室内に秘められし謎
向かう途中でモンスターとの戦闘が何度かあったものの、それを難なく倒していく俺達。
そのように順調に先行する兵士によって、全員無事に目的の『異様な部屋』の前に辿り着くことに成功した。
室内には、誰もいなかったらしいのだが、何が待ち受けているのだろうか。
ラプラプ王の指示のもと、兵士に外の見張りを任せながら俺達は恐る恐る室内へと足を踏み入れていく……。
入って早々視界に入ったディープな光景。
それを目にして、俺は思わず声を上げる。
「は、はぅあ!?……こ、これは……俗にいう“ベーコンレタス”って奴なのか!?」
俺の言葉に対して、意味を知らないらしい他のメンバー達が訝し気な視線を俺の方に向ける。
皆の反応から分かる通り、この部屋には食料らしきものは全くない。
代わりにあるのは、見渡す限りの本、本、本の山だった。
乱雑ながらも薄いものから分厚いものにせよ、小説やら漫画らしきものがあったが、そのすべてに一つの共通点があった。
「ベーコンレタスって……何言ってんのよ、アンタ。こんなの……ちょ、ちょっと、男の人達が一緒の絵が描かれているだけの本じゃないの!」
オボロが言う通り、どの本も表紙には年齢は多少ばらつきがあれども、美形の男性キャラクター達が耽美な雰囲気とともに描かれていた。
まぁ、この中の一部は少年漫画みたいなのもあるのかもしれないが……表紙に描かれたキャラクターの艶ともいえる要素を前面に押し出した表情からして、これらの作品の大半は十中八九BL作品と見て、間違いないだろう。
全裸になったときのヘンゼルさんを見たときのリアクションからして、オボロが興味を持つかと思ったが……。
「べ、別にアタシはこんなのとか興味ないし……!!」
本の山から目を逸らしつつも、チラ見をするオボロ。
どうやら、言葉とは裏腹に興味津々のようだが、それを素直に認めるのはまだ恥ずかしいらしい。
俺は苦笑しながらも、その中の漫画らしきものを何の気なしに手に取ってみる。
この部屋には今のところ脅威はなさそうだが、それでもこの遺跡を探る上での何らかのヒントがあるかもしれない。
そう考えた俺は、駄目元ながら何らかの手掛かりを得ようとページをめくり始めていく……。
漫画内の文字は、日本語のように見えないこともなかったが、俺には解読する事は難しそうだった。
ゆえに俺は絵をパラ見するだけのはずだったが……気づくと、ページをめくる手が止まらなくなっていた。
最初は男同士というのに対して抵抗感があったが、読み進めていくうちにそういうのが気にならないくらいに作品内にのめり込んでいた。
「なるほど……コイツ等はこういう関係性なのか。少年誌ではあんまり見ない設定かもしれないな……」
そうして読んでいる間にも、普通に彼女・ヒロインがいる男同士の組み合わせに焦点が当たったりと、『BL作品だからと言って、安易に男だけを絡ませているわけじゃないんだ……』という発見があったりと、なかなか新鮮な気持ちを味わっていた。
そうして二冊目に手をつけようとしたときに、背後から左肩をガシッ!と逞しい掌で掴まれる。
ハッ!としながら振り向くと、そこにいたのは、険しい顔つきをしたラプラプ王だった。
ラプラプ王は表情通りの危惧した声音で俺に語り掛けてくる。
「リューキよ、その本がどのような内容かは私には分からぬが、お前は今“沼”に陥りかけていたぞ……ッ!!」
「ッ!?え!?ノ、ノンケの俺が沼にハマりかけていた……だって!!」
あまりの衝撃に驚愕の声を上げる俺。
……BL文化に全く馴染みのない俺のような青少年すら、その道に引きずり込むとは、ここにある本は致死性などといった直接的な要素とは別に、とんでもない効果を秘めたトラップであるらしい。
もしも、ラプラプ王が俺に声をかけてくれなかったら……。
オボロ原案で『アタシのパーティの仲間が、腐男子になりまして……』みたいなタイトルで、BLにハマった俺の日常を漫画化された結果、女性プレイヤー達などから『私達もこういう男の子となら、冒険してみた~~~い♡」という具合に、コンテンツの一つとして弄ばれてしまっていたかもしれない。
俺はそんな危機を救ってくれたラプラプ王に、深く礼を述べる。
「ラプラプ王、本当にありがとう!……ここで声をかけてもらえなかったら、今頃俺は……!!」
そんな俺に対して、ラプラプ王が頷きながら真剣な表情で答える。
