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魔刃少女血風録  作者: アワユキ
一章『魔刃の生まれた日』
2/17

二幕

 本条弓狩は端的に言って変人である。

 剣術道場の一人娘で幼い時分より剣と共に生きてきた。世間一般の流行に疎く、時折時代錯誤的な言葉遣いをする。また妙に頑固で人の話を聞かないところもある。そのため学校ではかなり、いや大分悪目立ちをしている。とはいえいじめなどを受けているわけではない。そもそも彼女をいじめられるほどの強さを持った者など同年代どころか大人にも滅多におるまい。剣の道において天賦の才を持つ彼女は14歳にして既に師範である父をも凌ぐ腕前なのだ。そのうえ亡き祖父の形見である真剣朝景(あさかげ)を常に帯びている。「肌身離さず持っておれ」と言い残した祖父の言を忠実に守っているのだ。銃刀法が心配であるが幸か不幸かそれとも別の理由か今まで警察のお世話になったことはない。


 さて、剣を除いた彼女の趣味が時代劇や時代小説である。幼い時分よりこれらに傾倒した結果が現在の彼女の変人ぶりの礎であることは疑いようもない。そんな彼女の夢は剣客として生きることである。彼女はあまり賢い方ではないが勿論これが叶わぬ夢であると心得ている。だが彼女も夢見るお年頃、叶わぬとわかっていても夢見ずにはいられぬ複雑な乙女心がそこにあった。


「現代には正義が足りぬ……」


 剣客と言っても色々といるであろうが彼女が憧れるのは当然、弱きを助け強きを挫くタイプの剣客である。金に目がくらんで悪代官の手助けをするような輩は悪即斬である。


 正義。

 誰もが追い求めるがこれもまた手に入れることが叶わぬものだ。


 正義の剣客という見果てぬ夢を胸に抱きつつとぼとぼと自宅への道を歩く彼女。だがこの日、彼女の人生に大きな転機が訪れる。


----------


「只今帰りました!」


 声をかけつつ家の門をくぐる。父はまだ道場であろう。そのまま母屋の自室へ向かう。


「む……」


 自室に入った瞬間、違和感を感じる。

 何か、いる。


「やっと来たクー!」


 甲高い声と共に何かが弓狩の顔面目がけて飛来する。


「征ッ!」


 一閃。

 抜き放たれた白刃は過たず飛来物を両断する。本条流免許皆伝の名に恥じぬ見事な抜き打ちであった。


「これは……なんだ? 面妖な……」


 自身が両断したものを見分してみる。哀れ頭と胴が泣き別れとなったそれは犬とも猫ともつかぬ奇妙な顔立ちに玩具のような小さな羽の生えた小動物(の亡骸)である。最早ぴくりとも動かない、と思われたそれがやにわに蠕動し始める。


「――!」


 驚く彼女を余所に見る見るうちに頭と胴が元の位置に戻り癒合する。


「いきなり何するクー! 死ぬかと思ったクー!」


 飛び上がりながらぷりぷりと抗議の声を上げる小動物。


「奮ッ!!」


 再び一閃。

 大上段より振り下ろされた刃は獲物の脳天から股下までを一息に駆け抜ける。迷いのないその太刀筋は雷の如しである。


「やったか……?」


 哀れ二枚におろされてしまった小動物であるが数瞬後にはまたも元通りの姿へと再生する。


「マジでやめるクー! 話を聞くクー!」


 先ほどよりもやや強い調子で抗議の声を上げる小動物。


「ええいまだ動くか!」


 袈裟切り、逆袈裟、突き。矢継ぎ早に繰り出される剣閃。

 数度の両断、再生、問答を終えてようやく弓狩はこの生き物が不死身であること、こちらへの害意がないことを悟る。


----------


「まったく……普通ならトラウマものクー……」


 彼女の名誉のために断っておくが弓狩は決して動物を無闇に殺生するような人でなしではない、が。


「自室に突然妖怪が現れれば動転もする」

「だからと言っていきなり斬りつけてくる人はいないと思うクー……」


「……まあ勝手に入ったクーも悪かったしそれはお互い様ということでもういいクー」

「それじゃあ本題に入るクー。まず自己紹介クー。クーの名前はクー・サプロー。魔法界から来た妖精クー」

「久三郎か。妖怪の癖によい名前ではないか」

「クー・サプロークー! それに妖怪じゃなくて妖精クー!」

「クークーと五月蠅い奴め」


 彼(?)が語るには今この世界、人間界は侵略の危機に遭っているという。


「クーの故郷、魔法界は魔物に侵略を受けてひどい状態になってしまっているクー……」


 魔物達はそもそも魔法界に自然に存在したものであるが、危険な害獣程度のもので大きな問題になることはなかった。だが突如として魔物達は組織だった動きを見せ、魔法界を瞬く間に蹂躙したのだ。


