一幕
魔法界に存在する王城、その王の間。
「ああ、退屈だ」
ヴァンパイアもデュラハンももう居ない。今この広い空間に居るのは、玉座に座る魔王のみだ。
「結局三匹揃って返り討ちとは……あいつらが情けねえのか、それとも敵が天晴れなのか」
魔王配下の中でも指折りの強者三体を送り込んだのだ。万に一つの負けも無いはずであった。だが、彼らは全員戻っては来なかった。
「……頃合いか。いい加減、ここで踏ん反り返ってるのも飽きたしな」
おもむろに魔王が立ち上がり、広間を去って行く。遂に、最大の敵が動き出した。
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「何だかあれからめっきりと敵が来なくなったな」
最後の魔物……四天王の三体の来襲から一週間以上、あれから一度も襲撃は無い。
「諦めた……とは思えないクー。上級魔物を三体も倒したとはいえ、まだまだ魔物はいる筈クー」
「まあ、また来るのならその時は斬り捨てるだけだ。幸い、甲冑の力も使いこなせるようになってきたしな」
四天王相手にあの力を使った時は、まだ新しい魔法が体に馴染んでいないせいもありすぐに力を使い切ってしまった。しかしあれから何度か練習を重ね、かなりものにしてきている。
「よし、行くか」
「キョダイナナニカガキテルヨーキョダイナナニカガキテルヨー」
登校の支度を済ませ、部屋を出ようとする弓狩。だがその矢先、聞いた事の無い警告の音声が響いた。
「何だ?」
「わ、わかんないクー! こんな警報初めてクー!」
クーのス・マホーから音声は発せられているが、いつもの魔物の接近警報ではない。
「……何か、感じるぞ。強大な敵と相対した時の様な圧迫感だ」
「ユカリ、外! 空を見るクー!」
クーに言われて窓の外を見上げる。先程までは気持ちの良い晴れ模様だったが、急激に黒雲が空を覆い始めていた。雲が集まる遥か上空、そこから莫大な魔力の高まりを感じる。
「一体、何が……」
雲と共に、渦巻く魔力が凝集していく。それが臨界にまで達し、空間が悲鳴を上げた。
空が、割れる。
「あれは!?」
天に開いた大穴の向こうから、巨大な物体が現れた。それは岩――いや、島と呼ぶべき大きさの半球状の構造物だ。
全長数百メートルはあろうかという空に浮かぶ島、その上にはどこか見覚えがある建造物が鎮座している。中央に聳える堂々たる姿の主塔、それを取り囲む堅牢な城壁と尖塔。
「ま、魔法城クー!!」
「魔法城……?」
魔法城。
魔法界に存在する筈の、魔物に占拠された城。それが世界の壁を越え、人間界に顕現した。
「確か、こないだ砂で作っていた城だな」
「魔法城は、王都の真上に浮かんでいた女王様の居城クー! 女王様や城に居た人達はみんな逃げて、魔物の巣になっていると思ってたけどクー……」
「おい……あそこから何かが来るぞ」
魔法城から、無数の魔力が放散されるのを感じる。それらは地上、町の至る所に降りて来ている。
「町のあちこちに魔物が転送されてるクー!」
「何だと!?」
レーダーを見ていたクーが叫んだ。そこら中から魔物の反応が返って来る。
「敵が、本格的にこっちの世界に侵攻してきたんだクー……」
状況は最悪だ。大量に送り込まれてくる魔物から人々を守り抜くのは至難の業だろう。
「……んだ、ぉ……!」
その時、何処からか叫び声が聞こえた。
「父さん!!」
父の声だ。慌てて弓狩は部屋を飛び出した。
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本条家の中庭。いつも通りの清々しい朝、のはずであった。
