初めてのお墓参り⑤
バザロフとユザーナは、阿吽の呼吸で上着を脱ぐ。冬も近いというのに、寒さなど微塵も感じていないご様子だ。
そんな二人にティアはオロオロとしながらも、2本の剣をチラリと見る。
───……これを隠してしまえば。
男同士の決闘に水を差すのは無礼極まりないことはわかっている。
だが、危険だとわかっているのに、傍観できるほど、ティアの肝は座ってはいない。
そんなわけで気付かれないように、そぉーっとお尻の位置を伸ばして、剣が届く位置まで移動しようとする。けれど、
「ティア、諦めろ」
にゅっと太い腕が伸びてきて、それはティアの腰に絡みついた。
言わなくてもよいかもしれないが、腕の持ち主はグレンシス。
彼は身体を動かさず、しかも片手はティーカップを持ったまま、ティアを自身の方へと引き寄せた。
身体の半分が、ぴったりとグレンシスにくっついてしまう。
服越しに彼の温もりを感じてしまい、ティアはみるみるうちに頬が熱くなる。正直、父親の決闘よりも、こっちのほうに気を取られてしまう。
「グレンさま、あ……あの」
「しっ」
グレンシスはティーカップをソーサーに戻すと、オタオタとするティアに向け、片目を瞑りながら人差し指をぴんと立てて自分の口元に当てた。
そんな茶目っ気のある仕草まで様になる。控えめに言って、憎らしいほど素敵だった。
そんなふうにティアがグレンシスに見惚れている間に、バザロフとユザーナは剣を手にして東屋から離れた場所に移動する。
次いで鞘を抜き、剣を構える。二人は互いの呼吸を読み、同時に地を蹴ろうとした───が、
「あ、ちょっと待ってくれ」
急に真顔になって勝負を止めたバザロフは、すぐさま婚約者を持つ男の顔になった。
「これを外さなければならんな」
これ、とはマダムローズとお揃いの指輪のこと。まぁいわゆる婚約指輪というものである。
そしてバザロフは手袋を外しながら、これみよがしにユザーナに見せつける。
「傷など付けては、アレに叱られてしまうからな。なにせ、世界に二つと無いお揃いの指輪だからな。お揃いの」
「……ぬかせ。その指切り落として、2度と指輪をはめれなくしてやろうか?」
「はっ、やれるもんならやってみろ」
挑発を挑発で返したバザロフは、更にユザーナに向け煽る言葉を放つ。
「ああ、お前は四六時中首からぶら下げている指輪、取らなくて良いのか?」
「なっ」
ユザーナは顔色を無くした。どうやら当たりのようだ。
ちなみにこのしょうもない会話は、もちろん東屋にいるティアとグレンシスの元にも届いている。
ティアは『肌身離さず持ち歩いていたのは、結婚誓約書だけではなかったの?!』と、大変申し訳ないが……若干、引いてしまった。
けれど、頭上から『その気持ちわかるな』と真剣な声が降ってきて、ティアは見事に固まった。
……と、東屋の二人のことは置いといて。
胸の辺りをぎゅっと握りながら、わなわなと唇を震わすユザーナに対して、バザロフは豪快に吹き出した。
「ぶっ……あっははっははっ。当たったか。バカめ、勘だ」
これ以上ない程、小馬鹿にしたバザロフのニヤリ笑いに、ユザーナの中の何かが豪快にキレた。
「黙れ、黙れっ。黙らんか!!四の五の煩いわっ。肌身離さず身に付けていて何が悪い!?」
これまでじっと我慢を強いてきたユザーナだったけれど、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。人はこれを逆ギレとも言う。
そして手にしていた剣を構えると、まだ指輪を外している途中のバザロフに斬りかかった。
もちろんバザロフはそれを軽々と受け止める。
「おっと、相変わらず短気だな」
「ふざけるな。お前のクソが付くような、無駄話にここまで付きやってやれる私は世界で一番気が長いわっ」
「ははっ、そりゃあーどうも」
きんっという独特の金属音に混ざって、そんな会話が東屋まで届いてくる。
もはやティアは止めようとは思わなかった。ただ、この決闘が少しでも早く終わることをひたすら祈る。
あと、自分のお腹に回された手がどんどん上に移動して、遠慮なく頬や耳に触れているのもどうにかしてとも、一心に祈る。
その祈りが届いたのかどうかはわからないが、ここで燕尾服姿の男性がティアの前に現れた。
「こちらは冷えますので、どうぞ屋敷の中へ。お茶も用意しております」
そう言って、慇懃に礼を取ったのは、イーネ邸の執事チェフだった。綺麗な立ち姿ではあるが、片眼は真っ黒な眼帯をつけている。ガタイも良い。
音も無く現れたその男にティアは驚かない。ただ、グレンシスの悪戯な手はピタリと止まった。
それからグレンシスに似合わないほどのぎこちなさで、彼は立ち上がった。
「ご、ご無沙汰しております。チェフ副騎士団長殿」
「いやいや、もうその名は捨てましたよ。グレン君。……いや、グレンシス殿」
「失礼いたしました。ですが、まさかここでお会いするとは」
「奇遇ですね。私も、そう思います」
もうお気づきだろうが、和やかにグレンシスと会話するこのチェフは、かつて騎士団に所属していた人間であり、グレンシスの上官でもあった。
ちなみに騎士団に在籍していた当初、彼の二つ名は『隻眼の吟遊詩人』だった。
戦時中、鼻歌まじりに敵軍に飛び込み、そして鼻歌まじりに戻ってくる。そして、終戦後は鼻歌まじりに部下に鬼畜な訓練を命じることからそう呼ばれていた。
無論グレンシスも、その鼻歌を聞いた一人であった。
「ティア様、お二人のことは捨て置いて大丈夫でございます」
地獄と呼ぶしかない在りし日の訓練を思い出し、引きつった顔を浮かべるグレンシスの隣で未だに二人の父を心配そうに見ているティアに、チェフはそう言った。
そして、笑みを深くして、更にこんなことも付け加えた。
「ご安心下さい。お腹が空けば、お互い引くでしょう」
騎士団の位としては下であるが、年齢としてはバザロフよりチェフの方が僅かに上。そして何より、父親二人と死線を何度も潜り抜けてきた仲である。
そんな彼が紡ぐ言葉は妙に説得があるものだった。




