4章 出ない答え
夏休みも始まり、楽しいキャンプも終わりを告げる。
夏休みも夏も、まだ始まったばかり。
-1-
次の日、約束どおりユータがテントを持ってきてくれた。
「おっす。 ずいぶんと早いな。」
まだ8時前。 それこそ学校に行くのと変わらない時間だ。
「ああ、今日は用事があるからな。」とユータ。
「へぇ。 どこかに行くのか?」
気になったので聞いてみる。
「野暮用。 めんどくさいけど行って来る。」
答えにはなってないが、まあ別に大したことでもないんだろう。
「それよりお前は?」とユータ。
「俺?」
なぜ?
「いや、自転車返しに行くんだろ?」
「ああ、行ってくるよ。」
別段不思議なことでも… ないだろ?
「そうか。 じゃあそういうことで、またな。」
そう、俺の用事も大したことでもないんだよ。
ただの、めんどくさい用事。
-2-
昨日の夜のこと。
「ナツキ! そろそろ起きてご飯を食べちゃいなさい!」
母親の声で起こされた。
いつの間にか、居間のソファで寝てしまっていたらしい。
時計を見る。 ほぼ8時。 結構寝てしまったようだ。
「悪い。 すぐに食べる。」
頭は多少すっきりしていたが、疲労感にはすさまじいものがある。
そして、やはりというべきか、日焼けした部分が相当熱くなっている。
「あー 体起こすのも痛ぇ。」
ふらふらと食卓のイスへ向かう。
「あんた、焼けたね。 野球やってた時より焼けてるんじゃないの?」
そんなことはないと思うが。 たぶん昨日・今日とほとんどの時間を外で過ごしたので、一気に焼けてしまったんだろう。
「明日は動けないかもな。 悪いけど。」
「ゴミ捨てくらいはしなさいよ。 ただ家にいるだけなんだから。」
言われると思った。
飯を食べ終わり、食器を片付けに行く。
「そういえばナツキ。 あの自転車どうしたの?」
ああ、完全に忘れていた。
「ああ、あれはナミの自転車。 チェーンが外れやすくなってたから交換して乗ってたんだよ。」
「あら、あんたも優しいところあるのね。」
少し照れくさかった。
「大したことじゃねぇよ。」
「照れてんじゃないわよ。 この子は。」
さすが母親。 全てお見通しである。
さて、ナミに電話しないと。
「母さん。 子機借りていくよ。」
「ちゃんと利子をつけて返しなさいよ。」
そういう借りるじゃねーよ! くらい言おうと思ったが、そんな元気もなかった。
「えーと、二宮ですけど。」
「ああ、ナツキ? どしたの? こんな時間に。」
出てくれたのはサキだった。
「いやな、ナミと自転車を交換したままで帰ってきちまったもんだから。」
「あー そういえばそうね。」
どうやらサキは今気づいたらしい。
「今頃気づいたのかよ。 まったく。」
「あんたもどーせユータに言われて気づいたんでしょ?」
正解。
「で、ナミはいる?」
「あー 今はお風呂に入ってる。 たぶんもうすぐ上がってくるとは思うけど。」
まあ時間が時間だけに仕方ない。
「そうか。 すぐに上がってくるならまたかけ直すわ。」
「ナミの携帯にかければいいじゃない。 だいたいね、あんたも携帯くらい持ちなさいよね。」
携帯は嫌いだ。
なんか縛られてる気がして嫌いだ。
というのは理由付けで、単にかかってきたりするのが面倒だろうと思っていたからだ。
「あんただったら、部活で伝言を伝えようにもめんどくさいのよ。 家にいなかったら連絡取れないし。」
まあ、確かにな。
「携帯くらい持ちなさいよ。 不便なんだから、もう。」
「はいはい、いずれ持たなきゃいけなくなったら持つよ。」
「あ、ナミが上がってきた。 かわるね。」
少し待った。
「もしもし、ナツキ君?」
「ああ、今日はお疲れ。」
「うん。 お疲れ様。」
やっぱり少し疲れた声だった。
「あのさ、わかってるとは思うけど…」
「自転車よね。」
