二幕
「本当に……本当にいいの!? だって、家族なんでしょ!?」
睨み合い殺気をぶつけ合う両者に向かって、リリカが叫んだ。
「……是非も無い。既に魔王は魔法界とこの世界、二つの世界に災厄を撒き散らしている。だからこそ尚の事、縁者として私が止めねばならないのだ。そしてこの人は……こいつは、言葉で止められる様な相手ではない。――ならば、刃で以って止めるのみ!」
弓狩が刀を抜き、魔王にその切っ先を突き付けた。
「弓狩と違って、嬢ちゃんは随分優しいなあ。言ったろ? 俺は世界の敵、お前らの敵だ。憎むべき悪で、殺すべき敵だ。情けも容赦も必要ねえ。……つうかそもそも、お前ら如きガキが二人くらい揃ったところで、この俺に勝てると思うなよ?」
魔王もまた剣を抜き、構える。
「……もう! もう! 馬鹿の考える事って全然分かんない! いいわよ、やってやるわよ! 魔法少女・リリカルリリカが、魔王、あんたをぶっ飛ばすわ!!」
迷いを振り切る様に大声で啖呵を切って、リリカが大筒を構える。
「それでいいんだよ、それで」
やる気になったリリカを見て、魔王が愉快そうに笑った。
「行くわよ、タミン!」
『何時でもOKですミン』
「モード『シルフ』! 『ワールウインド・ラピッド』!!」
ティターニアが緑に輝き、唸りを上げる砲身から風の刃が無数に放たれる。
「らぁぁぁぁ!!」
だが、魔王は凄まじい速さで剣を閃かせ、襲い掛かる無数の刃を悉く打ち払った。
「ええぇ? あれを全部防ぐなんて……」
「はっは! あめえあめえ!」
魔王がリリカに注意を向けている隙に、弓狩が魔王へと一気に踏み込む。
「奮ッ!」
そのまま思い切り刃を振り下ろした。
しかし魔王はあっさりと自らの剣で受け止める。並の魔物なら一太刀で両断出来る鋭く重い斬撃も、魔王相手には通用しない。
「中々の太刀筋だ。だが、まだまだ温いな!」
「くっ……!」
そのまま鍔迫り合うも、力でも弓狩が負けている。凄まじい膂力にじりじりと押されていく。
「おらぁ!」
「ぐぅ!」
一際強く押し込まれ、体勢を崩してしまう。
「そこだ!」
ここぞとばかりに、魔王の鋭い突きが喉元向けて迫る。
弓狩は上体を反らし、ギリギリで回避。そのまま一旦距離を取った。
「はは、すばしっこいな!」
『その剣……! なんでお前が持ってるクー!』
「あん? これか?」
魔王が自らの剣を掲げた。日本刀ではなく、西洋風の両刃の剣だ。半透明の不可思議な材質で出来た刀身は薄っすらと燐光を纏い、柄には華美な装飾が施されている。実用性など無い美術品か何かの様にも見えるが、弓狩の本気の一撃を正面から受け止める当たり、ただの飾り物ではないらしい。
『それは……クリスタルの宝剣は、女王様の持ち物クー! 女王様をどうしたクー!』
「ああ、確かに女王とかいう奴が持ってたなあ。この剣と魔力を奪って後は適当に放り出したから、まあ生きてはいるんじゃねえか?」
『な……そ、それに宝剣は王族にしか使えない様になっている筈クー! 一体どうやって……』
「そんなもんは力尽くに決まってんだろ。人間が使う道具を選ぶならともかく、道具が使う人間を選ぼうなんて生意気だ」
『む、無茶苦茶クー!』
「んな事よりも、もっとどんどん来いよ。この程度じゃ準備運動にもなんねえぞ」
「言われずとも!」
「やってやるわよ!」
「うおお!」
弓狩が再び打ち込む。上段からの振り下ろし。
「おせえ!」
魔王はこれを軽く弾き、反撃を返す。下段から、弓狩の頭目掛けて刃が迫る。
「うっ!」
何とか躱すが、前髪が僅かに巻き込まれはらりと舞う。
「まだまだ!」
「いいぞいいぞ! どんどん来い!」
