一幕
夕刻、茜色から群青色に染まりつつある街並み。一人の少女が家路を急いでいた。ショートカットに眼鏡をかけた制服姿の少女だ。ごく真面目な中学二年生である田端叶はその日は珍しく遅い帰宅となった。
「うう……こんなに遅くなるなんて……」
彼女が所属する委員会における活動でいつになく時間を取られてしまったのだ。
「いやだなあ……」
憂鬱。
単に遅くなってしまったというだけではない。彼女の気分を落ち込ませるある「噂」のせいである。曰く「奇怪な怪物に襲われた」。また「あるものはそのせいで再起不能になった」とも。
常ならば失笑もののお粗末な噂であるが、実際に未解決や詳細不明の事件がニュースで報じられているのだ。それも彼女の住むこの町で。
逢魔が時、人が魔と逢うと言われる時間。
通いなれたはずの通学路は夕闇に染まり如何にも不気味な雰囲気を醸し出している。
帰路の途中にある公園に差し掛かる。既に日が落ちかけているせいか人の姿は見当たらない。
「……?」
何か、何かがおかしい。
薄暮れではあるもののいつもの公園のはず。遊具が作る濃い影。樹木が作るまばらな影。不気味に伸びるそれらが彼女に害意を持っているような錯覚。説明のつかない不安、恐怖の感情が湧いてくる。
「おおおぉ……」
どこからだろうか。何か獣のような唸り声が聞こえる。
「え……?」
ずしり、と大きな振動を伴って突如頭上から影が降る。
「な、何?」
緑青色の表皮。長く伸びた牙。頭髪の生えていないつるりとした頭部には短い角が生えている。そしてなにより見上げるほどに大きなその威容。
『オーガ』と呼ばれる個体である。無論彼女の知るところではないが。
「ぐるるるぅ……」
「ヒッ……」
オーガの隆々とした腕が彼女に向って伸ばされる。
「きゃあああああ!」
突然の事態に思考停止していた叶の口から悲鳴が上がる。
「待てい!!」
公園の薄闇に響く大音声。はたと動きを止め声の主を探る両名。
二人の頭上、ジャングルジムの頂上に声の主はいた。
少女だ。叶と同じ制服に長い烏の濡れ羽色の髪を後ろで一つに束ねた眼光鋭い少女。その手には日本刀と思しき長物が握られている。
「か弱い婦女子を害せんとする斯様な悪行、看過するわけにはいかん!」
「え……?弓狩ちゃん……?」
下方を見下ろし、やたらと居丈高な調子で口上を述べる少女。
「我は魔を狩る魔の刃、夜闇を払う剣なり!――変身!」
刀を眼前に掲げると何やら呪文めいた台詞を言い放ちそのまま宙へと身を躍らせた。中空に飛び出した彼女の姿が眩い光に包まれる。闇に慣れた目に強い光が飛び込み思わず目を背けるオーガと叶。
光が収まると両者の間に立ちはだかるように何とも形容のしがたい装束に身を包んだ彼女が現れた。基本は黒を基調とした和装のようであるが袖は無く、袴はミニスカートと見紛うばかりの短さである。胴に巻かれた帯にはこれでもかという大きさの桜の花があしらわれている。
「魔法少女・魔侍狩弓狩……推して参る」
「えええええええ!?」
----------
迫る怪異と対する少女。今宵の贄は鬼か娘か。