そりゃナミは気づいてるよな。
「明日交換しに行くわ。 何時くらいがいい?」
「そうね。 9時半には出かけるから、その直前まででいいよ。」
それだと自転車を直す時間は無いだろう。
「明日は直さないのか?」
「うん。 今度遠出するときまでに直すわ。」
それならそれでもいいか。
「それじゃ、明日は9時ちょいには行く。」
「うん、わかった。 待ってるね。」
「ああ、また明日。」
電話を切った。
-3-
時間は9時15分。 これなら迷惑にはならないだろう。
それにしても暑い。 これは昨日よりも暑くなるだろう。
自転車を走らせていれば風で涼しく感じるが、一度止まってしまうと地獄のように熱い。
なんだかんだで見知った家の前に到着した。
「おはよー ナツキ。」
サキが出迎えてくれた。
「なんだよ、お前。 家の前の掃除をしているフリしてるのか?」
「…」
肩をバシッと叩かれた。
「ほれ、この自転車をナミに返しておいてくれ。 俺はもう行くから。」
「あれ? もう帰るの?」
サキが意外そうに言う。
「別に、他にはお前たちに用事ないし。」
確かに、用事はない。
「寂しいこと言うね。」
そう言って玄関からナミが出てきた。
「ほら、自転車。 さっさと直せよ。」
「ありがとう。 わかったよ。」
自転車のハンドルを手渡す。
「なーに? 直して持ってきたんじゃないの?」
サキ、うるさい。
「しょうがないでしょ。 ナツキ君だもの。」
心外な姉妹だ。
「それよりもサキ、麦茶も冷えたから一息入れれば?」
「やった! 休む休む!」
喜ぶサキ。
「ナツキ君も、麦茶飲んでいく?」
「ああ。 それじゃもらっていくかな。」
この炎天下だ。 冷えた麦茶を飲みたくもなる。
あがらせてもらうことにした。
「生き返るな。」
火照った体にはポカリなんかじゃない。 やっぱり麦茶だ。
味も濃すぎず薄すぎず、氷で少しずつ薄まっていく麦茶というのが風流なんだ。
だいたい日本の夏はカルピスか麦茶で決まりなんだ。
この風鈴の音もそうだ。 この涼やかな音色が…
「ナツキ、何ぼーっとしてんのよ。」
サキ。 お前には風流が理解できないのか。
「しょうがないでしょ。 ナツキ君だもの。」
どうにも今日のナミは俺をダメ人間に仕立て上げたいらしい。
「ところでナミ、そろそろ出かけるんじゃないのか?」
「ああ、そうね。 準備しないと。」
ナミがパタパタと2階に上がっていった。
「無理しちゃって。」
ボソッとサキが言う。
「ん? 何が?」
「ナミよ。 筋肉痛でさっきまでおかしな動きだったの。」
おかしな動き、ねぇ。
「すごいのよ。 もうワニみたいにガニマタでのそのそと。 笑っちゃうわよ。」
想像しただけで笑ってしまいそうになった。
「そういうお前はどうなんだよ?」
「あたし? んー そんなにひどくないよ。」
そう言って立ち上がり、その場で動くサキ。
「うん、朝よりはずいぶんとマシ。」
「そうか。 それはよかったな。」
そう言いながら、テーブルにあった麦茶の容器から2杯目を注いだ。
「あんたはどうなのよ?」
「あのな、俺はお前たちとは鍛え方が違うの。」
まあ、鍛え方は違うが、昨日の風呂では大変な目にあった、ことは言わないでおく。
「いいね、体力のある人は。」
涼しげなワンピースを着たナミがドアの前にいた。
「私はこれから重いカンバスを旭川まで買いに行かなければいけないのに。」
「明日以降にすればいいだろう。 何も今日じゃなくても。」
「ううん。 できることは今日のうちにやっておきたいの。」
「まあ転んで怪我しないようにな。」
危なっかしいけど、まあ大丈夫だろ。
「そうだ! ナミ、ナツキに荷物を持ってもらえばいいよ!」
「あー それはいいね。」
「…」
「ナツキはどうせ暇なんでしょ?」
ひどく失礼な気がするんだが。
「まあ、暇だけど。」