「気にするな、リューキよ。知ったかぶりを減らすために、未知に飛び込んでいくのもまた“マクタン男児の心意気”である!……そして、新しい境地を切り開くのも、お前達“山賊”の言う“BE-POP”であるのだろう?――ならば、今だけは自身の為したことを素直に誇るが良い」
……厳密にいえば、“BE-POP”とやらは俺が言い出したわけじゃないし、なんで山賊という存在と“BE-POP”が結びつくのか未だに納得しきれていなかったりするのだが……若干ドヤ顔で良い事言ってる風なラプラプ王を前にしてしまうと、それ以上何も下手なことを言えず、俺もただラプラプ王に頷きを返すしかなかった。
そうしていると、ラプラプ王が思い出したように俺に向けて語り掛けてくる。
「リューキよ、お前がその書物を調べている間に、我々もこの部屋を調べてみたのだが……実は、あるものを発見したのだ」
「あるもの、だって?……それは一体?」
困惑しながらも、そう訊ねる俺。
ラプラプ王が俺に示したのは、椅子と机、そして机の上に置かれた書きかけの原稿だった。
内容は案の定、ここに置かれた本からも分かる通り、BL漫画のまさに真っ最中な場面であり、内容は割とハードかつ『なんで、このネタに振り切ってしまったんだ?』というのが文字が分からなくてもこちら側にダイレクトに伝わってくる内容だった。
とはいえ、あの本を一冊読み切った俺だからこそ分かる事がある。
「……なんで、こんな一番大事なシーンを描かずに、この漫画の作者はこの部屋から姿を消したんだ?」
この部屋の主が何者なのかは分からない。
異種族か?高度な知能を有した魔物か?あるいは人間?……もしくは、“ユニークモンスター”なのか。
だが、どのような存在にせよ、この漫画をここまで描いた作者なら、何を捨ておいてでもこの場面を最後まで描き切るはずだ。
そのくらいこの作品には、作者の意気込みとここまでに至るまでの完成された展開が描かれていた。
――だからこそ、俺には分からない。
「……この後の展開に行き詰ったから、気晴らしにこの部屋を出たのか、あるいは、あの“淫蕩を打ち砕く者”がこの漫画の作者だったのか。……いや、どちらも違うな」
その後のコマが空白になっているならともかく、書きかけになっているのは既にあらかた途中まで登場人物が描かれているコマだった。
また、“淫蕩を打ち砕く者”がこの漫画の作者だとすると、あの巨躯を支え切ることが出来ずに椅子の方がへし折れるだろう。
小型化するスキルでもあったら話は違ってくるかもしれないが、それだったらあのユニークモンスターは、俺達との戦闘中にそのスキルを使用して戦局を打開する機会がいくつかあったはずだ。
なにより、あの直情的な存在がここまで精密かつ繊細な知的作業を得意としているようには、俺には思えない。
それよりも俺は、机の上に置かれたチマチマッとした小道具類などから、この漫画の作者である部屋の主は小柄な人物ではないか……という印象を受けていた。
「……それにこれは、本人の意思で中断したというよりも、まるで断念せざるを得なかったと言わんばかりに区切りが悪すぎる。これじゃまるで」
「この部屋の主は、外へ出たのではなく、この室内にて執筆を断念しなければならない何かに遭遇した、という事だな。リューキ?」
ラプラプ王の問いかけに、俺は無言のままコクンと頷く。
そんな俺達の発言を聞いて、オボロが慌てたように口を開く。
「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも!アタシが今【獣性探知】をしてるけど、この室内にはアタシ達以外誰もいないよ!?」
オボロの問いかけに、ラプラプ王が答える。
「恐らく、この部屋の主をどうにかした者は、用件が済んだのか最初から目的ではなかったのか、既にこの部屋から去っているのだろうな」
そんなラプラプ王の言葉を引き継ぐように、室内を見渡しながら俺も告げる。
「オボロの【獣性探知】に引っかからないトラップ類で、この漫画の作者が何かされたって線も今のところナシだ。……この作者はここを長いこと根城にしていたわけだし、何より自分だけじゃなくて自分の宝物であるBL本を危険に曝すようなトラップの存在を容認するとは思えないしな……」
とはいえ、アレコレ考えたところでそれこそ現段階ではこの部屋で何が起こったのか?という真相に、俺達が辿り着くのは困難に違いない。
俺達はそこから少しだけ室内を調査してから、これ以上ここで手がかりを得るのは難しいと判断し、この室内を後にすることにした……。




