遺跡からの脱出
『完全治癒装置』と呼ばれる代物を、破壊ではない手段でどうにかする方法。
と言っても、それは俺達のような“プレイヤー”からすれば、特に驚くような事ではなかった。
「まぁ、最初はサイズ的にイケるか自信がなかったけど……上手くいったから問題なしだな!!」
そのようにやり遂げた俺が見つめる先、そこには先ほどまであった『完全治癒装置』が影も形もなく忽然と姿を消していた。
無論、あの装置は敵の手に渡らないようにどこかに隠蔽、もしくは破棄した……という訳ではない。
ただ単に、俺達“プレイヤー”が使用する『アイテムボックス』へと収容しただけである。
初めての試みなだけに、収容出来ない可能性も当然あったが、それだと『サイズが大きい』という理由だけで素材やアイテムを回収出来なくなる、という話がプレイヤー間で出回っていてもおかしくないはずであり、そんな話を俺は今まで聞いた事がないこと、また、戦闘と違って試してみる分には何も失う事がないといった要素から、やるだけやってみる事にしたのだ。
これであとはこの遺跡から脱出するのみ……と思っていたのだが。
「勘違いしてんじゃねぇぞ、この木っ端モブ!!第一、今回のコレは、この俺がいたからこそ出来たって忘れんじゃねぇぞ!」
名は体を表すが如くそのように吠えたのは、“転倒者”である犬神 秋人だった。
彼の言う通り、防衛プログラムを(力任せに)解除したとはいえ、『完全治癒装置』はこの遺跡に組み込まれるかのようにケーブルで繋がっており、流石にそれをアイテム扱いするのは無理があった。
そこで犬神 秋人には、自身の“固有転技である餓狼殲滅斬でケーブルを斬り裂いてもらったのだが、彼としては俺の案が失敗するのを見届けてから『結局、自分の言う通り最初から、この装置を破壊していれば手間もかからずに済んだのだ!』とイニシアチブをとる腹積もりがあったらしい。
だが、俺の目論見通り『完全治癒装置』が無事にアイテムボックスに収容出来たことで、自身の思い通りにいかなかった事に犬神 秋人は大層おかんむりのようだった。
そんな犬神 秋人に対して、俺は困り顔を浮かべながら彼の言葉へと答える。
「そこまで怒らなくても良いじゃないか。この“アイテムボックス”っていう存在は、確かにどれほどの権力や財力があっても関係なしに“プレイヤー”でないと使用する事が出来ないシステムだけど……これが俺自身の能力って訳でもないんだから、使用出来るからって別に人間的な優劣が決まるわけでもない、と僕は思いますね」
「てんめぇ……!!自分の実力でもないモンを持ってるからって、無駄にひけらかしてんじゃねぇぞ!――てゆうか、自分の事を“僕”とか澄まし顔で言い始めてるあたり、やっぱり調子に乗ってんだろ!!」
うるせー!!
その自分の実力でもない生まれついての親の七光りとやらをひけらかしてたのはテメェだろ!
だがそんな思考はおくびにも出さずに、俺は自身のアイディアを成功させた絶対勝者という存在らしく無言のまま、つけてもいない眼鏡をクイッと押し上げる動作を行う。
犬神 秋人の怒りのボルテージは臨界点にまで到達しそうだったが、オボロが俺達の間へと割り込む。
「もう!アンタ等、今はここでこれ以上くだらないもめ事を起こしている場合じゃないでしょ!……装置とやらも何とか回収出来たわけだし、あとはさっさとこの場から離脱しないと……!!」
それに対して、ヒサヒデも「ピ、ピ、ピ~~~ッス!」と同意の声を上げる。
確かに二人が言う通り、ラプラプ王が向こうに捕らえられている以上、しょうもない事に時間を取られている場合じゃない。
そう判断した俺達は、さっそくこの部屋を出て遺跡から脱出する事にした。
「……」
部屋を出る間際に、チラリと俺は室内を一瞥する。
そこには、BL雑誌+俺とヒサヒデの仲良しツーショットを見た事によって、意識を失っていたエルフのお姉さん達の姿があった。
この遺跡の魔物やらユニークモンスター達は、“転倒者”だけでなくこの大森林に住まう異種族に対しても敵対的であるため、彼女達にとってこの遺跡内は決して安全とは言えないだろう。
遺跡内を移動しながら、俺は秋人へと訊ねる。
「……あのさ、室内に残してきたエルフのお姉さん達の事なんだけど……」
「……んだよ。まさかお前、『敵であるアイツ等を助けてやれ』とか何とかくだらない事言うつもりじゃないだろうな?言っておくが、例え相手の見栄えが良かろうが、意識を失っていようが、相手は俺達と対立している“敵”なんだ。そんな甘い判断が通じるなんて思ってんじゃねぇぞ?」
もちろん、犬神 秋人の言いたい事は分かっている。
というか、流石に今回の意見に関しては、結構同意せざるを得ない。
彼女達に関しては、俺とヒサヒデによる作戦がたまたま上手くいったから無傷で済んだわけで、少し対応が遅れたり失敗していたら、俺達全員が彼女達の攻撃によって全滅していてもおかしくはなかった。
だから、今回に関しては流石に意識を失った彼女達を抱えて脱出、とか、信頼関係も何も築けていない状況下で彼女達を引き連れて一緒に行動する、なんて事は全く考えていない。
それよりも俺としては、犬神 秋人がもう一つの案を口にしない事が意外だった。
「いや、俺はむしろ犬神君が『後から妨害とかされないように、今のうちにトドメを刺しておけ』とか言うのかと思ってたんだ……」
それは、何の他意もない俺のほんのちょっとした呟きのはずだった。
だがそれを聞いた瞬間、犬神 秋人は怒り――とは違う、僅かながらの動揺らしきものを見せていた。
そうして、彼は俺へと告げる。
「……今の俺は、餓狼殲滅斬で存在力を使ったから、アイツ等にトドメを刺すだけの余裕がなかっただけだ。人の上に立つ犬神家の跡取りとして、決して甘い判断をしたりしたわけなんかじゃない……!!」
……なんだ?
まさか、俺はまた狙ったわけでもないタイミングで、他者の地雷を踏み抜く発言をしてしまったのだろうか。
一瞬焦りかける俺だったが、オボロとヒサヒデが話しに割り込むかのように、
「アタシはまだ余力があったけど、流石に意識を失っている相手の命奪うとか後味悪い事すんのイヤだかんね!そういうのは流石にナシ!」
「ピ、ピ、ピ~~~ッス!!」
「いや、アンタは意識失っている女の子に平気で変な事しそうでしょ……」
「ッ!?ピ~ッス!!」
といったやり取りをしてくれたおかげで、それ以上は変になることはなかった。
エルフのお姉さん達にトドメを刺さなかったことを甘い、と言うのなら、部屋を出る前に彼女達のことを気づいていながら何もしなかった俺自身が最も甘い、と言えるのかもしれない。
ただそれよりも今の俺は、犬神 秋人がむやみやたらと相手を傷つけたり、理解不能な奴なんかじゃなくて、名家の威光とやらをひけらかしても、俺達と同じように冷酷になり切れない部分があると分かった事に対して密かに安堵していた――。