確かにサキの言う通りだ。
「交通費は出すわよ。 あとお昼もご馳走してあげる。」
「わかったよ。 その代わり俺の買い物にも付き合えよ?」
「交渉成立ね。 そのまま行ける?」
「ナツキなんていつもこんな格好だよ。 問題ない。」
お前が言うな。
まあラフな格好だけど、別に問題はないだろう。
「サキも行く? 交通費は持たないけど。」
「遠慮しとくわ。 ナミと買い物に行っても疲れるだけだし。」
そう言うと、サキはソファに寝転んだ。
「それじゃ行ってくるね。」
「いってらっしゃーい。」
居間からサキの声。
なんだかんだで巻き込まれちまうんだな、俺は。
-4-
「うーん。 なんか怒ってる?」
自転車を駐輪場に止めると、ナミがこちらに尋ねてきた。
「いや、怒ってはいないよ。」
確かに怒っちゃいない。
それどころか、少し緊張するくらいだ。
ナミと2人で出かけた覚えなんて、正直1〜2度しかない。
それもかなり小さい頃の思い出。
当然中学に上がってからは無い。
「そう? 『付き合わされてめんどくせーなー』とか思ってる?」
下手なものまねだ。
「そんなことはないよ。 どうせ暇だしさ。」
極力意識しないように答える。
「そっか。 それならたくさん荷物を持ってもらっても大丈夫ね。」
「それとこれとは別な。」
こういうところが、ナミの魅力なんだろうな。
いろいろと考えているようで、実はそれほどでもない。
何より、周囲に影響されないマイペース。
サキを動かしていたずらをする、なんてのは小さい頃からの悪癖だ。
あれこれ考えていると、目の前に切符が差し出された。
「はい。 行こっか。」
「どうぞ。」
汽車に乗ってから10分後、なぜかナミがカバンから出した冷凍みかんを差し出してくる。
「へ? なんでこんなもん持ってるんだよ?」
当然の疑問。
「さっきキヨスクで買ったの。 おいしいでしょ、冷凍みかん。」
「あ、ああ。」
「今日は暑いしね。 おいしいよ。」
ナミは既に1個目を食べ始めている。
「じゃあもらうわ。 いただきます。」
冷たくてうまい。 はずだが、さすがにまだ硬くて皮をむけない。
「お前さ、よくこんな硬いのを食べれるな。」
ガリガリ噛んでいる様子もないが。
「あー 私のは手で温めておいたから。 そっちはやっぱりまだダメなの?」
「ああ…」
はいはい。 そういうことね。
とりあえず手で温めておくことにした。
「私は〜 2個目〜」
小さい声で歌いだすナミ。
「そんなに冷凍みかんが好きなのか?」
「そうだね。 こういう日は冷凍みかんに限るわね。」
わかってはいたが、どうにも変わった奴だ。
「はあ。 うまい。」
ようやく1個目が柔らかくなってきたので、食べてみた。
体の火照りが一気になくなっていく。 これはうまい。
「でしょう? だから買って正解なの。」
2個目をほおばりながらナミが言う。
「ふう。 食った食った。」
1個目を食べ終わった。
「じゃあはい。 これとまだもう1個あるから。」
2個目を手渡された。
仕方がないのでもう一度手で温める。
「しっかし老人臭い2人だな。」
冷凍みかんというと、どうしてもお年寄りのイメージになってしまう。
「そうねー」
こういうときのナミは何かに夢中になっている。
今は冷凍みかんということか…
ちょっとした敗北感を感じた。
窓の外が、田園風景から住宅地になった。
どうやらもう少しで旭川の市街に入るようだ。
結局とりとめもない話をしていれば、簡単に着いてしまう距離。
ふとナミを見てみると、窓の外を見てボーっとしているようだ。
「ナミ、そろそろ着くんじゃないか。」
「うん。 そうだね。」
「降りる準備… と言ったって大して荷物はないか。」
俺は手ぶら。 ナミもカバン1つだ。
「心の準備は必要かもね。」
「は?」
何に心の準備が必要なんだろう?
