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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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98検証

 寝て、起きる。

「……あぁ?」

 やけに体が軽いのを感じながらガウルは首をかしげる。

 ぐるぐると大きく肩を回す。軽くその場で飛び跳ねてみる。

「うぅ、うるさい……」

 近くで横になっていたベルコットが眉間に深い皺を刻みながらうなる。一番目に火の番を務めたベルコットは、それからしばらくどうにも眠れず、次の順番だったネストと長く話したことで寝不足だった。

 だが、ガウルはそんなことを知らない。そろそろ起きてもいいころだろうと思いながら、ベルコットへと声をかける。

「なぁ、やけに体が軽いんだが、何かしたか」

「何をするんですか……」

 寝ぼけ眼をこすりながらガウルをにらむ。不機嫌な声を出すベルコットは座ったままぼんやりと周囲を見回す。

「イレイナとネストさんは?」

「あの二人なら外で体を動かしてくるって言っていたぞ」

 朝から元気なことだと思いながらベルコットは大きなあくびをする。

 窓を開けば冷たい風が流れ込む。かなり空気が悪くなっていたのか、吹き込む空気は不思議とおいしく感じられた。

 外はまだ暗い。街は雪に覆われ、空もまた雪のように白い雲が一面に広がっていた。

 冷気でぱっちりと目が開いたベルコットは、遠くから聞こえてくる剣戟の音に耳を澄ましながら、隣に来たガウルへと視線を向ける。

「それで……なんでしたっけ」

「だから、体が軽いんだよ。心当たりないか?」

「ああ、イレイナの料理が理由だと思いますよ」

 イレイナの料理――口の中で繰り返したガウルは昨日食べてしまったもののことを思い出して、表情をゆがめる。

「あれで、体が軽くなるなんてことが起きるのか?」

 半信半疑だが、それも当然のこと。何しろガウルが食べたのは、顔のある豆。かみ砕けば悲鳴を上げるような豆のオイル漬けを一粒食べて体が軽くなるなど、納得できるはずがなかった。

 そんな、かつて自分が経験した道を歩くガウルに、ベルコットは同情の視線を送る。

「まあ、そのうちに嫌でも慣れますよ。イレイナの料理については、考えるだけ無駄です」

 無駄、無駄ですよ――どこか韻を踏むように繰り返す。

 それでも納得いっていなさそうなガウルに対して、ベルコットは改めてイレイナの料理について説明することにした。

 イレイナの魔力には特殊な性質がある。それによって、イレイナはこと料理になると致命的に不器用になる。

 ただ不器用なだけなら問題ない。だが、性質変化と仮称されるその力は、食材に含まれる毒性や薬効成分などを作り替え、特殊な効果を持つ物体にすることができる。

 その代わり、詳細にイメージして方向性を制御しないと、ひどい悪臭が立ち込めたり、飲み込むことも困難なほどの不味さになったり、昏睡させる霧が噴き出したり、料理がひとりでに動き出したりする。

「その点、昨日の豆はあたりの部類ですよ。噛んだ時に悲鳴が響いただけで、不味くも臭くもなかったんですよね?」

「味はしなかったし、おかしな匂いもなかったと思うぞ。ただ、悲鳴が響いた“だけ”ってのはおかしくないか?」

「だけ、ですよ。イレイナの料理を何度も見れば、いやというほどその異常性がわかりますよ」

 ふぅん、と気のない返事をしたガウルは改めて己の体を軽く動かす。やはり、勘違いなどではなく体が軽かった。

 ビュウ、と強く風が部屋に吹き込む。扉が開かれ、風の道ができたためだった。

 汗をタオルで拭きながら部屋に入ってきたネストは、表情がよくなった――気がする――ガウルに笑いかける。

「だいぶ元気になったみたいだね」

「ああ、それで、これは本当にボスの料理が理由なのか?」

「そうだよ。あの豆は精神的な疲れを取り除くためのものなんだ。正確には気分を上向き胃にして精神に生じた弱みとなりうるウィークポイントを消すことで、サキュバスなんかの精神攻撃を仕掛けてくる魔物に対処するためのものだよ」

