第一圏 辺獄の迷宮2 -解錠-
数人のゾンビはゆっくりと、だが着実に距離を縮めてくる。
その姿は、どう見ても作り物とは思えない。
ロボが踏み込み、剣を振るう。
細川さんが剣を構え、突きを放つ。
革鎧の若い男は、肩に担いだ鉄の棒をバットのように振る。
あ、空振った。
気付くと、俺は地面に座り込んでいた。
暢気に休んでいるワケじゃない。腰が抜けてるだけだ。
目の前では、ゾンビに杖を振るっているお姉様がいる。
杖がゾンビに当たる。だがゾンビは倒れず、杖が手を離れて俺の方に転がる。
思わず俺は、その杖を取った。
生まれたばかりの小鹿のように、脚が震える。
俺は、お姉様を後ろに庇い、ゾンビを杖で殴りつけていた。
杖はゾンビの腕に当たり、腕が千切れ飛ぶ。
再び杖を構え、頭に向かって振り下ろす。
ゾンビの頭は外れたが、肩から胸にかけてざっくりと食い込み--ゾンビは倒れた。
「ありがとう、助かったわ」
どどどうぅいたしましてぇ…
改めて恐怖に襲われる俺。
あちこちに散らばるゾンビの手足が目に入る。見たくない。
その手足が不意に色を失う。まるで土のように。
いや、これはまるで本当に土のようだ。
恐るおそる杖で突っつくと、ボロッと崩れる。
中まで土のようだ。
「奴等は、倒れると土に還る」
ローブの男が、眼鏡を光らせながら言う。
「原理は全くわからん。だが、事実だ」
そんなバカな。
その時、視界の端で革鎧の若い男がしゃがみ込むのが見えた。
次の瞬間、彼は吹っ飛んだ。
ロボが彼の襟首を捕まえ、投げ飛ばしたのだ。
「無謀なことをするな!」
細川さんが押し殺した声で怒鳴りつける。
「でも、中に解毒剤があるかも知れないじゃないですか!」
若い男が叫ぶ。
近づくと、彼らの前には石造りの箱があった。
箱の中央には鍵穴が開いていた。
「タダ、無理に開ければ爆発することだってある。諦めてくれ」
細川さんが、若い男の肩に手を置く。
「寺沢君、私なら大丈夫よ。きっと」
お姉様がもう一方の肩に手を置く。
「ミズ--彼女は毒にに犯されていてね、外に出るまで保ちそうにない」
ローブの眼鏡男が小声で教えてくれる。
「タダ--そちらの若い彼は彼女の教え子でね、助けたい気持ちは判るんだ」
箱を無理に開ければ、罠が発動するらしい。
では、無理なく開けられるなら、どうする?
この箱を開けるんですか?
気付いたら、そう言っていた。
ウエストバックから道具を取り出しながら。
険しい顔をして近づいてきた細川さんだが、俺が道具を広げると目を見張る。
「君は、何者だ?」
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俺が子供の頃、金庫は楽しい玩具だった。
家には様々な金庫が置いてあり、その鍵を開けて遊んでいた。
開け方は、父さんや爺ちゃんが教えてくれた。
別に父さん達は犯罪者じゃない。
むしろ違法な事は頑としてやらない。
代々、鍵師を職業にしていただけだ。
「浩二、この技は決して悪いことに使っちゃいけないよ」
「もしお前がこれを悪いことに使えば、父さんは決して自分を許せない」
俺が高校に入学した時、爺ちゃんや父さんは、繰り返しそう言っていた。
そして貰ったのが、この道具だ。
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「頼めるか」
そう聞く細川さんに頷く。
鍵師は、父さんの代で廃業した。
金庫は電子ロックになり、鍵師の手が届かないものになった。
父さんは縁を頼って会社勤めをはじめ、俺も会社員になった。
たとえ俺に子供が生まれても、この技も道具も継がない。継ぐ必要は無い。
鍵師の技は失われる。無価値なものとして。
だが、この技で人を救えるなら、父さんも爺ちゃんも、そして俺も、鍵師として誇りが持てる。
ただし、子供どころか彼女すら居ないのは、ここだけの秘密だ。
箱の前に座り、針金を鍵穴に挿す。
目を閉じ、息を細く吐く。
「針金の先に目がついているような感覚だよ」
爺ちゃんの言葉が脳裏をよぎる。
その感覚が久しぶりに甦る。
カタリ
手ごたえがあった。
正直、腕が落ちていた。冷や汗ものだった。
時間もかかり、針金の先もぶれ気味だった。
だが、これで--
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「先生…」
若い男--タダ君の涙が落ちる。
お姉様--ミズさんの死体の上に。
箱は無事空いた。だが中身は金貨と杖だけで、解毒剤など入ってなかった。
ミズさんは、俺の目の前で苦しみながら息を引き取った。