「ううん。 なんでもない。」
「あ、ああ。」
冗談でも言うつもりだったのか? 思わず素で反応してしまった。
「ナツキ、ありがとね。」
小さくナミがつぶやいた。
「気にするなって。 どうせ暇だったんだし。」
「うん… そうだね。」
なぜか胸が少し痛んだ。
-5-
旭川は道北の中心都市。 人口も北海道で2番目で、確か35万人以上が住んでいたはずだ。
富良野とはそれほど離れていないが、やっぱり少しだけ都会のにおいがする。
「まだお昼には早いし、先にナツキ君の買い物でいいよ。 私の買い物はたくさんだし。」
やっぱり俺に相当数の荷物を持たせるつもりらしい。
「10キロを越えたら持たないからな?」
「大丈夫。 それなら9.5キロまでにするから。」
どこまで本気なんだか。
「ここ、ここ。 ちょうど服を買いたいと思ってたの。」
「ああ…」
俺の買い物はいつも通り15分で終わってしまった。 適当に服を買うだけ。
そして、結局ナミの買い物に付き合わされる羽目になってしまったのは仕方がない。
それにしてもだ。
もう12時はとうに回っている。
さすがに少し腹が減ってきた。
「ナツキ君。 ちょっと着てみるから見てくれない?」
「はいよ。」
嬉々として試着室へ向かうナミを見て、この買い物は長いなと直感した。
でも、少し心地よくもあった。
「ごめんね。 好きなものを頼んでいいから。」
結局1時半までショッピングタイムだった。
しかも、買ったのはたった1着の服。
「そうだな。 とりあえずこの店で一番高いものを頼むか。」
「…」
ナミは無言で店員を呼ぶボタンを押す。
「はい。 ご注文でしょうか?」
「これ2つ。」
ちらっと俺を見る。
「1つは大盛りで。」
「はい。 オムライスセットが1つと大盛りオムライスセットが1つですね?」
「ええ。 お願いします。」
「かしこまりました。」
どうやら俺の昼食はオムライスに決定されたらしい。
「ここのオムライスはおいしいのよ。」
ニコっと笑いながらナミが言った。
「ね? おいしいでしょう?」
オムライスを一口食べたナミが言う。
「確かに。 半熟加減がたまらないな。」
本当においしかった。
外見は少し古ぼけているレストランだったのが気になったが、中はこぎれいにしてある。
何より、漂ってくるにおいが食欲をそそる。
「ここはハンバーグもおいしいんだけど、今日はオムライスの日だよね?」
オムライスの日ってなんだよ。
「ちなみに、ハンバーグセットはいくらだ?」
「えーと、1060円ね。」
「オムライスセットは?」
「値段は880円ね。 でも味の価値はそれを越えてるの。」
「はいはい…」
オムライスもうまいが、俺には一緒にご飯を食べている相手がナミだということに価値があると思った。
遅い昼食を食べ終え、最後の用事をたすために画材屋へ向かった。
一応駅前にあるとナミは言っていたが、既に結構歩いている。
目の前から3人組の高校生が歩いてきた。
どうも、その中の1人と目が合ってしまう。
どこかで見たことがあるような…
「おおー 二宮じゃないのか?」
ああ、思いだした。
「吉岡か。 珍しいところで会うな。」
「確かに。 こんなところで会うとはな。 それにしても元気だったか?」
「ああ。 おかげさまで。」
吉岡は中学のときの野球部仲間。
外野を守っていたが、とにかく守備が上手いし足も速い。
卒業後は旭川竜谷に進学していて、3年になってからは、野球名門校の旭川竜谷でレギュラーを張っていた。
