最悪の事態
「なっ!?……グッ!!」
驚愕の声を上げたのは、ラプラプ王だった。
見れば、体勢を崩したラプラプ王の刃はかすりはしたものの、魔女の喉笛を斬り裂く事は叶わなかった。
それもそのはずであり、ラプラプ王の足元には、淀みを感じさせる黒い影のようなものが魔女の方から伸び、それがラプラプ王の身体をズズズッ……と、飲み込もうとしていた。
その光景を見ながら、俺はヒサヒデとともにラプラプ王のもとへと駆け出そうとする。
「待っていてくれ、ラプラプ王!!――何が起こっているかは分からないけど、今からヒサヒデと一緒にラプラプ王を助け」
「来るな!!……ヒサヒデ、リューキッ!!」
「「ッ!?」」
ラプラプ王の一喝を受けて、俺とヒサヒデがその場に縫い付けられたように立ちすくむ。
そうしている間にも、ラプラプ王の身体は沼にハマったかのように、魔女の影へと沈み込んでいく最中、ラプラプ王が魔女へと視線を向けながら問いかける。
「まさか、自身の両腕を犠牲にしてまで放った“固有転技”すら囮で、本命はこの“闇”ともいえる方だったか……これは、想定外だったな」
それを聞いて、俺はようやく気づかされる。
――まさか、あれほど両腕を燃やしてまで放っていた業火球が、この足元に伸ばした影に気づかせないようにするための囮に過ぎなかったなんて……!!
そんなラプラプ王に対して、常軌を逸した執念で彼を追い詰めた“魔女”が勝ち誇るかのように告げる。
「えぇ、そうよ。これはシャドウビースト達を生み出したのと同様に、私の“闇”といえる部分を用いて使用する収納魔術なの。……これが、貴方の問いに対する私の答えよ?」
魔女の発言を聞きながら、ラプラプ王が静かに頷く。
「――あぁ、認めよう。確かにこの瞬間、貴殿の"知略"と"覚悟"は、我を上回った……!!」
そう述べている間にも、ラプラプ王の体は足元の影に取り込まれていく。
ラプラプ王が一瞬だけこちらを振り向いたが、俺達が何かを言うよりも先に、彼の全身はトプン……とあまりにも呆気なく、影の中へと消え去っていた――。
「う、嘘だろ……いくら何でも、こんなのってないだろ……!!」
あれほど頼もしかったラプラプ王の消失。
あの影に取り込まれた事で現在どうなっているのかは分からないが、ラプラプ王がこの場から消えた事によって、彼の“固有転技”で生み出された兵士達も存在を保てなくなっていた。
あれほどいたシャドウビースト達も兵士達との戦闘によって大分数を減らしていたが、それでもまだ8体ほど残っており、兵士達に向けるはすだった殺意や敵意を今度は俺達側にぶつけようと、唸り声を上げていた。
前方にはラプラプ王すら飲み込んだ"影"を行使する魔女が、後方にはシャドウビースト達がジリジリ、と迫ろうとしている。
まさに絶対絶命と言う他ない状況だったが――唐突に、魔女が俺達に向けて語りかけてくる。
「……この装置を回収出来ないのは残念だけど、『ブライラ』側の戦力の要であるラプラプ王の身柄を確保出来ただけ良しとしましょう。――それでは、皆様。ごきげんよう――」
余裕そうに言っているが、おそらく魔女も、負傷したダメージでこのまま無理をする事を避けるために、俺達の始末を残ったシャドウビースト達に任せて、さっさとこの場から離脱するつもりに違いない。
『来るな!!……ヒサヒデ、リューキッ!!』
ふと、俺達を巻き込まないように静止しようとしたラプラプ王の言葉を、俺は思い出していた。
――だが、それでも、俺は
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
気がつくと、無我夢中で魔女のもとへと駆け出していた。
俺はHPも"BE-POP"も尽きかけている上、魔女が用いる影への対処法もロクに思いつけてはいない。
だがそれでも、このまま指を咥えて黙って見逃す事など出来るはずもなかった。
無論、前だけを見つめている以上、背後がどうしても無防備になってしまい、そんな俺の背中にシャドウビースト達が迫ろうとしてくる気配を感じる。
だが、奴等の爪牙が俺に届く事はなかった。
「ピ、ピ……ピ〜〜〜〜〜〜〜〜ッス!!」
背後から俺に迫ろうとしていたシャドウビースト達を食い止めるかのように、ヒサヒデが奴等の前に立ちはだかっていた。
魔獣達の噛みつきやひっかきを受けながらも、ヒサヒデは己の鍛え上げた肉体で殴り返したりしながら、必死に応戦していく。
「ヒサヒデ!!……ありがとう、助かった――!!」
一度だけ振り返った俺は、ヒサヒデにそう告げてから歩みを止める事なく疾走していく。
――大丈夫だ、ヒサヒデ。
今の自分が何をすべきかは、俺が一番分かっている……!!
そんな決意とともに、俺は拳を振り上げながら、魔女へと突撃していく――!!
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
対する魔女の反応は冷ややかだった。
迫りくる俺を前にしても、特に動じることなくくぐもった声で淡々と告げる。
「何をするのかと思えば、何のスキルも魔術の影響もない拳を振りかざしてくるだけとは――"山賊"だなんだと言われたところで、所詮何の芸もない山猿に過ぎなかったようね」
それと同時に、魔女の足元が揺らめき、ラプラプ王を飲み込んだのと同じ"闇"が俺の方へと徐々に近づいてくる……!!
「貴方自ら、馬鹿正直に真正面から来てくれるおかげで、難なく取り込む事が出来そうね?……それじゃあ、地を駆けずり回りながら、無様に潰えなさいッ!!」
魔女の足元から伸びた影が、疾走する俺へと這い寄る。
――このまま俺も、影に取り込まれてしまうのか……?
そう思った――次の瞬間であるッ!!
突如、ズドンッ!!という凄まじい衝撃音がしたかと思うと、俺の視界から魔女の姿が消え去っていた。
……この圧倒的な状況下で、まさか逃げ出したのか?
いや、違う。
俺はこの光景を作り出せる存在を、既に知っている――!!
さきほどまで"魔女"がいた場所には、一人の少女が悠然と佇んでいた。
頭部から生やした獣耳に、ミニ丈着物が特徴的な妖怪の血を引く者にして、頼れる俺達の仲間である少女:オボロ。
おそらく、オボロのスキルである【野衾・極】による死角からの突撃によって、"お菓子の家の魔女"が吹き飛ばされたのだと、俺は瞬時に理解する。
スキルを受けて盛大に転がっていった相手の方を見ながら、オボロが意気揚々と語りかける。
「その"影"みたいなのは確かに脅威だけど……でも、空中から挑むアタシには敵わなかったようね!!」
……おまけに死角+突然の奇襲による高速激突だからな。
そりゃ大抵のヤツは、敵わん以前の段階で重傷不可避だろ。
……別に、俺の振り上げた拳をどうすれば良いのか分からなくなっていじけてる、とかじゃないし……。
そんな俺の心境に構うことなく、オボロが相手に向かって「そんじゃあ、落とし前をつけさせてもらうわよ!」と、堂々とした様子で死体蹴り宣言を行っている。
それにしても、さすが(?)山賊と妖怪の間に生まれた申し子……。
俺なんかよりも、遥かに容赦ねぇな。
何はともあれ、今度こそ決着をつけるため……そして、ラプラプ王を開放させるために、俺は警戒しながら魔女のもとへと近づいていく――。