「侵略者など叩きだせばよかろう」

「魔法界の住民はみんな平和主義で戦いは苦手なんだクー。時々現れる魔物を追い払うくらいならともかく、本格的な戦いなんてしたことないんだクー」

「軟弱な……」

「クーはなんとか魔物達から逃げ出してこの世界に来たんだクー。更には魔法界を荒らした魔物達は今度はこの人間界にも進出し始めているんだクー」

「何だと?」

「このまま放っておくとこっちの世界も魔法界みたいに大変なことになってしまうクー……」


 クーは一度呼吸を整えてから切り出す。


「ここからが大事クー。これを見てほしいクー。」


 どこから取り出したのか、クーの小さな掌の上に綺麗な宝石が乗っている。虹色に煌めく不思議な結晶だ。


「ほう、綺麗な石だな」

「これは魔法のクリスタルクー。魔法界にも数えるほどしかない大事な宝物クー」

「その宝物がどうしたのだ?」

「これがあればこの世界の人間でも魔法が使えるようになるんだクー。但し誰にでも使えるわけではなくて、クリスタルに選ばれた人間でなければいけないクー」


 少し口ごもりながらクーは告げる。


「それでその……言いにくいんだけどクー。君にこのクリスタルを使って戦ってほしいクー!」

「……ふむ?」

「クリスタルが君に大きく反応しているんだクー。これは君が選ばれたという証なんだクー。突然のことで混乱していると思うけど……」


 申し訳なさそうに頼むクー。突然見も知らぬ異世界の事情を持ち出し戦ってほしい等という願い、普通ならば受け入れられるようなものではない。当然のことである。


 少し考え込んでから弓狩は応える。


「要約すると貴様は故郷とこの世界を憂える志士であり私に共に戦ってほしい、とそういうわけだな?」

「し、しし?よくわからないけど多分それで合ってるクー」

「――正に僥倖!!」

「クー!?」


 急な大声に驚くクーを余所に弓狩は続ける。


「その申し出、了承しよう」

「ほ、ほんとにいいクー? 自分で言い出しておいてなんだけど、もしかしたらものすごーく痛い目にあったり、最悪もっとひどいことになるかもしれないクー」

「武士に二言はないぞ」


 きっぱりと言い切る弓狩。

 僥倖。

 彼女にとっては正に僥倖なのだ。正義をなす為に最も必要なもの、それは巨悪の存在である。無辜の民を傷付け苦しめる許しがたい邪悪。

 当然現代社会にそのようなものは存在しない。したとしても斬り捨てて解決出来るような類のものではない。だが今まさに人々を苦しめる悪がその魔手を伸ばしているという。その上その悪と戦わんとする者が自分に助力を頼みたいと来た。千載一遇の好機、これを逃す手はない。


「わ、わかったクー。クーとしても力を貸してくれることは願ってもないことクー」


 何故かクリスタルは年若い子供にしか反応しない。子供を巻き込むことへの罪悪感と、果たしてこんな突拍子もない申し出を受けてくれる子がいるものかと不安を感じていたクーであったが彼女はあっさりと了承してしまった。嬉しくはあるが、あっさりすぎるその様子に一抹の不安も過ぎる。