「ケェー!」
「うおおっ!?」
襲い掛かる爪を受け止めようとした木刀が呆気無く圧し折られた。
襲って来たのは人の女に似た上半身に、腕と下半身が鳥の様になった魔物、『ハーピー』だ。攻撃の勢いのまま頭上を通り過ぎ、今は空中から獲物の様子を伺っている。その顔は人に似てはいるが明らかに人ではない。大きく裂けた口には短い牙が並び、濁った目には理性の光が感じられない。
「何なんだ、この生き物は!」
空が急に暗くなったかと思うと、天に浮かぶ巨大な島が現れた。更にはこの謎の生物の襲来だ。突然の事態に弓狩の父は動揺を隠せない。
「父さん!」
母屋から弓狩が飛び出してくる。
「弓狩! こっちへ来るな!」
「クケー!」
父の言葉を無視して走り寄って来る弓狩へ、ハーピーが急降下しながら鉤爪を備えた足で蹴りを繰り出す。弓狩は転がる様にそれを躱しながら走り、父を背にしてハーピーと対峙する。
「無茶をするな弓狩! 速く逃げろ!」
「……いえ、逃げるのは父さんの方です」
言って、弓狩は朝景を眼前に掲げる。魔法少女の事を父に知られてはならない。だが、そんな事を言っていられる場合ではない。
「我は魔を狩る魔の刃、夜闇を払う剣なり! ――変身!」
何度となく唱えてきた変身の呪文。光が弓狩の全身を包み、魔法の衣装が具現化される。
「魔法少女・魔侍狩弓狩……参る!」
「ゆ、弓狩……!?」
「――父さんは下がっていて下さい」
刀を抜き、父を庇う様に一歩前へ出る。
「私の家族に手を出すとは……覚悟は出来ているだろうな?」
父を害された怒りからか、弓狩から普段より一際強い殺気が発せられる。ハーピーはその圧力に一瞬たじろいだが、構わず突進してきた。
「ケエェー!」
再びの急降下しながらの爪による攻撃。
「一本調子な!」
身を低くして相手の下を潜りながら、すれ違いざまに上段に構えた刀で翼を根元から切り落とした。紫の鮮血と羽毛が辺りに飛び散る。
「ギエェェ!!」
片翼を落とされたハーピーが地面に墜落した。血を撒き散らしながら、激痛にのたうち回っている。
「ふっ!」
「ギャッ! ……ァ……」
のたうつハーピーに歩み寄った弓狩が、その胸を刺し貫く。息絶えた鳥人の体が炎に包まれ、消えた。
「弓狩、一体……」
「まずいクー、ユカリ! 反応がどんどん増えてるクー!」
現実離れした光景に、全く事態を飲み込めずにいる父。その言葉を遮る様に、弓狩の後を追って来たクーが叫んだ。
「――すみません、父さん。話は後で!」
「弓狩!」
娘を呼ぶ父の声を振り切る様に、家の外へと駆け出した。
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町では混乱が広がっている。そこかしこから悲鳴と怒号、破壊音と魔物の鳴き声が聞こえてくる。
「くっ……! これでは……!」
とりあえず外に出てみたものの、何処から手を付ければいいか分からない。片端から倒していくしかないのだろうか。
「弓狩ー!」
「ユカリン! クー!」
道の向こうから既に変身した姿のリリカとタミンが駆け寄ってくる。二人も異変に気付き、弓狩達と合流しに来たらしい。
「どうなってんのよこれ! 町中敵だらけじゃない!」
「非常にまずい状況ですミンね」
「ああ、だがやるしかあるまい」
「待つクー! いくらなんでも、これだけの数を全部倒すのは無理クー!」
「そうかもしれないけど、何か手があるの?」
少し考えて、タミンが提案する。
