予期せぬ切り札
捨て身の猛攻の果てに、とうとう敵の首魁である"お菓子の家の魔女”と直接対峙することになった俺とヒサヒデ。
犬神 秋人の意識はまだ戻っていないようだが、オボロが拘束を解こうとしているし、魔女が生み出したシャドウ・ビースト達もラプラプ王と率いられた兵士達によって、徐々にではあるが駆逐され始めている。
魔女がどのような能力を持っているかは分からないが、戦況は明らかにこちら側へと傾いていた。
この状況が分からない相手ではないはずだと判断し、俺は眼前の魔女に対して降伏を促す。
「お前があの装置を使って何をするつもりだったのかは分からないが、たった一人でこの場を切り抜きるなんてことは不可能のはずだ!!……これ以上の抵抗は諦めて大人しく投降するなら、身の安全だけは保障してやるズェ……!!」
――もっとも、何故もやがかかったような姿をしているのかが分からないので、何らかの隠蔽術式は身ぐるみごと追いはぎさせてもらうことになるだろうけども。
疚しい考えなど一切なく、合理性一辺倒で導き出した考えを頭の中で弾ぎながらも、警戒心を緩めることなくヒサヒデとともに"お菓子の家の魔女”の動きに注視する。
眼前にいるのに、相手の姿がぼやけているため表情が全く読めず、魔女が今何を考えているかは分からない。
俺の発言を聞いてしばらく無言だった魔女だが、ゆっくりと返答を口にする。
「……私が一人では何も出来ない、ですって?――ふざけないでッ!!アナタが私と同じ立場だったら、絶対にあんな事は出来っこないくせに!」
突如、激昂し始める魔女の様子に、呆気に取られる俺とヒサヒデ。
相手はそんな俺達の反応に構うことなく、叫ぶかのように言葉を続ける。
「……そんな、私の人生からは程遠い言葉を……簡単に、気軽に、私の前で口にするなッ!!」
これまでの淑女然とした言動から一転して、姿がはっきり分からずとも相手が怒っているのは明らかだった。
膨れ上がる怒気に気圧されつつも、俺はふと魔女が口にした発言を聞いて思った違和感を口にする。
「なんだ……!?俺に降伏を促されたことや、自分が今追い詰められている事に怒っているわけじゃないのか……?」
いや、相手の認識はどうあれ状況だけ見れば、確実に俺達が王手をかけているわけだし、それで思考が冷静でいられなくなっている可能性も十分あり得る。
だが、そういうのとは別に……魔女の発言からは、単なる『プライドの高さ』とは思えない、むしろそれとは真逆の感情があるように俺には思えてならなかった。
「俺の『一人では何も出来ない』という言葉に怒っていたようだが……自分の力を誇るというよりも、アレはまるで――」
そこまで思考していたが、相手はそれを大人しく待ってくれるはずもない。
「これでも、喰らえッ――!!」
そのように魔女が叫んだかと思うと、彼女は自身の右手を向けながら、無詠唱で極大の業火球をこちらへと放ってきたのだ――!!
「ッ!?クッ、流石にこれを打ち消せるようなスキルなんか俺にはないぞ!!――避けろ、ヒサヒデ!!」
「ピ~~~ッス!!」
俺達は一斉に真横へと飛んで、業火球の直撃を避ける。
業火球はこの部屋の壁にぶつかった事により盛大に爆発したが、魔女はそれに構うことなく両の掌からそれぞれ俺達目掛けて同じ攻撃を繰り返していく。
「許さない、許さない……!!何も知らないような奴が、よくも……!!」
そう呟いているうちに、魔女の攻撃は狙いもロクについていないような乱雑なものになり始める。
それにより、ラプラプ王の兵士だけでなく、自身が生み出したシャドウ・ビースト達すら巻き込む形で直撃することになっていた。
この業火球を一発喰らって兵士や魔物が消失している辺り、この業火こそが、"転倒者”である魔女が唯一他者にダメージを与える事が出来る自身の存在力が込められた"固有転技”と見て間違いないだろう。
これだけ乱発すれば、流石に激しく消耗し過ぎで存在が希薄になりそうなものだが……異種族側の"転倒者”は神獣:マヤウェルから存在力を支援されている以上、魔女の限界がどのくらいなのかは、俺には判別がつかなかった。
「クッ……敵が自滅するのを待っていたら、先に俺達が丸焼きになっちまう!!――こうなったら、無茶をとことん最後までやり遂げるまでだぁッ!!」
そう口にしながら、俺はそれほど余裕のない"BE-POP"を用いて、スキル:【凌辱に見せかけた純愛劇】を魔女に向けてセットし、奴に向かって勢いよく疾走していく――!!
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
魔女の掌から放たれる業火球の"固有転技”を強化した身体能力で何とか回避する俺。
だがそれでも完全に躱しきれたとは言えずに、その余波ともいえる熱風によって火傷するかのような灼熱を頬に感じるが、それでも相手をしっかりと見据えながら、俺は右手を構える。
俺は相手の全身を覆うもやのヴェールごと断ち切るが如く、右手を手刀の形へと揃えて魔女へと抜き放つ――!!
「――"金"とはすなわち、キラリと輝くセンスでみんなを魅了する在り方なり。……括目せよ!天空流奥義:"スタイリッシュ斬り"ッ!!」
「ッ!?」
眼前まで肉薄している俺を前に動揺したのか、魔女が攻撃を中断していた。
ここまで接近した以上、相手は防御も回避も――反撃すらも出来ぬまま、俺の"スタイリッシュ斬り"を直に受けるだけ……のはずだった。
誰も邪魔するはずのない俺と魔女の間に、一つの風が地面から発生するのを感じる。
それと同時に起きた異変は、まさに異様の一言に尽きるものだった。
どこから出てきたのか、いくつもの紙が俺達の間に舞い上がっていき、やがてそれらは一斉に俺の右手の手刀へと纏わりついていた。
「がっ!?……クッ!!」
紙に何らかの力が働いているのか、指の形を握ったりすることが出来ないまま、俺の右手は切れ味をなくした手刀の形として、外部から完全に固定化させられてしまっていた。
これでは、右手を用いた天空流奥義が使えなくなる事は確実。
だが、それよりも俺は、現在自分の右手に纏わりついている紙の表面に意識が向いていた。
俺は、この紙を目にした事がある。
これは確か――。
「――漫画の、原稿用紙……なのか?」
そうだ、間違いない。
これは、先程主不在の部屋で見つけた机にあったのと同じような、漫画の原稿用紙であるはずだ。
でも、何故そんなものがこの戦闘中に出てくるんだ……?
困惑する俺の前に、"お菓子の家の魔女”の足元――その陰からズルリ、と一つの人影が浮上してくる。
その人物は、自身の周囲にいくつもの原稿用紙を浮かばせた、小柄な少女のような存在だった。
だが、彼女は異様なことに身体の表面が闇のように真っ黒だったのである。
この異様な姿は……まさか、こんなところで!?
俺は、眼前の少女が何者であるかを記す点滅した赤い文字を読み上げる。
「クソッ、そりゃないだろ!!……よりにもよって、ここまで来て"ユニークモンスター”が出てくるなんてよ!!」
あと一歩と言うところまで敵の首魁を追い詰めたのもつかの間、まさかの強敵の出現を前に激しく狼狽する俺。
"BE-POP"は残り僅かなだけでなく、右手までもがロクに使用出来ない中、俺は新たな未知の"ユニークモンスター”を相手にするという絶望的な窮地に立たされる事態に陥っていた――。




