終幕
「しっかりしなさいよ、ほら」
満身創痍の弓狩にリリカが肩を貸す。リリカも負傷は酷いが弓狩程ではない。戦いを終え変身を解除した弓狩は、全身に負った傷と無理に力を使いすぎた反動で肩を借りながら歩くのがやっとの状態だ。
「すまん……」
「……別に、これくらい何てことないわよ」
最後にして最強の敵を見事に打ち破ったものの、誰も快哉を叫んだりはしない。魔王を……祖父を見送る弓狩の姿を見た後では、そんな気分にはなれなかった。
「……行くわよ! まだ最後の仕上げが残ってるんだから!」
「そうだな」
戦いは終わったが、まだやらねばならない事がある。この城と地上に散った魔物達をまとめて魔法界に送還しなくてはならない。
「こっちですミン、二人共」
戦闘の余波でボロボロになった広間の奥、玉座の裏側へと回る。そこに地下へと降りる階段が隠されていた。
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長い階段を下り終えると、広大な地下空間に出た。上にあった王の間と同じくらいの広さがある。その中心に、薄っすらと光を放つ巨大な円が描かれている。円の内側には、光で描かれた様々な図形や文字と思しきものが所狭しと描き込まれていた。
「これが大魔法陣ですミン」
「……良かった、起動状態のままクー」
「魔力残量も十分ですミンね」
クーとタミンが光に手をかざし、大魔法陣の状態を確認する。
「それで、どうすればいいの?」
「万が一があると困るから二人にも来てもらったけど、大魔法陣を使うのはクー達だけで大丈夫クー」
「なーんだ、じゃあさっさと頼むわよ」
「……リリちゃん、ユカリンを連れて城から離れてくださいですミン」
「え……? 何でよ!」
「ここに居たら、二人も転移に巻き込まれますミン」
「あ……それはそうよね。でも、あんた達は……このまま帰っちゃうの?」
リリカの言葉に、妖精達が目を伏せる。
「……これを、見て欲しいクー」
クーが、二人に向かってその手を広げて見せた。
「お前、これは……!?」
クーの小さな指先から、光が零れ落ちる。クーの体の末端が光の粒子になってぽろぽろと崩れ始めていた。よく見れば、タミンも同じ状態だ。
「……切り札だって、言いましたミン」
「憑依融合は、自分の命を削って力を与えるものクー。クーもタミンも、限界まで力を絞り出したから……」
「え……?」
「……何だ、それは! 聞いていないぞそんな事! 何故そんな無茶を……!」
「ユカリに無茶とか言われたくないクー」
クーが力無く笑う。
「リリちゃんとユカリンが命を懸けて戦ってるのに、二人を巻き込んだタミン達がただ見てるだけなんて、おかしいですミンよね? だからこれは、当然の事なんですミン」
「そうクー。戦う義務なんて無いのに、二人は命懸け戦ってくれたクー。だからクー達もそれに応えなきゃいけないクー」
「だからって……!」
「助かる方法は!?」
「……残念だけど、そうなんでも都合よくは行かないのですミン」
「さあ、早くここから離れるクー。クー達の体も何時まで持つか分からないクー」
「待ちなさいよ! 何か、何か無いの!? 方法は!」
「……魔力が足りないなら、逆にこちらから与えれば……!」
「不可能じゃないけど……今のユカリがそんな事したら、ユカリの命が危ないクー」
弓狩は生きているのが不思議な程の無茶をした後なのだ。それもクーとタミンが自分の命を分け与えたお陰でもあるのだが。
「じゃ、じゃあ私が……!」
「リリちゃんにはここから逃げる為の力を温存しておいてもらわないといけないですミン」
「そんなの……!」
「お前達を置いて逃げるくらいなら、転移に巻き込まれる程度何でもない!」
「……外に散らばった魔物達も一緒に連れて行くって説明したクーね。つまり、魔法界に着いた瞬間、この城の周りは魔物で溢れ返る事になるクー」
「今のボロボロの二人じゃあ、その状態で生き残るのは絶望的ですミン」
「う……で、でも……!」
続ける言葉を失う。リリカに余力は殆ど無く、弓狩はもっと酷い状態だ。ティターニアも傷つき、朝景に至っては先程の戦いで何もかもを出し尽くしたのか、折れた刀身の内からは最早何の力も感じない。
「ユカリ、リリカ……二人共、本当に良くやってくれたクー。二人のお陰で、この世界も魔法界も助かったクー」
「リリちゃん、ユカリン、二人に会えて良かった。選ばれたのが二人で本当に良かったですミン」
「何を言ってる……!」
唐突な感謝の言葉……それは、別れの言葉だ。
「急いで、リリちゃん!」
「うぅ……! 行くわよ! 弓狩!」
涙目になったリリカが、弓狩の手を掴む。
「おい、待て!」
「リリカ、最後までユカリのフォローをさせて申し訳ないクー」