「効果がありそうでよかったわ」

 ネストに続いて部屋に戻ってきたイレイナが告げる。効果がありそうで――つまり、効果があるかはまだ不明だった。

 これ幸いとネストに実験台にされたことに怒りが浮かぶことはなかった。何しろ今のガウルは実際にすごく体が軽かったのだから。

「正確には体ではなく、心が軽いの。だから連動して体も軽く感じる……んじゃない?」

 少しだけ自身なさげに声を小さくして告げるイレイナ。

 イレイナが用意した豆のオイル漬けは、メンタルケアのための料理。気分を向上させ、つらい気持ちを吹き飛ばすためのもの。それは、黒狼族を滅亡させたことに苦悩するガウルの気分を晴れやかなものにするほどの力があった。

「これなら魔王への対処の一つになりそうだね」

 ネストが告げた言葉に、ガウルはすべての怒りや責任追及を飲み込み、ただただ盛大な溜息を洩らした。

 黒狼族が調べ上げた魔王に関する情報の中に、魔王はその目で相手を射竦めることができるという話が合った。赤い目が怪しく光ったかと思うと、体が縛られたように動かなくなる。

 それから、その目を見続けていると体の感覚をすっかり奪われてしまい、魔王の支配下に落ちてしまう。

 そうして、黒狼族も数名の同胞を失ったらしい。

 精霊やドラゴン、ゴーレム。魔王に与するはずではなかった存在たちが魔王軍の、あまつさえ四天王になっていたのはその力が原因だと思われた。

 そして、その対処方法が精神的な隙を消すこの料理だった。

「そういう意味では、豆を噛むときに聞こえるあの声にだって意味はあるんだよ?気持ち悪い声に意識が向かうことで無意識で魔王から目をそらせるかもしれないし、あの声事態に精神的な異常を吹き飛ばす力があるんだ……イレイナの料理がうまくいっていれば、ね」

「それは……すごいな」

「うん。すごいんだよ。ただまあ、そんな豆を食べたいかっていう問題はあるんだけどね」

「いや、魔王と戦うときには食べないとダメだろ」

「今のところはそうするしかないね」

 往生際悪く告げるネストの肩をバシバシと叩いたガウルはふと思い出したように告げる。

「どうせ試すっていうなら、どれだけの効果があるかを検証しないか?」

「そうだね。そうしたほうがいいかな……イレイナ!」

 イレイナとネストが額を突きつけあって話す。その姿を、アグルはどこかぼんやりとみていた。今更ながらに後悔が押し寄せる。余計な事をしようとするんじゃなかったと。いくら何でもこれ以上深淵に足を不踏み入れたくないと。

 そんな願望とは裏腹に、次の瞬間にはネストはガウルに向かってぐっと親指を突き出して見せる。

 そうして、ガウルを使った検証が始まった。


 ガウルを担いだイレイナが銀世界を疾走する。

 イレイナの肩に乗せられたガウルは魂が抜けたような顔をしていた。

 振動はない。すべるように走っているイレイナはガウルが酔うような走りはしていない。

 木の一本もない銀世界を走っているときにはまだよかった。背後へと流れていく景色が、その速度を伝えることはなかったから。ただ、やけに強い風を感じると、そんな現実逃避をしていればよかった。

 けれど雪が降り積もる林に飛び込めば、否が応でもその速度を実感する羽目になる。

 高速で流れていく景色に、ガウルの目が点になる。木々の間を縫うように疾走するイレイナが出す速度に恐怖に、もう少しペースを落としてくれと告げてもイレイナは止まらない。

