おっさん、雛を救う。
「えっと、つまりなんだ? 本来なら引っ込んでいるはずの上級魔物がひよっこたちの狩場に現れたと」
村の国営ギルドに場所を移したヴィルとミリアは村人とギルド員に話を聞いたのだが、村は森に囲まれており、この村で冒険者になった者はその森でまず経験を積む。
しかしそれは森の浅い場所であり、奥の方に行くと大きな街を活動拠点にしているような中堅の冒険者が出張る程度には強い魔物たちがいる。
普段その魔物たちが村に近づくことはないのだが、どういうわけか経験の浅い冒険者たちが活動する場所まで強い魔物が出てきたとのことであった。
「え〜っと、あの坊やがやられたのは、でかかわくま〜だったか?」
「ジャイアントベアーです、あたしでもサシだとキツいです。というかあなたの耳って常に何か詰まっているんですか?」
「夢と希望がたっぷりとな」
「ああ、夢想家は話を聞きませんからね」
ミリアと軽口を叩き合うのだが、村人たちが訝しんでおり、緊急事態であることが彼らの雰囲気からもうかがえた。
「まあそんな怖い顔をしなさんな。俺は結構この村が気に入ってんだ、ミリアもいるしな。だからしっかりひよっこたちは助けるよ。それにもう手は打ってある」
「さっき何か飛ばしていましたね」
「シャドウレイブンっつうギフトだ。影から影を移動する斥候特化の術でな、坊やの仲間がどこにいんのか探ってるんだよ――っと、見つけた。行くぞミリア」
「あたしも行くんですか? あなた一人で十分ですよね?」
「寂しいだろうが。それにお前さんにはちとやってもらいたいことがあるからな」
「嫌な予感がするんですが」
ヴィルはニッと笑みを彼女に向け、セフィロトでミリアのステータスを確認する。
「それだけできりゃあ十分だ。っと忘れてた。『その信仰を打つ鍛冶屋』」
発動させたギフトで16本セットになっているナイフをこしらえたヴィルはそれをミリアに手渡す。
「……か弱い修道女に何をさせようとしてるんですか。それでこれは?」
「『界を駆る十六回の災厄』ネームド武器だぞ。大事に使うように」
「もうツッコみませんからね」
呆れるミリアをヴィルは横抱きで抱き上げるとそのままギルドを出る。
「走っていくんですか?」
「上からだと視界が悪いからな。ちゃんと捕まってろ」
首に回された腕に力が込められたことを確認したヴィルは森に向かって駆け出す。その際、脚に別の術を掛け速度を上げていく。
「本当、いくつのギフトを扱えるんですか?」
「だから〜、俺は1個しか使ってねぇって」
「1個に見えないから聞いているんですよ」
「そりゃあお前さんの力不足だ。ところでミリア、俺をパーティーに加えるとして、役割は何にする?」
「は? え〜っと普通に前衛職では」
「お前もまだまだだなぁ」
「じゃあ一体なんなんですか――」
「っとお喋りは後だ、見えてきたぞ」
ヴィルが顎で指した先には、幼い冒険者たちが集まって身を寄せ合っていた。
しかし彼らと彼女ら、計四人の眼前には大きな動物の魔物、毛むくじゃらの肉体に、二足で大地を踏みしめ、手からは鋭い爪を持った魔物がいた。
「あれがでかかわくま〜か。うしっミリア任せた」
「はいはい、そんなこったろうと思いましたよ」
ヴィルの腕から飛び出したミリアが冒険者とジャイアントベアーの間に、躍り出た。
「まだまだ雛の冒険者たち、死にたくないのならゆっくり下がりなさい」
「ふぇっ、シスターさん?」
ヴィルが渡したナイフを腰のホルダーに収納しているミリアなのだが、ナイフを一本とそれとは別に短剣を取り出して二本の刃を構えた。
「このナイフ、持った瞬間に使い方がわかるのは便利ですが、最早ギフトではないですか?」
「お前さんのギフトとは違う信仰の形だ。まあミリアの生きてきた軌跡の集大成ってところだ」
「随分と皮肉が効いていることで」
言うよりも先にミリアがジャイアントベアーの頬目掛けてナイフを投げた。
しかしそのナイフは熊の頬を掠るだけで終わった。
「わ、わ、シスターさん逃げて――」
幼い冒険者が心配げな瞳で声を上げたのだが、次の瞬間、ミリアの姿が忽然と消え、突然ナイフがあった場所に転移した。
「よっと」
熊の頬まで転移したミリアが熊の首筋に短剣をはしらせた。
魔物が痛みからか苦悶の咆哮を上げ小さく暴れると、彼女を敵だと認識したのか、その毛むくじゃらの剛腕がミリアに襲いかかる。
「遅い」
だが、魔物の手が彼女に届く寸前、ミリアがジャイアントベアーに手をかざした。
「あたしに釘付けになりなさい『月の銀光に垂れる頭』」
ミリアのギフトは、ほんの一瞬魔物の意識を逸らした。
リュヌラアリアンロット、時にすればほんの一瞬でしかないが、その束の間に他への強制力を得る。
月とは信仰されるものであり、誰も彼もが見上げて焦がれる存在。
故にミリアの持つリュヌラアリアンロットとは、信仰されるもの、敬われるものなどという通り名の通り、彼女に従わなければならなくなるというものである
魔物が刹那の時、彼女に意識を向けてしまったことで発生した隙、その無防備な魔物をミリアが逃すわけもなく、熊の目玉に短剣を入れた。
熊の断末魔が森に響き渡る。
「これで閉幕です。さようなら――」
痛みに怯んだ魔物の首にミリアが短剣をはしらせ、その首を落としたことで熊が絶命した。
「ふむ、この武器便利ですね」
「だろ。気に入ってもらえたようで何よりだよ。ただその武器は1日16本だけしか使えねぇからな。月が登ったときに本数がリセットされるっつうのは覚えておいてくれや」
「ええ。で、あなたは何をしているんですか?」
ミリアが戦っていた裏で、ヴィルは足元に紋章を描いており、その中心で仁王立ちしている。
「ん、まあ見てなって」
傍に寄ってきたミリアの頭を撫でた後、ヴィルは大きく息を吸う。
「行くぜ、魔物がまたこっちに来ても困るからな――『真龍一献』」
空気ととも吐き出されたそれは最早龍の吐き出す息吹のそれで、咆哮のような大音量の叫び声は空気を揺らし、大地を震わせ、世界すら震かんするいっ時の重圧。
続々と集結しつつあった強力な魔物たちが蜘蛛の子散らすように奥へと引っ込み始めたのがわかる。
「最初から使ってくれませんか?」
「準備がいんだよ。それにしてもミリア、お前さん大分やるじゃないか。ギフトの使い方も見事だし、修道女にしておくのがもったいないくらいだ」
「嫌ですよ。あたしはこの生活が気に入っているんです」
「なら今後も昼間っから俺と飲むしかねぇな」
ウインクをしてヴィルはそう言うのだが、ミリアが呆れており「連れないな」と、豪快に笑う。
「さて、そんじゃあひよっこたちを連れて帰るか」
「そうですね、なんだか困惑しているみたいですし、さっさと戻ってこの子たちに奢ってもらいましょう」
「だそうだひよっこども、ミリアも俺も大分飲むから覚悟しておけよ」
呆けた表情の冒険者たちをゆるい空気で迎え入れ、ヴィルとミリアは帰路へと着くのだった。




