暴虐の嵐
殺到している兵士達を一撃で消滅させた、凄まじい風圧の正体。
それを目にしながら、俺は茫然とした表情を浮かべていた。
「ま、まさか……今のが張り手だって言うのかよ……!!」
俺の眼前で右手を突き出した状態で悠然と佇む、“淫蕩を打ち砕く者”。
その張り手の軌道上にいた兵士達が消滅した事からして、俺は自身の馬鹿げた推測が当たってしまっているのだと否が応でも理解させられていた。
それでも、あまりの衝撃で呆けかけていた俺に呼びかける声があった。
「しっかりしろ、リューキッ!!……このままじっとしていれば、次はお前が奴の的になるぞ!!」
ラプラプ王の発言を受けて、慌てて意識を現実に引き戻す事が出来た俺は、急いでその場から横へとジャンプする。
その瞬間、再びすさまじい風圧を感じたかのと同時に、盛大な衝撃音が伝わってくる。
恐る恐る後ろを振り返ると、後方の壁が大きな手の形にくっきりと窪んでいた。
「嘘だろ……?全然触れてすらないって言うのに、距離が離れていてもあんだけの破壊力を生み出せるって言うのかよ!?」
俺がそう言っている間にも、後方支援をしていた兵士達が次々と“淫蕩を打ち砕く者”に向けて矢を射かける。
矢は正鵠過たずに吸い込まれるようにその身へと迫っていくが、敵は微塵も臆した様子も見せずに、盛大に雄叫びを上げながら張り手のラッシュを繰り出していく。
「ドスコイ!ドスコイ!……モリモリ、ドスコイッ!!」
それは単なる物質的な破壊を通り越した、見えざる消滅の乱打とでも言うべき代物。
張り手の風圧を受けた矢は折れたりする間もなく、どこか別の空間にでも飛ばされたかのように、微塵も痕跡を残さずにこの世界から消失した。
そして、衝撃が天井や壁に激突した事で慌てている弓兵達も、新しく撃ち込まれた猛烈系の遠距離張り手を受けた事により、一瞬で消滅していく……。
気づけば、この短い時間の間に20名以上いたラプラプ王の兵士達は、敵の攻撃を喰らった結果、初期と同じ3名にまで減っていた。
俺達山賊団は辛うじて攻撃を避けているため無事だったが……一度でも直撃を受ければ、そのまま即死、もしくは消滅を免れないという絶望的な状況は変わっていない。
敵が遺跡内を壊す事も厭わずに張り手のラッシュを放ち続けるせいで、俺達は近づくどころか回避する事だけで必死だった。
「クソッ!!外見の割に、コイツ滅茶苦茶軽快に動きやがる!!この動きを何とかしないと……!!」
レベル99なだけあって、もともとの能力が高かったのか、【山賊領域】を展開していた事で何とか鈍らせていた動きの制約がなくなった“淫蕩を打ち砕く者”は、外見からは思いもよらなかった攻防ともに優れた動きを発揮していた。
けれども、動き自体が単調であるなら、これまで同様に攻撃を躱す事自体は容易いはず……!!
だがそう判断した俺のもとに、突如張り手を辞めた“淫蕩を打ち砕く者”が勢いよくタックルをかましてきた――!!
「――ゴ・ワ・ス♡」
突然のこれまでに見た事のなかった攻撃パターンと、予想もしていなかった敵の俊敏さを前に思わず立ちすくむ俺。
もはや、ここまでか――と思った矢先、横からの力を感じたかと思うと、俺の身体が軽く飛ばされる形となる。
「――――ッ!!」
ラプラプ王の兵士が俺と入れ替わりになる形で、先程まで俺がいた場所に立っていた。
俺を庇ったその兵士が、眼前で壁ごとぶち抜く敵のタックルを受けて消滅していく――。
圧倒的な光景を前にして、俺の二の句が告げなくなっている中、相手がすぐさまめり込んだ壁から顔を出して再度俺達の方へと睨むように視線を向ける。
クソッ……あの詠唱にどんな意味や効果があるのかは知らないが、【山賊領域】が破られた以上、今のコイツをこれ以上どうにかする方法なんかあるのか!?
そう思っていた矢先だった。
「でも、これだけ強いなら何でコイツは最初からコレを使ってこなかったの……?」
それは警戒しながらも、心底疑問だという響きを含んだオボロの呟きだった。
その発言を聞いて、俺もハッとさせられる。
確かに最初からこの状態になっていれば、俺の【山賊領域】で執拗に妨害させられることもなく、ここまでダメージを受けて追い込まれる事もなかったはずだ。
ゲームの仕様と言ってしまえばそれまでだが……“NPC”ですら自我が芽生えるようなこの世界で、本当にそんな“お約束”という括りで物事を捉えてしまってしまって良いのか?