「……それじゃあまずこれを持ってみてクー」


 クーは手の中にあったクリスタルを弓狩へと渡す。


「む!」


 彼女の手に渡った途端、クリスタルが一際強く輝きを放つ。


「それじゃクーに続いて呪文を唱えるクー。クリスタルさんクリスタルさん、すてきなすてきなまほうのちからをかしてくーださい!」

「……何?」

「ほら早く言うクー。クリスタルさんクリスタルさん、すてきなすてきなまほうのちからをかしてくーださい!」

「……クリスタルさんクリスタルさん、すてきなすてきなまほうのちからをかしてください……」

「違うクー!もっとハキハキと! 楽しそうに! クリスタルさんクリスタルさん、すてきなすてきなまほうのちからをかしてくーださい!」

「……ええい、ままよ!クリスタルさんクリスタルさん!すてきなすてきなまほうのちからをかしてくーださい!!」


 そこはかとなく頭の悪い呪文を半ばやけくそ気味に叫んだ刹那、クリスタルから部屋を白く染め上げるほどの強烈な光が溢れ出す。


「ん……!」


 激しい光が収束したかと思うとクリスタルは光の粒子となって解け、弓狩の持つ朝景へと吸い込まれていく。


「やったクー! 成功クー! これでユカリは魔法少女になったクー!」

「魔法少女?」

「そうクー。クリスタルに見初められた魔法を使う女の子、魔法少女クー」

「……何か別の呼び方は無いのか? 救国志士とか……」

「無いクー。というかその名前も大概ひどいクー」

「……まあ些事だ。良しとしよう」


「魔法の使い方はクリスタル……というかクリスタルが溶け込んで変身道具になったその剣が自動で教えてくれるクー」

「む……変身道具? 見た目は特に変化無いが……」

「それを握って念じれば頭の中に使い方が……」

「マモノガキテルヨー! マモノガキテルヨー!」


 突如響く奇妙に甲高い声。


「何奴!?」

「や、やばいクー!どこか近くに魔物が出現したクー!」


 どこから取り出したのかクーの手には携帯情報端末らしき物がある。奇妙な声はそこからだ。


「……何だそれは?」

「これはス・マホークー。遠距離通話から魔法ネット、魔法レーダーまで使える優れもので……いや今はそんなことはどうでもいいクー! 魔物クー!」

「うむ、魔物が出たと言ったな。どこだ?」

「えっと……ここから数百メートルくらい離れた……」

「まだるっこしい! 兎に角行くぞ久左衛門!」

「ちょ、ちょっと待つクー! というか名前全然違うクー!」


 矢も楯もたまらず弓狩が部屋を飛び出していき、クーも慌ててそれを追った。


----------


「この辺りなんだな?」

「そうクー。この公園一帯に人払いの結界が張られているクー」


 魔物は邪魔の入らぬ様結界を張り、その中で獲物を襲うのだと言う。


「……あそこからなら周囲を見渡せそうだな」


 ジャングルジムの頂上まで一気に登り、周囲に視線を走らせる。


「――あれか!」


 ジャングルジムの向こう、小山のような遊具の上に巨大な影が見える。オーガだ。


「鬼……? まさか本当にこの様な怪異が実在するとはな……。だが、相手にとって不足なし!」


 実際に怪物を目にしても怯えるどころか闘志を漲らせる弓狩。


「ユカリ! 少し落ち着くクー! まだ魔法の練習もしてないのに……あの魔物、オーガはかなりの強敵クー! 初心者には荷が重いクー!」

「今更何を。放っておけばあれは人を襲うのだろう? こちらの都合が悪いからと言って待ってくれるような手合いにも見えんしな」

「そ、それはそうクーけど……」

「む! 動いた!」


 オーガが小山の上から飛び降りる。その前には一人の少女の姿がある。


「ま、まずいクー! 人が……!」

「是非も無し。往くぞ」


 弓狩が大きく息を吸い込んだ。


「待てい!!!」


----------


 時は今、魔法少女としての装束に身を包んだ弓狩の眼前には魔物の巨体。


「下郎が……素っ首、叩き落としてくれる……!」


 抜き放った刀を正眼に構え、殺気を漲らせる。


「ぐるるぉぉ……!」


 並々ならぬ殺気を受け、オーガも目の前の相手を敵と認識したようだ。


「娘! 下がっていろ!」

「あ……はい!」


 弓狩の言葉で我に返った叶が急いで戦場から遠ざかる。彼女が場を離れた事を弓狩は横目でちらりと確認する。それを好機と見たかオーガが仕掛ける。


「おおぉ!」


 突進の勢いのまま、オーガが大きな拳を突き出す。

 だが、弓狩は僅かな体捌きでこれを躱した。


「疾ッ!」


 返礼とばかりに斬撃が走り、突き出された腕を切り裂いた。


「ぐうぅ!」


 腕を裂かれたオーガは苦悶の声を上げながらもう片方の腕を振るう。


「くっ!」


 弓狩は頭を狙った横振りの一撃を、身を屈め躱した。


「破ァ!」


 腕を振りぬき無防備を晒したところへ再び斬撃が飛び、今度はオーガの脇腹を切り裂く。


「があああぁぁ!!」


 苦痛と怒りでオーガの口から雄叫びが放たれた。


「す、すごいクー!ユカリ!」


 少し離れた所から見守るクーが快哉を叫ぶ。


「弓狩ちゃん……あんなに凄かったんだ……」


 いつの間にかクーの近くまで逃げていた叶も呆けた様子で弓狩の戦いを眺めている。その間も弓狩は地を駆け、時には宙を舞い、振るわれる剛腕を悉く躱しつつ反撃の刃を浴びせかける。しかし……。


