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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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99最北

 イレイナたちの旅は続く。だが、そのペースは当初の予定よりも遅い。

 黒狼族との戦いやその後の供養以降も、イレイナたちは旅を急がず、訓練として魔物の討伐をしながら進んでいた。

 理由は、判明した魔王の強さのため。

 とりわけその魔法に対処できると判断されるまで、魔王とは戦えない。

 最高位の悪魔であるという魔王はあらゆる魔法を使うという。あらゆる魔法。それを扱う魔王はしかも底なしと思われる魔力量をしているという。

 魔法には魔力という燃料が必要である。人間はその魔力量が種族的に少ない者が多いためにあまり魔法使いが多くない。一方、エルフやセイレーンなどは魔力量は種族全体で多いために、職業が魔法使いでない者も、ある程度魔法が使えたりする。そのために魔法とほかの武器の複合技を使えるのだが、それはともかく。

 イレイナたちはそれぞれに魔法への対策を進めた。討伐した魔物素材は、ベルコットの手によって防具へとその姿を変えた。

 北の地を進めば進むほどに魔物は強くなっていく。時には魔族が現れることもあった。

 そうして魔物を倒すたびにイレイナたちは強くなっていく。武器と防具の質が上がっていく。

 自然とイレイナたちの旅のペースは速くなる――ことはなかった。

 イレイナたちは、最北の廃墟で足止めを食らっていた。

 理由は、一向に止む気配のない強烈な吹雪のため。

 数歩先を見ることも困難なほどの吹雪。そんな中を歩くのは自殺行為でしかなかった。

 これまで、四人は多くの魔物を倒してきた。けれど、いまだに魔王の場所にはたどり着けていない。黒狼族の情報によると、魔王は最北の崖に居を構えているというが、そのおよその場所までは、ここから歩いて五日かかる。

 その間には廃墟はない。つまり、仮に吹雪が収まったとしても、イレイナたちはここから五日間、雪に覆われた土地を進み続けることになる。

 ここまで雪が降り積もっていようと気にすることなく進んできたイレイナたちだが、それは都市国家の廃墟という、雪や風をしのげる場所があったからだ。

 体を休め、温めることのできない場所を進んでくのは自殺行為に他ならなかった。

「春まで待つのはダメなんですよね」

「……あまり楽観視していられないみたい」

 春まで待てばいい。戦いやすい状況を選ぶなどというのは、戦闘に従事する者にとっては当然の発想だ。

 楽観視できない――そう告げるイレイナの根拠は、数日前に精霊エルフィードと少しの時間だけつながったことが理由だった。精神が接続した一瞬で、エルフィードは大量の情報をイレイナに流し込んだ。魔王軍の支配下にある森は、恵みの精霊であるエルフィードをしてもイレイナと数秒交信するのがやっとなありさまだった。

 必要以上の膨大な情報を叩き込まれたイレイナは脳が焼けるように熱くなり、一日動くことができなくなった。けれどそうして足止めされた甲斐はあった。

「魔王が追加の戦力を世界の外から連れ込もうとしている……か」

 それは、世界各地に存在する精霊やドラゴンの防衛網に引っかかった情報だった。北の地にいる魔王が、世界の外と空間的なつながりを作ろうとしている。別世界からは以下を呼び寄せようとしている。

 かつて、魔王は悪魔とともにこの世界に降り立った。だから、もともと魔王は悪魔ではないかという話はあった。それでも魔王を目にした者はただの一人も帰ることはなく、悪魔であればある程度戦え、退けることもできたということから、魔王は悪魔なんて目じゃない怪物だとそう結論付けられた。

 果たして、黒狼族の情報によると魔王は確かに悪魔で、自分の欲望に忠実な悪魔を支配することができる最悪の存在だった。

 悪魔――快楽主義で享楽主義な種族。他種族の絶望の顔を見たり、怒りを向けられたりすることを好む、狂った存在。

 やりたい放題する悪魔は、魔物が成長した魔族に比肩する能力を有していた。とりわけ一部の悪魔は遭遇したら死ぬしかないといわれるほどの怪物だった。

 だった、というのは最も武闘派な悪魔はかつてキグナスに倒されたからだ。

 そんな悪魔が再び、しかも大量に異世界から呼び込まれたとしたら。今度こそこの世界は魔王の手中に収まるのではないか――そう、エルフィードは強く警鐘を鳴らしていた。

 今は精霊やドラゴンをはじめとする幻獣たちは魔王が世界間をつなぐのを防いでいるというが、どこまで妨害を続けられるかわからない。すでに精霊の数体が魔王の支配下に落ちてしまったということで、同族で争うような状況になっている。

 自然の化身である精霊たちの管理の手が届かないために、世界は荒れ、各地で天災が起こっているという。そんな状態が続けば、仮に魔王が呼び込んだ戦力が大したことのないものでも、人類は自然という力によって滅びに向かうだろう。

 状況はすでに逼迫していた。

 のんきに雪解けを待っているような余裕はない。

 だから、イレイナたちは吹雪が収まったその合間に、魔王のところへと進むことにした。

 吹雪で足止めを食らっていた時間で作った大きなソリ。それを、イレイナがつかんで走り出す。

 とがった先端で雪を左右に吹き飛ばしながら船のような見た目のそりが進む。大きなかんじきを履いたイレイナは、走りにくそうにしながらも全速力で疾走する。

 そりの上に乗ったネストたち三人はイレイナ一人に苦労を掛けるのを申し訳なく思いながらそれぞれ体を休めていた。

 もう、ここは魔王の目前。最後の戦いはすぐそこまで迫っている。

 いつ襲撃を受けてもいいように警戒を続ける。

 そりは白銀の世界を進んでいく。

 どこまでもまっすぐ、一本の道を残しながら。

「……あれ、かな」

 遠く、見えてきた巨大な建物をにらみながらネストが小さくつぶやく。

 白一色の世界に現れた、黒い豆粒サイズのもの。近づいてくるそれは、遠近感が狂いそうになるほど大きく、威圧的で、そしておどろおどろしかった。

 黒一色の宮殿。まがまがしい気配を漂わせるのは、悪魔を模したような装飾や像があちこちに見えるからだけではないだろう。

 それを前に、ネストは心臓が握りつぶされるような圧迫感を感じていた。

 ベルコットは呼吸が荒くなり、ガウルは小さく体を震わせる。

「……これが、魔王」

 白い息を吐きながらネストがつぶやく。遠くにいてもわかる、濃密な魔力。それが魔王のものではないと考える者はこの場にはいなかった。

 本当に勝てるのか。そもそも勝負になるのか。

 不安は、けれど無言で走り続けるイレイナの背中を見れば吹き飛んだ。

 イレイナは止まらない。体が震えることも、恐怖で動きが硬くなることもない。

 白い息を吐きながら、イレイナは滑るように雪の上を走る。

 空は夕暮れ色に染まっている。たった一日で、イレイナは五日歩くほどの距離を完走して見せた。


 そうしてイレイナたち四人は、最北の土地、断崖絶壁を背にそびえる魔王の居城にたどり着いた。


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