「……全く、本当よ! 最後の、最後まで……」
リリカが無理矢理に弓狩を引きずって、地下空間の出口へと向かって行く。
「さようならですミン、リリちゃん、ユカリン」
「さよなら、それと、これまでありがとうクー。ユカリ、リリカ」
遠ざかっていく少女達の背中に、妖精達が最後の別れを告げる。
「バイバイ、二人共……」
「クー!! タミン!!」
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「……あいつら……」
「弓狩……私達がしっかりしないと、二人が安心して帰れないわよ!」
まだ後ろ髪引かれている弓狩を、リリカが叱咤する。地下を出て、再び王の間まで戻って来たところだ。
「……分かっている」
吹っ切ろうにも吹っ切れるものでもない。だが打つ手は何も無く、時間の猶予もありはしない。
飲み込めない複雑な想いを抱えたまま、出口へ向かって広間を横切ろうとしたその時、弓狩の目にある物が映った。
「……! まだだ……。まだ、やれる事はある!」
「ちょ、ちょっと!?」
頼りない足取りで歩いていた弓狩が突然、勢いよく駆け出した。
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「そういえば……」
「なんですミン?」
「初めてユカリにちゃんと名前呼ばれた気がするクー」
「ふふふ、良かったですミンね」
クーとタミンが大魔法陣の前に座り込み、何か作業に取り掛かっていた。
「……思った通り、外の魔物達は皆大魔法陣に紐付けされてますミン」
「了解クー。転移対象、浮遊岩及び魔法城。更に紐付けされた全ての魔物に設定クー」
二人が手を動かす度に、魔法陣の図や文字が目まぐるしく変化する。
「転移先、魔法界王都上空に設定クー。……これで準備はOKクー」
作業がひと段落し、一旦手を止める。
「……タミン」
「何ですミン?」
「クー達は幸せ者クー。二つの世界を救うのに貢献出来た妖精なんて、魔法界史上でも類を見ないクー」
「……そうですミンね。帰ったら、皆に自慢出来ますミン」
そうして話している間にも二人の体から光が零れ落ち、少しずつその命が失われていく。
「そして何より、この世界で、大事な友達が出来たクー」
「二人共、とってもいい子達だったですミン」
「……だから、消えるのも、怖くはないクー」
「……大丈夫。命は、魂は巡りますから、何時かまた、何処かで逢えますミン」
いよいよもって、二人の体が限界に近づいていく。その姿は少しずつ薄れゆき、今にも消え去りそうだ。
「……そろそろ、二人も島から離れた頃合いですミンね」
「そうクーね。それじゃあ、転移魔法実行開始! クー」
クーが声と共に魔法陣に手をかざすと、一際強く光が発せられる。
「クー!! タミン!!」
その直後、地下空間に弓狩が走り込んできた。
「はあ、はあ……いきなり元気になり過ぎよあんた……」
息を切らせながら、遅れてリリカも現れる。
「ユ、ユカリ!? 何で戻って来たクー! もう転移が始まるクー!」
「うるさい! 黙っていろ!!」
「え、えぇ……?」
困惑するクーを余所に、弓狩とリリカが手に持っていた何かを掲げた。
水晶の様に透き通る刃を持った切っ先とその柄……弓狩が折った宝剣だ。
「ユカリン、何を……」
「お前も、魔法界を救う為にあるのだろう! ならば、その民を守る為、力を寄越せ! 『アウローラ』!!」
左手に宝剣の、右手に朝景の柄を握りながら、弓狩が叫ぶ。そしてその叫びに呼応する様に、宝剣の刃に再び光が灯る。
「そして、とっとと起きろ! 『朝景』!!」
ほんの僅かに、朝景の内に魔力の炎が灯った。
「我は魔を狩る魔の刃、往くは魔道、斬るは万象、天地一切我に敵無し! ――変身!!」
呪文に応え宝剣が強烈な光を放つ。それと同時に、高まり続けていた大魔法陣の光が爆発的に広がり、地下空間を埋め尽くした。
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地上では混乱が広がり続けていた。こちらの世界において魔物相手に戦える様な人間は、弓狩とリリカを除いては存在しない。勇敢にも拳銃を手に挑む警察官も居たが、例え下級の魔物相手でも拳銃程度では歯が立たない。もっと強力な火器ならば対抗する事も出来るが、自衛隊も最初にスクランブル発進した二機の戦闘機が撃墜されてしまった後は、戦力を動かしてはいない。そもそもこんな事態は全く想定されていないのだ。常識外れの相手にどう対応するべきか、未だに政府は決めかねていた。
止める者もおらず、魔物達は好き勝手に暴れ回り次々と人々から魔力を奪い続けている。阿鼻叫喚の地獄と化しつつある町を、一人の少女が走っていた。