「……上空の魔法城に攻め込みますミン」
「大元を叩くという事か……しかし、あんな空の上の相手に何とするのだ?」
天を見上げながら、弓狩が聞く。距離感が上手く掴めないが、魔法城は地上から軽く数百メートルは離れている様に見える。弓狩が全力で跳躍したとしても到底届く高さではない。
「リリちゃん、あれを頼みますミン」
「ふっふっふ、見なさい! 私の新魔法!」
タミンの提案に、リリカが偉そうに言い放ちながらティターニアを掲げる。
「ティターニア! モード『シルフ』! 『フライングソーサレス』!」
呪文を唱えると、ティターニアの緑に輝く翅が大きく広がった。大筒の周囲を風の魔力が包み込み、ふわりとリリカの体が浮き上がる。
「ちょ、あぶな! どうどう……」
リリカは飛び上がろうとするティターニアの砲身の上に慌てて跨り、宥める様にして高度を下げる。
「さあ、乗りなさい!」
「……これに乗るのか? 大丈夫か、色々と」
自身満々な様子のリリカに、弓狩が疑わし気な目を向ける。
「大丈夫に決まってるでしょ! 人間二人くらい余裕で運べるわよ!」
「まあ、他に方法も無い事だしな。頼むぞリリカ」
弓狩はリリカの後ろ、翅に足をかけリリカの肩に手を置く様にして立つ。
「それじゃ、飛ぶわよ!」
「応!」
風が大筒と二人を包み、空へと舞い上がった。
「おお……本当に飛べるとは」
「当たり前でしょ!」
見る見るうちに高度が上がっていく。
「城に辿り着くまで、クー達の推測を話すクー」
何事か話し込んでいた妖精達が、二人と並んで飛行しながら説明する。
「多分、敵は城の地下にある大魔法陣を使ったんだクー」
「だいまほうじん? とは何だ?」
「一言で言えば、とても規模の大きい魔法を使う為の装置ですミン」
魔法ゲートではごく小さい規模でしか世界間移動を行えないが、その大魔法陣の力で城ごとこの世界に転移してきたらしい。
「起動するには本来の所有者である王族の認証と莫大な魔力が必要なはずなんだけどクー……」
「どうやったかは分からないけど、あれだけの大きさの物を転移させるのは大魔法陣の力としか思えないですミン」
「ここからが大事クー。魔法城に乗り込んだら、城の地下に行ってクー達で大魔法陣を使うクー」
「こっちの世界に転移する事が出来たんだから、逆に送り返す事も出来ますミン」
「成程な」
「ついで、と言ってはなんだけど設定を弄れば町に散らばった魔物達もまとめて転移させられるはずクー」
「……ただ、当然だけど城には大量の魔物が待ち構えていると思いますミン」
「ま、そうでしょうね。四天王とかいう奴もまだ一人いる筈だし、その上魔王も……」
どれだけいるか分からない魔物達と、その後に控えているであろう強敵。恐らく、これまでに無い程の激戦になるだろう。
「何、いつもと同じだ。私達がやらなければ無辜の民が犠牲になる。ならば、全力で戦うのみ」
「ほんとあんたって、悩みとか無さそうよねえ」
リリカが溜息を吐きながら、いつも通りの弓狩を揶揄する。
「突然何だ、失礼な奴だな。私だって悩みくらい……ある、ぞ?」
そう言ってはみたものの、恐らく何も無かったのだろう。語尾の勢いが萎む。
「いいじゃない、あんたはそれで。いつもぶれないってのは長所だと思うわよ」
「……そんなものか?」
「そうそう。それに弓狩の言う通り、やるしかないんだから。やるからには全力よ!」
激戦の予感を感じながらも、二人はいつもの調子だ。全くその意気は衰えていない。
「二人共、ほんとに頼もしいクー」