只管に打ち込む。打ち込む。
しかし流石は弓狩の師か、強烈な一撃も鋭い一閃も全てお見通しとばかりに躱し、防ぎ、それを上回る斬撃で返してくる。弓狩は魔王の猛攻を何とか防いでいるが、明らかに押されている。
「がっはは! 楽しいなあ、弓狩! やっぱり仕合はこうじゃねえとな! 魔法界の連中は腰抜けばっかだし、魔物共はつええけど技も何もありゃしねえ。術理を修めた強敵との真剣勝負こそが、武人としての本懐!」
「楽しんでなど、いられるか!」
「ははは! んな事言っても分かるぞ! お前の目が、心が燃え滾ってるのが!」
口では否定したが、弓狩にも同じ様な想いはあった。これまで経験した強敵との命を削る戦い。苦しかったが、それと戦い乗り越える事に剣士としての喜びを感じていたのも事実だ。そして今相対しているのは敵の首魁であり、また自身の師でもあった人物だ。一度も勝った事の無い、何時か乗り越えたいと思っていた相手との望外の勝負……これに燃えない訳がない。血の繋がりかはたまた師弟関係の所為か、結局この二人は似た者同士なのだ。
「宿れ、火精と風精! モード『サラマンダー&シルフ』!」
弓狩が魔王と打ち合っている間に、リリカが呪文を詠唱する。ティターニアに魔力が充填されていく。
「猛る炎よ渦巻く風よ! 焼き尽くせ! 『ファイアストーム』!!」
砲口から燃え盛る火炎の嵐が迸る。如何に魔王が凄腕の剣士でも、炎の渦を剣で切り払う事は出来まい。
リリカの魔法の発動に合わせて、弓狩が急いで身を引いた。魔王を呑み込まんと猛火が襲う。
「すぅ……覇ぁぁぁぁぁ!!!」
魔王が大きく息を吸ったかと思うと、凄まじい雄叫びを上げた。
あろうことか、魔王に迫っていた炎がその勢いに負けたかの様に逸れていく。渾身の気合の籠められた叫びが、魔力の波となって炎を押しとどめたのだ。
「は、はぁぁ!? な、なんなのよそれ! 反則よ!」
「悪くはねえが、まだまだだな嬢ちゃん」
魔王は未だにこちらを侮った様な余裕の態度を崩さない。この程度の相手なら本気を出すまでもない、という事か。
「鞘に満ちるは魔の力。抜き放たれるは稲光……」
今度は下がった弓狩が呪文を唱える。鞘の内に、雷の魔力が集まっていく。
「魔導剣! 『雷迅』!!」
雷速の居合抜きが魔王の首を取らんと奔る。
「ぐ……!」
刃と刃がぶつかり合う甲高い音が響き渡った。稲妻の速さと威力を備えた魔導剣の一撃さえも、魔王は受け止めて見せたのだ。
「今のはひやっとしたぜ。やるじゃねえか弓狩」
「これでも届かんとは……!」
「どれ、こんな感じか?」
今度は魔王が剣を鞘に戻し、居合の構えを取った。
「鞘に満ちるは魔の力。抜き放たれるは稲光……」
「何!?」
唱え始めたのは、弓狩の魔導剣の呪文だ。鞘に雷の魔力が満ちていく。
「魔導剣! 『雷迅』!!」
弓狩に向かって、雷速の剣閃が放たれた。
「うあっ!!」
何とか刃で受けるが攻撃の勢いを殺し切れず、手から朝景が弾き飛ばされてしまった。
「もらった!」
「モード『ウンディーネ』! 『タイダルウェイブ』!」
弓狩へ追撃を加えようと迫る魔王を遮る様に、リリカが水流の魔法を放つ。
「おおっ!?」
思わず魔王は攻撃の手を止め、後ろへ飛び退いた。
「弓狩! 今の内に!」
「すまん!」
その隙に、弓狩は弾かれた朝景を回収する。
「……何だよ、ただの水鉄砲じゃねえか」
拍子抜けした様に魔王が呟いた。
「何であんたが弓狩の魔法を使えるのよ!」
「何でってまあ、見様見真似だがよ。弓狩に使える技なら、そりゃ俺にだって使えるだろ?」
「意味分かんないわよ!」
『何処までも無茶苦茶クー……』