今年の旭川竜谷は、確か北・北海道大会の準決勝で負けてしまっているはずだ。
こいつは寮に入っているから、高校入学後は一度も会ったことがなかった。
「三浦も久し振り。 元気だったか?」
「?」
ああ、そうか。
「吉岡、こいつはサキじゃないんだ。」
「え? ああ、お姉さんの方か。」
そりゃ勘違いもするよな。
「しっかし似てるなぁ。 あ、失礼なことを言っちゃったね。 ごめん。」
「いいんです。 よく言われるから気にしないでください。」
「それじゃあな。 またいつか野球やろうぜ。」
吉岡が気持ちのいい笑顔で言った。
「ああ。 遊びなら付き合う。」
「ダメだな。 どうせやるなら本気だろ。」
「お前はいつでもそればっかりだな。」
「はは。 確かにそうだ。 それじゃあな。」
5分ほど話して、吉岡たちと別れた。
なぜか、少しナミが不機嫌そうに見えた。
「どうした?」
「なんでもないよ。 終わったなら行こう。」
どうにも不機嫌そうな感じは消えていなかった。
「はー 買った買った。」
満足そうなナミ。 不機嫌は画材屋に入った瞬間に消えてしまったようだ。
「ああ… なかなかの重さだな…」
画材というのはこんなに重いものなのか。
「うん。 しばらく買わなくてもいいくらい買ったもの。」
そんなことだと思った。
「次の汽車は何時だ?」
「えーと、3時半かな?」
3時半までにはまだ30分以上あった。
「それなら間に合うな。 ゆっくり行こう、ゆっくり。」
「そうだね、ゆっくり行こう。」
鼻歌を歌いながら前を歩くナミを見て、少し安心した。
-6-
「ん。」
少しうとうとしていたようだ。
「悪い悪い。 寝ちゃってた。」
反応がないところをみると、ナミもどうやら寝てしまっているようだ。
「ナミも疲れてるんだな。」
小さくつぶやいて、窓の外を見ながら思考の世界に入ることにした。
ナミは結局のところ俺のことをどう思っているんだろう。
告白をしても断られ、避けられるかと思えば避けられることもない。
特に気にしている風もなく、今までどおりの付き合いを続けてくれている。
あの告白が夢だったんじゃないかと何度も思った。
でもそんなわけはない。
こうして2人で行動していても、別に違和感はない。
俺のことをことさら意識もしていないし、どこかで避けられている感じもしない。
気にもされていないということなのだろうか。
今日の行動を思い出してみる。
俺と一緒に旭川に行ったのは、たぶん本当に荷物持ちにしたかったからだろう。
面倒を押しつけるような引け目があったから、こうして交通費や昼食を食べさせてくれたんだ。
冷凍みかんは… 単に食べたかっただけだろう。
買い物をしていたときは楽しそうだった。
あれも、特に深い理由はないのかもしれない。
何度も試着をした服の感想を聞かれた。
たぶん、大した感想も伝えられていない。
オムライスのことにしても、深い理由はないのだろうか。
俺は、ナミと同じものを同じ感想を持って食べられたことが嬉しかった。
彼女には、たぶんそこまでの意識もないのだろう。
吉岡と話し終わったとき、なぜかナミは不機嫌だった。
それはサキと間違われたから? いいや、そんなことで不機嫌になったりはしないだろう。
自分がのけ者にされて無視をされていたから? たぶんそんなんじゃない。
だったらなぜ? わからない。
ここだけが理解不能で不可解だった。
そして今。
結論から言うと、きっと意識されない存在になったということだろう。
