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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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59森の怪物

 翌朝、魔王についての情報を共有したイレイナたちは、しばらく魔王を倒すための方法を検討し続けた。

 それから改めて森へと入る。ちなみに、グリフォンは森の外に残してきている。大きな翼をもつグリフォンは空中戦では重要な存在だが、森の中を進もうと思うとあまり戦力にはなりえなかった。せいぜい風を操ってかまいたちで敵を切り裂く程度。空を駆けなければ敏捷性にも問題が生じるグリフォンは、障害物の多い場所では完全な足手纏いだった。

 森を飛び越えて魔王がいるであろう大陸北部最奥へ向かってしまおうという意見はあった。けれど魔王軍の戦力の全貌はもちろん、魔王の能力だって定かではない現状で、狙い撃ちされるような状況は好ましくなかった。

 ゆえに、イレイナたちはその足で森を進んで魔王軍に風穴を開ける方法を選択した。

 踏み入った魔王軍の支配下にある森は、ひどく静まり返っていた。

 不気味なほどに静寂に包まれた森には、虫や動物の鳴き声一つしなかった。周囲にある木々は平凡なそれで、けれど何かにおびえるように、生物は物音ひとつ立てずに忍んでいるか、あるいはすでに何かに倒されてこの森から動物はいなくなってしまっているのか。

 魔物すらいない森を進み続け、しばらくした頃。

「……接続が切れた」

 ふと顔を上げたイレイナがポツリとつぶやく。その意味を量りかねて、ネストが視線で言葉の詳細を問う。だが、そんな時間も余裕もなかった。

 突如、森がざわめくように、木々が梢を鳴らした。違和感があった。

 風は、吹いていなかった。無風の中、ざわざわと枝葉が揺れる。まるで、台風の目の中にいるように、イレイナたちの周りで木々が枝を動かす。

 背中合わせになって周囲を警戒するイレイナたちは、ちょうど開けた場所にいた。近くに木々はなく、およそ十メートル四方ほどの開けた土地で戦闘を予感して警戒心を強める。

 そして。

 ドゴ、と一斉に大地から無数の木の根が伸び、イレイナたちめがけて襲い掛かった。


 ――精霊エルフィードとの接続が切れた。

 イレイナが気付いたその事実はすなわち、精霊の力を弾くことができる何かがこの森にいるということ。

 そして、ただの植物だったはずの木々の根を動かすような理不尽な力は、魔法というよりも精霊の干渉に酷似したもので。

 襲撃者に、精霊に近しい存在がいる。

 そのことを理解したイレイナは、冷や汗を流しつつ状況の打開のために動き出す。

 密集方陣のように隙間なく伸びる樹木の根の槍。迫る根を、イレイナはナイフですぱすぱと切断していく。

「顕現せよ、竜滅剣!」

 虚空から召喚した赤黒い剣を握ったネストが、迫る質量の壁を切り裂き、吹き飛ばす。

 残る一部分では、アレインが目にもとまらぬ早業で抜刀と納刀を繰り返し、迫る樹木を切り刻んでいた。

 戦闘能力では一足劣るベルコットとスラシャは、三人の背中に守られながら、それでも自分たちにできることを模索する。

 ベルコットはアレインにいつでも予備の武器を渡せるように片手に刀を持ちながら、迫る樹木の観察を続けていた。スラシャもまた、細めた目をわずかに恐怖に震わせながらも、覚悟を宿した顔で森をにらんでいた。

 木々の襲撃は止まらない。最初は地面を掘り返して根が襲い掛かってきていたが、ある程度根が切り裂かれると、今度は樹木自身が根をうねらせて移動をはじめ、その枝葉が鞭のようにしなって上方からイレイナたちへと襲い掛かってきた。

 とっさに投げたナイフが枝を切り裂くが、空中にある樹木の慣性がなくなったわけではない。

 降り注ぐ枝に視界が封じられ、そこへ地面を張って進む細い根が襲い掛かろうとして。

「ふん!」

 ベルコットが投げた瓶が根にあたって砕け、薬液が周囲に飛び散る。植物に対する強い毒性のあるその液体は、ベルコットの武器の一つとして彼女の祖母・狂薬の魔女が調合したもの。

 魔女が全力で作った危険物を浴びた根は白煙を立ち昇らせながら激しくのたうちまわり、そのうちに動かなくなった。

 よく見れば、伸びていた根だけではなく、その根が続く樹木の方も動きを止めていた。

 効果あり――そう判断すると同時に、ベルコットは次々と同じ毒液をばらまく。

 その毒は、一瞬で植物の中へと侵食し、体内魔力回路をずたずたに破壊する。植物の魔力とだけ反応し、その魔力を暴走させる薬は、場合によっては荒野を生み出しかねない危険な薬。植物の体内を暴走する魔力は場合によっては爆発の危険もある。

 立ち昇る白煙は、荒れ狂う魔力が植物内を流れる際の摩擦が通常以上のものとなり、それによって加熱された水分が蒸気となってあふれたもの。

 立ちこめるあたたかな水蒸気の先をにらんでいたイレイナの視線は先ほどよりも厳しい。

「……精霊」

 つぶやかれたその言葉に、ネストたちはぎょっと目を見開く。

 それは、考えてみれば当然の話だった。生きている植物を自在に動かす。そんな超常の力は、魔法ではありえないのだから。

 けれどそれが意味することは、精霊が魔王に与している、精霊の力を宿した魔王以外の存在がいる、魔王自身がすでにイレイナたちの接近に気づいていて先制攻撃を仕掛けてきた、などの可能性。

