『ブライラ』への帰還
何とか『スマイル遺跡』を脱出する事が出来た俺達。
俺達がここから『ブライラ』に戻るのに、徒歩だと数日かかることは間違いないがそうしている間にも“お菓子の家の魔女”をはじめとする敵側は着実に準備を整えていくに違いない。
一刻も早く帰らなければならない、と焦るべきところかもしれないが、この問題に関して俺はさほど心配していなかった。
俺はアイテムボックスの中から、ある一つの道具を取り出す。
「へへっ……さっき遺跡内で拾ったアイテムの中に、まさかこれほどの代物があるなんて思いもしなかったぜ!」
俺が掴んでいるのは、かつてNPC達に占拠された『ヒヨコタウン』に襲撃しに行くときに使用した帰還用アイテムの上位互換ともいえる黄金に輝く硬貨:”特上エビメダル”だった。
”エビメダル”は使用者が最後に立ち寄った村や町といった拠点に、瞬時に帰還する事が出来る使い捨ての硬貨型アイテムであり、表側にはエビ、裏側にはモグラが描かれており、使用する際にはコイントスをすることで効果を発揮するようになっている。
この”特上エビメダル”も“エビメダル”同様にどちらが出ても失敗とかはなく、キチンと拠点に戻ることが出来るのだが、普通のエビメダルと違ってこのアイテムは、個人だけでなく、同じパーティのメンバー全員を帰還させられるうえに、表側のエビが出ると帰還した人数分に合わせた『特上海老天丼』がおまけで入手できる、というかなりお得な性能なのである!!
『ブライラ』は、ラプラプ王の指示のもとプレイヤー達が築き上げた集落のため、正式な拠点として認識されるのか心配だったが、”特上エビメダル”に意識の焦点を合わせると、
・俺がこのアイテムを使用した場合に帰還する場所は『ブライラ』である
という旨のメッセージが表示される親切設定だったため、バッチリ問題なしと言える。
このコインの効果を知らないため、怪訝な表情をしている犬神 秋人に対してこれらのことを説明してから俺が投げても良いのか訊ねると、
「どのみち、そいつを使えば『ブライラ』に戻れる事は間違いないんだろ?だったら、好きにしたら良いだろ」
という返答だったため、これで心置きなくコイントスが出来ると判断した。
オボロもヒサヒデも俺が使用する事に異論はないらしいのだが、そのくせ二人とも
「せっかく使うんだから、絶……ッ対に表を出さなきゃ許さないんだからね!!」
「ピ、ピ、ピ~~~ッス!!」
などと、無茶な要求を平然と口にする。
「だったら、お前等が自分で投げろよ!」という気がしないでもなかったが、これで本当に表を出せたらこういったイジられキャラを脱して、「ウェーイ!www」とか言いながら、両手でガッツポーズしながら出来る男アピールに満ちた陽キャになれる気がしたので、俺は「よっしゃ、見てろよ見てろよ~……」と口にしながら、勝負に出る事にした。
これは裏返せば、メダルの裏を出してしまった場合「まぁ、リューキだからこんなもんか」と思われてしまうリスクが当然あるが――それでも、俺はこれまでの死闘の数々を脳裏に思い描きながら、この一投に全てを賭けるッ!!
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
裂帛の気合いを込めて、俺は叫びとともにメダルを指で宙へと弾く。
「リューキ、うっさい!」
「無駄に叫ぶんじゃねぇよ……」
「ピ、ピ、ピ~~~ス……」
といった声が聞こえるが、今の俺はメダルにのみ意識を集中させる。
そうして、取り損ねたメダルが地面に落ちるのとほぼ同時に、俺達全員の『ブライラ』への転移が始まる――!!
周囲の景色が歪み始めてから、数秒後。
俺達の前に見慣れた光景と建物、そして、見知った顔ぶれのプレイヤー達が視界に入ってくる。
それと同時に俺達の眼前に海老の尻尾がはみ出るほどの特上天丼が入っていると思われる器が出現し、今度は無事にキャッチする事に成功した俺。
……無事に帰還出来ただけでなく、“特上エビメダル”によるコイントスも成功させたあたり、間違いなく今の俺は完璧と言えるだろう。
まさに、ラプラプ王からの“マクタン男児の心意気”を継承したともいえる俺を称えるかのように、俺達の姿を見て驚いていた表情のプレイヤー達が無事を祝う言葉とともにこちらへと駆け寄ってくる。
「いきなり出現するから、ビックリしたぞリューキッ!!帰還用のアイテムか何かを使ったのか?……何があったのかは分からないが、お前達だけでも無事に戻ってきたようで本当に良かったぜ……!!」
「お、俺!とりあえず、ヘンゼルさん達を呼んでくる!!」
「もうお前等ズタボロじゃねぇか!そんなとこに突っ立ってないで早く休め、休め!」
『ブライラ』特有のむさ苦しくも、確かな気遣いを感じさせるプレイヤー達の言葉にジーンとさせられるが、それとともにラプラプ王が敵側に捕らえられてしまったことをこれから告げなければならない……と気が重くなってくる。
だが、今はとりあえず、ヘンゼルさん達に報告するまでの僅かな間だけでも、残った俺達で休憩しようと背後にいるであろう仲間達の方へと振り返ったそのときだった。
オボロが俺同様に特上天丼を持ちながらも、青ざめた表情でこちらを見ている。
それはヒサヒデも同様であり、振り返った時点で俺は何が起こっているのかを瞬時に理解した。
二人と同様に顔面蒼白になった俺に、オボロが訊ねる。
「……遺跡内を脱出するまでアタシ等は行動を共にしていたけどさ……アタシ等って、犬神 秋人のことをちゃんと山賊団に勧誘してない、よね?」
――オボロの言う通り、”特上エビメダル”の効果は『同じパーティのメンバー全員を帰還させられる』という代物である。
犬神 秋人には話しかけるのが怖かったのもあって、ラプラプ王やヘンゼルさんのように俺の山賊団へと勧誘するのを忘れていたのだが――その結果、犬神 秋人はメダルから同じパーティのメンバーではない『ただ単に、その場で居合わせただけの人物』と判定されてしまったに違いなかった。
……なんてことを冷静に分析している場合じゃない。
――このままだと、確実に秋人に殺される……!!
そんな思考で頭の中が真っ白になった俺の腕から、特上天丼の器がツルリと滑って地面へと落下していく……。




