雛鳥、最強の一端を知る。
「ほれスピカ、ご飯出来たぞ。今日はお前さんの好物、ハンバーグにオムライス、エビフライとプリンだぞ」
「……」
ヴィルとミリアに師匠になってもらってからひと月ほど経ち、スピカはこのひと月の間、教わったことを復習しようと考えていたところ、それなら。と、ミリアが出す依頼を受け、二人と森の奥の方に訪れたのだが、師の片割れに、どうしても言いたいことがあり、出来るだけ穏やかな心で、件のおっさんと接している。
「旗もつけてやるからな」
「ピヨ子、そろそろ我慢の限界でしょう? 良いんですよぶちまけても」
ミリアの助言に静かに頷くスピカは、とんでもなく似合っているエプロン姿の35歳に目を向ける。
「ん、どうしたスピカ? もしかして足りなかったか。まあ成長期だもんな、もっと食って大きくなりなさい」
器にこんもりと盛られた米を受け取ったスピカは大きく息を吐くとヴィルを指差す。
「お前何も僕に教えてねぇですよね?」
「んまっ、お前だなんて口の悪い子に育ちゃって」
よよよ。と泣き真似をするヴィルランドの頭を、スピカはスコーンと小気味の良い音を鳴らしてはたく。
「それとなに僕が受けた依頼、速攻で片付けてくれちゃってるです?」
「怪我したら大変だろうが」
スピカはフッと鼻を鳴らすとヴィルを立ち上がらせ、少し距離を取る。
そしてどこか誇らしげなおっさん目掛けて、ショルダータックルをかますと倒れた彼の頭を軽く何度も蹴る。
「師匠と弟子って言葉を図書館行って調べやがれです。一体僕に何を教えるつもりですか」
「ばっかおめぇ、こうやって毎日飯を作ってるし、掃除炊事のやり方を――」
「誰が花嫁修業をしたいって言ったですか。そっちの似非修道女のほうがまだまともに師匠してるですよ。最近お菓子を買いに行く頻度が増えましたけれど、ちゃんと戦闘技術は教えてくれますし」
「誰が似非ですか誰が。立派に迷えるラム肉を導いているじゃないですか」
「鉄板に案内するつもりです? それと僕は鶏肉のようなので、その導かれている存在は、イマジナリー子羊ですよ」
「段々可愛げがなくなってきましたねこのピヨ子」
「そうか? 可愛いもんだろう、撫でると喜ぶし」
なんとなくだが、彼がパーティーを追放された理由を理解したスピカは盛大にため息をつく。
「このおっさん、ずっとこの調子だったですか?」
「ええそうですよ。つい最近絶縁宣言までされていましたし。それとピヨ子、気を付けないとあなたにまでママの加護が顕れますよ」
「なんですそれ?」
その加護とやらの詳細をミリアから聞いていると、トバコに火をつけたヴィルが首を横に振った。
「それはありえねぇから心配すんな。そもそもあのスキルは神に準ずる存在がさらに大きな信仰を持った相手に長い期間甘え続けることで覚えるスキルだ。どう見繕ってもスピカじゃ信仰が足りない。それにスピカのギフトは軍神寄りの神から与えられたもんだからそういうスキルとは相性が悪いんだよ」
「ちょくちょく一般人が知らないギフトのことを話しますね。軍神寄りの神から与えられたとはどういう意味ですか?」
「あ? ギフトっつうのは何も一人の神が人類に与えたもんじゃねぇんだよ。例えばミリア、お前さんのギフトは月神から与えられたものだから、月にお供えや月を布教することで、ギフトの性能が変わる。本当はギフトをくれた神の名を知ることが出来ればいいんだが、お前らじゃまだ無理だしな」
スピカはミリアと顔を見合わせて首を傾げるのだが、思案顔を浮かべたヴィルが立ち上がり、スピカの頭に手を触れた。
「『気高き焔の金色意志』ね、まだ発展途中のギフトだが、良いもん与えられたじゃねぇか」
