覇道ヶ一四歩
本日三話目。
幾度となく招こうとはしてきたが、氏子に仁王家の住所を教えた事はない。初対面の相手と二人きりにするなど希愛に限らず誰でも嫌がろう。双方と面識のある己が間に入るのは当然の事である。なのでもしその時が来れば仁王家まで案内するつもりであった。
にも関わらず何故氏子が仁王家におるのか。それも希愛を押し倒しその上に覆い被さっておるのか。疑問は尽きぬ。だが今は気にしておる場合ではない。どうせ分からぬのだから頭など使わず筋肉の赴くままに行動すべき時! まずは不届き者を希愛から引き離す!
「筋肉秘技・阿修羅慈愛掌!」
「ガハァッ!?」
己が窓から跳び込んできた事で驚いたのか大きく隙を見せた不届き者に反応を許さぬ高速接近からの高速掌打。腰に打ち込まれた不届き者は内臓にダメージを受けながらその身体を吹き飛ばされる。全力疾走の疲労による筋肉操作の乱れか屋内故に無意識に加減しすぎたのか、三メートルほどしか吹き飛ばせなかったが。
「氏子よ。これはどういう事だ?」
「さて何の話だ?」
気を緩めはせぬが少しばかり余裕が生まれた事で状況を氏子に問う。この状況でなお常のように飄々としておるのは氏子らしいが、残念ながら今の己にはその調子に付き合えるほどの余裕は無い。
「恍けるでない。何故お主がここにおるのだ?」
「さて何でだろうな?」
答えぬか。先の態度でそう来ると分かってはおったが、実際にされると実に不愉快な態度である。だが氏子が自身の事を答えぬのであれば別のあからさまで大きな問題について問うのみ。
「では氏子よ。あ奴は何者だ?」
問いながら希愛と氏子を背に守れる位置に移動する。慈愛掌で吹き飛ばした際に体勢を崩し尻もちをついた不届き者が立ち上がったところであり、傷は浅いようだが血を流しておる氏子に自分の身を守らせるのは酷であろう。
流血の下手人は右手に血の付いたナイフを持つ目の前の不届き者に違いあるまい。あのナイフは仁王家の台所の物ではない。つまりあ奴が持ち込んだ物である。服装から己らと同じ高校の生徒と分かるが、当然の事ながら本来試験中の時間に人の家へ凶器持参で窓から侵入するような犯罪者の知り合いなどおらぬ。思い当たる相手に関しても同じく。
「俺様が誰かって? 散々俺様の邪魔しやがったからボコって成敗してやったのにテメェに都合の悪い事は忘れちまったってかぁ? テメェをボコす時間さえ無けりゃあの時メインヒロイン攻略完了して童貞だって卒業して今頃はハーレムルート邁進してたんだよあのラブコメ主人公もどきみてぇによぉ! むしろアイツが侍らしてる女達は俺様のハーレムメンバーになるはずだったんだそうに違いねぇ! どいつもこいつも俺様のハーレム主人公ライフの邪魔ばっかしやがって! ブッ殺してやらぁ!!」
……何を言っておるのだこの狂人は。高校生にしても精神年齢が幼すぎる。それにこの人を勝手にヒロインだ何だと言う妄言には聞き覚えがある。あの事件において最初に希愛に手を出そうとした変態六年生。金属バットによる奇襲で意識が朦朧としておったせいで断片的ではあるが、あの時の妄言と通ずる点が多い。
「まずはテメェだゴリラ野郎! んで次はそこのチビ野郎。それでようやく俺様のハーレム主人公ライフが始まんだ! ……何でこんなに遅くなんなきゃいけねぇんだよクソがぁ!!」
「……汝の言いたい事はそれだけか?」
「ヒッ! あ、何だテメェ文句あんのか邪魔ゴリラが!」
「強がるでない。黒い学ランの上からでも分かるほど股間が濡れておるぞ?」
「ハァッ!? 漏らしてねぇし!? この後のメインヒロインとのエロ展開に興奮しちゃってるだけだしぃ!?」
「仮に事実としてやっても充分みっともなかろうに。そもそもこの状況の時点で汝が己を恐れておる事など証明されておろうが」
