“淫蕩を打ち砕く者”
こちらに迫りくる強大な敵:“淫蕩を打ち砕く者”。
それに対して、俺が選んだ行動は――。
「――スキル!【山賊領域】、展開ッ!!!!」
刹那、瞬時に目に映る景色が歪んでいったかと思うと、敵の動きが何の比喩でもない文字通りのスローモーションへと変化していく。
最初にヘンゼルさんと戦った時にも使用したスキル:【山賊領域】。
あの時はヘンゼルさんの存在力が込められた光る小石が当たる事を、このスキルによって阻むことが出来たため、それと同様の効果を期待してこのスキルに賭けてみたのだ。
上手く発動出来るのか、出来たとしてもこの圧倒的な力の化身であるコイツにスキルごと粉砕されるのではないか、という懸念もあったが、今回は俺の読みが当たったらしい。
俺が思った通り、敵の攻撃はゆっくりとしたものであり、これならば何とか俺でも攻撃を回避する事が出来そうだった。
「ッ!?どぉすぅこぉ~~~っい!!」
敵は自身の身に何が起こっているか分からずに、驚愕の声らしきものを上げている。
突如緩慢な動きとなった敵のもとに、いくつもの影が迫る――!!
「デカいうえに動きも鈍い的がこれだけ隙だらけなら、もうこの技を使っても問題ないでしょ!――スキル:【野衾:極】ッ!!」
超高速の生ける砲丸と化したオボロが、無防備な“淫蕩を打ち砕く者”の背中に突撃をぶちかます――!!
それに続くように、ラプラプ王が新たに生み出した3名の兵士達とともに、刀や槍を持って果敢に敵へと斬り込んでいく――!!
「僅かな変化から、奴の攻略の糸口が掴めるかもしれん!敵の動きを最大限に注視しながら、確実に勝利をモノとするぞ、我が同胞達よ!!」
『応ッ!!』
自分達の王の呼びかけに応えるように、兵士達がラプラプ王同様に的確な回避と攻撃を行っていく。
驚くべきことに、彼らは敵である“淫蕩を打ち砕く者”の動きだけでなく、攻撃を繰り返しているオボロに対しても誤って自分達で攻撃したり、それとは逆にオボロの攻撃の動きを阻害しないような立ち回りで、即席ながらも巧みな連携力を発揮していた。
動きが遅くなった敵に、繰り出される巧みな連携攻撃。
だが、それでも俺達にはまだ火力が足りていないはず……と思っていたが、変化はすぐに現れ始めていた。
「敵のHPバーが、目に見えて減り始めている……?」
爆発的と言えるほどじゃない。
だが、確かにこれまでとは違って、敵のHPが明らかな減少――つまり、ダメージを負い始めていたのだ。
オボロの【野衾:極】が効いているのか?と思ったが、それを喰らっているときの奴のHPは先ほどと同様に微々たる程度にしか影響を与えていない。
……となると、先程のオボロやラプラプ王の攻撃と違う要素はただ一つ。
「……我が使用した“固有転技”、だな……!!」
ラプラプ王が確信に満ちた声音でそのように告げる。
“固有転技”。
この世界で“転倒者”のみが使用できる自身の存在力を込めて放つその特別なスキルは、安易に防いだり効果を打ち消す事が出来ないほどの凄まじい威力を秘めている。
現にその実例は、ヘンゼルさんの強固な防御力を貫通したうえに、彼にダメージを与え続けて苦しめたライカの【鉄風雷火】という“固有転技”を通じて、俺達は目にしている。
それなら――転倒者が使用する“固有転技”なら、ユニークモンスターが相手であろうと、攻撃を与える事が出来るのかもしれない。
「……この場に集いし我が故郷の戦士達の残影は、我の“固有転技”によって作り出された存在。――攻略法が見えた以上、戦力の逐次投入という愚策をすることなく、ここで一気に勝負を決めるとしよう!!」
そう言うや否や、ラプラプ王が瞬時に新手の兵士達を二十名ほど呼び出す。
これが現在のラプラプ王の存在力で生み出せる限界なのか、それとも通路で活動可能と判断した最大人数を呼び出したのかは分からない。
だが、彼らはこれまでの近接戦闘だけでなく、遠距離からの弓矢攻撃などを駆使して“淫蕩を打ち砕く者”に苛烈な猛攻を仕掛けていく――!!
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
「……ドスコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッイ!!」
背後に浴びせられる連撃には流石に耐えきれなかったのか、雄たけびを上げながら背後に振り返ろうとする“淫蕩を打ち砕く者”。
だがそんな敵の前に、颯爽と躍り出る影があった。
「……ピ、ピ、ピ~~~ッス!!」
なんと!これまで俺の後方に控えていたヒサヒデが勇ましい声を上げながら、敵に向かって勢いよく突撃しに行ったのだ!!
「ヒサヒデ!?」
今は俺の【山賊領域】が展開している以上、ヒサヒデまでその影響を受けて動きが鈍くなった状態で真正面から敵に挑んでいけば、流石にタダでは済まないはず――!!
