装置の謎
――『完全治癒装置』。
犬神 秋人によると、この装置こそが魔女が自らこの遺跡に乗り込んでまで欲したはずの代物なのだという。
今までの俺の学生生活では絶対に遭遇する事のなかった、犬神 秋人から放たれる柄の悪さを前に気圧されそうになりながらも、俺は恐る恐るコイツに話しかける。
「犬神 秋人、さんだっけ?……この装置について何か知ってるのか?」
そんな問いかけをした俺に対して、チラリと一瞥してからすぐに装置へと視線を戻す犬神 秋人。
うぅ……気まずい。
まだ“嫌われている”とか“見下している”、といった感情なら名家の威光とやらをひけらかしているコイツらしいと割り切ることが出来たかもしれない。
だが、今のコイツの表情からはそういったものはおろか、如何なる感情も見えはしなかった。
これまでの直情的な言動からは到底考えられない、冷徹ともいえる態度がかえって事態の深刻さを物語っているかのようだった。
やがて自分一人で考えていても埒が明かないと判断したのか、犬神 秋人がため息をつきながら俺達の方に振り向いて話し始める。
「このシスタイガー大森林の神獣:マヤウェルを崇めている神殿の壁画には、この『スマイル遺跡』に、“旧世界の遺物”と呼ばれる代物がいくつも眠っている……と書かれていたらしい。そこには、この遺跡内で入手する事が出来るとてつもない性能を持った装備や魔道具の説明があったんだが、魔女がその中でも唯一目をつけ自身で乗り込むほどに欲したのが、この『完全治癒装置』って代物だった……」
「旧世界の遺物……?」
またも意味深な単語に遭遇したが、おそらく今はそれを気にしている場合じゃない。
俺達はそのまま犬神 秋人の話の続きを聞いていく。
彼曰く、壁画に書かれていた旧世界の遺物には、“全てを腐らせる魔導書”やら“九色の輝きを放つ魔杖”といった効能を持つアイテムの情報が記されていたらしい。
その中でも『完全治癒装置』という存在は、体力を回復させるだけでなく激しい損傷を受けた対象の傷を完全に治すほどの効果がある代物……であるらしい。
ゲーム風に言うなら、全回復する事が出来る装置、という認識で良いんだろうか?
そう考えれば紛れもなく凄い効果だと言えるはずだが、“お菓子の家の魔女”は他の旧世界の遺物同様に、この『完全治癒装置』に対しても当初は何ら興味を示さなかったらしい。
「もともと“神獣”なんていう規格外の存在がバックについているうえに、俺を捕らえた時点で、戦況は魔女や異種族側に有利に傾いていた。この遺跡内にはそこらへんの半端な異種族達よりも強い魔物だけでなく、“ユニークモンスター”なんて存在が何体もいる以上、『ブライラ』のプレイヤー達が容易に旧時代の遺物とやらを手に入れる事は困難に違いなく、自分達“魔女”側は徐々にプレイヤー達を追い詰めれば良いのみ……そういう判断からか、魔女はリスクのある『スマイル遺跡の探索』という作業には全く興味がないようだった」
だがそんな魔女の態度も、ある日を境に一変することになったという。
「あれは魔女側の転倒者であるライカ、とかいう獣人の女が、部下のエルフ達の肩を借りながら、アジトに逃げ帰ったときのことだった。何でもライカって奴は、少数の部下を引き連れて『ブライラ』の集落へと奇襲を仕掛けたみたいだが、ヘンゼルや……そうだ、今まで『ブライラ』にはいなかったお前等“山賊”に返り討ちに遭った、って言っていやがった!ヘンゼルの“固有転技”を受けたライカの話を聞きながら、魔女はいつになく取り乱しているようだった……」
なんでも、その時の犬神 秋人はそれまで異種族達のアジトにおいて、『エルフや獣人のお姉さん達とShippori and the Cityな行為をする』事を強要させられていたらしい。
それによって、“転倒者”である犬神 秋人をヘンゼルさんと同様に存在力を消耗させるだけでなく、異種族達に『“転倒者”:犬神 秋人』との間に出来た強靭な子供を産ませる……という本能任せなだけのシスタイガーとは思えない次世代を見据えた戦略を魔女は考えていたようだった。(ヘンゼルさんは、そこらへんキッチリ予防が出来ている人だったらしく、彼と異種族との間に出来た子供は今のところまったくいないらしい)
また、“お菓子の家の魔女”は犬神 秋人をムチ♡プリとした身体つきのエルフや獣人のお姉さん達とのShippori and the Cityな行為に夢中にさせる事によって、存在力が消耗し異性に夢中になった彼を、神獣の加護と異種族達によるもてなしという両側面から支援する事と引き換えに、自分達の陣営に寝返らせる事も画策していたのだという。
「だが、そんな俺に求められていた役割が急変し、ライカから話を聞いた魔女によって、俺は捉えられた状態のまま奴等とともにこの遺跡にまで連行させられて、魔女の要求である『完全治癒装置』とやらを入手するための手伝いをさせられる事になっていた」
そこまで犬神 秋人の話を聞いて俺はふと、疑問を感じる。
そんな俺が違和感を口にするよりも早く、それまで黙っていたオボロが訝し気に口にする。
「でも、異種族側って“神獣:マヤウェル”って奴から存在力を分け与えてもらう事が出来るんでしょ?なら、例えヘンゼルさんから“固有転技(ユニークスキル”による攻撃を受けているとはいえ、消耗した存在力なら補って回復することが出来るし……そこまで行けばこんな危険な遺跡に来るリスクを冒さなくても、傷とか体力だってそれ以外の普通の回復アイテムとか魔法やスキルの治療で普通に治せるんじゃないの?」