「はっ……! はっ……! ま、まだ追いかけて来る……!」
「グオオォ!!」
息を切らせて走る少女……叶の後を、一体のオーガが追いかけている。町中に溢れ返る魔物達から何とか隠れ、逃げ続けていたが遂にその内の一体に見つかってしまった。
「はっ……! はっ……! も、もう……!」
オーガはそれほど足は速くないものの、つかず離れず何処までも追いかけて来る。叶の体力も限界に近付いていた。
「あっ!」
致命的な失敗。疲労からか、或いは散漫になった注意力のせいか、僅かな段差につまずき転倒してしまう。
「オオォ!」
オーガの巨体がすぐそこまで迫っている。
「ひ……きゃあぁぁ!!」
最早これまでか、と思ったその時、空が白に染まった。叶もオーガも、突然の異変に空を仰ぐ。遥か上空に浮かぶ島、そこに聳え立つ城から巨大な光の柱が天へ向かって伸びていた。
光の柱が空を貫き、再び、空が割れる。島がその裂け目へと向かって、ゆっくりと上昇を始めた。
地上にも異変が生じる。そこら中にいた魔物達の体が、次々と光の粒子へと変わっていく。叶に襲い掛かろうとしていたオーガもまた、光となって消えた。魔物が変じた無数の光は、空高くへと昇っていく。我が物顔で空を飛び回っていた魔物達もまた、光に変わっていった。
空へ昇った無数の光が島の周囲を取り囲み、煌めく光の輪を形作る。美しい光の輪を従えながら島は上昇を続け、やがて裂け目の向こうへと消えていった。
天は青々と晴れ渡り、地は未だに破壊の痕を残しながらも、一応の平穏を取り戻した。
危機から解き放たれた人々の様子は様々だ。呆けた様に空を見上げる者、慌ただしく家族の元へと急ぐ者、親しい人間と無事を喜び合う者……。その中に、叶の姿もあった。
「弓狩ちゃん……リリカちゃん……」
晴れ渡る青空を見上げながら、二人の友達の名前を小さく、呟いた。
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何処までも何処までも、限りなく広がる青い空。天に輝く太陽の周りをいくつもの虹の暈が囲んでいる。
「調子はどうだ? リリカ」
魔法城の城門の前、弓狩とリリカの姿があった。
弓狩はいつもの魔法少女の衣装……黒い和装の姿だが、その左肩には魔王が羽織っていた外套を半分に分けたものが掛けられている。
「大丈夫よ、ちゃんと馴染んでるわ」
リリカも変身した姿だが、右肩には弓狩と同じ外套のもう半分が掛かっている。
「宝剣の力を吸収するなんて……。無茶苦茶クー」
「流石宝剣ですミンね。折れた状態でもユカリとリリちゃん、更にクーとタミンを回復させるだけの魔力があるなんて」
二人の傍らには、妖精達の姿もある。先程の様な消えかかった状態ではなく、既に活力を取り戻した様子だ。
「助かったのは嬉しいけど、魔法界の宝が……クー」
持てる魔力の全てを放出した宝剣は、弓狩達の中へと完全に溶けて消えてしまった。
「命あっての物種だ。仕方あるまい」
「そうそう、緊急事態だししょうがないわよ」
「……まあ、そうクーね。気にしすぎない事にするクー」
「それよりも、目の前の問題の方が大事ですミン」
城の周囲、島の上には地上にいた全ての魔物が転移させられている。その数は島に上陸した際蹴散らした群れよりも遥かに多い。更には上空にも無数の飛行型の魔物が飛び交っていた。
「さっき久三郎が言った通り、完全に囲まれているな」
「全部終わったと思ったのに……。次から次へとピンチが舞い込んで来るわね」
「なんなら、私一人で片付けてくるぞ?」
「何無茶苦茶言ってんのよ……。やるわよ! 私も」
「二人共……こんな所まで付き合わせて申し訳ないクー」
「水臭い事を言うな。これも乗り掛かった舟、最後まで付き合うぞ」
「ま、そういう事よ。今更見捨てて帰る訳にもいかないしね」
城の手前、ドラゴンと戦った広場に向かってゆっくりと歩を進める。二人の姿を認めた魔物達が口々に咆哮を上げた。島中を埋め尽くす程の魔物、魔物、魔物……。空からも鳥や飛竜など、様々な種の魔物が鳴き声を響かせている。
「魔法少女・魔侍狩弓狩……推して参る!」
名乗りを上げ、刀を抜き放った。白銀の刀身が、日の光を受けて輝く。
「魔法少女・リリカルリリカ……行っくわよー!」
同じく名乗りを上げ、大筒を構えた。傷の消えた砲身が、鈍く輝く。
またも新たな激戦の幕が上がる。
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闇に蠢く影あらば、影を弑する影もあり。血煙、血風、屍山血河。疾るその影、剣の鬼。
屍積んで山築き、滴り流れる血の河越えて、行き着く先もまた地獄。
それでも魔刃は止まりはしない。全ての魔の者屠るまで。全ての闇を払うまで。




