3
「ッ・・・・!?」
あまりにも驚いたため、私の口からは声すらあがらなかった。
え!?なんで?ドア、鍵はちゃんと締めた筈なのに、どうしてバーノンさんが部屋に入って来てるの?
私はこれ以上ない位に混乱した。
これ、どういう状況なの?
一瞬頭の中が真っ白になったが、バーノンさんが私の方へ足を一歩踏み出した際に床板が軋み、その音で意識が現実に引き戻される。
「っあの、バーノン、さん?こんな夜中に何の御用でしょうか・・・?」
バーノンさんの右手にある肉切り包丁に注意を向けながら、私は恐る恐る尋ねた。
しかし、バーノンさんは黙ったままだ。口元はにやついているが、目は据わっていて、何を考えているのか表情からは全く読み取れない。
さらに私の方へまた一歩、距離を詰めた。
どうしよう、怖い。怖くて怖くて仕方がない。
私はあまりの恐怖に総毛立ち、震えたため歯がかちかちと音を鳴らした。生まれてこの方、ここまで恐怖を感じたことはなかった。私の頭の中に、警鐘がなり響く。
殺される――――――
バーノンさんは、成人になった私の部屋へ夜這いに来たのではない。殺しにきたのだ。私はなぜか、そう直感した。
今すぐ逃げるのよ!―――――
恐怖で硬直した体を叱咤し、私は窓へ向かおうとした。すると、それに気付いたのか、バーノンさんが突進してきた。
「いやっ!!」
咄嗟に反応できず、私はバーノンさんに捕まった。左腕を物凄く強い力で掴まれ、振り払おうとしたがびくともしない。
そして、無慈悲にもバーノンさんは肉切り包丁を勢いよく振りかぶったが、私の目にはそれはひどくゆっくりとした動作に見えた。
いや、バーノンさんだけでなく、周囲の全ての景色がスローモーションで映った。
その間、私の頭の中ではこれまで生きてきた記憶が高速で駆け抜けていった。どれも辛い思い出ばかりで、最後に見る景色がこんなものなんて、と物凄く残念な気分になる。
そして包丁が私の喉に触れそうになったとき、
――こんなところで、死にたくない!誰でもいいから、助けて!―――
私は、強く願った。その瞬間、視界が真っ白な光で埋めつくされ、あまりの眩しさに目を瞑った。
・・・あれ?
覚悟した痛みがやってこない。いや、痛みを感じることなく死んだの?と、私は目を開けた。
すると、
私は知らない人に抱きかかえられていた。
バーノンさんは倒れていて、肉切包丁も手から離れ床に投げ出されている。
そして不思議なことに屋内にも関わらず、なぜか風が部屋中に吹き荒れている。
私は、どうなったの――?
「怪我はないかい?お嬢さん」
唐突に声をかけられ、私は自分をまるでお姫様のように抱きかかえる人の顔を仰ぎ見た。
瞬間、私の心に火花が走った。
濡れたカラスの羽のような漆黒の髪が風に揺れている。その間から覗く、星空を閉じ込めたかのような神秘的な瞳。
胸がどくん、と高鳴る。視界が涙でにじんだ。
何かいわなきゃ、と思うが上手く声が出せない。
謎の男は私を安心させるように微笑み、私をベッドの上へおろした。
「あなたは、誰?」
「君が僕を呼んだんだろう?」
やっとの思いで声を出したけど、残念ながら会話は噛み合わなかった。
誰なの?どうやってここに入ったの?
色々と聞きたいことがあるのに、私は急速に眠気に襲われてそれどころではなくなった。
「君が無事でよかったよ、イーストウッドさん。いいかい、これは悪夢なんだ。」
と言いながら、男は毛布をかけてくれ、優しく私の頭を撫でた。
「明日になったら、全てを忘れているだろう。そして、今までのように普通の生活を送るんだ、いいね」
そう言われたって、こんな生活はもうまっぴらごめんだ。だけど、眠気のせいで言い返す気力も沸かない。
男は最後に思い出したように、
「そうだ。誕生日、おめでとう」
と、眠りに落ちる寸前の私の耳元で、囁いた。