「そうですミンね。クリスタルに選ばれたのがこの二人で良かったですミン。――或いは、こういう子達だからこそ選ばれたのかもしれないですミン」
「……タミン、今回の戦いはもしかしたら最後の、そして最大の戦いになるかもしれないクー。もし、二人が危なくなったら……」
「タミン達も、二人の頑張りに応えないとですミンね」
二人の戦意に触発されてか、妖精達も何か気合が入っている様だ。その間にも、一行は魔法城に向かって宙を突き進む。
「ユカリ、リリカ! 前を見るクー!」
前方の空に、ぽつぽつと影が見えた。複数の飛行型の魔物が滞空している。
先程弓狩が撃退したハーピーに加え、つるりとした体毛の無い灰色の体に蝙蝠の様な翼を持った小人『インプ』、猛獣の胴体に猛禽の頭と翼を備えた『グリフォン』等、様々な種の混成部隊だ。彼らも接近してくる弓狩達に気付いたのか、各々雄叫びを上げながら向かってくる。
「弓狩! 私は飛行魔法を制御するのに手一杯だから、迎撃は任せたわよ!」
「応! このまま突っ切るぞ!」
ぐん、と更に加速し敵の先鋒、ハーピーとの距離が縮まる。
「キエェェ!」
ハーピーが両足の鋭い爪を突き出すようにしながら突進してくる。
「下だ!」
「ええ!」
弓狩の指示を受けて、リリカが進行方向を下方に修正する。弓狩の頭上すれすれを、ハーピーの足が通過していく。
「おおぉ!」
「ギッ!」
通り過ぎるハーピーの背に刃を突き立てる。そのまま柄を強く握り締め、すれ違おうとするお互いの運動エネルギーを活かして腹から脳天までを一気に切り裂いた。
一瞬で絶命したハーピーの体が燃え上がりながら落下していく。
「次ぃ!」
今度は短槍を手にしたインプが迫ってくる。灰色の小悪魔が槍を大きく振りかぶった。
「頭を下げろ!」
「むぎゅ!」
弓狩が咄嗟にリリカの頭を押さえ付けた。それとほぼ同時に、インプが振りかぶった槍を投げ放つ。弓狩目掛けて、真っ直ぐに槍が飛んで来る。
「くっ!」
目の前ギリギリで、弓狩が槍を掴んで止める。
「奮ッ!」
槍を持ち直し、インプへと投げ返す。
「ゴッ! ガ……」
返された短槍が本来の持ち主の喉を貫いた。
インプはもがきながら落下していき、やがて灰となった。
「ちょっと! 舌噛むじゃない!」
急に頭を押された事にリリカが後ろを振り向いて抗議する。
「馬鹿者! 前を見ろ!」
前方からグリフォンがこちらへ突進してきている。先程は距離があって分かりにくかったが、相当な大きさだ。翼を広げた長さは四メートルを超えるだろう。この大きさに相対速度が加わった体当たりを食らえば無事では済むまい。
「うわわわ!」
急激に左へ方向転換し、何とかこれを回避する。無茶な機動とグリフォンの巻き起こす風圧で二人の乗るティターニアが大きく揺さぶられる。
「危ないわね、もう!」
「こっちの台詞だ。今のうちに振り切れ!」
「分かってるわよ!」
一気に加速して、まだ周囲に残る魔物達を置き去りにする。だが一旦通り過ぎたグリフォンが急速に旋回し、こちらを追って来ていた。
「グオオォ!」
小型や中型の個体はこちらの速度に追いつけず次々と遠ざかっていくが、グリフォンだけが激しく吠え猛りながら執拗に食らいついてくる。
「もっと速度は出ないのか!?」
「これが精一杯よ!」
少しずつだがグリフォンとの距離が縮まっていく。僅かだが速度が負けているのだ。
このままではまずい。
「……仕方ない。私が行く」
「行く? ――ってちょっと!」
弓狩がティターニアの翅にかけていた足を離した。風に煽られ、自然と弓狩の体は追い縋るグリフォンの方へと流されていく。
「ユカリ!」
