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25 僥倖

 少し冷めてしまった紅茶にリュカはそっと口を付けた。以前好きだと言った紅茶だと思うのに、なぜか少し渋みを感じてそっとソーサーに戻してからゆっくりと声を出す。


「…………彼は、フィルの事を愛していたのですね」


 言葉にすると飲んだばかりの紅茶の渋みが口の中に広がるような気がしたけれど、聞こえてきたウィクトルの声に意識を向けた。


『家が決めた婚約だった。私がまだ爵位を継ぐ前だ。彼はまだ初等科の学生で十二だった。そういった感情というよりは上の兄のように慕っていたのだろう。貴族の婚姻などそのようなものだ。婚約を破棄する時に、誰も傍に置く事はないと言ったのだ。婚約の解消は先程言ったようにデルフィーノ公爵家が望んだ。跡継ぎを望めそうもないコンコルディア家にこだわるより他家との繋がりをと思ったのだろう。私もそれでいいと思った』

「だけど、俺がフィルと婚約をした。だから彼は約束が違うと思って」


 すると再びフィリウスが口を開く。


「しょれとこれとはちがう!」

「フィル?」


 リュカが驚いたように名前を呼ぶとフィリウスは「しゅまん」と頭を一つ振ってペンを動かし始めた。それをウィクトルが読み上げていく。


『すでに婚約は解消されていた。彼にはすでに決められた婚約者がいる。貴族の家にいる限り家が決めた事に逆らう事は出来ない。私達にはお互いを縛るものはない。しかもリュカは使徒であり、公には国王の声がかりで婚姻を結ぶ事になった王太后の傍系だ。そのような者を私怨で殺そうとするなど、あってはならない事だ。いや、どのような立場の者であっても他人の婚約者に手をかけるなど許される事ではない』

「…………そう、ですね」


 どんな理由があったとしても、人を殺そうとする事は犯罪だ。

 リュカが住んでいた日本でも、この世界でもそれは同じ事なのだろう。それでもはっきりとは覚えていない筈なのに、あの青年の叫び声が聞こえるのだ。 

 リュカの名前しか呼ばなかったフィリウスに向けられた声が耳の奥に残る。


 —————フィリウス様! いやぁぁぁぁぁ!


「彼はどうなったのか、聞いてもよろしいのでしょうか」

『公爵家を出され、どこかに幽閉されると聞いた。勿論すでにまとまっていた婚約も解消された』

「…………そうですか」


 サワサワと風が吹く。

 ガゼボの周りには数日前に届けられた薄紫のライラックの花が咲いていて、ふわりと甘い香りが届いた。


「教えて下さってありがとうございます。フィルにも、ご両親にも、そして他の皆さんにもご心配をおかけしました。もう大丈夫です。これからもよろしくお願いします」

「りゅか」

「はい」

「……ちゅらいときは、ないてもいいのら」

「え…………」

「りゅかのことをまもりぇなかったのは、わたちのせきにんでもありゅ」

「ちゃんと守っていただきましたよ。フィルが何度も名前を呼んでくれた声も聞こえていました。ただ……」

「ただ?」

「…………すみません。自分でもよく分からないんだけど、なんだか、もうしわけないような」

「もうちわけない……?」


 不思議そうな顔をするフィリウスにリュカは胸の中でそっと溜息を落とした。

 これは自分の悪い癖というか。面倒な性格のせいだ。呪いを受けて三歳児のままになってしまい婚約を解消したフィリウスは、あの青年に誰も傍に置かないと言っていたという。

 フィリウスは貴族の婚姻と言ったけれど、彼はフィリウスの事を愛していたのだろう。フィリウス自身はそれが家同士の事でしかなかったのかもしれないけれど、それでも彼が十二歳だった時から二年前までは婚約者として過ごしてきたのだ。

 そして婚約解消を嫌がる彼に、誰も傍に置かないと言った。

 だけど、リュカと婚姻を結ぶ事を決めて、婚約をした。

 リュカが異世界から来た使徒で、国王から過去の事例を出されてそうするように言われたから従った。

 国の為に行き場のないリュカを引き受けてくれたようなものだと思うと、こんな事件を起こして家を出されてしまった彼にも、そしてフィリウス自身にも申し訳ないような、それでいてガッカリするような気持ちになった。

 それはなんとなく『聡美』の名前の一部を付けられたと知った時の気持ちに似ていると思ってしまったのである。


「どうちてりゅかが、もうちわけにゃくおもうのら?」

「…………わからないけど、なんとなく……すみません」


 自分がここに来なければ、フィリウスは婚約などする事はなかっただろう。

 あの青年だって他家に嫁ぐ事は決まってしまっていたけれど、こんな風に罪を犯す事もなかった。

 もちろん、リュカ自身だって召喚に巻き込まれなければ、あのまま限りなくブラックに近い会社で働いていたに違いない。そうしていつか、誰かを好きになったりもしたのだろうか…………。

 なんとなく悲しいような、淋しいような、苦しい気持ちになって、どうしたらいいのか分からなくなってしまったリュカの隣に、向かい側の椅子に座っていたフィリウスがいつの間にか来ていた。


「りゅか。こんかいのことは、りゅかはあくまでもひがいしゃら。そしてちゅみはちゅみら。さばかれりゅべきものら」

「はい」

「わたちは、りゅかがこうちてここにいてくりぇて、うれちいとおもっていりゅ」

「フィル?」

「こうちてちゃんといきをちて、なまえをよんでくりぇて、うれちい」

「…………はい」

「りゅかにとっては、このせかいにひきよせらりぇて、かなちくて、めいわくだとおもったかもちれないけれど、わたちにとってはりゅかがきてくりぇたのは、ぎょうこうらった」


 その言葉にリュカは俯いていた顔を上げて、フィリウスを見た。

 彼はあの藍色の瞳で真っ直ぐにリュカを見ていた。


「みちらぬしぇかいで、はじめてあうこどものようなわたちと、いっしょにいてくりぇてありがとう」

「…………」

「あなたが、このしぇかいをしろうとちてくりぇたこと、なにかをちたいとおもってくりぇたこと、てがみをかいてくりぇたこと、いっちょにはなをみてくりぇたこと、しょのどれもがうれちかった。だから…………しょんな、さびししょうなかおをしゅるな。かならじゅ、まもりゅとちかおう。だからこりぇからも、いっしょにいてほちい」

「…………っ……」


 リュカの目から涙が溢れ出して、フィリウスはものすごく慌ててハンカチを取り出しながら「しょんなにちゅらかったのか!」と座ったままのリュカにしがみついてきた。

 その温もりが嬉しくてリュカは「嬉しくても涙が出るのですよ」と笑った。

 先程までのガッカリした気持ちも、申し訳ないという気持ちも消えていて、フィリウスが僥倖だと言うのであれば、リュカ自身も彼に出会えて事は僥倖だと思えた。

 それでいいのだと思った。


はじめ考えていたシーンとは少し違ってしまったのですが

私らしい回になったのではないかと自画自賛www


今回の事件はこれでおしまいかな。ラウラ君はごめんよ。

でも何か起きないと話が進まないのだよ。。。。。。。。。


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。゜(゜´Д`゜)゜。リュカくんいい子だよぅ〜 フィルさまはきちんと気持ちを伝えてくれてリュカくんに寄り添ってくれて素敵です♡しがみつくになっちゃうとこ可愛い さらに甘々になってくれるのを期待してま…
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