「……」

 毒液を警戒してか、あるいはこの攻撃に意味はないと悟ったのか、森の動きは止まった。イレイナとエルフィードの精神の接続は回復しない。その事実自体が、要警戒だとイレイナに告げていた。

 切り刻まれて積みあがる樹木の向こう、静まり返った森が再びざわざわと揺れる。そうして、木々は小さく大地を揺らしながら動き始める。

 一か所へと動いた樹木は、やがて互いに絡みつき、締め上げ、急速にその体積を小さくしていく。

 圧縮を続ける樹木は黒へと変わり、気づけば周囲に広がっていた森は消え、その前に木を削って作ったような、高さ一メートルくらいの人形の姿があった。

 それは例えるならばデッサン人形。のっぺりとした球体の顔にはパーツの一つもなく、けれど確かにみられているという感覚があった。

 肌に鳥肌が立つのを感じながら、イレイナはじっとそれを見つめる。

 エルフィードと同じような、目に見える体の大きさと存在感の強さが全くかみ合っていないちぐはぐさ。それは樹木を圧縮したことによる異様な密度のせいか、あるいは、その体に宿る力のせいか。

 木人形の周りに陽炎のような揺らぎが見えた。その次の瞬間、激しく大地が揺れた。

 一歩、木人形の踏み込みで激しい地震が起き、大地に亀裂が走った。

 振り上げられた腕、球体関節がぎちぎちと鳴る。

 イレイナたちとの距離は四メートルほど。その距離を詰めるには、腕の長さは足りない――

「――逃げて!」

 振るわれた腕は、一瞬で膨張した。考えてみれば当然のことだった。圧縮ができるのであれば膨張ができないはずがない。

 その異様さに意識を奪われていたイレイナの警告は、少しばかり遅かった。

 背後、とっさに動き出せないベルコットの気配を感じた。スラシャの方はアレインに抱かれて横へと回避していた。

 壁のように迫る巨大化して腕を前に、イレイナは真っ向から立ち向かおうことを選択。

 その黒々としたこぶしめがけて、全力でナイフを振り下ろした。

 衝撃波が発生し、大気を震わせる振動が周囲に広がっていく。

 切断するつもりだったナイフは、けれどそのこぶしに浅く食い込んだところで刃が止まる。切られた先から再生を続けているようで、刃が外へと襲いだされようとする。

 歯を食いしばって吹き飛ばされないようにこらえながらも、イレイナはその膂力によってずりずりと背後へ押し込まれる。大地に、イレイナの両足が刻んだ二本の線が刻まれる。

「こ、のッ」

 縦から、横へ。力の入れ方を変え、何とか腕を弾き飛ばす。

 たった一撃、それを防御したイレイナの腕はひどく重かった。

「はあああああ!」

 ネストが振るった竜滅剣が木人形の胴体を打つ。それは、けれど大地にくぎを打とうとするような無力な行い。

 ネストの攻撃でびくともしなかった木人形は、そのまま反対の腕を振るってネストを十メートル以上吹き飛ばす。

 真っ向から太刀打ちできるのはイレイナ一人。再生を続ける木人形を前に、ネストとアレインはわずかに木人形を集中を乱すくらいのことしかできなかった。

 ベルコットが投げた毒液は、けれど今度は何の反応ももたらさない。アレインは生傷を追うネストたちに回復薬を浴びせながら、わずかな絶望感に顔を曇らせる。

 けれど先頭で抗うイレイナの背中にはあきらめの文字はなかった。

「イレイナ!」

 ベルコットが投げた瓶を片手で受け取ったイレイナがわずかに眉間にしわを寄せる。

 危険すぎるとしてお蔵入りになった大根ラペ。その意味を悟ったイレイナは片手で瓶のふたを開け、中身を空中にばらまく。

「これでも、食べてなさいッ」

 空中を舞う漬けマンドラゴラ。それを貫いた投げナイフが、マンドラゴラごと木人形の頭に突き刺さる。

 弾丸のように高速で飛んだナイフは確かに木人形をうがち、その体に深く亀裂を走らせた。

 その亀裂も、次の瞬間には再生をはじめる。突き刺さったナイフも、膨らむ樹木によって木人形の体から排出されて。

 けれど、その体表に、内部に触れた――食べてしまったイレイナの料理は、その真価を発揮する。

 ビクン、と木人形が大きく体を震わせる。

 次の瞬間、木人形の片腕が急速に膨らんだ。けれどそれは、最初のように制御下にある肥大化ではなかった。

 例えるならば、体内で爆発したよう。ぷっくりと膨れ上がった腕は今にも内部の圧によって破裂しそうに見えた。

 そして、その腕にイレイナが投げたナイフが突き刺さって。

 閃光とともにエネルギーの奔流が周囲へと広がり、強烈な風にイレイナもまた耐えられずに吹き飛ばされる。

 爆発によって吹き飛んだ木人形の体。超圧縮されていた木片は、その肉体から分離すると同時に元の大きさを取り戻し、ぐちゃぐちゃになった木が壁となってイレイナたちに押し寄せる。

 そうして、イレイナたちが樹木の津波にのまれた。


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