「馬鹿! 何してんの!?」
弓狩の突然の行動に、リリカと彼女の懐に逃げ込んでいたクーが叫んだ。相手もこれは予想外だったのか、瞠目し対応が遅れる。弓狩はそのまま相手の頭を越え、背中側へ回った。
「くぅ!」
「ギャアァ!」
グリフォンの大きな背に刃を突き刺し、相手の体に取り付いた。
弓狩を振り落とそうと、怪鳥が激しく身を震わせる。
「この、大人しくしろ!」
更に、グリフォンが速度を保ったまま急旋回する。強烈な加速度が体にかかるが、弓狩は振り落とされまいと刀の柄をしっかりと握り耐える。刃は深々とグリフォンの体に潜り込んでいるが、致命傷には遠い。
不安定なこの体勢のまま、更に打撃を与える方法……グリフォンの体にしがみつきながら、朝景に意識を集中する。
「駆け抜けろ、雲間に咲く白光……」
呪文と共に朝景に魔力が集まっていき、それが微かに火花を散らす。
「魔導剣! 『雷華』!!」
グリフォンに突き刺さった刀身から、凄まじい稲光が奔った。
「グゲエエエェ!!」
怪鳥の体内を荒れ狂う電撃が蹂躙し、内から焼き焦がした。
全身を焼かれたグリフォンが息絶えるのに伴い、力を失った体が失速していく。当然弓狩はまだその背の上だ。
「くっ!」
グリフォンと心中するつもりはない。落下と共に燃え上がり始めた体から刃を抜き、背を蹴って真上へ跳び上がる。
「弓狩!!」
旋回して戻って来たリリカが、宙の弓狩に手を伸ばす。
「うっ……ぐ!」
「ユカリ!」
「リリちゃん、気張ってくださいミン!」
寸での所で、伸ばされたお互いの手が繋がれた。妖精達も手を貸して何とか弓狩の体を引き上げる。
「助かったぞ三人共」
「はぁ……もう! いきなり無茶しないでよ!」
「ユカリの戦い方を見てるといっつも寿命が縮まる思いがするクー……」
「結果的に上手く行ったのだ。許せ」
一歩間違えればそのまま大地へ真っ逆さまだったというのに、弓狩は涼しい顔だ。寧ろ心配していたリリカ達の方がげっそりしている。
ともあれ、敵の群れは振り切った。再び魔法城に向けて進んでいく。
「あ、あれ見てくださいミン!」
タミンが指差す方向を見ると、遥か向こうで二機の戦闘機がエンジンの爆音を響かせながら飛行している。二機の行く先には、弓狩達が目指している空に浮かぶ島がある。どうやら異界からの侵略者に対して攻撃を仕掛けるつもりらしい。
「あれは……」
「自衛隊かしら? もしかして、あの戦闘機がお城壊しちゃえば私達が行かなくても……」
「いや……それは多分……」
「無理ですミンね」
戦闘機の進路上に、複数のハーピーが飛んでいる。高速で迫って来る空飛ぶ機械に気付いた魔物達が、これを迎撃する為に集まって来たらしい。
無謀にも戦闘機の正面に飛び出したハーピー目掛けて、機体側部に取り付けられた機銃が火を噴いた。凄まじい速度で射出された無数の弾丸がハーピーの体をずたずたに引き裂く。魔物に魔力の籠もらない普通の武器は効果が薄い筈だが、金属の装甲を貫く程の威力があれば話は別らしい。明らかな致命傷を受けたハーピーが呆気無く落ちていく。
そのままハーピーの群れを突っ切り、更に魔法城へと接近する二機。十分に接近したところで、主翼の下部に懸架されたミサイルが本体から切り離され城へと向かって撃ち出された。
二機の戦闘機から発射された計四発のミサイルが島へと肉迫したその時、突如中空で全てのミサイルが爆発した。
「何だ? 何か、光って見えるぞ」
激しい爆発が巻き起こるがそれらは全て透明な何かに阻まれる様に島の外縁部で止まり、内側へは届かない。よく目を凝らすと燃え盛る爆炎の向こうで、光り輝く膜の様な物が爆風を遮っている。