結論は… いつも悲しい方向にしか出なかった。
「ナミ、そろそろ着くから起きてくれ。」
「うん… わかった…」
ナミは目をこすりながら、少しずつ起き出した。
「もう着くの?」
「今、学田駅を発車したところ。 3分もすれば着くだろ。」
「そっか。 すっかり寝ちゃったな。」
大きく伸びをする。
「忘れ物がないようにしないと。 もう一頑張りよろしくね。」
「ああ、わかった。」
列車は少しずつスピードを緩めた。
「ごめんね。 ナツキ君だけ歩かせちゃって。」
「いいよ。 どうせナミの家から駅なら大した距離じゃないから。」
大きな荷物があったので、どちらかが自転車ではなく徒歩で帰る必要があった。
まあ、俺の役目だろう。 帰りに自転車を取りに行けばいいだけだ。
「着いたな。 お疲れ。」
玄関に荷物を置きながら言った。
「お疲れ様。 少し寄って行って。 お茶くらい出すわ。」
「いや、ナミも道具の整理とかあるだろ。 それにまた夜来るために少し休むよ。」
2階からサキが降りてきた。
「お。 おかえりー 買い物はできたー?」
「うん、ばっちり。 たぶん夏休み中は行かなくても大丈夫。」
その量だもんな。
「でー ナツキはこれからどうすんの?」
「ああ。 一回帰ってからまた8時までには来るよ。」
「そう。 行ったり来たりで大変ね。」
お前にもその責任の一端はあるんだぞ。
「じゃあそういうことで。 また後でな。」
玄関のドアを開けて外に出ようとした時、ドアが手をかける前に開いた。
「あら、夏樹君じゃない。 珍しい。」
「あ。 お久しぶりです。 ご無沙汰してました。」
2人のお母さんだった。
「おかえり。 今日は早かったね。」
玄関の荷物を片づけながら、ナミが言う。
「今日は早く終わったからね。」
よっと靴を脱いで玄関に上がるお母さん。
「玄関なんかで立ち話していないで、あがっていきなさい。」
結局あがっていくことになった。
-7-
「あら、そう。 今日は花火をするのね。」
「うん。 遊んでばっかり。」
母親とナミが台所で話している。
「あなたはいいわよ。 サキはダメね。 どうせ今日も勉強していないんでしょ?」
「したわよぉ。 お昼から4時までずーっと。」
今度はサキと母親の会話。
「嘘でしょ? あなたがそんなに勉強するわけないもの。」
確かに、サキの集中力がそんなに長い間続くとは思えない。
「ところどころ休みながらだけど… でもだいたい勉強してたよ。」
だいたい、ね。
「まあいいわ。 明日からはきちんとやるのよ。」
「今日はナミの方が勉強してないのに…」
ぶつぶつと文句をたれるサキ。
「これが人徳だな。 反省しろよ、サキ。」
「…」
足を思いっきり蹴られた。
「それじゃあそろそろ帰ります。 ごちそうさまでした。」
出されたお茶もなくなったので、そろそろ帰ることにした。
「あら。 もううちで晩御飯を食べていくことになってるわよ?」
「え?」
なぜ?
「さっき夏樹君のお母さんに電話しておいたわよ。 今日はうちで晩御飯だって。」
「は、はぁ。」
「電話の内容は聞いてなかった?」
電話をかけていたことすら知らない。
「あー たぶんナツキがトイレに行ってたとき。」
ソファで足をぶらぶらさせながらサキ。
「もう夏樹君の分も作っちゃってるわよ。」とお母さん。
「そういうことなの。 だから、晩御飯ができるまで待っていてね。」
背中を向けながらナミが言う。
俺の意思は?
