おっさん、雛を飼う。
「おいミリア、炭火にくべるか、釜飯になるかで悩んでるぞ。手を貸してやれよシスター」
「あいにく、あたしが導くのはジンギスカン一択です。他の動物は管轄外です」
「だそうだスピカ、迷える小鳥は撃ち落とされる定めらしい」
「ぴ〜よ〜こ〜じゃ〜な〜い〜で〜す〜」
昨夜、若い冒険者たちに酒を奢らせたヴィルは、翌日あいもかわらずミリアを連れて真っ昼間からめし処で酒を飲んでいたのだが、そこに昨日の冒険者で、2人に弟子入りしたいと申し込んだスピカ=ヨグコールが現れた。
スピカがスライムのようにプクプクと頬を膨らませていたために、ヴィルは彼女の頬を押し込み、そのまま頭を撫でる。
「あなたにはまだ、お酒は早いですよ」
「誰が酒飲みの極意を伝授しろと言いましたかっ」
一向に聞き入れてもらえないことに、スピカが視線を床に落とし、シュンとしたのが見えた。
「……僕が弱っちいからです? だから教えるまでもないってことです?」
「いえ、単純に面倒だからです」
「入り込む余地がねぇですっ」
「そもそも、あたしは見ての通り修道女です。こっちはおっさんです。あたしたちが一体冒険者に何を教えられますか」
「修道女さんはそんなラフな格好しないです、修道服をどこにやりやがりましたか」
「あっつ苦しいんですよあれ。それにこの間、あれの上でお菓子食べてたらお菓子をたくさんこぼしてしまって、カスまみれになってしまい着られないんですよ」
「修道女だって見てわからないじゃないですかヤダー」
「本当、ぴーちくぱーちくうるさいですね。そんなに強くなりたいのなら森の奥に置き去りにしてあげましょうか? 半分の確率でそこそこ強くなりますよ」
「もう半分は焼鳥じゃないですかぁ!」
ミリアにじゃれつくスピカにヴィルは苦笑いを向けた。そして彼女を持ち上げるとそのまま膝に置く。
「別に俺たちに弟子入りなんてしなくても真っ当に冒険を続けていれば、そこそこの実力はつくだろう?」
「それじゃあ駄目なんですよぅ」
「なんでだ?」
スピカがあからさまに視線をそらし、言い淀んだ。
「事情もわからず、はいそうですかとはなりませんよ」
「……あぅ」
凄むミリアをヴィルは宥めるとグラスを呷り、遠くを見る。
スピカの事情については何となく察することが出来る。しかし手を貸して良いのかは悩む。
それはヴィル自身、勇者パーティーとの一件が原因であるのだが、ここで自分が手を出して、アルフォースたちと同様に、この雛の冒険者を傷つけてしまうのではと危惧している。
「何を考えてますか?」
「ん〜……いや、あいつらと一緒だった時なら喜んで引き受けたんだがなって」
「ああ、なるほど」
「あいつら、です?」
「ん。俺がいたパーティーなんだが、おっさんそこを追い出されちまってな」
「強いのにです?」
「強すぎるんですよ」
スピカが首を傾げていると、ミリアがため息をついた。
「隠し事をしている相手をよく助けようと思えますね」
「隠れてねぇからな。ミリアみてぇに完全それを置いてきてるのなら別だが、スピカは置きに置けねぇもんがある。他の冒険者は信仰が空っぽだったが、そいつは違う。つまり産まれたときから信仰が得られた立場の人間だ。今は父方の旧姓を名乗っているが、本名を捨ててるわけじゃねぇから、俺のセフィロトで丸見えなんだよ」
「なんで偽名ってバレてるですっ」
「だから規格外に強いと言ったでしょう。このおっさん、ステータスを抵抗を無視して覗けますよ」
「個人情報の価値っ」
膝に乗っているスピカが体の向きを変え、ヴィルの胸をポカポカ叩いた。
「見えちまったもんはしょうがない。まあお前のことは黙っていてやるが、だからこそわかんねえんだよ。それをお前がやる必要があんのか?」
スピカが考え込むように俯いた。しかしすぐに顔を上げると、決意のこもった瞳を浮かべた。
「僕が守れるから、僕が守らなくちゃいけないですっ」
ヴィルは心底わからないというのを隠しもせずに思案顔を浮かべるのだが、ふとミリアが何かを思いついたように手を叩いた。
「ミリア?」
「ちょうどいい機会ですね。彼女たちはあなたに甘えっぱなしだったからそれを伝えることが出来なかったんだと思いますが、多分ピヨ子はそのタイプではありませんね」
「え、ピヨ子確定です?」
ミリアが腰の短剣を抜くとそれを器用にクルクル回し、どこか色っぽい表情を浮かべた。
「良いですよピヨ子、あたしはあなたに戦闘技術を叩き込んであげます。彼からはギフトについて学んでください」
「お、おいミリア――」
「いいんですぅ?」
瞳をキラキラさせたスピカがヴィルの言葉を遮った。
「ええ、ただし条件があります」
ミリアの条件という言葉に、スピカがつばを飲み込み、そして佇まいを正すとそれを聞き逃さないようにと真剣な面持ちでジッと目を覗いていた。
「あたしたちはあなたの師となりましょう。ですが、互いに平等に接するように」
「はい?」
「彼が白と言っても気に入らなかったら黒と言いなさい。晩ごはん何がいいと聞かれたら何でもいいと答え、部屋の掃除を勝手にしようものなら、入ってくるんじゃあない、このド腐れが。と返事をしましょう。あたしがお菓子を買ってこいと言ったらすぐに買ってきなさい。良いですね?」
「え、あはい――いや、お菓子のところは平等じゃないですよね?」
「あたしがお菓子を欲しているのです。いいですね?」
釈然としていない様子のスピカだったが、渋々と承諾した。
だが、ヴィルはそれを許しておらず、非難の目をミリアに向けるのだが、彼女が滅多に見せないような勝ち誇った顔をした。
「宣言しておきます。あなたはあたしに泣いて感謝しますよ。もしそうではなかったのならどんな願いでも叶えてあげますよ」
「……言ったな? もしそうならなかったのなら、嫁にしてやっからな」
「ええ、好きにしてください」
クスクスと悪戯っぽく笑うミリアに、ヴィルは不貞腐れてトバコを吹かす。
二人のやり取りにどこか照れたようなスピカを胸に抱きながら、ヴィルは突然出来た弟子にどう接すれば良いのかを考え始めた。
しかし上手く思いつくことが出来ず、頭を悩ませながら酒を喉に流し込むのだった。