「魔法障壁ですミン」
「障壁?」
「名前の通り、魔法で出来た壁クー。小型や中型の魔物程度ならともかく、あれをこの世界の武器で壊すのは無理だと思うクー」
「何それ……やっぱり私たちがやるしかないのね」
「最初からそのつもりだったのだ。問題あるまい」
ミサイルを撃ち込んだ戦闘機が旋回して城から離れようとした矢先、複数の火球が二機に向かって飛来する。
避けそこなった一機の翼に火球が着弾し、炎上する。バランスを崩したところに更に追い討ちの火球が撃ち込まれ、機体は爆発四散した。
「ああっ!」
「あれは……『ワイバーン』クー!」
島の方から大きな影が数体現れた。遠目に見ても先程のグリフォンより一回り以上も大きい。腕の代わりに一対の翼を生やした巨大な爬虫類。まるで遥か昔に絶滅したと言われる翼竜の様だ。どうやらあれらが火球を放ったらしい。
ワイバーン達は逃げるもう一機を追いかけようと次々と加速していく。
「あいつら……!」
「ユカリ、落ち着くクー。ワイバーンはかなりの強敵クー。城にどれだけ敵がいるか分からない状況で、あいつらの相手までするのは無謀クー」
逸る弓狩をクーが宥める。全ての魔物を相手に出来る程の余裕はこちらにもないのだ。その間も飛竜達と戦闘機のドッグファイトは続いている。
ワイバーンは巨体からは想像も出来ない速度で飛行しているが、音速を超える速さで飛行する戦闘機にはとても追いつけない。先の一機は不意打ちを受けた為にあっさりと撃墜されてしまったが、もう一機は悉く火球を躱しながらその速さで相手を圧倒しつつ、次々と機銃弾を命中させていく。
しかし、ハーピーとは違いワイバーンは機銃の掃射を受けても僅かに血を流すのみでほとんど効いた様子がない。寧ろ傷付けられた怒りでますます攻撃の手が激しくなっていく。
突然、ワイバーンの攻撃を回避し続ける戦闘機の装甲が剥がれた。見れば機体の表面に小さな魔物が群がっている。毛むくじゃらの獣の様な小人、『グレムリン』達が機体に取り付き次々と装甲を分解していく。
続く攻撃に機体の耐久度が限界を迎え、亀裂が走り始める。最早限界と悟ったか、パイロットが脱出装置を作動させた。キャノピーが開き、座席ごとパイロットが飛び出す。
パラシュートが開き、落下速度が落ち始めたところで戦闘機を追っていた魔物達が殺到する。そのままパイロットの姿は魔物達の中へと消えていった。
「くっ……また犠牲が……!」
「ユカリ……」
「……魔物達がこっちに気付かないうちに島に乗り込みましょうミン」
「……ええ」
幸い、弓狩達の進む方向には魔物の影は見えない。島への上陸を目指し、更に進んでいく。
近づくにつれ、段々島の様子が見えてくる。うっすらとした光の膜の向こうには、石畳の白と草木の緑が見える。どうやら城の手前は庭園の様になっているらしい。
「――来るぞ!」
上陸を目前とした矢先、急速にこちらへ近づいてくる者がある。ワイバーンだ。まだ一体、島の近くに残っていたらしい。
「ひいいぃ!」
次々とワイバーンが火球を吐き出す。リリカは必死に右へ左へティターニアを操り、回避していく。
「……あまり時間もかけていられんな。やるか」
そう呟くと弓狩は朝景を掲げ、神経を集中させる。
「更なる魔道を往かんが為に、纏うは銀の月明かり――装身!」
唱えられた二つ目の変身呪文。溢れる光が鎧と化し、弓狩の身を包んでいく。
「魔法少女・魔侍狩弓狩・武者姿……往くぞ!」
甲冑を纏い、弓狩の魔力が一気に膨れ上がった。