 その腕のどこにそんな力があるのかと叫びたくなるほどに、イレイナががっしりとガウルをつかんで離さない。

 そのまま、ガウルは北の大地で運ばれ続けた。


 しばらくしてガウルがおろされたのは、相変わらず一面が雪に覆われた森の中だった。

 新雪に腰が埋まり、その冷たさに意識が覚醒する。

 はっと目を見開いて周囲を確認するガウルだが、特に周囲に特徴的なものは見られない。

「ここ、は……?」

 こんなところに一体何の用だと、少しいぶかしみながらガウルはイレイナに問う。

 イレイナはそれにこたえることなく、近くの雪を足で掻き、その先からのぞいた葉っぱをむんずとつかむ。

 勢いよく引っ張り上げられたそれが放物線を描いて舞う。

 大地から引っこ抜かれたのは、雪と似たり寄ったりな色をした大根――否、マンドラゴラで。

 驚愕に目を見開いた顔付き大根が、くしゃりとその顔をゆがめて。

『ギイィィィェェェェエエエエエエエエエエエエエッ』

 マンドラゴラ特有の、死をもたらす悲鳴をばらまいた。周囲で、木々の枝に乗っていた雪がどさどさと地面に落ちる。

 強烈な音に、ガウルは慌てて耳を閉ざす。けれどただ耳を手でふさぐ程度では、その絶叫は少しも小さくならない。

 脂汗が額ににじむ。思わず死を予感する。

 どうしてこんな目にあっているんだ――恨むようにイレイナを見る。

 そこで、ふと気づく。マンドラゴラの悲鳴を聞きながら、自分はまだ生きていると。

「……あぁ?」

「やっぱり問題ないのね」

 イレイナがさくりとマンドラゴラにナイフを突き刺して絶命させる。ぐったりと動かなくなったマンドラゴラをガウルの前に放ると、イレイナは再びすぐそばの足元の雪を足でどかし始める。

 ガウルは目を見開いた状態で絶命したマンドラゴラの顔を呆然と眺めていた。

 昨日今日と、顔のある食材に嫌な縁があった。正確には、昨日ガウルが食べた豆は、豆そのものには本来顔など存在しなかったのだが。

「……お前も災難だな」

 かわいそうなマンドラゴラに、ほろりと同情の涙が流れる。

 そんなガウルをよそに、イレイナはまた一匹マンドラゴラを雪の下から引っこ抜く。

 雪の下で寒さに耐えて栄養を蓄えたマンドラゴラは通常より栄養が高く、そして声も大きい。

 周囲の森全域に響き渡るような悲鳴をまき散らす。その音によって、偶然上空を飛んでいた鳥が気絶し、落下してガウルの真横に落ちてくる。

 体長一メートル近い大きな鳥の落下によって雪が舞い上がる。頭から真っ白な雪をかぶったガウルは、勢いよく首を振って雪を払い、改めて落ちてきた鳥を見る。

 真っ白な鳥。その羽の先だけが赤いそれは、魔物の一種だった。

「……スノウホワイトじゃねぇか」

 雪のように真っ白なその毛は、魔力を消費することで冷気を生み出す性質がある。そのため、羽が高く取引される魔物だった。

 ガウルも以前、村の大人が捕まえたことがあった。基本的に人間を襲うこともなく、ただあちこちを飛び回るだけの鳥である上に、雪の多い冬場でないとその羽は冷気を吸い込む白いものでないために売り物にならない。

 雪に紛れてしまえば同化は困難で、なおかつ探知能力が非常に高くてすぐに逃げてしまう珍しいタイプの魔物。

「確か、スノウホワイトは肉も高級食材ね」

 言いながら、イレイナはガウルへと視線を向ける。何を求められているのかわからないまま、ガウルは首をひねる。

「解体して」

「ボスがやるんじゃだめのなのか?」

「私が触れると、せっかくの素材が全部だめになりそう。お金があるに越したことはないし、できれば羽と、それから肉もきれいに回収しておきたい」

 イレイナの中でスノウホワイトは食材だ。それだと、解体も調理の一環とみなされて、肉どころか羽までダメになってしまう可能性があった。

 せっかくの大金の種が失われることをよしとしなかったガウルは、どこかウキウキしながら解体を始める。

 以前はスノウホワイトの肉はガウルの口には入らなった。初めてのスノウホワイトの肉の味を夢想し、口の中によだれがあふれる。

 てきぱきと解体を進めたガウルは周囲の木々の枝をロープで組んで、簡易のそりを作る。そのうえにスノウホワイトの肉を、骨を乗せる。

「よし、行くぞ」

「……帰りも私が運ぶから」

 いうが早いか、イレイナは一瞬にしてガウルを担ぎ上げ、スノウホワイトの肉を乗せたソリを反対の手にもって走り始めた。

「…………くそッ」

 荷物が増えてから帰りは歩いて帰れるかと思っていたガウルは、抵抗することもできずに背負われたことに苦虫を嚙み潰したような顔をする。

「ガウルの足に合わせていると日が暮れる」

 そう言ってイレイナはどんどん速度を上げていく。

 流れる木々が瞬く間に消えていく。後ろ向きに担がれたガウルは、血で染まった赤い雪が木々の陰に隠れるのを、ただじっと見つめていた。


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