「……僕のギフト見たことありましたっけ?」
「ねぇよ。しっかしおめぇ生まれとギフトが合致しねぇな。いや、だからこそお前がやるのか」
どこか考え込み、勝手に完結したヴィルにスピカは多少腹を立てたが、ミリアに宥められ抑える。
「そろそろピヨ子に修行をつけてやったらどうです?」
「修行ったってお前、俺はそんなことしたことねぇから、今してることが修行で良いかなって感じなんだが」
「もっとためになることをしてください。そうですね、現状ギフトというのはもらったらもらったままですが、あなたの言い様だと強く出来るんですよね」
「まあな。ギフトは信仰の影響をもろに受ける。だが、普通の信仰と違って、必要なのはギフトをくれた神の信仰だ。この間説明したように冒険者が得るそれは、個人に宛てたものではなく、全体に宛てたものだから、ギフトの成長には関係ねぇんだわ。ちとやってみっか?」
そう言ってヴィルが鋭い目をスピカの背後に向けた。
すると少し遅れてミリアも彼と同じ箇所を睨み、スピカは振り返る。そこには製錬された金属で出来た巨大な魔法生物がいた。
「ギルガンドゴーレム――」
ギルドでこの魔物の討伐依頼が出ていたら、伝説の勇者パーティーに依頼を出すか、上級冒険者20人ほどをかき集めるかの強敵で、スピカは咄嗟に戦闘姿勢をとるのだが、足は震え、死の恐怖が目前に迫っていることを自覚する。
「スピカ、絶対に動いてはいけませんよ……あたしたちは手を出せませんからね」
「わかってるよ。おいスピカ、一応言っておくが、これは俺が分析した結果、最も俺に適した形を出すだけだから、お前の最終じゃねぇってことは頭に入れておけ」
「な、なにを――」
その瞬間、スピカは目を疑う。
ヴィルの体から金色の炎が上がる。そしてその熱は揺らめいて次第に形作っていく。
「『真に紛れる偽りの世界樹の欠片』穿て、ファイナリティヴォルカント」
金色の炎は姿を変え、彼の、ヴィルランド=ナイトレイヴンの体ほどある大きな手甲と化した。
「てめぇ程度にはちと上物か? 消し飛べ――」
駆け出したヴィルランドがその手甲をギルガンドゴーレムに叩きつけた刹那、魔物の銀色の体が赤く発光した。
「スピカっ」
ミリアに名前を呼ばれ呆けていたスピカはハッとする。そして彼女に抱きあげられ、その場から距離を取った次の瞬間、ギルガンドゴーレムの内側から炎が湧き出て、天にまで伸びるような柱となった。
ヴィルが飛んできた火の粉でトバコに火をともすと、ニッと少年のような懐っこい表情を浮かべた。
「スピカ、お前さんのギフトは、成長次第でこんなことも出来るようになるぜ」
ミリアと一緒に、呆然とした表情を浮かべるスピカはすぐに頭を振ると、激しい剣幕で彼に近づく。
「いやっ! というかどうして僕のギフトを」
「どうしてっておめぇ、俺のギフトは世界に記録されたギフトを、読み解いて模倣するギフトだぞ。まあギフトっつうのは一人一つが原則だから、模倣したギフトは正確にはギフトじゃねぇんだけどな」
「は? え? いや、え?」
「……ギフトではないのなら、一体なんなんですか」
「ミリア、この間話しただろう。俺をパーティーに入れるなら役割はどこかって」
「え、ええ」
「ギフトっつうのは確かに信仰で出来てる。だが、そのギフトのほとんどはこの世界の物理法則であったり超常現象だったりだ。つまり世界に所属した力ってわけだ。それを一言で表せるのが、魔法使いだ。俺のギフトは、魔法を作り出すギフト、だからこそ信仰を核として俺が魔法で模倣しただけって話さ。な、ギフトじゃねぇだろ?」
あんぐりするスピカは、同じく驚愕しているミリアとともに、豪快に笑うヴィルを見つめるのだった。