そんな俺の疑問に答えるように、ラプラプ王が口を開く。
「……いや、敵にとってもあの状態は諸刃の剣、使用する事が不本意そのものともいえるものなのだろうな。――皆の者、アレを見てみよ」
ラプラプ王が促した通り、“淫蕩を打ち砕く者”の頭部を見てみると、壁に突っ込んだ顔面の右側部分が、他の部位を覆っている黒い靄のようなものが剥がれ落ちていた。
そして剥き出しになった部位からは、これまで何度も目にしたことのある光の粒子が淡く輝きを放ちながら漏れ出ていた。
その様子を見ながら、ラプラプ王が告げる。
「――おそらく、あの詠唱はユニークモンスターの全力を引き出す・もしくは性能を極限レベルまで高める代わりに、あの状態になったら戻れなくなる……といった副作用があるのかもしれない。現に今の奴は、傍目から見ても確実に“自滅”への一途を辿り始めている……!!」
ラプラプ王の言う通り、敵の変化は漏れ出た光の粒子だけでなく、それと対照的に闇で出来た全身にノイズらしきものが見え始めたのだ。
それは、紛れもなく山賊団に加入する前の存在力が定着していなかったヘンゼルさんやラプラプ王と同様の現象だった。
戦闘で倒される前に、光の粒子が相手の身体から漏れ出るとは珍しい光景だと思っていたが……。
もしも俺達が考えている通り、敵の存在力がこのまま枯渇しきれば、これ以上犠牲を出さずに奴は勝手に消滅するはずだ。
ゆえに今の俺達が出来る最善の策は、一刻も早くこの場から逃げ出して時間を稼ぐことだが――そうはさせないと言わんばかりに、“淫蕩を打ち砕く者”がこれまで以上に張り手の猛威を振るいまくる――!!
「ドスコイ、ドスコイ……ドスコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッイ!!」
四方八方に放たれる全てを消し飛ばす張り手の風圧。
消える間際の線香花火の鮮烈さが如く、これまで以上の威力と速度――さらに気迫が備わった猛攻は凄まじく、ここまで生き残っていた二人の兵士達も直撃を受けて瞬時に消滅する。
この攻撃を前にしては、離脱することはおろか下手に動き回ることすら困難となっていた。
「クッ……!?こんな状況下で野衾なんか使っちゃったら、絶対死んじゃうでしょアタシ!!」
「ピ、ピ、ピ~~~ス!!」
「相手の自滅を待とうとしても、これでは我等の方が先にあの者の猛攻で即死しかねない!……しかし、現状の我々の打てる手段では……!!」
散り散りになった状態で、仲間達が苦悶の声を上げながら険しい表情を浮かべている。
確かにこの状況下では、ラプラプ王が自身の“固有転技”で新たに兵士を呼び出したところで、呼び出されたとたんに敵の一撃の餌食になることは間違いない。
オボロなら何とか相手に飛びかかれるかもしれないが、俺やラプラプ王と違って自身の攻撃のダメージを通すための手段がない。
ヒサヒデにおいては、敵がこの段階にまで至った以上、流石に太刀打ちできないはずだ。
となると、あとはどうにか出来るとしたら、俺だけだが……。
「クソッ!……俺の“BE-POP”を、もう少しだけ使う事が出来ていたら……!!」
悔し気にそう呟く俺。
滅茶苦茶消費が激しい【山賊領域】と、“"ロンリネス共振"”の併用によって、当然の事だが俺の“BE-POP”は最早枯渇寸前となっていた。
このザマでは、【山賊領域】をもう一度展開することなぞ夢のまた夢、あとは比較的消費が少なくても使用できる天空流奥義を一度使えるかどうか……ってところだろう。
「……相手の体力も首の皮一枚、あと一度でもマトモに攻撃を喰らわせることが出来たら、奴を倒せるはずなのに……!!」
あと一撃、奴のもとに近づいて攻撃を当てるには、絶対に何度かスキルを使う必要があるが……今の俺には、使用出来る“BE-POP”の量が絶望的に足りない。
何とか、この“BE-POP”を回復する事が出来れば……!!
「今の“天空流”奥義を一回分で出来る打開策、だと……クソッ!そんなものがある訳……」
そこまで独りごちた俺だったが、瞬時に脳裏にある閃きが思い浮かぶ――!!
「……いや、あったわ。爆発的に“BE-POP”を高める方法が!」
状況は一刻の猶予も許されない。
そう判断した俺は、この闘争に幕を下ろすために、さっそく思いついた“策”を実行する事にした――。




