァ――』

 びりびりと大気を震わせてアダマンゴーレムが叫ぶ。

 その声に両耳を抑えながらネストとイレイナは顔を見合わせる。どうやって戦うか――がむしゃらに削っていくしかなかった。

 イレイナがまき散らした煙に怒り狂うアダマンゴーレムは侵攻を続ける。三角形の顔に紛れるような漆黒の目に憤怒を燃やし、イレイナたちをにらんでいた。

 大地が震える。石が転がる。

「……上等」

 気圧されるものかと笑って、イレイナはまっすぐアダマンゴーレムへと走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