26 そうだ魔法を習おう
結局あの事件の話し合いをした後に残ったのは『これからもよろしくね』だった。
ざっくり言ってそれだったと思う。
とにかく怖かったり、落ち込んだり、申し訳ないと思ったり、色々と感じる事はあったのだが、ぶっちゃけてしまえば嬉しかったのだ。
婚約した相手にこれからも一緒にいてほしいと言われて、落ち込む人間はあまりいないだろう。
正直、フィリウスに婚約者がいた事はショックだった。でも考えてみれば当たり前の事だ。
彼は本来であれば三十二歳で、公爵家の当主だ。婚約者どころか結婚していてもおかしくない。
けれど五年前に呪いを受けて、三歳児の姿になり、その後まったく姿が変わらなかったからこそ、婚約は流れた。
もっともそれをあの青年は認められず、今回のような事が起きてしまった。
悲しいけれど、それでも人として越えてはならないラインを越えてしまった彼に何かを思う事はない。殺されそうになった事を恨むつもりもないのは、フィリウスがどこぞのスーパーヒーローのように助けにきてくれた事が大きい。
そして起きてしまった事を謝罪して、その背景も話してくれて、途中で感じたガッカリも、申し訳なさもとにかく何もかもが吹き飛んだ。
「必ず守る」と言われて、「一緒にいてほしい」と言われたら、なんかもうヤバいだろうと思ってしまったのである。彼が三歳児の姿で良かった。そうでなかったら完全にヤバかった。
何がヤバいのかはよく分からないけれど、ヤバかったと思った。
「…………ううう……思考が、おかしい」
少しだけ熱くなった頬を押さえて、リュカはふぅと息を吐いた。
話し合いの翌日、リュカはフィリウスに「魔法が使えるのか知りたい。使えそうなら勉強したい」と申し出た。
リュカの元いた世界には魔法はない。だから彼が使った魔法がどんなものなのか、どうやったらそれを防ぐ事が出来るのかも分からなかった。
分からない事は文字やマナーのように知っていけばいいのだ。
元々魔法のない世界からきたのだ。使えるかどうかはあまり期待はしていない。
でも何も分からないのと理屈だけでも分かっているのとではやはり違うのではないか。使えないなら使えないなりに、何か出来る事だってあるのではないか。
そう言うとフィリウスは少しだけ考えるようにして「わかった」と答えてくれた。
そして魔法を教えてくれる人も決まった。フィリウスの護衛の一人だそうだ。護衛が減ってしまったら困ると思ったけれど、メリトゥムのように空いた時間に教えに来てくれる形になり、本人に確かめたら「やってみたい」と言ったというのでお願いをした。
-◇-◇-◇-
「本日より魔法についてお話をさせていただきます、エニグマと申します。よろしくお願いいたします」
年は三十代半ばくらいだろうか。背中の中ほどまである濃茶色の髪を一つに束ねていて、長身で骨格はしっかりしているけれど、筋肉モリモリのマッチョな感じではない。瞳は落ち着いた鳶色だ。
「リュカ様のいらした世界には魔法がなかったとの事ですので、まずは魔力の事からお話して実際に使えるのかを調べていきましょう」
「はい。よろしくお願いします」
頭を下げるとエニグマは目尻を下げて小さく笑った。
彼の話はまず魔法の成り立ちからはじまった。
この世界には魔素という魔力の素となるものがある。
魔素はどこにでも存在していて、それを魔力として使う事によって魔法が発動する。
要約するとそんな風に思えた。となると最初にすべきことは魔素を感じる事になる。
「難しく考えなくても大丈夫です。魔素はこの大気中にも、動物や植物たちの中にも、もちろん私達の中にもあるものです。この世界では当たり前のように存在するものなので、頭で考えずにそういうものと思ってください」
「はい……」
ようするに空気と同じく、存在していると思えばいいらしい。
「ですが、あるだけでは魔力にはなりません。そこで魔法を使う力になるものに変換をしていきます」
「…………はい」
「自分の中に集めて、練り上げて、出す。簡単に言うとそんな感じです。練る時と出す時にどんな事をしたいのかを想像する事が大切です」
「………………想像」
どうもこの辺りからあやしくなってきたとリュカは思った。どんなものなのか分からないのに想像する事が想像出来ない。
「ああ、分かりづらいかな。すみません。とりあえずリュカ様の魔法属性を調べてみましょう」
「魔法属性?」
「はい。魔法の成り立ちは今申し上げた通りなのですが、どんな事でも出来るわけではなく、それぞれに使える魔法の属性というものがあるのです。稀に属性が増えていく場合もありますが、初めからある基本的な属性は魔法を使いやすいと言われています」
そう言ってエニグマは大きな水晶をリュカの前に置いた。
「……これは?」
「魔法の属性を調べるものです。自分の中にある魔力量も測れます。もっとも魔力量は魔素を集めて取り込めば増えますが、それを溜められる場所の大きさ以上は取り込めません。でも訓練をすればそれも増やす事が出来ますからね」
「はい…………」
「とりあえずやってみましょう!」
そう言ってニッコリ笑ったエニグマに、リュカはこれぞ異世界のお約束というような水晶にそっと手を当てた。
こういうシチュエーションは小説の中にもあった。いわゆる異世界モノのお約束だ。
魔素、魔力、魔法……自分は一体何が出来るんだろうか。
そう思っていると、水晶がキラキラと輝く。
「ひ、光った……!」
「大丈夫ですよ。ああ、ほら、落ち着いてきます。こちらに結果が写し取られます」
その言葉の通りに、水晶の横に置かれていた紙の上にブワッと文字が浮かび上がって、リュカは思わず目をパチパチとさせてしまった。