「このまま速度を緩めず突っ込め!」
「ええ? ――もう、どうなっても知らないわよ!」
二人は身を低くし飛んで来る火球をギリギリで躱しながら、どんどん相手との距離を詰めていく。
火球では埒が明かないと判断したか、ワイバーンも体勢を変えこちらへと突撃してくる。
「オオオォォ!!」
飛竜の大きな口が開かれ、雄叫びが上がった。
「リリカ、頼むぞ!」
「え、何……ってまた!?」
弓狩の凄まじい踏み切りで、ティターニアが揺れた。宙へ飛び出した弓狩は、真っ直ぐワイバーンへと向かっていく。
「破ァァァ!!」
気合一閃。跳躍の勢いを乗せ思い切り振り抜かれた刃が、飛竜の首を一刀の元に両断した。
首から夥しい量の血液を撒き散らしながら、ワイバーンの巨体が落下していく。首を失った体と跳ね飛ばされた首とが、青白い炎を上げながら燃え落ちていった。
「弓狩!」
声の方を見ると、リリカが弓狩の跳んだ方向へと先回りしていた。
「んっ……!」
今度は多少余裕を持って弓狩を受け止める事が出来た。
「さっきいきなりはやめなさいって言ったばっかじゃないの!」
「すまん、しかし一々説明している時間も惜しかったからな」
「まあまあリリちゃん、それよりももう島は目の前ですミンよ」
既に島は目と鼻の先だ。流石にもう邪魔は入らないだろう。
「……で、この壁はどうすればいいわけ?」
光の膜――魔法障壁は島全体を完全に覆っている様に見える。ミサイルの直撃を受けても表面に傷や綻びは全く無さそうだ。
「思いっきり強力な魔法をぶつければ穴を開けられるはずですミン。……多分」
「多分って何よ! 多分って!」
「これを破るには相当な威力が必要クー。何しろ城を守る為の重要な魔法だし……クー」
「強力な魔法か……よし」
「ちょっ、何?」
弓狩がリリカの前に出て、狭い砲身の上に立つ。
「今お民が言っただろう。思い切り強力な奴をぶつけてみる。お前はこのまま全速力で突っ込め」
「……分かった。頼むわね」
「ユカリならきっと出来るクー」
「ユカリンファイトー! ですミン」
弓狩に声援を浴びせながら、妖精達がリリカの懐に入り込む。
「それじゃ、行くわよ!」
「ああ」
滞空状態から、島へ向かってティターニアが加速する。先頭に立った弓狩は魔力を練り上げつつ、呪文を唱え始めた。
「雷鳴轟く雷光奔る、天に煌めく白刃落ちる……」
大上段に構えられた朝景に膨大な魔力が集い、刀身を包み込む。魔力は稲妻と化し、刃の上で踊り狂う。既に魔法障壁まで手が届きそうな距離だ。
「魔導剣! 『霹靂』!!」
呪文の完成と共に、思い切り朝景を振り下ろす。振り下ろされた刃に凄まじい雷鳴を伴って、魔力の雷が炸裂する。
雷神もかくやという強烈な一撃が、光の膜を大きく切り裂いた。弓狩達はそのまま速度を緩めず、破られた障壁の穴を通り抜ける。
「ふう……」
「み、耳が……」
「流石ユカリンですミン!」
「なんとかなったクーね」
間近で轟音に曝されたリリカが耳を押さえて呻いている。妖精達は無事壁を抜けられた事に安堵した様子だ。
「ここまで飛んで来られたのは私のお陰だけどね!」
「リリちゃんもご苦労様ですミン」
「だが、ここからが本番だぞ」
「――そうね」
ここから先、城までの道と城内には恐らく敵の本隊が待ち構えているだろう。まだ、決戦は始まったばかりだ。
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蔓延るは魑魅魍魎。闊歩するは百鬼夜行。待ち受けたるは最後の天魔。




