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覇道ヶ一五歩

 変態狂人による仁王家襲撃事件より二日。負傷により入院する事となった氏子を見舞うべく、大荷物を背に病院へと向かう。昨日のうちに見舞うべきだったのであろうが、如何せん教室で己以外の氏子と親しき者らが見舞う相談をしておったので見送る事とした。己がおっては病室に謎の緊張感が漂う事となろう。それは誰にとっても喜ばしくない状況である。この程度の気遣い、筋肉をもってすれば容易い事である。


 結論から言えば、あの日己が阿修羅殺生撃を放つ事はなかった。希愛の制止の声も届かぬほど激情に()られておった己も、ふらりと立ち塞がった氏子を前に理性ではなく本能と筋肉で制止を余儀なくされた。

「グロいもん見せようとすんなよな、この阿呆が」

 そして一度制止してしまえば常と変わらぬ調子の氏子の姿に多少なりとも落ち着きを取り戻させられ、さらに己に(すが)り付き嗚咽(おえつ)を漏らす希愛の姿も加われば、それ以上暴れようなどと思えるはずもない。後は大人しく――最強の筋肉絶技たる阿修羅殺生撃を無理に止めた反動により生じた、まるで此度己が犯した過ちの数々を責め立てるように全身を(さいな)む筋肉痛に苦悶するばかりであった。

 そんな状況に限らず常より口先で(かな)う相手ではないが、この時ばかりは謎の本気でも出したのかいとも容易く氏子の口車に乗せられるままに己と希愛は現場となった居間から追い払われた。仁王家は己の言えなのだが。なので己は氏子が何をしたのかを知らぬ。嗚咽を漏らし続ける希愛の背を筋肉痛で力加減を誤らぬよう細心の注意を払いながら優しく撫でておったが故に。そして気付いた時には全ての後始末が終えられておった。氏子が巻き込んだのか担任から情報隠匿(いんとく)を始めとする様々な指示の電話がかかってきた事で居間に向かい、氏子のみならず変態狂人の姿まで消えておったのには驚かされた。

 翌日には表向きは筋肉痛以外何の問題も無く試験を受けに登校し、教室で初めて氏子の入院を知った際にはなお驚かされた。だがその驚き以上に恐ろしさと悍ましさを抱かされたのは、あまりにも何事も無かったかのような環境に放り込まれた事であろう。不法侵入を始めいくつもの罪を犯した変態狂人の事が噂として広まりながらも警察沙汰になっておらぬとはどういう事か。あれ相手とは言えやりすぎた己の立場で言うのも何ではあるが、状況があまりにも不自然すぎて悪寒が走った。


 あの氏子がどこまで語るか分からぬが、この見舞いは単に氏子の負傷を心配してというだけでなく真相を聞き出すためのものでもある。阿修羅殺生撃強制中断による筋肉への負荷が想像以上のため筋肉痛は継続しておるが問題あるまい。元より入院患者相手に筋肉で聞き出すような真似はできぬのだから。なお意気込み踏み入ろうとした病室前である発見をしたのだが、今は置いておく事とする。


「氏子よ。調子はどうか?」

「それ入院中の相手に聞く事か?」

「お主であれば入院中とて平然としておってもおかしくあるまい」

「ま、確かに俺にとってはそこまで深刻な怪我じゃないな」

「であるか」

 確かに床の血の量はさほど多くはなかった。相手の変態狂人も妙に力強いだけで動きは素人そのものであったし、運良く傷も浅く済んだのであろうか。

「おう。ナイフとは別にハンマーでしこたま殴られたけど致命傷は避けたから大丈夫だ、問題無い」

「筋肉が足りねば重傷ではないか」

「いや筋肉があっても重傷だからな? ……あ」

「どうやらあまり調子は良くないようだな」

 常であれば自分が重傷であると認めるような事を口にはするまい。無論心配ではあるが、真相を聞き出すという点では好都合とも言えよう。

「にしても何だその大荷物。見舞いの品、じゃないよな。新手の筋トレか? 山岳部にでも入るのか? それとも俺を運ぶ気か?」

「気にするでない」

「無茶言うなよ」

 今はまだ知らずとも良い事である。

「さて氏子よ。雑談できる余裕があるのであれば、話を聞かせてもらおうか」

「おう別に良いぞ」

 軽い!?