「期待してていいわよ。 今日はナミがハンバーグを作るから。」
「はあ。 ありがとうございます。」
なんとも強引な展開だった。
「ただいまー 腹減ったー」
玄関から大きな声が聞こえた。
「おかえり。 ご飯はもうすぐだから、荷物を片づけて手を洗ってきなさい。」
「ほい。 先に食べないでくれよ。」
そのまま洗面所に向かったようだ。
その後、どたばたと2階に上がってまた降りてくる。
「よっと。 あれ? ナツキ兄ちゃんじゃん。 珍しい。」
「よう、浩太。 久し振り。」
こいつは2人の弟で浩太。
「ひさしぶり。 今日は飯でも食って行くの?」
「ああ。 なんかそういうことになった。」
「そっかー」
浩太とは本当に久しぶりだ。
ナミやサキとは3つ違うので、中学や高校は同じ時期に通うことはない。
なかなか会う機会もなかった。
「今日も部活だったのか。 まだサッカーを続けてるのか?」
「うん。 1年からずっとレギュラーだし!」
「そうか。 今の部員は何人?」
「13人…」
「去年は?」
「12人…」
「一昨年は?」
「13人…」
要はそういうことだ。
「ひさしぶりに会ったのに、なんかナツキ兄ちゃんきつくない?」
大丈夫だ。 いつもお前の姉さんたちにされている仕打ちの10分の1以下だろうから。
「ご飯できたよ。 食べちゃおう。」
ナミの声で、その場にいる全員が食卓に向った。
「ただいま。 今日はなんだかにぎやかだな。」
お父さんが帰ってきたようだ。
「お邪魔してます。 あと、ご飯を頂いてます。」
「おや。 夏樹君か。 珍しい。」
1日に3度も珍しいと言われることも珍しいだろう。
「ずいぶんと見ていなかったけど、すっかり高校3年生だな。 見違えたよ。」
「ありがとうございます。 そうでもないです。」
「そうそう、たーいしたこともないわ。 今も昔もガキのまんま。」
サキが憎まれ口を叩く。
「サキ、あんたもね。」
母親からの痛烈なお返し。
「サキはもう少し落ち着かないとな。」
父親からもボディーブローのような攻撃。
「サキ姉、俺もそう思う。」
弟からもこの扱い。
「…」
押し黙ってしまうサキ。
さすがにかわいそうになったので、一応フォローしておくことにした。
「サキにも女らしいところはありますよ。」
たぶん、あるはずだ。
「だってさ、サキ。 よかったねぇ。」
姉が言う。
「…」
サキはむすっとした表情でハンバーグをほおばった。
「ご馳走様でした。 おいしかったです。」
たまにはこういう雰囲気での食事もいいもんだ。
「お礼を言うならナミにね。 ほとんどナミが作ったんだから。」
ハンバーグは本当においしかった。
「食器の片付けはあたしがやるわ。 置いておいて。」
空いた皿を片づけようとすると、サキが片づけてくれた。
食後のお茶を頂きつつ、なんとなくテレビでサッカーを見ていた。
時計を見てみると7時半過ぎ。 結構いい時間になっていた。
「そろそろ誰か来るわね。 たぶんハルナとヨシツグかな。」とサキ。
時間も少し遅いので、ヨシツグがハルナを送ってくることになっていた。
「いいや、大穴でユータだな。」と俺。
「これからなんかあるの?」と浩太。
「みんなで集まって花火をするの。 あんたは入れてあげない。」
サキはさっきのうっぷん晴らしを浩太にしているようだ。
「へー いいよ、俺はサッカーの試合を見てるから。」
そう言って、浩太はテレビの方に向き直った。
「ふんだ。 お子様はもう寝ちゃえばいいのよ。」
サキ、大人げないぞ。
「こんばんは。 お邪魔します。」
先に来たのは大穴のユータだった。
「ユータ。 とりあえず座って。」
サキが席を勧める。
「おお。 ユータ兄ちゃん、こんばんは!」
「久しぶりだな。 こんばんは。」
「よう、ユータ。」
「お前はすっかりくつろいでんな、ナツキ。」
怪訝そうな表情でユータが言う。
「倉島君。 冷たい麦茶と温かいお茶のどっちがいい?」とお母さん。
「あー そろそろ外に出るからいいよ、お母さん。」
ナミが台所から母親に声をかける。