「これも浅いか……!」


 一方的に攻め立てる弓狩ではあるがいずれの斬撃も体表を僅かに削ぐのみで、致命傷には至らない。そこかしこから紫色の血液を流しながらも、オーガの動きは鈍る様子はない。


「オーガの体はとても頑丈なんだクー。何か決定打を与えないと……クー」


 筋骨隆々とした肉体は真剣の刃も易々とは通さない。


「ごおおおぉ!」


 憤怒に身を焦がすオーガが血飛沫を撒き散らしながら弓狩へと突撃する。


「――ならば!」


 弓狩は腰だめに刀を構えると向かってくる相手に合わせるように踏み込む。狙うは胸――心臓を狙った刺突。


「ぐぅお!」

「これなら!」


 勢いよく飛んでくる拳を紙一重で躱し、刃を突き出す。


「ぐうぅ……!」

「ちぃっ!」


 突き出された切っ先がオーガの胸に突き刺さるかと思われたその瞬間、刃が止まった。寸でのところで鬼の大きな手が握りこむようにして刃を止めているのだ。ギリギリと指に刃が食い込むがオーガは握る力を緩めようとはしない。


「ままままずいクー!」


「ふ……!」


 両手で強く力を籠めるも、刃はそれ以上進まない。


「ぐ!」


 刃を掴んでいない方のオーガの手が弓狩の頭へ伸びる。

 この体勢では逃げる事も出来ない。鬼の手が彼女の頭を鷲掴みにする。


「……! が……ぁ!」


 みしみしと、小さな頭蓋骨に巨大な圧力が加えられていく。

 視界が真っ赤に染まる。これではさしもの弓狩も持つまい。


「ユ、ユカリー!」

「あわわわ……ど、どうしよう……」


「ぐふしゅぅ……!」


 ようやく体中に刻まれた傷の礼が出来ると、オーガが下卑た笑みを浮かべつつ彼女の顔に腐臭混じりの吐息を浴びせる。


「貴……様!」


 最早これまでと思われたその時、彼女の右手が柄を離れる。


「乙女の髪に……気安く……触るな!!」


 絶体絶命の窮地にあって尚、怒気を漲らせながら弓狩が叫ぶ。そして、彼女の怒気に呼応するかのように右手が燐光を放つ。


「魔導……無刀……! 『剛箭』!!」

「がっ!」


 呪文と共に放たれた光を纏った拳が目の前まで近づいていたオーガの顔面へと突き刺さる。細腕から繰り出されたとは思えない凄まじい打撃にその巨体が大きく跳ね飛ばされる。


「はっ……はっ……」

「ぐぅ……ごぉ」


 流石に消耗が激しい。だが敵も手痛い一撃で前後不覚の様子だ。


「よ、よかったクー……」

「ほっ……」


「今クーユカリ! トドメクー!」

「はっ……ふぅ……言われるまでも……無い!」


 息を整えながらそう答えると、弓狩は一旦刀を鞘へと納める。


「鞘に満ちるは魔の力。抜き放たれるは稲光……」


 呪文が紡がれ、僅かに切られた鯉口から紫電が迸る。


「魔導剣! 『雷迅』!!」


 呪文の完成と共に、オーガへ向かって強く踏み込み、一気に間合いを詰める。


「征ッッ!!」

「が……!」


 裂帛の気合と共に一閃。抜き放たれた雷速の白刃は過たずオーガの首を両断する。空を疾る雷の如き見事な抜き打ちであった。

 哀れ泣き別れとなる頭と胴。戴くべきものを失った首から紫の血が噴き上がる。


「成敗……!」


 血を振り払い、刀を鞘へと納める。キン、と澄んだ音が響く。

 力を失ったオーガの体が地へ倒れ伏したかと思うと、分かたれた頭と胴が青白い炎に包まれ、瞬く間に灰となって消え失せた。


「ほ、ほんとに倒しちゃったクー……すごいクー! ユカリ! すごいクー!」

「は~……」


 喜色満面で小躍りするクーとすっかり放心状態の叶。

 無辜の少女を襲った怪異は見事討ち果たされ、魔法少女・魔侍狩弓狩の初陣は勝利で幕を閉じる。


----------


 鬼の首をしるしとし、産声上げる魔刃一振り。魔なるものよ震えて眠れ、魔刃がその首落とすまで。

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