32 受胎の術
ふとした拍子に昨夜の事を思い出してリュカは朝から何度も頭を抱えていた。
昨夜、フィリウスが新月の夜に本来の姿に戻る事を知った。
三歳のまま時が止まっているフィリウスと同じように、本来の姿であるフィリウスもまた三十二歳で時が止まっているらしい。
僅かに三歳児の面影がある大人のフィリウスはとても男らしい顔つきと体格で、背丈も肩幅も自分とは比べる気にもなれなかった。
昨日の話はとても辛いものでもあったけれど、それでも彼が生きていてくれた良かったとリュカは改めて思った。
そして…………
「…………それにしても……反則だよねぇ」
この世界の人は背も高くてしっかりした体格の人が多いなと思っていた。でもあの事件の『彼』のようにほっそりとしたモデルか俳優というような美しい顔立ちの青年もいるし、フィリウスの両親もフィリウス程ガッシリした体格ではなかったけれど、とてもカッコよくて素敵な方達だった。
執事のウィクトゥルも、渋オジと呼ばれる感じだし、勉強を教えてくれるメリトゥムも長身で骨格はしっかりしている人懐こい感じのイケメンだし、魔法を教えてくれるエニグマだって細マッチョ系のイケメンだ。
(顔面偏差値っていうんだったっけ? そういうのが高い世界なんだよね……多分……)
だがそんな中でも昨日のフィリウスは群を抜いているというか、規格外だったと思うのだ。
初日に会った部下の人の心酔ぶりも納得出来るような気がした。
暗い中でもそれなりにかっこいいなぁと思ったけれど、抱っこされながら庭を進んで、途中でリュカがくしゃみをすると「せっかくの機会だからと思ったけど風邪を引いたら困るな」と言った途端、自分の部屋の中にいた。
何が起きたのか呆然とするリュカにフィリウスは悪戯が成功した子供のような顔をして、そっとリュカを下ろすと『ライト』の魔法で部屋を明るくしたのだ。
「—————!」
「転移だよ。さすがに三歳の姿だと魔力を意図的に抑えているから誰かと一緒にというのは難しいが、この姿なら問題ない。リュカが風魔法でベランダに上るのを見たい気もしたけど、誰かに見られるとお互いに困るからな。という事で、おやすみ、リュカ。今日話が出来て良かった。でも無茶はダメだよ? 身体が冷えているようならお風呂に入りなおしなさい。一応クリーンの魔法はかけておこう」
そう言って笑って抱き寄せて背中をポンポンとしながらの『クリーン』は完全に子供への対応だったけれど、リュカにとってはもうこの時点で色々がいっぱいいっぱいだった。
フィリウスはリュカが転移やクリーンの魔法に驚いたのだろうと思ったのだろうが、リュカにとってはそれだけではなかった。
星空の下の大人のフィリウス。
信じられないような呪いの話。
お姫様抱っこでの夜の庭の散歩(?)
突然の転移魔法。
明るい部屋でのフィリウスに抱き寄せられてからの背中ポンポン。
(無理だろう~~~! いやもうほんとに、俺はふつーの新人サラリーマンだったんだってばよ!)
思い出しただけでも顔が熱くなる。
ちょっと拗らせた感はあったけれど、それでもなんでも自分はごくごくありふれた日本人だったのだ。それが異世界巻き込まれ召喚で、使徒として国の宰相と結婚する事になって、相手は呪いを受けた三歳児で、大人の姿は超美形で…………
(あれだよ、あれ。小説に出てきた、なんだっけ……そう、スパダリだ!)