「それでいいよね? ヨシツグ君たちもすぐに来るだろうし。」
「じゃあ外で待ってよっか。 浩太、あんたはおとなしくサッカーの試合でも見てなさいよ!」
本当に大人げないぞ、サキ。
「あ。 もうみんな揃ってるのね。」
「待たせてごめんよ。」
ヨシツグとハルナも外に出て準備をしているとすぐに来た。
「なんか6人もいると、ここだと手狭ね。」
準備をしながらナミが言う。
「それなら公園に行こうか?」
「そうだね。 近いほうの公園に行こうか。」
ナミとサキの提案で公園に行くことになった。
-8-
「うん。 楽しかった。」
サキが持っていた花火をバケツの中に突っ込む。
どうやらこれで終わりらしい。
「あっという間に終わっちゃった。」
ハルナが少し寂しそうに言う。
「まあ花火をずっとやってても疲れるだけだろ。」
しゃがんでいたユータが立ち上がりながら言う。
「さて、そろそろお開きにしますか。」
そう言って俺も立ち上がった。
「さて、帰って宿題しないと。」とヨシツグ。
宿題か。 なんだか憂鬱な話だ。
「ところで、みんなは明後日からのお祭りに行くのかな?」
ハルナが思いついたように言う。
「あー 特に行く気はなかったな。」
毎年のことだし、出店で楽しめるような年ではなくなったし。
いつから行ってなかっただろう?
「それなら、せっかくだから行かない? 私は久しぶりだし、みんなと行きたい。」
ハルナのこういう自己主張は初めてだ。
「そうね。 どうせなら明後日にでも行ってみる?」
ナミが提案する。
「うん。 みんなはどうかな?」
せっかくのハルナの自己主張だ。
「俺はいいよ。 みんな、行こうぜ。」
「お邪魔しました。 あと、ご馳走様でした。」
「帰っちゃうの? 泊まっていけばいいのに。」
さすがに小学生の頃のようなことはできない。
「いえ、それはまたいずれ。」
「そう。 必ず来なさいよ。」
やばい、このままだとお母さんに押し切られてしまう。
「はい。 機会があれば。」
「倉島君もまたおいでなさい。 歓迎するわよ。」
「ええ。 ありがとうございます。」
「それじゃあ帰りますね。」
「うん。 ナツキ君、ユータ君、おやすみなさい。」
「ナツキもユータもまたね。」
ヨシツグとハルナとはそのまま公園で解散した。
帰りは俺とユータの2人。
一緒に話しながら帰ったが、どうにもユータの集中力が無いのが気になった。
まあ、午前中から用事があったと言っていたし、疲れているのだろう。
宿題は… 明日だな。
おやすみ、みんな。
-the another side-
Regret
ごめんなさい。
心の中ではやっぱり謝ってしまう。
ごめんなさいよりも、ありがとうの方がいい言葉なのに。
それでも私は、ごめんなさいとしか言えなくなってしまう。
きっと私はあなたを傷つけている。
それはわかっている。
でも私には、あなたの傷を治す方法がわからないの。
わかっていたとしても…
時計の針って残酷。 いつも刻んでばかり。
私の心も、時計の針に刻まれている。
あなたを傷つけてしまったあの時から、時計の針は私を刻むことをやめてくれない。
あなたと同じ、私も傷だらけ。
でも、あなたが知らなくて、私が知っていること。
この事実は重い。
私には選べない。 きっと、選ぼうともしていないのだろうけど。
大事な人との距離感もわからない私に、あなたからの好意をもらう権利はないの。
今日もそう。
私が知らないあなたがたくさん。
あの子はそれを知っている。
それだけでも、なぜかとても悔しい思いになってしまうの。
でも、一緒に食べたオムライス、本当においしかった。
「今の」あなたからは、
「今の」私はどう見えていますか?
でも答えはいらないの。
こちらから聞いたのに、ごめんなさい。
そう、答えはいらないの…
今回はナミの独白です。
彼女はなぜナツキをふったのか。
これについては、今後明らかになっていきます。
独白の中では迷っている様子も見受けられますが、真意は果たしてどこにあるのでしょうか。
読んでいただきありがとうございます。