「ハァアアア!? な、ななんな何で俺様が前にボコってやった事があるテメェ相手にビビんなきゃいけねぇんだしぃ!? そんな証拠どこにもねぇしぃ!?」
「そう恥ずかしがるでない。汝が希愛の所在を突き止めており、なおかつ己と戦う事になれど勝てる自信があったのであれば、わざわざ中間試験を投げ出してまで己が不在である日中に侵入する必要もあるまい」
「うぇっ、どぅぇっ、ぶぇっ、あ、それはテメェが俺様のメインヒロインを人質にするとか卑怯な手を使うかもしれねぇからの保険だしぃ!?」
「そのような卑劣な者の家に囚われておるとすれば、むしろ早々に助けぬか?」
「うっ、▽☆□○ー!!」
妄言どころかもはや人語ですらない。何と愚劣。何と矮小。何と醜悪。よもやこの程度の者に出し抜かれようとは。よもやこの程度の者に希愛を汚されかけようとは。よもやこの程度の者に氏子を傷付けられようとは。殺意と自己嫌悪の念がとめどなく溢れ出て抑えられぬ。
「筋肉秘技・阿修羅夜叉手」
適当な言葉を投げかけながら詰めた距離は既に己の間合いの内。まずは氏子を傷付けた忌むべきナイフを手刀で破壊する。一歩踏み込み手刀を振るえば、たかが安物のナイフの刃など金属であろうと容易く叩き折れる。
「……ふぇあ?」
偶然であろうが口から零れた音が公平とは片腹痛い。罰せねばならぬな。
「筋肉秘技・阿修羅無情脚」
家具への配慮を捨て去り力加減抜きで放つ中段回し蹴り。常人であれば肋骨は折れ内臓も壊れるが目の前のこれはもはや筋肉ゴリラである己以上に人とは呼べぬ精神性なので気にせず放つ。なに死にはせぬ。
「ひっ!? グブォアッ!!」
生意気にも防御しおるとは。否、本来であれば防御したとて肋骨に代わり防いだ腕の骨が折れるはず。にも関わらずその様子は無い。五里松殿ほど鍛え上げられた肉体であればまだしも、この程度の相手に耐えられるほど筋肉秘技は甘くない。
「グッ、ガッ……ひひっ。ギャハハハハ! 思ってたよりは痛かねぇ! そりゃそうだ俺様は選ばれた存在なんだ! 前世の記憶を持つ転生主人公様なんだ! 凡人はもちろん筋肉ゴリラ野郎相手にだって無双できるんだあああ!!」
なおも妄言を吐き散らしながら振るわれた拳を左手で受け止める。動きは素人そのものであり筋肉も大して無いはずだが妙に力強い。もし幼少よりこのように妙な力強さを発揮しておったのであれば自分を特別な存在だと勘違いしてもおかしくはないのやもしれぬ。
だが弱い。この程度なら武術を嗜んでおる者であれば対処できよう。何よりその自慢の力強さでさえ鍛え上げられた己の筋肉には遠く及ばぬ。
「おい何でだよ倒れろよ!? 転生者様の攻撃だぞ!? 主人公様の攻撃だぞ!! 一撃でブッ飛ばされるシーンだろうがよぉおおおおおお!?」
本当に、よもやこの程度の者に……いや、もう気にするまい。この一撃でもうすぐ終わる事なのだから。いつまでも引きずるなど脳筋の己らしくもない。
「筋肉絶技――」
「駄目、やめてアシュ! そんな奴どうでもいいから!」
希愛の制止の声が聞こえる。だが今の己は希愛が無事であった事への安堵以外何も感じぬ。氏子が覆い被さっておったので少々不安が残っておったが、これでようやく安心できる。そして心置きなく仕留められる。
「違う待てこんなのおかしい理不尽だ俺様は主人公様なんだそうだここからでも助からないといけないんだメインヒロインだって助けようとしてるんだから俺様は助かるんだ逆転するんだそうに決まってるだから早く助かれよまだかよ何でだよあはあははあははははあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
心が壊れたか。その身もすぐに破壊してくれよう。最強の筋肉絶技で!
「――阿修羅殺生撃!!」
敢えて自らつっこみましょう。これ恋愛ジャンルの展開じゃねえよ!




