たった一つの冴えたやり方
――『回復アイテムや治療があるなら、存在力をいくらでも補充できる魔女や異種族側に、危険な遺跡に立ち入ってまでこの装置を入手する必要はないのではないか?』
俺が感じていたのと同じ疑問を口にするオボロ。
これまで俺達が遭遇してきた異種族側の奇襲部隊には、魔術を使用出来るエルフお姉さん達がいたわけだから回復魔術を使える者が異種族側に一人もいない、というのは不自然だろうし、万が一、治療スキルや魔術を使える者がいなかったとしても、治療用の薬草くらいならこのシスタイガー大森林という場所ならいくらでも入手できるのではないだろうか?
そんな俺達と同じことを思っていたのか、犬神 秋人も腑に落ちないといった表情を浮かべたまま返答する。
「あぁ、そこなんだよな……実際、負傷したライカとかいう獣人の“転倒者”の怪我は確かに楽観視出来るものじゃなかったが、それでも向こうにはエルフの治療師やらがいたし、それで何ら問題なく対処できてるようだった。――にも関わらず、魔女はこの『完全治癒装置』とやらに固執していた」
「え……?それじゃあ、本当にこの装置は無用の長物、って事じゃないか!?なんだ?魔女は一体、何をしたいんだ!?}
「そんな事、俺が知る訳ないだろ。……ただ、今の俺達が分かっているのは、そんだけこの装置に拘っていたはずの魔女様とやらがいくら苦戦していたとはいえ、破壊するでも更なる厳重な封印をするでもなく、敵である俺達の前にあっさりこの装置を置いてトンズラかましたって事だけだ……!!」
そう聞くと、謎が解けるどころかさらに疑念が深まっていく。
いくらなんでも、魔女の行動が支離滅裂にも程がある。
これじゃあまるで、この装置を俺達に奪ってくれ、と言っているようなものじゃないか。
俺同様に頭がこんがらかってきたらしいオボロが、無言ながらも「???」を頭の上に大量に浮かべていそうな表情をしている辺り、これ以上の彼女の加勢は望めないだろう。
正直不興を買って相手を怒らせたりしたら怖そうなので、あまり秋人に直接話しかけたりしたくないのだが――意を決して、俺は今思いつく限りのある可能性を口にしていた。
「じゃ、じゃあアレじゃないかな?ホラ、罠っていうか……最初から犬神、君に『自分達の目的は、完全治癒装置なんだ』と言い聞かせながら、実際は真逆の害をもたらす効果のあるこの装置の前に連れていく事によって、君や俺達に誤ってこの装置を使用させるつもりなんじゃないか、な……?」
「お前、“山賊”とやらのくせにやたらとドモリすぎだろ……」と、ラプラプ王が遺した“マクタン男児の心意気”に反するような、俺を小馬鹿にするかの如き発言をしながらも、犬神 秋人が返答する。
「まぁ、その可能性はないわけじゃないが……最初にライカからの報告を聞いた時の魔女の取り乱しようやら、この遺跡に俺を連れて装置を入手しようと決意した時に引き留めようとした周囲の必死さやらが演技とは到底思えねぇ。お前等も見ただろうが、魔女は俺の前に姿を見せるときは念入りに自身の姿に隠蔽魔術を施していたが、それが瞬間的に解けかけていたほどだったしな」
……えぇ~。じゃあいよいよ、魔女は何が目的なんだ?
とうとう思考が袋小路に陥った俺だったが、犬神 秋人は既に自身が何をすべきか分かっているとばかりに意気揚々と告げる。
「魔女の目的はここでどうこう考えたところで仕方ないが……いずれにせよ、魔女が重要視していた事は確実なこの装置をどうにかしねぇとな!」
そう言うと、犬神 秋人は再び『完全治癒装置』へと向き合う。
魔女の話によると、この装置にはプロテクトのようなものが施されているため、それを解除するために敵である犬神 秋人をこの場にまで連れてきたとのことだったが……。
名家の威光をひけらかしている彼だが、実はコンピューター関係に詳しいなどの一面があるのだろうか?
それとも……。
そんな状況の最中、事態の推移を見守っていた俺達の前で犬神 秋人が盛大に叫ぶ。
「――名家の威光よ、この身に宿れ!……“固有転技”:餓狼殲滅斬ッ!!」
なんと!犬神 秋人は予想よりも遙かにゴリ押しともいえる形で、『完全治癒装置』へと“固有転技”を仕掛けていく――!!
敵意を感知したのであろう『完全治癒装置』が、けたたましい警告音を鳴らしながらも即座にハイテクノロジーを感じさせる電子網を自身の前に展開していくが、親の七光りを宿した犬神 秋人の爪先は、激しい火花を散らしながらも防衛システムをものともせずに引き裂いていく――。
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
まさに獣を思わせる咆哮が室内に響き渡っていく。
爪を振るい終えるのと同時に、展開していた防衛プログラムが俺達の前で完全に掻き消える。
それと同時にアラーム音も停止した辺り、どうやら完全に警戒は突破出来たようだ。
「……でも、いくら魔術だとこの超科学なシステムを突破出来ないからって、魔女もまさかこんな力任せにもほどがある手段に走ろうとするとか……相手も正気なのか?」
そう呟く俺に対して、“固有転技”で存在力を行使した反動からか、疲労感をにじませながら不機嫌な様子で犬神 秋人が答える。
「流石に、並の異種族共の魔術やら腕力ではコイツを突破するのは難しいだろうし、ライカの"鉄風雷火"っていう“固有転技”だと、システムを突破出来たとしても、下手したら装置まで壊しかねないって事で、要は向こうに適切な人材がいなかったって事だろうよ。……それとテメェ、何どさくさ紛れに『相手“も”』って言ってんだコラ?」
「ッ!?――モゴゴッ!」
犬神 秋人に睨まれて思わず口ごもる俺。
そんな俺をつまらなさそうに一瞥してから、犬神 秋人はもう一度右腕を大きく掲げる。
それを見た俺は、慌てて制止の声を上げる。
「えっ!?まさかとは思うけど……その装置を一体どうするつもりなんだ!?」
そんな俺の問いかけに対して、犬神 秋人が思いっきり不快さを露わにしながら答える。
「あ?見ての通り、この装置をブッ壊してやんだよ。――敵の目的も分からん、この装置が本当に治療の効果があるのかも分からん。下手したら罠かもしれんし、そうでなかったとしても、こんな無駄にデカい代物である以上、持ち運びも出来ない以上、こんなもんを敵の為にむざむざ遺しておく必要もないだろう。……なんか俺の言う事間違っているか?でゅーゆーあんだぁすたん?」
最後は若干煽るような形で、今度は俺へと問いかけてくる犬神 秋人。
……クッソ~、メチャンコ腹立つなコイツ……!!
言っている事は正論だけど、何とか一泡吹かせてやりたい……!
そんなことを考えていた――そのときだった。
「あ……その装置、ひょっとしたら何とか出来るかもしれない」
「は?どういう意味だそりゃ?」
怪訝さを隠そうともせずに、そう訊ねてくる犬神 秋人。
対する俺は、ここに来てこれまで押されっぱなしだった意趣返しとばかりに、無言のまま不敵な笑みを奴へと向ける――!!
「良いから、さっさと答えろって言ってんだろオラッ!!」
「ちょ、ちょっと!!これは流石にイラつくのは分かるけど、暴力はやめなさいよ!」
「ピ、ピ、ピ~~~ッス!!」
「すいませんすいません本当にすいません……!!」




