拭えぬ違和感
すんでのところで、オボロの【野衾・極】によって魔女の影から何とか救われた俺。
オボロの激突によって、魔女は地面に転がっているようだが……。
突然の不意打ちで哀れだとは思うが、同情している場合じゃない。
魔女の“影”には、ラプラプ王が囚われており、現在どうなっているか分からない以上一刻も早く救い出す必要がある。
そう判断した俺は、無我夢中で魔女のもとへと疾走していく。
「ラプラプ王を……解放しろォォォォォォォォッ!!」
地面に横になった“お菓子の家の魔女”に辿り着くまであと少し。
――そのはずだったが、俺はある違和感に気づかされる。
俺が見つめる先には、微動だにしないまま転がっている魔女の身体があるはずだったが、先程まで俺が彼女から感じていたぼやけた“靄”のようなものが全く見えなくなっていたのだ。
オボロの【野衾・極】の威力があまりにも強すぎて魔女が戦闘不能になった結果、彼女が使用していた隠蔽魔術とやらの効果が切れたのか?
いや、だとしたらそれはおかしい。
何故なら、現在俺が向かっている先にあるのは、意識を失った女性の姿などではなく、皮や肉も何もない剥き出しの白い骨だけで出来た四足獣らしき存在が、四つん這いの状態で俺の方を向いていたからだ。
眼球も喉も何もないが、明確な敵意を宿しながら俺の方に唸り声を上げる骨の獣。
……なんだ、コイツは?
表記を見ると、“スケルトン・ビースト”レベル40となっているが、肝心の“お菓子の家の魔女”はどこへ姿を消したんだ?
そして、いくらラプラプ王が捕まってしまって俺が冷静じゃなかったとしても、こんな明らかな魔物と魔女を見間違えるなんて事があるのか!?
疑問が次から次へと瞬時に湧き上がってくる。
だが、そんな逡巡を待たぬと言わんばかりに、“スケルトン・ビースト”が俺へと飛び掛かってくる――!!
「グルァァァァァァァァァァァァッ!!」
「クッ……!!」
レベルだけで見たら俺と良い勝負かもしれないが、今の俺はまさに満身創痍であり、スキルによる身体強化も出来ていない以上、一撃でもマトモに受ければ即座に致命傷へと繋がる――!!
このままだと、確実にここで命を落とすことになる……!!
悪あがきと知りつつも、飛び掛かってくる魔物に向けて拳を振り上げようとしていた――そのときだった。
ビュン!!と凄まじい風が俺を横切ったかと思うと、今度はスケルトン・ビーストが壁へと豪快に叩きつけられていた。
そして、そいつを壁に押さえつけているのは先ほど同様に、【野衾】系のスキルを使用したと思われるオボロだった。
オボロは魔物の顔を押さえつけながら、敵の前肢による攻撃を躱しつつ叫ぶ。
「クッ……!!狙い外したら大惨事になるから【野衾・大】で挑んでみたけど、骨剥き出しのくせにコイツを一撃で倒しきれなかった!!あと、もうちょっとでイケそうなんだけど……!!」
見れば、オボロの言う通りスケルトン・ビーストはオボロの激突によって身体のほとんどがひび割れていた。
それでもアンデッドらしく、なかなかのしぶとさをしていたが――崩壊具合からして、あと少しの攻撃で倒せる事は間違いない。
とはいえ、オボロの打撃系は遠距離から相手へと飛び掛かる【野衾】系であるため、これだけ距離が近すぎては、スキルともいえない単なる打撃で殴りつけたりするだけでは泥仕合になるかもしれない。
オボロが敵の動きを押さえつけてくれている今なら、俺が加勢すれば容易に出来ると判断したが――オボロはそんな俺を制止するかのように声を上げる。
「それにしても、リューキ!!これって一体どういう事なの!?――アタシはさっきまで、地面に転がっていたのは魔女だと思っていたのに、いつの間にかコイツに成り代わっている、いや、この魔物が魔女だと思い込まされていた!!」
――やっぱり、そう認識していたのは俺だけじゃなかったのか!
だったら、これも魔女の魔術とやらなのか?
……でも、“お菓子の家の魔女”にそんなエピソードなんてあっただろうか?
――いや、違う。
今の俺が考えるべき事はそんな事じゃない。
今、注意を向けなきゃならないのは――。
「だったら、本物の魔女は一体どこへ消えたの!?また、何かされるか逃げだす前に“魔女”を見つけ出してどうにかしないと!リューキッ!!」
そうだ、ここで奴を逃がすわけにはいかない!!
だが、本物の奴はどこに?
そう考えていた――次の瞬間だった。
「グルルルル……ゲシャアッ!!」
「ッ!?」
真後ろから獣の雄叫びらしきものを耳にして振り返った俺の視界に飛び込んできたのは、全身が闇のように黒い獣達だった。
おそらくヒサヒデが、押さえきれなかったシャドウビーストの残党に違いない。
流石に八体ものシャドウビーストをヒサヒデで抑え込むことは難しかったようだが……それでも、一度に六体ものシャドウビーストに襲われてしまえば、今度こそ俺は間違いなく死亡する――!!
絶体絶命の窮地の最中、俺が目にしたのは漆黒に満ちたシャドウビースト達の姿でもなければ、自身の身体から噴き出る真っ赤な血潮でもなく――全てを斬り裂くが如き、鮮烈なる光だった。
それと同時に、俺に迫ろうとしていた眼前の二体が、瞬時にバラバラになりながらこれまでの魔物同様に光の粒子を散らしながら消失していく……。
「カカカッ!!――粗末な身なりの凡骨平民風情じゃここいらが限界のようだな!」
そう言って、俺の眼前に現れたのは、赤髪が特徴的な一人の柄の悪そうな青年だった。
その姿と尊大な物言いから、俺はコイツが何者なのかを確信する。
そんな俺の考えを裏付けるかのように、その青年が名乗りを上げる。
「良いぜ。それなら、高貴な血筋を宿すこの俺、犬神 秋人様が!!――この場にいるお前等全員に、この尊き名家の威光を骨の髄まで刻みつけてやろうじゃねぇか……!!」




