おっさん、構ってほしい。
「……」
トバコを吹かしながら遠くを眺めているヴィルランド=ナイトレイヴンは、まるで老人のような老け込んだ雰囲気を発しており、手に持ったトバコの灰が地面へと落ちていく。
「一体いつまでそうしているんですか? もう3日はご飯食べていませんよね」
修道女のミリア=アリスロンドが現れ、呆れたような声色で言うと、ヴィルが座っている荷台に同じように腰を下ろした。
「もう放っておいてくれ。アルたちに見捨てられたおっさんに、一体どんな価値があるんだ」
「いえ、御子様たちに見捨てられようが見捨てられてなかろうが、おっさんの価値は低いですよ。それに放っておいてくれと言われても、あたし御子様にあなたのことを頼まれてしまいましたし」
ミリアの言葉に、ヴィルは瞳を潤わせる。
「う、う、マシロ〜、おっさんはもう駄目だ、お前たちの成長も見届けられないまま、ここで朽ち果てていくんだぁ」
「別の場所で果ててくれませんか?」
「修道女が冷たい。マシロ〜教会は腐敗を始めたぞ」
「ああもう、鬱陶しいですね」
ミリアに首根っこを掴まれ、引きずられるままのヴィルは彼女を半目で睨むのだが、実は構ってほしいだけで、無抵抗で進む。
「なぁミリア〜、極上の酒を用意してくれんだろ〜」
「は? ああそういえばそんなことを言いましたが――ええ、わかりました」
するとミリアが正面に立つと、ヴィルの頬を掴み、真顔で口を開く。
「頑張れ頑張れ〜、はい頑張ってください。頑張れ頑張れ〜」
「……え、なに?」
「エールです」
「おじさんな、それが極上だと思っているお前さんにびっくりしてんだが。真顔で頑張れ頑張れ言われ続けるのって、普通に恐怖体験なんだな」
「あなたがあたしのことを綺麗だと言ったじゃないですか。綺麗な人に応援されるのは男冥利に尽きるのは?」
「ああうん、そうね。ミリアは美人だし、本気で応援されたのならそりゃあもう滾るもんがあるな」
ヴィルは苦笑いを浮かべると立ち上がり、ぽんぽんっと彼女の頭を撫でた後、大きく伸びをする。
「まあ、腐っててもしょうがねぇか。とにかくあいつらに謝んねぇとな」
「それはいいんですけれど、あなた理由がわかっていませんよね?」
「ああ、なんであんなにキレたんだ? アルはストーカーしたからじゃないって言っていたが……」
「それは自分で考えてください」
「む、まあそうか」
しかしヴィルはどうしてもその理由に心当たりがなく、自分で理由を探し当てる確証もないために、ジッとミリアを見つめる。
「……まあ御子様にも頼まれましたし、多少は手を貸してあげますよ」
「うしっ、ミリアあんがとな」
「いいえ。良いお酒で手を打ちましょう」
普段通り、相変わらず不機嫌そうな表情での言葉だったが、気さくな雰囲気での提案であることをヴィルは理解しており、彼女の隣で歩を合わせるとそのまま互いの裏拳を軽く打ち合った。
「さって、そんじゃあまずは――お?」
勇者パーティーのことを調べることから始めようとしたヴィルだったが、それは突然騒がしくなった村の空気によって中断された。
「おい誰かこっちに来てくれ! それと傷を治せる奴はいないか!」
「あ〜?」
「何やら起きたみたいですね。とりあえず隠れますか?」
「おい修道女、お前さんらが活躍しなければなんねぇ場面だぞ」
ミリアが心底面倒臭そうな顔をしたために、ヴィルは彼女を脇に抱え、声のする方へと脚を進める。
「おい、なんかあったのか?」
「今酔っぱらいに構ってる暇はないんだ、悪いなヴィルさん」
「え? よっぱ――俺が?」
「日中ずっとあたしと飲んでいるんですからそう思われてもしょうがないですよ」
ヴィルは頭を抱えると、先ほど運び込まれただろう傷だらけの冒険者に目を落とす。
「なるほど、こいつは確か、この間冒険者になったひよっこだったな。しゃあねぇ、傷くらい治してやるか」
ヴィルはそう言うと、どこからともなく水筒を取り出し、その中身を傷ついた冒険者にかける。
「それは?」
「お前さんのロザリオを直しただろう? あれと同じで、個のギフトに干渉する術だ。こういう怪我っていうのは治すのは簡単だが、ただ治すだけじゃ色々と後々面倒が起きるからな。とりあえず応急手当としてこの坊やの信仰を使わせてもらったってわけだ」
ヴィルは傷ついた冒険者を抱き上げるのだが、すでに傷は治り始めており、彼も呼吸を落ち着かせはじめた。
「まっ、こんなもんだろう。そんじゃあ邪魔のなったらいけねぇし、坊やを置いたら俺たちは行くか――」
しかし、傷を治す場面を見ていた人々が一斉に飛び込んで来たことでヴィルは驚いて後退る。
「ヴィ、ヴィルさん! あんたもしや名のある冒険者なのかい? それなら今緊急で依頼を受けてくれないか! 時間がないんだ!」
「は〜?」
村の人々から向けられる焦った雰囲気にヴィルは頭をかくと、隣にいるミリアと顔を見合わせるのだった。