お陰で朝食の時は今まで通りの三歳児フィリウスだったのに、リュカは油の切れたロボットみたいになってしまって「リュカ、ちょーしがわりゅいのか」と心配をされてしまったのだ。
もっともリュカはリュカでフィリウスの昨日の姿と、心配をする三歳児の姿のギャップに眩暈がしそうになっていた。
「……今日がフィルの登城日で良かった」
そんな事を呟いているとコンコンコンとノックの音が聞こえた。
(あ、そうだった。今日は魔法の講義の日だった)
「どうぞ」
慌てて返事をするとエニグマが扉を開けて入ってきた。
「失礼いたします。リュカ様、本日もよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げてそう言った途端、リュカはエニグマがいつもとは違う事に気づいた。
どこが言われるとよく分からないのだけれど、しいて言えばそわそわしているというか、嬉しそうというか…………
「エ、エニグマ……なにかあった?」
「は⁉ え……い、いえ……え、なん、なん」
どう見ても挙動不審すぎる。
エニグマはひとしきり、「いえ」とか「べつに」とか「なんで」とか「どうして」とかそんな言葉を繰り返した彼はやがて「はぁぁぁ」と大きな溜息をついて、口を開いた。
「リュカ様は何か特別な力がおありなのですね」
「…………え、俺は別になにも」
「いえ、何かあったのかと聞いたのはリュカ様とフィリウス様だけです」
「………………そう、なんだ?」
首をかしげながら答えると、エニグマはもう一度溜息をついて口を開いた。
「実は昨晩、子供が生まれまして……」
「そう子供が……え! 子供⁉ エニグマって結婚していたの? いやそうじゃなくて、昨夜子供を産んだのにここにいていいの⁉ 身体は大丈夫なの⁉」
「…………リュカ様、子供を産んだのは私の伴侶です」
「はん……ああ……伴侶……」
同性同士でも子供を授かる事が出来る世界だというのは分かっていたけれど、実際に子供が生まれてという話は初めてだったので、リュカは思わずドギマギしてしまった。
「それで、その、赤ちゃんは」
「お陰様で元気な男の子です」
「ああ、そうなんだ。えっとおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「……で、でもそれなら伴侶……奥さんと子供と一緒にいてあげた方がいいのでは?」
「ですが、私がいても何が出来るわけでもないので」
まぁ、確かにそれはそうだろうとリュカは素直にそう思った。
(それでもやっぱり奥さんだって旦那様が傍にいてくれたら心強いんじゃないのかな。本人もなんだか気もそぞろな感じだし……)
そう思いつつ、リュカは以前から気になっていた事を尋ねてみるいい機会ではないかと考えた。いきなり聞けるような話題ではないし、今ならばそれを口にしても自然なのではないか。
「…………あの、あのさ、エニグマ。この世界って男性同士で子供が出来るでしょう? その子供を産む人はそういう……ええっと……そういう身体の人なのかな」
「……は?」
「えっと、だから、その、産める身体の人とそうでない身体の人がいるのかな。俺の世界では……その、男性は子供が産めなかったから」
なんとか言い切った! そんなリュカにエニグマはどこか呆然とした表情を浮かべて静かに口を開いた。
「あの……最初から子を産める身体の者は女性……聖女様だけだと思います」
「え……」
今度はリュカが言葉を失う番だった。
「ええっと……子を生す為には、婚姻を結んだ者同士で子を産む方を相談して決めてから、神殿に行きます」
「神殿……」
「男性は元々子を生す事は出来ません。けれど神殿で受胎の術を受ければ子を成す事は出来ます。だってそうしなかったら国が成り立たなくなるじゃないですか」
「受胎の術……?」
「リュカ様の世界は違うのですか?この世界ではみなそうして子を生します。女性というか聖女様が子を産むのはほぼ王家のみです。聖女様の数が少ないので、多くは受胎の術を受けて子をもうけます」
「……………………」
リュカは何も言えなくなっていた。まさか神殿で術をかけて子供を作れる身体にするなんて思ってもみなかったのだ。
顔を引きつらせたままのリュカにエニグマは少しだけ困ったような顔をして言葉を繋げた。
「受胎の術は魔法陣で子が生せる身体に作り変えるというか、そういう器官を授けられるというか。でも別に酷い事をされたりはしないですよ。夫婦で誓いを立てて、子を生す身体にしていただくのです。痛みもないと聞いています。普通の婚姻はどちらも男性体ですので、よく話し合いどちらが子を産むのかを決めます。時々そちらが母となるのか!という場合もありますが」
まるで笑い話のようにそう言うエニグマに、リュカはとても笑う事は出来なかった。蒼くなっているその顔を見てエニグマは慌てて口を閉じた。
驚きの事実にショックを隠せないリュカwww