待ち受ける強敵
重い扉を開けて、俺達が辿り着いた先。
そこにいたのは、何やら機械的な装置の前に集まっていた数人の魔導士用のローブを纏ったエルフのお姉さん達と、光の鎖で四肢を拘束され、ぐったりしている一人の凶暴そうな赤髪の青年――そして、彼女達を率いるかのように佇む“転倒者”らしき姿があった。
状況から判断するに、おそらくあの青年が俺達の救出対象である犬神 秋人という『ブライラ』側の“転倒者”なんだろうけど……。
そう思いながら、チラリと敵側の中心人物へと視線を移す。
俺が先ほど『らしい』と表現したのも、この相手が転倒者特有のバグ表記だけでなく、この人物のスキルか魔術なのか、全身をさらに何らかのモヤが包んでおり、身体の線から何となく相手が細身の女性ではないか、と俺は判断していた。
それにしても、この“転倒者”は一体何者なんだろうか。
ライカでないことは確実だし……この人物が、ラプラプ王の対峙していたっていう“チョベリグ”って奴なのか?
今のところ、ロクに姿が見えないから俺には判別できないが……。
敵らしき人物と遭遇しながらも、この状況に軽く戸惑っているうちに、正体不明の“転倒者”がゆっくりとこちらへ語り掛けてきた。
「……ライカから報告を聞いていたけれど、貴方があの奇襲作戦を妨害する要因になった色々な存在を引き連れてきた“山賊”の首領なのね?」
声は若いのか、老いているのかも分からないほどにくぐもっているが……どうやら、“彼女”は俺の方に注意が向いているらしい。
話しかけられた当の本人である俺は、敵意というよりも軽い違和感を覚えていた。
なんだ、今の語り口は……?
俺がこれまで聞いていたチョベリグという“転倒者”の特徴は、『渋谷のファッションリーダーをしているギャル』というものだったが、今の発言からはとてもそんな印象は感じられない。
俺がまだ知らされていないだけで、他にも異種族側についている“転倒者”がいるのだろうか?
そんな俺の疑問に答えるようにラプラプ王が、おもむろに口を開く。
「……まさか、お前自ら直々にここへ姿を現すとはな。この部屋には、そうするだけの価値がある、という事だな。――“お菓子の家の魔女”よ?」
ラプラプ王の発言を受けて、俺達山賊団に衝撃が走る――!!
“お菓子の家の魔女”。
その名前が意味するところは、つまり……。
そんな俺達の気持ちを代弁するかのように、驚愕のあまり、オボロがラプラプ王へと慌てて訊ねていた。
「“お菓子の家の魔女”って、ヘンゼルさんも言っていた異種族とか他の“転倒者”を従えている親玉の事でしょ!?それって本当なの、ラプラプ王!!」
オボロの問いかけに対して、深く頷きながらラプラプ王が答える。
「あぁ、我は以前にもこの者と出会ったことがある。……もっとも、その時も今のように姿がロクに判別出来ぬ有り様であったが、その奥底に潜む気配は紛れもなく、我に対して“お菓子の家の魔女”と名乗っていた者であることに相違ない……!!」
ラプラプ王の真剣な表情からして、正真正銘眼前の相手こそが、このブライラのプレイヤー達やラプラプ王と敵対している“お菓子の家の魔女”本人で確定のようだ。
……って事は、今ここでコイツを倒せばすべてが終わる――!!
それを理解した俺達は、瞬時に理解し戦闘態勢に入る。
それとほぼ同時に、それまで黙って見守っていた魔導士エルフのお姉さん達も、いつでも応戦できるように魔導杖を構えながら“お菓子の家の魔女”の前に並んで、こちらへと相対する。
まさに一触即発、としか言いようのない雰囲気。
そんな中、再度ラプラプ王が口を開く。
「そのエルフの者達もそこそこの手練れではあるが……やはりそちらの戦力不足は深刻のようだな?大規模侵攻をするための、異種族達も我の“固有転技”による戦闘の影響によって負傷し、貴様の部下であるチョベリグやライカも、我やヘンゼルとの戦闘によってすぐには復帰出来ぬほどに疲弊していると見える」
「……勇猛な兵を引き連れたラプラプ王ともあろう方が、随分と安い挑発をなさるのね。そんな事では王の威光というものも翳ってしまうのではないかしら?――まぁ、そんな事だから貴方は王であるはずなのに、“山賊”のお仲間とやらに成り下がっているのでしょうけど」
ラプラプ王の発言に対して、感情が分からずとも明らかに侮辱的な挑発を口にする“お菓子の家の魔女”。
だが、対するラプラプ王は動じることなく、彼女に向かって言葉を返す。
「フム?我としては、挑発ではなく確認のつもりだったのだがな。……なんにせよ、淑女を面罵するのは“マクタン男児の心意気”に反する。気分を害したのなら非礼を詫びるとしよう。“お菓子の家の魔女”よ」
「……フン、結構です。もともと私と貴方は敵同士。今さらそんなことを気にする必要もないでしょうに。……それで?確認とは何なのです?」
余裕を感じさせるラプラプ王の言葉に対して、拗ねた子供のような反応で答える“お菓子の家の魔女”。
どうやら、王としての“風格”で言えば、ラプラプ王が上手のようだが……。
以前のオボロの時に、『ワカラセ』とか口にしながら俺への修行を始めたみたいだし、内心では滅茶苦茶相手に対して憤慨してんじゃねぇかな……ラプラプ王。
そんな俺の考えなど梅雨知らず、ラプラプ王が自身の発言の意図を述べていく。
「言わずとも分かっているだろう。この“シスタイガー大森林”の異種族達を神獣に代わって統率している其方が、僅かな手勢のみを引き連れ、捕らえた捕虜を奪還される恐れがありながらも自身でこの場に乗り込むほどの価値があると判断したもの――」
そう口にしながら、ラプラプ王は“お菓子の家の魔女”――の背後にある怪しげな装置を睨む。
「――“お菓子の家の魔女”よ。其方は多大なリスクを冒してまで、それで一体何をするつもりなのだ?」