流石と言うべきか、色々と規格外な相手だ。剣技は弓狩を遥かに上回り、リリカの魔法にも確実に対応してくる。
「どうした? まだまだこんなもんじゃねえだろ?」
「当たり前だ! 散るは花びら、散るは命……魔導剣! 『桜花』!!」
高速の魔導剣により、弓狩の動きが一気に加速。目にも止まらぬ速さの連撃を魔王へと叩きつける。
「ぐっ……おおぉぉ!!」
しかし魔王は見切る事すら不可能に思える攻撃を、苦しげではあるが次々と捌いていく。人の域を超えた速さを発揮する弓狩に追随する、驚嘆すべき速さと技だ。
「生半可な攻撃じゃ通用しない……なら! タミン、ありったけの魔力をぶつけるわよ!」
『分かりましたミン!』
「集え、地水火風。混ざり合い、高め合え! モード『オベロン』!」
ティターニアの翅が虹色に染まり、その内に四つの魔力が渦巻き始める。
「おらぁぁ!」
「く……!」
魔王が桜花を凌ぎ切り、そのまま激しい打ち合いへと変わった。今度は一転、弓狩が押され始める。
互角な打ち合いから次第に防戦一方へ、じわじわと追い詰められていく。
「怒れる大地よ溢れる水よ、猛る炎よ荒ぶ風よ!」
異なる魔力同士がぶつかり合い混ざり合いながら高まっていき、砲身が唸りを上げる。
「ちいっ!」
「うっ!」
リリカの魔力が爆発的に高まるのを感じ、魔王が弓狩を押し返し回避行動に移ろうとする。
だが、一歩遅い。
「『ロードオブエレメンタル』!! 吹っ飛べえぇぇ!!!」
束ねられた四元素の魔力が光の柱となって撃ち出された。
荒れ狂う魔力の光が魔王を呑み込み、大爆発を巻き起こす。轟音と衝撃が広間中に響き渡る。
辺りを濛々と広がる土煙が埋め尽くした。
「はあ、はあ……や、やった……?」
あれだけの魔法を受けて、無事で済む筈はない。
そう、思った矢先。
「……へへへ、流石に今のは死ぬかと思ったぜ」
徐々に晴れていく土煙の中から、魔王が現れた。口の端から血を流し、全身がボロボロの様に見えるがその足取りはしっかりとしている。
「ちょ、直撃したのに……!」
「プッ! ……ちょっと遊び過ぎたな。そろそろ本気で行くか」
口内に溜まった血を吐き出し、魔王が剣を構えなおした。その身に纏う魔力が更に膨れ上がる。
「うっ……」
「リリカ! 今のをもう一発頼む!」
怯むリリカを叱咤する様に弓狩が叫び、魔王に向かって行く。
「え、ええ! 怒れる大地よ溢れる水よ……」
「破ァ!」
「あめえぇ!!」
踏み込みと共に繰り出される弓狩の鋭い一撃。だが、魔王はその上を行く勢いで激しく剣を叩きつける。
「ぐあっ!」
強烈な打ち込みに、弓狩の体が弾き飛ばされる。
「猛る炎よ荒ぶ風よ!」
「寄せる波返す波、全てが泡沫全てが永劫!」
弓狩を押し退けた魔王が、リリカに対して剣を向け呪文を唱え始める。刀身に研ぎ澄まされた魔力が注がれ、その輝きが眩い程に強烈になっていく。
「『ロードオブエレメンタル』!!」
膨大な光の奔流が、ティターニアから放たれる。
「魔導剣! 『劫波』!!」
迫りくる光に対し、魔王が思い切り剣を振り抜いた。
魔力の籠められた斬撃が光を切り裂く。
それだけでは止まらない。振り抜かれた剣の軌跡が巨大な魔力の刃となり、光柱を引き裂きながらリリカへと迫る。
刃が光を食い破り、そのままリリカへと襲い掛かった。
「きゃああぁぁ!!」
大筒の砲身に刃が食い込み、炸裂する。その勢いで少女の体は壁に激しく叩きつけられ、崩れ落ちた。
「うっ……あ……」
「リリ、ちゃん……」
強烈な衝撃を受けリリカが意識を失った。それに伴い変身が解除され、タミンも変身道具の中から弾き出されてしまう。
「リリカ!!」
