“転倒者”:犬神 秋人
居並ぶシャドウビースト達を前に、悠然と佇む柄の悪そうな外見と横柄ともとれる発言が印象的な赤髪の青年。
俺はそれらの特徴と彼自身の名乗りから、この男こそが今まで魔女側に捕らえられていたという“転倒者”:犬神 秋人なのだと判断する。
考えてみれば、オボロがこうして俺の応援に駆けつけてきたという事は、この犬神 秋人という青年の救出に成功したという事なのだろう。
だが、この"転倒者”の青年がどれほどの実力者なのかは分からないが、現在彼の眼前には五体のシャドウビーストが敵意を剥き出しにしてジリジリ……と迫ろうとしていた。
仲間の個体が倒された事によって、気が荒くなっている部分もあるかもしれない。
これまでよりも凶暴化していると見て間違いない、といえる相手だったが、対する犬神 秋人は嘲るように魔物達へと語り掛ける。
「オイオイ……貴様等、獣の分際でありながら、この俺と!自分達の実力差も理解出来ていないと見える!!これはまさに傑作って奴だな!……まぁ、卑しき獣風情に俺の高貴なる“格”など理解できるはずもなかったか……」
言葉が通じている、とは到底思えない。
だが、彼の言葉の箸端から侮辱の意思を感じ取ったのか、シャドウビースト達が低く唸り声を上げていく……。
まさに一触即発ともいえる空気だが、犬神 秋人は何ら動じることなく右手の爪を剥き出しにしながら構える。
「言って聞かせても分からんなら、その身に刻みつけるしかないみたいだな。――とくと受けろ!これが俺の“固有転技”:餓狼殲滅斬だッ!!」
彼がそう叫ぶのと同時に、シャドウビースト達の様子が目に見えて急変していた。
これまでの殺意から一転、突如怯えたような悲鳴を出していたのだ。
それはまるで、これから何かとんでもないことが起きる……と察知したかのようだったが、『これ以上退く事は許されない』と言わんばかりに、五体のシャドウビースト達が一斉に犬神 秋人へと飛び掛かる――!!
漆黒の獣達による殺意の牙が迫る中。
闇を斬り裂くかのように、犬神 秋人の爪先がこの世界にはない独自の眩き光を放ち始める――!!
そして次の瞬間、あとすんでのところまで肉薄していた二体のシャドウビースト達が、またも細切れになっていた。
「こ、これは……!?」
目の前の光景を前に、思わず驚愕する俺。
そんな俺の反応に気を良くしたのか、戦闘中にも関わらず犬神 秋人が哄笑を上げていく。
「ハハハッ!取るに足らぬ凡百らしい良い反応だな、お前!多少は褒めてやる!」
相変わらず尊大な事この上ない発言と態度ではあるが、その実力は本物としか言いようがない。
そうしている間にも、シャドウビーストを屠りながら、犬神 秋人は言葉を続ける。
「俺の“固有転技”:餓狼殲滅斬は、生まれついての名家の威光を爪先に宿す事によって、あらゆるモノを斬り裂くことを可能とする究極の奥義!!――貴様等如き下等な存在など、犬神家の血を引く俺の敵じゃねぇッ!!」
恐るべき犬神 秋人の“固有転技”:餓狼殲滅斬。
その内容を聞かされた瞬間、俺の脳裏に衝撃が走る――!!
――え?親の七光りって、そういう風に宿したり使用出来る物なのか?
――てゆうか、親の七光りをアテにしているようなボンボンのどこに『餓狼』やら『殲滅』なんて響きが入り込む余地があるんだよ?
――変に格好つけたりせずにさっさと技名を『ママと僕ちんの絆以外を断ち切るスラッシュ!』とかに改名しろ!……このタコッ♡
そんな俺の脳内の指摘が言語化するよりも早く、そして、それを俺に言わせないほどの柄の悪さを纏いながら、高速かつ鮮烈に敵を斬り裂いていく犬神 秋人。
その強さ――まさに、圧倒的。
悔しいことに犬神 秋人は、瞬く間に五体のシャドウビースト達を、飢えた狼が喰い尽くすかのように、殲滅し尽くしていた。
「クッ……単なる口だけのボンボンかと思ったら、本当に強いじゃない。コイツ……!!」
「ピ、ピ、ピ~~~ッス!!」
「ッ!?オボロ、ヒサヒデ……!!」
どうやら、二人の方もそれぞれ、スケルトン・ビーストと二体のシャドウビースト達を倒し終えたようだ。
合流しようとこちらに近づいてくる二人に対して、声をかける俺だったが、オボロは険しい表情を崩さぬまま辺りを警戒する。
「安心している場合じゃないわよ、リューキ。この場にはまだ、あの“お菓子の家の魔女”とかいう奴がいるはずなんだから!……アイツを見つけ出さない限り、まだ安心なんて出来やしない!!」
……ッ!?
でも、言われてみたら確かにそうに違いない。
“魔女”は弱っているはずだが、それでも油断が出来るような相手じゃないはずだ。
――何より、奴の“影”に捕らえられたラプラプ王を解放させないと……!!
そう判断した俺は仲間達とともに周囲を見渡すが、【獣性探知】のスキルを使用していたオボロがハッと別方向に顔を向けて声を上げる。
「敵の存在を確認!――姿を隠していても、そこにいるのは分かってんのよ、アンタ!!」
オボロが声を荒げた先。
そこには、ゆらりと柱の影から姿を見せた“魔女”の姿があった。
これまで同様に、姿をぼやけさせる術式が機能しているようだが、オボロの『野衾・極』が効いているのか、靄の度合いが明らかに薄くなっていた。
とはいえ、正体が分かるほどではなかったが……。
警戒する俺達を前に、魔女がこちらに向かって語り掛けてくる。
「まさか、私に“骨”の魔術を使わせるだけでなく、気配まで察知するとは大したものね。半魔のお嬢さん?貴方の存在は、想定外という他なかったわ」
けれど、と魔女は言葉を続ける。
「――こちらは、貴方達『ブライラ』の要ともいえる“ラプラプ王”を無力化する事に成功した。本来の目的である『装置』を入手できなくなるのは、残念だけれど……今回は、ここでお暇させていただくわ」
「――させるか、ってのッ!!」
“魔女”に狙いを定めていたオボロが、勢いよく【野衾・極】で相手に再度突撃しようとする。
だが、同じ手は二度も通じないと言わんばかりに、魔女は不敵な笑みを漏らしながら、オボロが迫るよりも先に自身の足元の影へと、その身を沈み込ませていった。
「あっ、このっ……!!」
オボロが短い呟きを漏らすが、発動した【野衾・極】の勢いは収まりきらずに、盛大にオボロは壁や床を豪快に破砕しながら、室内を蹂躙していく。
これでは、魔女を追うどころではなく、俺やヒサヒデは身をかがめ、犬神 秋人は「どこ見てんだ、テメェ!!」と猛り狂っていた。
最後に「フフフッ……それでは、ごきげんよう」という魔女の声が室内に聞こえた気がしたが、オボロによる衝突音と犬神 秋人の怒声で俺達はそれどころではなく、結局事態が収集したのはオボロの【野衾・極】の発動が切れてからだった。
無論、その頃にはもちろん、完全に魔女はこの場から消失していた。
こうして、この室内における“魔女”の勢力との戦闘は今度こそ終わりを迎えた。
だが、俺達は“魔女”に関する何の成果を得る事も出来なかったうえに、“ラプラプ王”という大事な仲間も失ったまま、重要な問題が残されるだけの事態に陥ることとなる。