「むしろそろそろ話しておいた方が良い事とかあるし」

 己の決意と覚悟を返さぬか!

「けどこれどこから話したもんか……そうだな、まずは一つ質問」

「お主が問うのか。構わぬが」

 少しばかり軽く考えておったが、続く質問とそこからの流れは己の想像より遥かにかけ離れておった。


「お前はさ、俺があの程度の相手に負けると思うか?」


 一瞬何を問われたのか理解しかねた。だが問われた事で改めて考えてみれば、確かに少し気になる話ではある。他ならぬ己が希愛に相応しき相手として推しておる以上、当然氏子は充分に鍛えられし筋肉の持ち主である。でなければ有事の際に希愛を守れぬ。己が到着した際の状況から察するに希愛を守りながら戦ったのであろう。さらに相手の手には凶器。劣勢までは致し方あるまい。だが窓を割り侵入するまでの時間を考えれば、氏子の実力で己が到着するまでの時間稼ぎもままならぬとは思えぬ。

「お前が考えているだろう通り、あそこまでピンチになるほど俺は弱くない。やりようだっていくらでもある。その辺の物を手当たり次第に投げて牽制(けんせい)するだけでも普通は時間稼ぎになるしな」

 ならば何故そうはならなかったのか。

「けど駄目だった。何でって――あいつが悪役だったから」

「氏子よ、意味が分からぬぞ?」

「言葉の通りだよ。例え話ではあるけどさ」

 意味は分からぬままだが、常とは違う真剣な表情の氏子を前に余計な口は挟まず視線にて続きを促す。

「うちの学校にもいるだろう。もどきが付くけど主人公みたいな状況の奴。いわゆる主人公補正で恵まれた環境にいるような奴。あれの類型、あるいはあれの影響下か? いるんだよ。主人公様の活躍のために倒される、そのために主人公様以外には決して倒されない悪役。そんな感じの奴も」

 なるほど物語の話としては分からなくもない。悪漢に(さら)われた少女を助けに向かう道中で、どこぞの者が悪漢を成敗した事で既に解放されておった少女と再会するような事があれば、物語としては面白みに欠けると言わざるを得ぬ。読者の知らぬところで悪漢が成敗されては気が晴れまい。

 だがそれはあくまで物語の話としてはの話である。いくら氏子の言とてそのような事が現実に起こりうるとは信じられぬ。

「信じられないだろうけど事実だぞ。現に今回の件もそれを利用したからな」

「何だと?」

「だから警察沙汰になっていないだろう? ヒロインが不良グループに拉致監禁されても主人公様が助け出したところでイベント完了。好感度が上がってイチャついている時に事情聴取とかの面倒事は盛り下がるから全カット。そんな風にねじ曲がった結果なんだよ」

「馬鹿な……」

 そう言われようと到底信じられぬ。だが氏子の表情も声色も常と違い真剣そのもの。少なくとも氏子は本気で信じておる。その点だけは疑いよう無き事実である。

「俺だって信じたくもないさ。けど何度かそういうのに遭遇すれば、否応なしに認めざるを得なくなる。世の中には価値ある意味ある配役を与えられたかのような奴らがいて、俺はそいつらに何をする事もできないモブなんだって」

 唐突に理解する。これが氏子の危うさの根底にあるものだと。確かに真偽はさておき得体の知れぬ何かに対する無力感ともなれば、筋肉があればと嘆いたかつての己の無力感に勝るとも劣らぬものであろう。だからこそ救われねばならぬ。

「だから言ったんだよ。俺には荷が重いってさ」

 この男、己の友、氏子(さかき)もまた。

そんなご都合主義力とでも言うべき何かを平然と裏工作に利用しちゃう自称モブ。こいつ絶対に普通じゃない。

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