「……ほう、今のを食らっても生きてるか。流石、ここまで戦い抜いてきたのは伊達じゃねえみてえだな」
「貴様……!」
弓狩が殺気の籠もった視線で魔王を射抜く。
「さあ、次はお前だ、弓狩」
燃える様な闘気を纏いながら、しかし狩人の様に冷徹な瞳で、魔王が睨み返す。
「おおおぉ!!」
咆哮と共に、弓狩が袈裟懸けに斬りつける。
「遅い!」
「がっ……!」
だが、届かない。魔王は襲い掛かる刃を難無く弾き、開いた胴へ前蹴りを叩きこむ。
「はっ、はっ……! ああぁぁ!!」
まだまだこの程度では倒れないとばかりに、声を上げながら弓狩が突きを繰り出す。
「ふん!」
魔王は体を横へ逸らしこれも回避。弓狩の頭目掛け剣を振り下ろす。
「うっ、ぐ!」
思わず左の篭手で受け止める。
頑強な篭手は無残に切り裂かれ、弓狩の腕にまで僅かに刃が食い込んだ。
右手の刀を横に滑らし、魔王の胴を薙ごうとする。
魔王は剣を引き、後ろへ跳び退って躱した。
『ユ、ユカリ……』
「弱気な声を出すな久の助、まだまだこれからだ!」
「そうだ、まだまだ行くぞ!」
今度は魔王が打ち込んで来る。
「ぐっ! ふっ! ああぁ!」
「遅い! 温い! 弱いぞ、弓狩! そんなザマじゃ、朝景が泣くぞ!」
力も速さも技も、全てが弓狩を上回っている。
必死に防ぎ、躱そうとするが、それすらもままならない。ただただ弓狩の傷ばかりが増えていく。
苦し紛れの反撃。下段から腕を狙って刃を走らせた。
あっさり躱され、肩口へ向かって反撃の刃が振り下ろされる。
鎧で受けるが、装甲がひしゃげ衝撃が骨まで響く。
痛みに耐えながら、振り上げた刀を相手の頭目掛けて振るう。
「がぁっ!」
魔王は刃を掻い潜りながら弓狩の懐に入り込み、鳩尾に拳を叩き込んだ。体の芯にまで伝わる衝撃に、思わずたたらを踏む。
「げほっ! ぜえ……はあ……」
一瞬遅れて、内臓が掻き回される様な強烈な痛みと不快感が襲う。一瞬意識が飛びかけるが、何とか踏み止まった。血の混じった胃液を吐きながら、それでもまだ剣を構える。
鎧の至る所が罅割れ歪み、体のあちこちから真っ赤な血を流しながらもその瞳は爛々と燃え、魔王から目を逸らさない。まだ折れぬ、まだ戦える、と宣告するかの様に。
「ひでえ有様だな、弓狩」
「うるさい……!」
対する魔王は先程リリカに受けたもの以外、新たな傷は増えていない。魔力も未だ衰える気配はなく、その身から闘気となって立ち上っている。
「……そろそろ終わりにするか。――弓狩! お前の持つ、最強の技を見せてみろ! 正面から、受けて立ってやる!」
「ふざけた事を……! 後悔させてやる! 久の字! 朝景に思い切り魔力を注ぎ込め!」
『わ、分かったクー!』
「雷鳴轟く雷光奔る、天に煌めく白刃落ちる……」
朝景を大上段に構え、呪文を唱える。高まる魔力に呼応する様に、刀身の表面に雷光が走り始めた。
「刃が奔るその間隙。寸刻瞬刻、光陰切り裂く……」
対する魔王も、剣を掲げ呪文を唱え始める。刃の輝きがいや増し、先程よりも激しく光を放ち始めた。
「魔導剣! 『霹靂』!!」
「魔導剣! 『瞬き』!!」
激しい轟音と閃光を伴い、空から降る雷の如き一撃が落ちる。
迎え撃つ様に、光放つ剣が音も無く、しかし光の矢の如き速さで振り抜かれた。
「……あ……」
澄んだ音が響いた。
銀色の切っ先が放物線を描き、石の床へと突き刺さる。
弓狩の握る朝景、その刀身が、半ばから折れ飛んでいた。
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まだ折れぬ、例え刃が折れようと。まだ折れぬ、この身この心こそが魔刃なれば。




