37 ルーチェアットに
「ここを通ると神聖国に行けるの?」
神殿の奥、王族だけに使用が認められているという扉の前にフィリウスとリュカがいた。
隠すと言っても勿論限界がある事はフィリウス自身も分かっていた。しかも三歳児の身体となっている自分がどこまで守り切れるのか。
もっとも元の身体であったとしても、ルーチェアットが本気でリュカをこの世界から排除しようとしたら、この大陸を出たとしても難しいかもしれない。そんな事までも考えたのだが、リュカはフィリウスが考えつかなかった答えを出した。
「コンコルディア。使徒様の事、頼んだぞ」
「かしこまりまちてごじゃいます」
「使徒様、どうぞ聖女様をよろしくお願いいたします」
「…………彼女の無事を願っています」
国王ラディスラウスの言葉にそう答えて二人は同行する神官と護衛達と一緒に扉をくぐった。
-◇-◇-◇-
リュカ達がルーチェアットに行く許可が下りるまで二日かかった。それでも早かった方だ。ルーチェアットも自国の神殿で次代の聖女が消えてしまったという汚名を返上したいという事情があったのだろう。
使徒がルーチェアットの神殿に入る事に反発もあったようだが、一緒に召喚された使徒だからこそ分かる事があるかもしれないという提案を受け入れた。
「ルーチェアット聖神殿上級神官のシルウェスでございます。こちらは神官のソリスとアウラです。国王陛下及び大神官より皆様のご案内を申しつかりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとうございます。私はマグナシルヴァ神殿上級神官のガイウス。こちらはマグナシルヴァ王国宰相コンコルディア公爵、副宰相のアルカヌム伯爵、コンコルディア公爵の婚約者リュカ様です」
「ご紹介ありがとうございます。それではさっそくですが、あの日の聖女アヤカ様についてご説明をさせていただきます」
シルウェスと名乗った神官は他の神官と一緒にゆっくりと歩き始めた。
聖神殿はとても広く、それぞれの役割によってエリアが分けられている。
「聖女アヤカ様はルーチェアットに到着された後、まずはこちらの祈りの間にて神に到着の報告をし、祈りをささげ、大神官や私どもと挨拶の後、お過ごしいただくお部屋にご案内いたしました」
リュカ達はまず神殿の祈りの間という元の世界の礼拝堂のような場所に案内された。そしてその後彩夏がいたという別棟の部屋に案内される。こちらは神殿というよりは貴族の部屋というような印象だ。
「中を一応確かめてもよろしいか」
「どうぞ」
フィリウスの代わりに副宰相のガスパルが尋ね、リュカ達は部屋の中に入った。
特に何かあるようにも思えない。聖女が大聖女となり、王家に嫁ぐまで暮らす部屋だというそこはリュカから見ても居心地がいいように整えられている。
彩夏はこの部屋で何を思って過ごしたのだろうか。ぼんやりとそんな事を考えていると、なんとなく頭の中に何かが触れたような気がしてリュカはそっと額を押さえた。
「りゅか? どうちた」
「あ、大丈夫です」
ここに来る事を決めてから、時々こんな風に頭の中に何かが触れるというか、痛むわけではなく、感じる? ような気がするのだ。
心配そうに顔を覗き込むフィリウスにリュカは小さく笑って答えた。
「聖女アヤカ様は長旅でお疲れだと思い、この日の夕食はこちらの部屋でお取りいただいております。そして翌日は先程の祈りの間で朝の祈りを捧げてから、東にございます客殿にて王室の方々との顔合わせがございました。宜しければそちらの方に移動させていただきます」
シルウェスの言葉を聞いてフィリウスは出会った日のようにガスパルに抱っこをされた。フィリウスの事情はルーチェアットの神官達も分かっているようだった。
それにしても神殿の中は広い。
この神殿のどこかに彩夏がいる事はないだろうか。
消えたというのは具体的にはどういう事なのだろうか。
今度案内をされる客殿という場所を見たら何がか分かるだろうか。おそらくルーチェアットの人間達も部屋の内部は調べつくしているだろう。そこを見たとしても分かる事があるだろうか。
客殿は神殿への出入口から少し奥に入った所に建てられている建物だった。
リュカは事前にルーチェアットの聖神殿と王室の微妙な立ち位置の事を聞いていた。それぞれにお互いの事を敬うような態度を示しているが、ルーチェアット神聖国は神殿の立場の方が強い。王室は国を統治するが、その後ろには神殿があり、大聖女の存在も大きいという。
勿論王家が神殿の傀儡となっているわけではなく、ある意味『住み分け』をしているのだとメリトゥムが教えてくれた。それでも重要な事の決定権は神殿の方が高いらしい。
「こちらでございます。こちらに王族の方々がいらして、こちらの入り口から聖女アヤカ様と私達神官が入りました。王族の方々は座られていた椅子から立ち上がり聖女アヤカ様を迎えられました。そしてその後、聖女アヤカ様は突然消えたのでございます」
「このへやに、てんいじんなどがありましゅか?」
「ございません」
「まほうをふうじるようなしかけは?」
「攻撃魔法は使えないようにしてあります。高貴な方がいらっしゃる部屋ですから」
「ではあやかしゃまをだれかがてんいさせたというかのうしぇいは?」
「ございません。攻撃魔法以外は使う事は出来ますが、特定の相手に何かの魔力を向ける事は禁じられております」
「まほうのこんせきは?」
「…………分かりませんでした。ですが、神殿内で次代の聖女様に何かをするという事は考えられません」
「ですが、あやかしゃまはきえている」
「…………マグナシルヴの宰相殿はルーチェアットが次代の聖女様に何かをしたのかとお考えか」
「いりょいりょなかのうせいを、かんがえなければなりゃないとおもっていりゅだけです。きえてからじかんがたっていましゅ。おからだのこともしんぱいでしゅ」
「………………それは確かにそうですが」
苦い表情を浮かべた上級神官にリュカは静かに口を開いた。
「あの、消えた時の状況を出来るだけ細かく教えていただけますでしょうか。なんだかすごく気になるのです」
「消えた時と言われても、本当にいきなり消えてしまわれたのです」
「誰かが触れたような事は?」
「ございません。あ、ただ、陛下と大聖女様のご挨拶をした後、何か小さく声を出されていたような」
「どんな声でしたか?」
「…………はっきりとは分かりませんでした。でも……そう言われてみれば驚かれていたような気も」
驚いた。一体彼女は何に驚いたのか。国王と大聖女が挨拶をして驚いた?
「…………っ……」
まただ。また頭の中に何かが……
「りゅか?」
リュカの様子を見てフィリウスが声をかけた途端、部屋の中に予想もしていなかった人が入ってきた。
「大聖女様!」
声を上げた上級神官のシルウェスにリュカ達は驚いて扉の方を振り返った。
遅れてすみませんでした~~~。
ほんのりミステリー風ですが、ミステリーにも重くもならない予定です♪