ユニークモンスター
俺が見つめる先。
眼前の“淫蕩を打ち砕く者”という名前の上には、これが特殊な相手であることを示す“ユニークモンスター”という文字が、危険を知らせるかのように点滅した赤い文字で表示されていた。
“ユニークモンスター”とは、強大な支配者とされる神獣同様に、この≪PANGAEA・THE・ONLINE≫というゲーム世界において、一体のみ存在するとされる特別なモンスターの総称である。
全部でどれだけの種類がいるのかは不明だが、どの個体も並のモンスターとは比べ物にならない強さを持っていると言われている。
とてつもない威圧感とともに迫る“淫蕩を打ち砕く者”というユニークモンスターを目にしながら、オボロが慌てたように俺に語り掛けてくる。
「ねぇ、リューキ!?ユニークモンスターっていうのが“神獣”同様にこの世界に一体ずつしかいないって言われるなら……この魔物も、そのくらい強いって事!?」
オボロの問いに対して、冷や汗をかきながらも真正面を見据えながら俺が答える。
「……いや、ユニークモンスターはかなりの犠牲を出しながらも、これまでに何体かは高レベルプレイヤー達によって倒された例がある、って聞いた事がある。――神獣に比べたら、絶対に倒せない相手って訳ではないはずだが……!!」
それでも、現在の俺達は最高がラプラプ王のレベル65であり、数字だけで見ればレベル99の“淫蕩を打ち砕く者”に太刀打ち出来るとは思えない。
だが、そんな事を考えている間にも、眼前の敵は張り手の形で雄叫びをあげながらこちらへと突撃してくる――!!
「――ドスコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッイ!!」
『ッ!?』
巨体ながらも豪快かつ素早く繰り出される“淫蕩を打ち砕く者”による張り手のラッシュを、すんでのところで躱すオボロとラプラプ王。
オボロは床や壁を飛び回りながら派手な動きで敵を翻弄し、ラプラプ王は的確な分析力によって最小限の動きで相手の動きを見切りながら、その隙を突いて短剣で斬りつけていた。
「ゴワスッ!!」
またも“淫蕩を打ち砕く者”が盛大に雄叫びを上げるが、それに反して奴のダメージは全く減ってはいない。
いや、厳密にいえばダメージは通っているようだが、それがあまりにも矮小過ぎる程度の痛みしか与えられていなかったため、奴のHPバーがロクに動いていないだけのようだ。
確かに他のユニークモンスターを倒したという高レベルプレイヤー達も、ロクに決定打が見つからないまま色々な装備やアイテム、攻撃を試しながら、ゴリ押しの形で何時間もダメージを与え続けてようやく討伐する事が出来たのだという。
線引きミミズの時のように、俺達も長期戦になることを覚悟で挑めばコイツを倒せるかもしれないが……。
「――って、そんな事している間に、捕まっている“犬神 秋人”って奴が処刑とかされたりしたら、ここまで救出作戦をしにきた意味がないだろ!?……この状況を何とかしないと……!!」
犬神 秋人が捕らえられた場所があるのは、この先の進路である可能性も全くのゼロではない。
そのためにも、俺達は一刻も早くコイツを倒すなり無力化しなくてはならない――。
そう考えていた矢先だった。
埒が明かないと判断したのか、“淫蕩を打ち砕く者”がオボロとラプラプ王を張り手で追い回すのを中止して、俺の方へと視線を向けてきた。
どうやら、攻撃を避け続ける二人よりも俺の方が手っ取り早く倒せると判断したらしい。
昆布ビキニアーマーに包まれた肢体を惜しみもなく、ブルンブルン!揺らしながら、敵が俺の方へと勢いよくタックルしてくる――!!
「ゴワスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
そして、その目論見は間違いなく正しい――!!
このままだと、間違いなく俺はコイツによって一捻りにされてしまうはずだ。
――かと言って、背後のヒサヒデは本調子でないため、ここで無理をさせてしまえば確実に真っ先に潰される。
――こちらに向かって慌てて叫んでいるオボロやラプラプ王でも、ロクにダメージを与えられない以上、離れた場所からコイツを足止めする事は難しいだろう。
――なら、自分でどうにかするしかない!!
これまで以上に、命の危機を直接的に感じているからだろうか。
外部の光景をスローモーションに感じながら、俺は脳内で急速に試行錯誤しながら、思索し続ける。
――今の俺に出来ることはなんだ!?
これまで一度も成功する事のなかった天空流か?――いや、こんな命のかかった状況下でやることじゃないだろ!
それなら、レベル99相手にスキルによる自身の身体強化か?――焼け石に水以外の何物でもない!
もういっそのこと、心揺さぶる熱唱でもしてみるか?――とっくに理性がなさそうなコイツが、好みそうな歌のジャンルって何なのさ!?
そんな風に自問自答しているうちに、俺はある一つの結論へと行き着く。
「――もしかしたら、アレなら……!!」
確実とは言えないが、それでも今脳裏に思い浮かんだこの選択肢に賭けるしかない。
そう決意して敵を見据えるのとほぼ同時に、“淫蕩を打ち砕く者”の張り手が盛大に俺のもとへと繰り出される――!!




