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14話 秘密の共有

 廃ビルから脱出し、悠人は莉子を安全な自宅へと連れ帰った。


 莉子は身も心も疲れ果てていたが、悠人の顔を見ると、安堵から涙が止まらなかった。


「悠人さん……本当に、ありがとう。私、もう会えないかと思った」


「もう大丈夫だ。俺が必ず守る」


 悠人は莉子を抱きしめた。彼女の無事が、失われかけた未来の知識よりも、遥かに価値のあるものだと改めて実感した。


 しかし、安堵はつかの間だった。莉子は体中に男たちにつかまれた痣を作っており、精神的なショックも大きい。


「莉子さん、明日すぐにでも警察へ……」


「だめ!」


 莉子は震える声で遮った。


「あの人たち、私の名前を呼んだだけじゃなく、悠人さんの名前も知っていた。もし警察に話したら、もっと恐ろしいことになるかもしれない……」


 悠人は深く息を吐いた。莉子の懸念は正しい。警察に動いてもらえば、組織は悠人への報復をさらに加速させるだろう。莉子を巻き込む危険性が高まる。


 彼は、今回の事件が、柏木の逮捕を上回る巨大な波紋を呼んだことを悟った。自分の命を危険にさらしたことで、組織は悠人を単なるエンジニアではなく、潰すべきターゲットとして認識したはずだ。




 翌日、莉子は仕事を休んで自宅で療養した。悠人は、仕事の合間を縫って自宅に戻り、警戒を緩めなかった。


 悠人は、このままでは莉子を完全に守れないことを理解していた。組織は、悠人の行動パターンを既に掴んでいる。


(どうすれば莉子さんを守れる? 警察も未来の知識も使えない。組織の動きを先読みする武器がない)


 悠人は、一つの究極的な選択肢を頭の中で何度も巡らせた。


 それは、莉子にタイムリープの秘密を打ち明けることだ。


 打ち明けることで、莉子に現在の危機の本質を理解してもらえる。組織の動向や、悠人が次に取る行動を二人で共有し、連携して対策を練ることができる。彼女を『守られるだけの存在』ではなく、共に戦うパートナーにすることができる。


 しかし反対に、莉子が非現実的な話を受け入れられず、恐怖や混乱から悠人から離れてしまう可能性がある。また秘密を共有することで、莉子が嘘をついたり動揺したりした場合に、組織に秘密が漏れるリスクが高まる。


(俺の安全と成功は、未来の知識という秘密の上に成り立っていた。もし莉子さんがこの事実を知ったら、俺の愛を計算されたものだと疑うかもしれない……)


 しかし、彼は決断した。


「俺は、莉子さんに嘘をつき続けて、君の命を危険に晒すことなんてできない。俺の成功が、嘘の土台の上に成り立っていたとしても、俺の莉子さんへの愛は真実だ」


 悠人は、莉子への愛と信頼を賭け、全てを打ち明ける覚悟を決めた。




 その夜、悠人は莉子の隣に座り、優しく彼女の手を握った。


「莉子さん。俺には、君に話さなければならない、とても大切な一つの秘密がある」


 莉子は緊張した面持ちで悠人を見つめた。


「俺が事故に遭った時、俺はただ怪我をしたんじゃない。俺は一度、死んだ」


 莉子の息が止まった。


「そして、次に目を覚ました時、俺は一年前の過去に戻っていた。あの事故は、俺に二度目の人生を与えたんだ」


 悠人は、タイムリープした経緯、美咲と柏木の裏切り、そして未来の知識を使って彼らを制裁したこと、そしてその過去の清算が、柏木よりも巨大な組織の怒りを買ってしまったこと、全てを包み隠さずに話した。


「俺が急に仕事で成功したり、美咲の嘘を全て見破ったりできたのは、全て未来の記憶があったからだ。俺の成功は、決して偶然じゃない。そして、君と出会い、君を守りたいというのも俺の計算ではない。この二度目の人生で、君の誠実さと優しさに、心から惹かれたんだ」


 莉子はしばらく無言で、悠人の顔をじっと見つめていた。その表情には、恐怖と混乱、そして理解しようとする真剣さが入り混じっていた。


 静寂が部屋を支配する。悠人は、拒絶される覚悟を決めて、目を閉じた。


 しばらくして、莉子が小さく笑みを浮かべた。


「……悠人さん。そんなSFみたいな話、普通の私なら絶対に信じません」


 悠人はうつむいた。


「でも、今の悠人さんは、私の知っているどんな物語の主人公よりも、ずっと不思議で、強い人です。そして、あなたが私をどれだけ大切に思ってくれているか、知っています」


 莉子は悠人の顔を両手で包み込んだ。


「私は、あなたの全てを信じます。私を巻き込まないために、ずっと一人で戦っていたんですね。もう、一人で戦わないでください。あなたのその秘密も、一緒に守らせてください」


 莉子は、悠人の最も非現実的な秘密を受け入れ、彼の愛と信頼に応えた。悠人の目からは、熱いものが溢れた。彼は、この愛があればどんな運命にも打ち勝てると確信した。

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