36 二人の決意
次代の大聖女が消え、マグナシルヴァの調査隊がルーチェアットに入って三日。聖女はきちんと到着をしていた事からルーチェアットの過失を問われる事になった。しかし神殿の守りは堅く、王族を前に消えた事もあり、聖女が故意に消えたのではないかという意見が浮上。
しかもルーチェアットに落ち度があったのだとすれば、何か禍があってもおかしくないがルーチェアットには何も起こっていない。だとすればこの召喚自体が失敗だったのではないか。
そんな意見まで出始めているという報告がありフィリウスは頭を抱えていた。
魔力の痕跡は微かにあったという。そう考えると事件に巻き込まれた可能性もある。聖女が傷つけられているとすればルーチェアットやマグナシルヴァに何かが起きても不思議ではない。しかし何も起きていない。だとすると消えた事は彼女の意志だったということだろうか。
彼女はなぜ王族を前に消えたのか。
否、本当にそうなのか。実はルーチェアットが何かを隠しているのではないか。どういう理由があるのかは分からないけれど、ルーチェアットはマグナシルヴァを大国の座から落とそうとしているのではないかという噂まで流れ出している。
フィリウスはマグナシルヴァからの正式な依頼として今代の大聖女に居場所を探していただく事は出来ないかと申し入れた。けれど答えは「すでに行ったが手がかりは得られなかった」という。
消えてから十日が過ぎている。何かに巻き込まれているならば無事でいる可能性は低い。召喚した聖女が亡くなった事をルーチェアットの神殿が神託として公表すれば、マグナシルヴァは次の聖女を召喚するためにリュカの存在を消さなければならない。だが、万が一聖女が生きていれば、リュカを殺す事はマグナシルヴァに神罰が下る。
「しょうではない……しょうゆうことではないのら」
宰相府の執務室でフィリウスは苦しそうに声を漏らした。
聖女の安否はもちろん気になる。無事でいてほしいと願っている。けれど、それ以前に守りたいのはリュカだ。彼の命を奪う事など出来ない。
だが、神託として再召喚が決まればルーチェアットはリュカを始末しに来るだろう。
「かくしゃなければ……なんとしても、まもりゃなければならない」
何かを諦めたような青年は元々この世界に来るべき人ではなかった。巻き込まれ、元の世界に戻れない彼は、それでもこの世界で生きる事を決め、ようやく穏やかな微笑みを浮かべるようになったのだ。
それだけではない。彼はただ自分の置かれた状況をなし崩しに受け入れるわけではなく、自身でここで生きようとしている。
なにより、彼の笑顔を、声を、離したくないと思い始めている自分がいるのだ。使徒が彼で良かったとフィリウスは思っている。隣にいてほしいと願い始めている。
リュカを、幸せにしたいと思っているのだ。
奪われるわけにはいかない。
「さがしだしゃなければ……」
どうして消えたのか。
何が起きたのか。
どこの国が画策したのか。
故意なのか。
事故なのか。
本人が望んだ事なのか。
聖女はこの世界の宝だ。勝手に手を出していいものではない。では彼女が消えたのは神の御意思なのか。十日は長い。事故だとすれば生きている可能性は低い。その方法は分からないけれど囚われているのだとすればまだ望みはある。だが尊厳を傷つけられている可能性もある。
「どうしゅれば…………」
その日の夜、ルーチェアットからは今代の大聖女の具合があまり良くないので、捜索は期限を設けるという通達が来た。
フィリウスはそれを国王ラディスラウスから伝えられた。
「フィリウス。ルーチェアットから神託があるやもしれん」
「それでこのくにがわざわいにみまわりぇても、かのくにはなにもちないでしょう」
「…………我が国でも神託がないか神殿が祈りを捧げている。また周辺国の動向も調べている。ルーチェアットの動きもだ。召喚のやり直しなど過去に例がないからな。あちらも慎重だ。けれど大聖女の不在の方が彼らにとってみれば大事なのだろう」
「…………せいじょをしんでんにゃいで、ゆくえふめいにさしぇるなど、ふてぎわにもほどがありゅ」
「ああ、その通りだ」
「わたちは、りゅかをまもります」
「…………そうか」
ラディスラウスはそれ以上何も言わなかった。そしてフィリウスも何も言わなかった。
-◇-◇-◇-
リュカは隠さずに話をする事をフィリウスに望んだ。
フィリウスはそれに応えて、状況をきちんと伝えた。
「るーちぇあっとがせいじょのそうさくきげんをもうけりゅといってきた。ちかく、せいじょあやかはかみのもとにあるとしんたくがあるかもちれん」
「そんな…………」
「こんこりゅでぃあにてんいをちて、すがたをかくそう」
「フィル?」
「わたちは、りゅかをころさせはちない」
リュカはクシャリと顔を歪めた。
「フィルはマグナシルヴァの宰相様でしょう? 国に不利益な事は」
「さいしょうはやめられりゅ。だが、りゅかのこんやくしゃをやめるきはない」
それだけで十分だとリュカは思った。けれど、それでもフィリウスと一緒にいたいと思う自分もいる事をリュカは気づいていた。
「あの、俺がルーチェアットに行く事は可能でしょうか」
「! りゅか⁉」
「いえ、死にたいわけでないです。でもなんだろう。隠れてもきっと無駄な気がするし、彩夏ちゃんが本当に消えてしまったのか、何があったのか確かめたいんです。なんとなくだけど、夢の中で呼ばれているような気がするんです」
「……………………」
「俺も、彼女は無事だと信じていますし、死にたくもないですよ」
「……あたりまえら。いくならわたちもいこう」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。もしも何かがあって雷が落ちるならルーチェアットに落ちる」
「しょんなことはさせない!」
「はい。そう思っています。それに、もしもその場で殺されそうになったら、フィルが助けてくれるでしょう? ほら、あの日みたいに転移でどこかに連れて行ってください」
リュカはにっこりと笑った。
「…………そうか。そうらな。くにをこえらりぇるようなてんいができるようにちておかなければなりゃないな」
そう言ってギュッとしがみついてきた小さな身体をリュカはそっと抱きしめた。