だが、そんな俺の杞憂とは裏腹に、ヒサヒデは速度を落とすことなく、敵が身に着けた昆布ビキニアーマーの下の部分を掴む形で、相撲のように相手とがっぷり組みかかる形になっていた。
考えてみれば、今まで動きが鈍くなっている敵に肉薄しながらも、オボロやラプラプ王達が斬り込めていた辺り、俺が現在展開しているこの【山賊領域】は、使用者である俺が認めた存在なら普通に動けるようになっていたりするのかもしれない。
「ピ、ピ、ピ~~~ッス♡」
がっぷりと組みながらも、相手の猛烈系ふくよか女子ボディの心地を思う存分堪能しているらしいヒサヒデ。
それとは対照的に、神聖な勝負ごとにそんな不純な感情をバリバリ持ち込みまくったヒサヒデに対して、盛大に全身の脂肪を揺らしまくる勢いで名前の通り怒り狂っている“淫蕩を打ち砕く者”。
その怒りは相当なモノらしく、背後からの猛攻を忘れるくらいに、現在の彼女は眼前のヒサヒデを粉砕しようと腕を振り下ろしながら躍起になっていた。
「ドスコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッイッ!!!!」
その間にも相手のHPは急速に減っていくが、例え相手の動きが遅かろうとその腕に捕まってしまえば、剛力によってヒサヒデが一撃で殺されてしまうかもしれない。
この【山賊領域】を展開している間にも俺の“BE-POP”は減り続けているため、俺も全く余裕はないが……今はそんなことを言っている場合じゃない!!
俺は何かをしなければならない、と無我夢中で駆け出していく――!!
「――"闇"とはすなわち、人の宿業によって生み出されたダークネスな悲劇の連鎖を、共鳴しあう孤独な魂のぶつかり合いで断ち切る在り方なり。……引きちぎれ、天空流奥義:"ロンリネス共振"ッ!!」
そう口にしながら俺は、右手で何もない空間を掴むような形にしていく。
天空流奥義:"ロンリネス共振"。
この奥義は天空流の中で唯一、物理攻撃ではなく肉体を持たぬ精神体とでも言うような敵との戦闘に特化した奥義とされている。
他者と安易に分かり合えない孤独な魂を掌に込めてから、それを対象にぶつける事によって、同じように孤独な相手の魂を“共鳴”という形でそれまでの宿業を断ち切り、解放する……という、天空流の中でもトップクラスに胡散臭い、もといオカルトテイスト溢れる奥義である。
俺が物理的にはあまり効果のないこの奥義を選んだのは、これまでオボロの突撃やラプラプ王達の刀や槍による攻撃を受けながらも何とか耐えている事と、相手の猛烈系ふくよか体型と闇に覆われた外見から、ただ単に『物理的な奥義よりも、別のアプローチが効果的な相手かもしれない』という想い付き程度で判断しただけだった。
どうせ、これまでロクに成功しなかった天空流なんだから、今は少しでも殺意の対象であるヒサヒデからノーマークになった俺の方に認識をずらして、ヒット&アウェーを繰り返しながら、みんなで攻撃を繰り出し続けるしかない――!!
言語にならずとも、俺は裂帛の気合いとともに叫びながら、"ロンリネス共振"の形にした掌を“淫蕩を打ち砕く者”に向ける。
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
そんな咆哮と同時に、これまでとは異なる感覚が、右手に伝わっていく。
……いや、正確にはそれも正しくはないのだろう。
先ほどのオボロのトラップ解除の時に、“スタイリッシュ斬り”をしようとして何かを掴みかかった感覚が、俺の右掌の中に漲っていた。
「――まさか、これって……!?」
無謀ともいえる俺の突貫を読み切れなかったのか、慌てたようにオボロやラプラプ王達の猛攻が中断される。
異変を感じ取ったのか、俺の叫びを聞いてこちらを認識した敵の右頬に向けて、飛び掛かるように挑んだ俺の掌をお見舞いする事に成功した。
奴に対して掌底のようなものを喰らわせる形になったが、宙で身体を支え切れるはずなどなく、当然の如く俺はすぐさま地面に転がり落ちることになっていた。
床に落ちた痛みに顔を歪めながらも、俺はすぐさま身体を起こして立ち上がる。
今の俺の感覚が確かならば、もしかして――。
そんな想いとともに、俺は“淫蕩を打ち砕く者”に視線を移す。
「……やっぱり、そうなんだ……」
俺が見つめる先。
そこには、敵のHPが俺が突撃した時よりも明らかに減少していた。
この出来事から分かった事はいくつかあるかもしれないが、今の俺に浮かんだ感想はただ一つ、
「――マジかよ。ここに来て俺がまさか、本当に“天空流奥義”を使えるようになるなんてな……!!」
そう呟くのと同時に、俺は確かな手ごたえを感じながら、右の掌をグッと握りしめていた。
手に汗握る死闘だが、時間で言えばまだ十分も経っていないだろう。
にも関わらず敵の体力は、ラプラプ王の“固有転技”で生み出された兵士達の猛攻と、そして、俺の"ロンリネス共振"によって、残り半分近くにまで急減していた。
――次で、一気に決めてみせるッ!!
そんな俺の気持ちに共鳴したかのように、他の仲間達もこれまで以上の闘気を漲らせながら、“淫蕩を打ち砕く者”という強敵とのラストスパートに突入しようとしていた――。




